第33話 怪我の、何とやら1

 はあ、我が身可愛さに岡田ダチを売ろうなんてゲスい真似したから罰が当たったのかもな。

 気を失う間際、霞む視界に見えた破られ汚れたスケッチブックが俺みたいで、何だか少し悲しかった。





「おい! しょう! しっかりしろよしょう!!」

「先生! 血も出てるし救急車呼んだ方いいですよね!? 置いてってごめん花ガッキ~~ッッ!」

「頭打ってるから動かさないでね! 今呼ぶから!」


 佐藤の声が聞こえる。

 泣きそうな藤宮の声も。

 加えて野次馬なのか多数のかやかや声とあとは教師の誰かだろうか。

 痛みと自身の血の臭いの中、浮上する意識。

 佐藤はガタイだけじゃなく声もでけえからな。頭に響いて目が覚めた。よし、人間目覚ましに認定しよう。そして是非ともお前自身にかけてくれ。ストップ・ザ・寝落ち文暗号

 佐藤がいるっつー事は、もしかして藤宮は野球部に助けを求めに行ってくれたのか。つーか声の多さからして、いつの間にこんなに人集まったんだ?

 どのくらいの時間かは知らんが、やっぱ完全に意識飛んでたのか。

 まだ頭が重くて上手く動かない思考で俺は訴える。


「ストップ…ザ……ん、違え……救急車は、呼ばんでくれ……」

「――しょう!」

「――花ガッキー!」


 薄目を開けた俺のか細い声にその場の皆が一斉にこっちを覗き込んだ。

 へへっ、今わの際に意識を取り戻した老人を見守る家族のような切ねえ顔はやめてくれよ。うっかり俺自身「よき人生じゃった……」ってまた目え閉じそうになんだろ!

 俺は用具倉庫脇の地面に横たわっているらしかった。

 地面……。

 ホッ、よかったあああ~……!

 佐藤の膝枕通算二回目にならなくてッ。

 佐藤はやっぱり野球部のユニフォーム姿。他には顔だけ知ってる奴とかもいる。

 覗き込む面々の中には俺をビンタしたオネエヤンキーと他二人もいて、逃げなかったのかと半ば意外に思ったのと同時に愚かにも感心してしまった。

 特に直接の原因になったオネエなんかは前髪のせいで依然表情は見えないが、顔面は蒼白だから、案外そこまでワルでもなかったんだな。


 まあ人を怪我させて平然とできる人間じゃなくて良かったよ。


 俺はくらくらするのを我慢して苦労してのろのろと半身を起こす。

 正直ビンタされた左頬もヒリヒリするが頭の方が痛くて気にならない。


「大丈夫かしょう!? 安静にしてろって今救急車…」

「いや、マジで呼ぶな。先生、呼ばないでいいです」


 幸い血はもうほとんど止まっている。

 だらだらと流れる段階は終わった。

 我が血小板よ血液凝固に多大なる貢献をありがとーう!

 ばんざーいばんざーいぃ~。(ヘモグロビンからのビールぶっかけ&胴上げ五メートル)


「いやそんな怪我してんのに何言ってるんだよ」

「そうよ。夏休み中っていうのもあって今日校医の先生お休みだし、病院に行かないと駄目よ」


 そう言って確か他学年担当の年配の女性教諭は、既に手にしていたスマホで電話しようとする。


「ホントに大丈夫です。大事おおごとにしたくないんで。きっと脳震盪のうしんとう起こしただけですよ。保健室で傷の消毒とかして少し休めば大丈夫なんで」


 とりあえず血を洗い落としたかった。

 目元やら頬やらが乾いた血で突っ張って不快だ。

 それに掌の血を見てるとさ……。


 ――若! このままじゃ血で血を洗う抗争になりかねねえですぜ!

 ――何!? それは駄目だ。仲良しが一番。よし、足を洗おう。

 ――若あああッ!?

 ――冗談だ。


 その後覚悟を決めて敵とドンパチするも、これが第三勢力から仕組まれた抗争だと気付いて敵との和解の握手。実はその敵は生き別れの兄弟だって真実が明らかになって感動のラスト。兄弟が涙で抱き合った男気に溢れるエンドロールまで流れたところで、俺は妄想極道世界から現実に戻ってきた。

 ああハハハこれも頭を強く打った影響かな~?

 まだジンジンする傷は右のこめかみ辺り。頭って血が思ったより出るらしいから、これは出血多量っぽく見えるだけだ。まあ恥ずかしながら俺も何じゃこりゃっちゃって取り乱したが。


「松……お前タフだな」


 休日でも暇があれば、朝晩問わず筋トレをしているか特売に行ってすんごい荷物を抱えているかしているタフネス佐藤が言った。

 イエス! タフネス! 憧れの筋肉!!

 まさか筋肉バ……筋肉質なお前にそう言ってもらえるなんてな。逆に現実見えて凹む。

 俺はそんな佐藤の逞しい肩を借りて立ち上がる。

 くそっ俺だって五十年くらい絵筆ダンベルで鍛えればそれくらいには……!


「何か部活中だったのに迷惑かけて悪いな。血い付いてるとこあんま触んなよ。ユニフォーム汚れるから」

「気にするな汚れくらい! 最近の洗剤や漂白剤は優秀だからな。それにこれくらいお安いご用だ」


 にっと見せた白い歯が日に焼けた肌に際立って眩しい。ま、まさかこいつ己の歯にまで漂白剤を……!?

 なわけはないだろうが、ダチ思いの爽やかスポーツマン脳筋紳士め。


「お前って奴は……! 一瞬筋肉バカって思って悪かったな」

「ハハッどうして謝るんだよ? それ妹からもよく言われるし、褒め言葉だろ!」

「え……、褒め……?」

「ほら松、ちゃんと歩けるか? 辛かったらもう少し体重預けろよ?」


 佐藤は何かを酷く勘違いしている様子だが、俺は触れないでおく。

 っつーかよせやいその優しさ、うっかり惚れたらどうしてくれる。

 BL佐藤×岡田(岡田×佐藤でもいい)じゃなく佐藤×俺になったら誰の需要もないだろ……。


「先生本当に呼ばない方向でお願いします」


 俺が再度熱心な眼差しで頼めば、動ける俺の様子に幾らか胸を撫で下ろした女性教諭は渋々だが頷いた。


「……わかったわ、でも念のため病院行きですからね? そこの皆も保健室に一緒に来なさい。応急処置の間に話を聞かせてもらうから」


 揃った面々や散乱したスケッチなんかの状況証拠から察するものがあったらしく、彼女は極厳しい顔付きで俺たちを保健室へ促した。

 まあこればっかりは当然の流れだよな。

 佐藤は一緒に駆け付けてくれたらしい野球部のやつらに、一時抜ける旨の伝言を頼んでいた。

 女性教師を筆頭に、佐藤と俺、その後ろに藤宮が続く。藤宮はわざわざスケッチブックを拾い汚れをほろってくれたようだった。自分でもすっかり忘れていたから有難い。そして藤宮の後ろには気まずげな面持ちのヤンキーズが続いた。

 疎らではあったがその他の野次馬たちは、早々に散っていった。

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