第22話 母さんは見た1
「おわっ!?」
何故か降ってきた。奴が。
今の状態を説明すると、ゆめりから睨まれてやっべ足蹴りを食らう~って危惧してベッドから離れようとしたものの、予想外に本体に降って来られて驚いた挙句、奴を咄嗟に受け止めるべく構えたが結局受け止め切れず仰向けになった……という状況だ。
我ながらかなり情けない。
「っぶねえな。机に座って行儀悪くしてるからバランス崩すんだぞ。大丈夫か?」
「…………」
ゆめりは本人もびっくりしたのか何も言わないままむくりと俺の上で身を起こすと、俺の顔の両横に手を着いて何を思ったのかそのまま至近距離で見下ろしてきた。
「「…………」」
顔に掛かってきた奴の柔い髪の毛からふんわりいいかほりが漂って鼻腔を擽る。
風呂上がりでもないのにこいつは何でこんなにいい匂いしてんだよ。
お花の妖精さんかい?
……って、パンパン(心で頬を叩く音)、くそう騙されるな俺。奴の正体は怪獣もかくやなジャイアンさんじゃないか! 目を覚ませ!
「大丈夫か……なんて、どうしてこういうタイミングで的確に紳士なのよ!」
「へ?」
「だってどうすればいいのよ……?」
「え?」
「ホント何なのよあんたって。何で駄目なの?」
「何の話……?」
奴が何だか途方に暮れて泣きそうな顔で俺に言葉をぶつけてくる。
「あたしの何処に不満あるのよ。あんたのベッド下のエロ本に負けない体してるじゃない! そもそも近くにあたしみたいな現役美少女JKがいるのにそれを差し置いて制服系のエロ本とかその他もだけど買い込むとか、何無駄遣いしてんのこの馬鹿エロ男爵イモ!」
確かに漫画とかでモブ男たちがイモに見えるなんて描写があるが、お前男爵様をバカにするなよ。学食の揚げ立てコロッケは特に熱々ホクホクでもうマジで最高じゃないか!
それに、え? 俺の
ほぼ息継ぎなく捲し立てたせいで、顔を赤くしてはあはあと荒い息を繰り返す幼馴染み。やべえ、ちょっとこいつが女子に見える……って女子だよ。
「あんた人の話聞いてるの!? このあたしのどこが有り得ないワケ?」
「有り得ない?」
げっまさか昼間の佐藤たちとのあの会話聞いてたのか!?
この物言いはそうとしか思えない。そうか悪口に怒ってたのか。
「いや、その、お前の容姿は完璧だと思う」
「はあ!? 容姿はって何、容姿はって。性格ブスって言いたいわけね! 上からいいよなって言ったのあんたでしょ。忘れたの、魔王推しだったくせに」
へ? それはもしかして昔のアニメの……?
やっぱりこいつも影響を受けてたのか。
「え、いやでも何でお前が上からなのと魔王推しと俺への怒りが同一直線上あるんだよ? お前も憧れたから魔王真似てるんだろ?」
本気でわからなかった。
「――っ、――ッッ、ああもうあんたってすごく腹立つわ」
奴は歯ぎしりして目元をヒクヒクさせると、俺を真上から……本当に真正面の真上から見つめて来た。
何こいつ、怒ってても可愛いとか美少女は得だ。
つーか反則。
「は? え? 何?」
戸惑う俺に悔しさでか、潤んだ瞳で言う。
「言葉でわからないならいっそひと思いにやってやるわよ」
なっ!? ひと思いにやる!? ひと思いに、
脳裏にテレビ画面に映し出される俺ん家の中継映像が浮かんだ。
――ええー、この何処をどう見ても古臭い一戸建ての一室で、あの凄惨な事件は起こりました。
ってちょっとリポーター! 何処をどう見ても古臭いとか要らないだろ!
ローン組んで必死に働いてる俺の薄幸な父さんに謝れ!
「おおお俺お前に殺されるくらい酷い事してねえと思いますのですけれど!?」
ああもうぐだぐだ。恐怖と動揺と、あと妙に艶のある表情の奴が顔を近付けてくるせいで、現実感の一切が吹っ飛びそうなんですけど。何か奴の唇とか非常にヤバいんですけどっ。
「ななな何で近付けて来るんだよッ!?」
「何でって、決まってるでしょ」
「決まってる?」
俺はまさかの展開に思い至って全身真っ赤になってうろたえた。
「えっ……そん……待っ……」
彼女欲しいって今日確かに思ったさ。熱烈に渇望したさ。奴にドキドキもしたさ、ああしたさ。
だが思い直せ俺の理性! これは女子の皮を被った漢なんだ!
奴の熱いような吐息が唇にかかる。
「――ッ」
俺の明日はどっちだあああああああ――――!!
ガチャリ。
ん? あれ? 何かデジャブ。
俺も奴も凍りついたように動きを止めた。
「騒々しいと思って来てみたら、あら二人で何やって……? んまっ、ごめんなさいねお取り込み中だったなんて本当にごめんなさいね~? 一応ノックはしたのよ? 返事がなかったから勝手に開けちゃったんだけど」
母さんだった。
姉貴じゃなく、今度こそ、母さんだった。
俺は、俺はっ、俺はッッ、…………今すぐ死にたい。
だってこんな姿、親に見られるなんて……。
考えてもみてくれ。
幼馴染みの女の子に無理やり自分のベッドに押し倒されしかも馬乗りになられ迫られてすっげええええッ真っ赤な間抜け面で抵抗一つできない乙女みたいな姿をバッチリ目撃されたんだっっ……!!
息継ぎ。
よりにもよって母親に……花垣
何この辱め。
「はは、は……」
ていうか、俺が襲う(あれは母さんの勘違いだが!)のは駄目で襲われんのはいいんですかお母様? ねえ?
俺は全てを諦めたように力を抜いた。目尻から一筋つぅと透明な雫が頬を伝う。
一秒でも早く二人共出てってピー……。
俺は、鳥になった。
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