第23話 母さんは見た2

 俺は、平穏な日常を過ごしたいだけなんだ。

 ただ普通に誰かを好きになって、その誰かと当たり前に手を繋げるような関係になって、イチャイチャしてイチャイチャするっ! ハイ!

 たったそれだけを望んでいる。

 しかし、現実は全然優しくないピー。所詮俺は無力なかごの小鳥だピー。猫耳たんにじっと狙われて怯えまくる、主人公が飼ってる文鳥も同然だピー。

 鍵にじゃれてたらうっかりどっかに吹っ飛ばして失くしたせいで、主人公の部屋で数日一緒にドキドキの日々を過ごした猫耳たん。

 文鳥たちは一巻では五羽いたのに三巻だと三羽しか描かれてないんだよな。

 どうしてかなあ?

 その間の時間経過は三日足らずなのに。

 まさか猫耳たん……。

 あは、でもでももしかして鳥かご掃除の時に逃がしちゃった設定かも?

 ――焼き鳥より、生で!

 敵の犬耳族を探るための潜入捜査で、主人公と会社員に扮して訪れた居酒屋で、そう意気揚々と注文した猫耳たん。

 ……味をしめたのかもな。

 店主が焼き鳥より生ビールかと解釈して(普通はそうだろ)ジョッキでビールを出したら、酷く切なそうな顔をしていたあの名シーン。焼き鳥は生でって言えばよかったんだよ猫耳たんって俺は拳を握って涙した。

 きっと岡田や他の読者も同じ苦しみを味わった事だろう。

 そういうわけで、俺は自分のベッドに死んだように横たわっていた。

 まるで食い散らかされた無残な鳥の骸のように。

 いや誤解するなよ、俺は誰にも食われてねえからな。比喩だ比喩!

 はあ、世界はこんなにも俺を憎んでいるのか? なら俺はそんな世界から脱出する! 手初めにもうこの部屋鳥かごから脱出する……!

 何故なら、


「も~ゆめりちゃん! おばさん本当にびっくりしたのよ?」

「お、おば様……」

「水臭いじゃない。正直に話して欲しかった。そうしたらもっと配慮できたのに」

「だって恥ずかしくて……」

「でもびっくりしたけど、嬉しかった……! ゆめりちゃんの情熱を肌で感じられて」

「え……そんな、喜んで頂けたなら体を張った甲斐がありました」


 俺の目の前では年の差百合カップルみたいなイチャこらが繰り広げられていた。

 美少女同士なら俺としても眼福なんだが、よりにもよって母さんとゆめりって……もえもえしない。もやもやする。もうさ、いつ世界が崩壊しても気にしないぜ。つーか早く俺の部屋から出てって。


「ゆめりちゃんたら、大胆ねえ。ああでも今時は女の子からのアプローチも珍しくないものねえ」

「おば様、そんなはっきり言わなくても……」


 そう母さんの前でもじもじして言ってちらっと俺を見る緑川さん。

 二人を光のない横目で見ている俺は物言わぬトドのようにじっと動かない。動く気力もない。


「あ、そうだわ! ゆめりちゃんジュレ食べてかない? 今日見かけてついつい多めに買っちゃったのよ」

「え、いいんですか? じゃあ是非」


 そうだよ母さんはKYだったよ。しかもジュレって言い方、俺の前だと全部その系ゼリーって言うくせに気取ってんな。ゆめりも夜にスイーツは太るからとか言って遠慮しろ。


「松三朗も食べるでしょ? 用意しとくから後でゆめりちゃんと二人で下りて来なさいね? 今の続きはまたにしなさいね」

「もうおば様ったら」


 え、なに、もう、いや……勘弁してー…………。


「松三朗ったら無反応ね? もしかして寝てるのかしら? 何かする前から疲れちゃったのかしらね」


 くっ……! ホント息子の終末的な気持ちを忖度そんたくしてくれる気配もねえ。こりゃ父さんも苦労するはずだ。


「ねねねゆめりちゃん」

「はい?」


 母さんは何やら楽しそうに将来の嫁かもしれない相手へと弾んだ声をかけた。

 額に「肉」の落書きしようとかだったら即座に起きてやる。


「――今ならキスできるわよ。目覚めのキス」


 おっとこいつぁ不覚。いつの間に俺はメルヘ~ンな世界に迷い込んじまったんだ? ええと何だって? 目覚めのキッスゥ~?

 白雪姫とかオーロラ姫がされて起きるっつうあれだよな。真実の愛が云々っていうさ。

 いやいや俺姫じゃなく男だしそんな目覚めて「ゆめり……!」とか見つめ合うのやだよ。


「おおおば様!? いきなり何言ってるんですか!?」


 大おば様? 誰だ。まあいいが、ほらみろさすがに奴だって困ってるだろうが。


「その、本当にいいんですか?」


 もしもーし!?

 いくら良好なご近所付き合いを目指すために母さんに話を合わせてるからって、そこは拒否れよ。いちいちこっちを巻き込むな。本当に嫁になる気でもあるまいし、母さんは何処まで本気なのか読めねえからあんまり後戻りできないとこまで行くな。今日はもう家帰れ。


「もちろんよ。恋人同士ならそれくらい朝飯前だもの。起こしたら下に降りて来てね」

「はい、おば様!」


 朝飯も何も、とっくに夕飯が済んだ花垣家で、母さんは鼻歌を歌いながら階段を下りて行く。

 何がそんなに嬉しいの? 何で俺の部屋に来たの? 用事だったんじゃなかったの? その用事はどうしたの? なあッ!? 本当は家政婦は見た的な感じで偵察に来てたの!?

 母さん真実を言ってくれッ、単に覗きたかっただけかッ!?

 ゆめりはゆめりで絶対に俺が起きていると気付いているくせに、何を思ったのかベッド脇すぐの所でしゃがみ込んで暫し無言になった。あとどのくらいそれが継続されるんだと訝しく思っていると、ようやく声を掛けてきた。


「早く下に行くわよ。おば様待ってるんだし」

「…………」


 一番の脅威たる母さんは去ったんだ。もう知るか。怒って煮るなり焼くなりすればいい。殴られようと蹴られようと今日はもう受け付けは終了致しましたー。お帰り下さーい。

 マジであんな質の悪い冗談仕掛けてくんなよな。俺のような純情少年を何だと思ってるんだ。あー腹立つ。俺のノミの心臓が耐えきれないだろ。

 このまま相手にしなけりゃどうせ諦めて去るだろう、俺はそう高を括っていた。


「――耳、かじるわよ?」

「は!?」


 絶妙な息の掛かり具合で、奴は俺の耳元に囁きやがった。

 腕力バカとばかり思っていたジャイアンさんの中には、何と何と策士の出来杉君もいたのです!!

 くそっこれは最凶のツータッグ。のび太の天敵とライバルコンビでのび太位置の俺を物心両面でフルボッコにしようというのか? そうなのか緑川ゆめり? 恐ろしい子……!

 奴の思惑通り俺は酷く取り乱して飛び起きた。


「お、お前ふざけんのもいい加減にしろ」


 一瞬何か文句を言いたそうに口を開いた奴は、だが俺の顔色を見て「ゆでダコ」とか言いやがった。

 更には、機嫌を直したようにくすくすと笑った。


「まあでも、――やっとこっち見た」

「は? え?」


 女子ってのはやっぱよくわからん!

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