第21話 佐藤の元カノが姉貴だった件

 その日の夜、隣家のお嬢様は俺の部屋に上がり込んでいた。

 もちろん夕飯は各自の家で摂った。夕食まで消し炭飯だったらマジで出家する。

 俺は自分のベッドに寝そべって漫画雑誌をパラパラし、奴は奴で俺の学習机に座って足をぶらぶらさせながら、持ってきたファッション誌を眺めている。

 因みに机に座っていると言うのはそのままの意味だ。

 俺は身を起こしベッド上にあぐらを掻いて奴を見上げた。


「お前行儀悪いぞ。何で机の上に座ってんだよ。椅子に座れよな」

「別にいいでしょどこに座ろうと。誰の邪魔にもなってないんだし。こんな非常識ここでしかしないしね」

「非常識って思ってんならやめろよな」


 雑誌に目を落としたまま奴は俺の注意を鼻で嗤って突っ撥ねた。

 くそ、こんな時こそジャイアンママな部長様がその辺を通り掛からないだろうか。

 ベッドの横がすぐ机だから、そこからだとめっちゃ俺を上から見下ろす形になるんだが、序列だけじゃなく位置エネルギー的にも上に立っていたいのかこいつは。

 俯瞰するとか、こいつは実はドローンなのか?

 それとも俺が何か悪さをしようものなら、そのまま「とうっ」と戦隊ヒーローみたいに蹴りを入れてくるつもりなのか?

 ご丁寧に私服のスカートの下にジャージまで履いてるし、あり得る。

 ふう、高い所が好きなのは猫耳たんの原種のネコと権力者とバ……。


「あっ、ごめん」


 奴が何故かうっかり雑誌を落とした。

 俺の顔の上に。

 今日は顔面に害を被ってばかりな気がする。もしかして暗に俺に整形してほしいと訴えてるのか? 俺はこの顔と付き合っていくつもりだからそのご要望にはお応えしかねるぞ。


「お前、俺の破廉恥さに怒ってたんじゃねえのかよ? 家は入る時だって鞄投げつけてきたし」


 平然として俺の部屋にいるからついつい忘れそうになるが、こいつは俺に怒ってるんだよな。


「怒ってたのは別の理由よ。あんたが破廉恥なのは宇宙創成時から決まってるから、今更どうこう思わないわ」


 嘘つけえええッ俺がこの人生で何度土下座させられたと思ってるッ!?


「ハハハ宇宙ソーセージってあったら、星が散るようなミラクルな美味さを内包してそうだよな」


 お前が作るのみたいにさ!

 胸中とは全く別の発言で責めてやりたい気分を紛らわすと、また雑誌が降ってきた。今度は確信犯だった。


「あら手が滑った。何となく不愉快な思念を感じたからかしら?」


 俺は幼馴染みが宇宙人でも未来人でも異世界人でも、サイコメトラーでもキメラでももう驚かない。


「怒ってたのは、ほとんどは自分によ」

「えー、それで俺に八つ当たりとかって酷くねえ?」

「八つ当たり? あんたへは二割怒りよ」


 二割? スーパーの割引だったら佐藤が喜んで買いそうだ。

 ……いや違うな。


 ――待てしょう! 半額になるまで待たないと!


 って前に夜の総菜コーナーで止められたな。

 確か、中三の夏に花火した時。

 佐藤の意外な主婦力に驚いたからよく覚えてる。

 そん時は横に姉貴もいて「げんくん節約家だね~。私お金貯められる人大好きよ」とか言ってた。

 佐藤はすげえ嬉しそうに鼻の下伸ばして照れてたな。

 そうだ、あれ?

 何であの時姉貴もいたんだっけ?

 俺の他にも同級生が一緒だったが、一部は彼女連れだった。


 ――源くん! 先行こっか。

 ――は、はい! 小梅さん!


 唐突にフラッシュバックした記憶。

 くそ、俺は……俺は重要な何かを忘れているんじゃないのか? 無性にそんな気がする。何故どうして佐藤と姉貴はスーパーで手なんか繋いでた!?

 思い出せ。呼び起こせお前の全てをっ――――覚醒!!

 そうだ、俺は、佐藤の彼女の正体を知らない……。――覚醒不発!!


 ――佐藤の彼女ってどんな子? 同じ学年?

 ――え? あー……うーんと、美人だよ。年上。

 ――え、マジで? 高校生!?

 ――大学生。

 ――ハイホーーーーッ!?


 俺と姉貴は四つ離れてる。

 佐藤に彼女がいたって時期は中三だから、その時姉貴は大学一年…………合致する!!


「な、なあゆめり、話変わるが中学ん時の佐藤の彼女って誰だか知ってる?」

「何よ唐突に? もちろん知ってるけど……ってまさかあんた知らなかったの?」

「ああ。で、誰なんだ?」


 俺は恐ろしい世界に打ち震える迷い子のような心境で奴の答えを待つ。

 もし想像通りなら俺は謝る事しかできない。

 すまない佐藤……と。

 だって別れた時どぶ底いやいやどん底にいるみたいな顔してたし。


 ――佐藤、暗い顔してどうした?

 ――日に焼けたからだよ。……俺は大丈夫。


 夏の強い日射しの中、陽炎かげろうがゆらゆら立ち上る炎天下で、校庭をバックに軟式野球部のユニフォームを着た儚げなあいつの笑顔。

 あれが今も脳裏に焼き付いている。

 いやさあ、夏の日焼けで黒くなったとか関係ないだろ。暗い顔って言ったのに黒い顔って聞こえたのか? んな見るからにわかる変化を何で俺が訊くんだよ……。


「――小梅さんよ」


 思い悩む俺の前にゆめりからの明確な答えが降ってくる。


「やっぱ、そうだった、のか……」

「知らなかったなんて思わなかったわ。周知の事実だったじゃない」


 中学時代、今よりも家と美術室をメインに生きていた俺を、俺は叱り飛ばしたい。

 だって姉貴だろきっと。

 佐藤に首輪付けさせた相手って……。

 俺、明日佐藤に惣菜パンを五個は奢ろうと思う。


「その佐藤君がどうかしたの?」

「いや、ちょっと佐藤の基本的人権がな……。もう手遅れだったが……」

「ええ?」


 奴は当然だがよくわからないっつー顔をした。知らぬが仏だ。


「つーかさ、話戻すけど何で自分に怒ってんだよ?」


 俺が疑問に思って訊ねると、奴は俺を凝視。


「……空回ってばっかりだから」

「は? 何だそれ」

「あんたはクラスの可愛い子に名前で呼ばれて喜んでるし」

「ええとそれは久保田さん? 別に喜んでるわけじゃねえよ。彼女は歴女で渋い名前が気に入ってくれてるってだけだし」

「……それだけっては限らないでしょ」

「ハハハないない」

「大体、あんただって女子の下着が気になるくせに、あたしに訊いたのは友達のためで、しかも唯一訊くのに都合のいい相手だったからってのがムカつく。あたし自身の下着はどうでもいいわけよね」


 えええ~……。反応に困るだろその言い様は~……。


「ど、どうでもいいわけじゃねえよ。お前みたいなハイスペック女子の事情は普通男として気にはなるって」

「一般論を聞きたいんじゃないわよ。あんた個人はどう思ってんの?」

「俺個人……? ゆめりはゆめりだけど……?」


 何をどう答えてほしいのかピンとこない。


「あんたのそういうとこが……」

「へ……?」


 腹を立てた猫が喧嘩でもする直前のような鋭い視線を向けられて、その強さに何か不穏なものを感じた俺は慌てて逃げようとして、適わなかった。


 だって降ってきたから。


 俺の上に。


 今度は雑誌じゃなく、ゆめりが。

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