第7話 ゆめりノートは疲労の味

 唐突だが、俺は小学三年生(またこの学年だよ)の頃ダークヒーローに憧れてた。

 当時やってた深夜アニメの影響だ。因みに姉貴が録画予約してた番組だったと思う。

 王道系勇者と実は勇者よりも余程世界を平穏に変えたがってたワガママ魔王の世界変革ストーリーだった。初登場から勇者よりも存在感が大きくて最後の方はほぼ魔王が主役。どんな手を使ってでも、たとえ自分を犠牲にしてでも絶対に世界を変えるって信念は、今の俺だったら憧れ以上に共感できる。


 だって俺も俺の世界っつか現状を変えたいんですよね!!


 ただ当時は単に無謀なるアホだった俺は、台詞の細かい意味までは深く考えずに、口調や表情、黒い感じがカッコよく見えてよく真似していただけだった。実は結構シリアス展開で、入り組んだ政治背景やら命の代償やらヘビーな内容てんこ盛りのアニメだったんだが、当時の愚かな俺よ、よく何も感じず観てられたよホント。

 そんで以って俺はゆめりの前でちょくちょくそのものまねをしてたんだよな。

 だからか、俺に触発されて奴もそのアニメにはまってくれて毎週一緒にうちで録画を観るようになった。


「なあ、勇者もいいけどあのいつでもどこでも上からな魔王の方がカッコイイよな!」

しょうくんは悪っぽくて命令調の方が好きなの?」

「だって王道って俺に合わない気がするだろ?」

「じゃあヒロインは?」

「ヒロイン? んーそうだなあ、どうせなら統一して俺様ヒロイン推しにするか」

「……ふうん、そっか。わかった」


 ……って、何でこんな会話を思い出してんの俺?

 いやでももしかしてその辺から奴はおかしくなっていった……?

 更には、大根過ぎた俺のものまねに一周回って実は感銘を受けていた……のかはわからんが、中学に上がって奴は演劇部に入った。

 けれども役者担当ではなく、台本担当。

 見目みめが良いだけに周囲は時に主役を勧めたが、本人がどうしてもうんと言わなかったもんだから舞台に立つことはなかった。

 無論、奴の台本が演じられることも。


 で、高校でも奴は演劇部に入った。


 だがここでも中学同様何人か台本を書く人員はいたし、既存のものを演じるのを好む傾向がある部らしく、採用してもらうためには試行錯誤が必要だ。

 故に奴は中学からの習慣を継続して創作台本を俺に読ませアドバイスを求める。

 以前、俺も忙しくて「他のやつに頼めよ」と一度断ったことがある。


 やってはならない痛恨のミスだった。


 あろうことか奴はあらすじを音声化したものを、母さんにでも頼んだのか夜寝ている俺の耳元にスピーカーを置き、記憶術よろしく流しやがった。

 俺が起きない絶妙な音量で。

 無機質な人工音声だったせいか、何も知らない善良な俺はブツブツ言いながら追いかけてくるたくましいマネキンから無駄に耳打ちを迫られるなんつー、意味不明で恐ろしい夢を見た。無表情にどこまでも追いかけてきて、あれはやべえ。本当にシュールでホラーな夢だったから、思い出すと涙出る……!

 そのせいで服屋のマネキンにちょっとビビることがあるのは、墓まで持っていきたい秘密だ。

 以来、奴の申し出には付き合うようにしていた。不定期開催のげっそり疲れるだけのそれに付き合う俺は、自分でも奇特で律儀な人間だと思うよ。……小心者とも言うが。

 ああそうだ、父さん、ありがとな。

 俺、内緒で父さんの疲労回復に効く栄養ドリンクずっと飲んでた。


「あれえー? 減りが早いなー」

「パパったら自分で飲んだの忘れてるんじゃないの? まさか……もう!?」

「ちち違うよママ、そんな憐みの目で見ないでくれ……!」


 母さんとああなったのは俺のせいだ。

 父さん、マジごめん。





 土曜日は朝から快晴。

 世間的にはこの快適な五月の陽気はBBQバーベキューやピクニックに最適だろう。

 俺はと言うと、アウトドアにも行かず、家にいた。

 ああいい天気、どこかにスケッチに出掛けよっかな~と思う前に予定を押さえられてしまったからだ。


「これ、読んでよ」


 そう言って朝一番に俺の部屋に入り込んでいた黒いゴキではなく黒髪の美少女は、俺が本棚に大切に隠しておいた佐藤からもらったご当地限定味のチョコ菓子を、ポキポキ口の中で折って食べながら創作ノートを突き付けて来た。

 差し出して来たんじゃなく突き付けて来たかんな。

 しかも開いた状態の紙面を。


「近っ! ピント合わなくて読めねえよ!」

「あらもう老眼入ってるの?」

「ああそうですよだからそれは読め…な……」


 ポキポキポキポキポッキー、とジャイアンさんの食速度が上がった。


「い、いやちゃんと読むから。読むからさ、だからそれ……」


 幾分ポキポキ速度が下がり俺は胸を撫で下ろす。

 ああ、だが確実に減っていく俺のあまおう味……。

 頭の黒いネズミさんにはもう何も言えねえよ。

 食べんの楽しみにしてたのに……。

 俺の絶望感が漂ったのか、奴は「ん?」と何かに気付いたアルパカのような顔で咀嚼そしゃくする口を一時止め、程なくもぐもぐごっくんした。


「そんな世界から打ち捨てられたガラクタみたいな絶望顔しなくても、あんたの分は残してるわよちゃんと」

「ガラクタ……っ。っつか何? それはすずめの涙より小さいお前の針の先ほどの慈悲か?」

「全部食べちゃうわよ?」

「とんでもございません口が滑りましたあああ!」

「……」


 従順に寝起き早々ベッドの上に平伏ひれふした俺。


「――はい、あんたの分」


 と言って差し出されたそれを「げへへへ魔王様しめしめ」みたいなゴマすり顔で嬉々として受け取ろうとして、しゅーん。

 もし俺がスライムだったら縮み過ぎて跡形もなくなってたよ。


 一本、て。


 まあ無いよりはマシだったけどな。

 食の審査員もここまでしないだろう超スローペースでこの上なく時間をかけ、小麦や果実を育んでくれた大地よありがと~うと感謝して味わった。決して奴の創作ノート拝読開始までを引き延ばしていたわけじゃない。

 美味だった。

 無情の下での無上の喜びだった。


 お願い佐藤、また買ってきて!


 そんなこんなで、俺は折角昨日回避したばかりの面倒事と朝一で向き合う羽目になった。

 断れば奴は俺の部屋の漫画やら雑誌をパラパラして暇を潰すだろう。

 応じるまで。

 だから俺は本棚にもう一箱隠してある御当地限定味を死守するためにも、応じないわけにはいかなかった……。

 その気になれば惰眠を貪れる俺のささやかな土曜の午前はいともたやすく葬られた。


 この我が幼馴染みにして横暴たる女帝、緑川ゆめりに。

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