第4話 クラスメイトたち

 教室に入って席に着き、教材やらノートやらを鞄から取り出していると、友人二人が寄って来た。


「はよーしょう~」

「おっはよ~っちゃん」

「ああおはよう、佐藤、岡田」


 佐藤とは、同中の佐藤げん

 野球部で丸刈りに近い短髪で背の高いがっしりした奴だ。

 俺とは中学時代も仲が良く、よくつるんでいた。


 岡田とは、高校から知り合った岡田ルカ。

 少し色の薄い黒髪だが、ユーロ圏の何処だかとのミックスでもれなくイケメン。

 大柄の佐藤ほど身長はないが平均よりはある、韓流アイドル体型な奴だ。

 剣道部期待のエース……なのかは知らんが結構運動神経はいい。


 二人共割とそつなく何でもこなす器用なところがある。


 俺はと言うと、別に普通。

 身長も体重も標準で、大勢の中に埋没するような取り立てて個性らしい個性のない平凡な人間。モブ。

 まあ、ある一点を除けばな。


「おっはよーう松三朗しょうざぶろうくーん!」


 元気の良い挨拶と共にこっちに手を振って、とある女子が自分の席に鞄を置いた。


「ん? ああおはよう久保田くぼたさん」

「は~今日も渋い名前~!」


 久保田さんこと久保田真琴まことは日本の時代劇や歴史物が大好きなクラスメイトの女子だ。歴女とかいうやつ?

 よく岡田に「隙あらば竹刀と日本刀をすり替えるのに」とか言っているのを聞くが、銃刀法って知ってるよな?

 まあどうせ冗談だろうけど、髪の長さはボブ。モブでなくてな。

 くりくりした小動物っぽい大きな目が可愛らしい小柄な女子だ。

 クラスの名簿で俺の名前――松三朗しょうざぶろうを見つけその渋さに話しかけて来たブレない嗜好の持ち主だ。

 下の名前で呼んでいいかと問われたので構わないと応じて以来、よく喋るようになった。気さくで友達も多いタイプで、今も友人からの連絡が入ったのかスマホを取り出して画面を弄っている。


「はよー花ガッキー。今日のグラマーやってきた? 私は今日もグラマーだけどねん」

「一応はやったよ。おはよう藤宮ふじみや

「あははボケはスルーされたし! でもやたっ! じゃあ見せて見せて私今日当たるかもなんだよねー」


 他力本願な台詞と共に隣の席に腰を下ろしたのは佐藤と同じく同中出身の、藤宮まこ。

 ロングの髪を明るく染めていて、生活指導の教師に入学早々チェックを入れられていたが、懲りずにそのままだ。

 オシャレにカラーフレームの眼鏡をかけている。

 今日は紫だが色違いで赤や青を掛けているのも見たことがあった。

 金に近い茶髪のロングを掻き上げて、眼鏡を外す眼鏡っヤンキー藤宮。

 意外とまつげ長いよなこいつ。

 女医さんとはまた違ったセクシーな背徳感があるし……って、え、そう思うの俺だけ?


 とりあえず俺は俺の高校生活を、俺のクラスにおいては平穏に送っていた。





 昼休み。

 俺は佐藤と岡田と三人で学食でパンやらおにぎりやらを買い求めていた。

 俺たちは育ち盛りで代謝も消化もよくすぐに腹が空くお年頃。一つでも多く、かつ少しでもボリュームある昼食をゲットしようと、勇んで腹減り同類たちの群れに突っ込んだ。

 体格のいい佐藤はすぐに良質の食事をゲットし、岡田は持ち前のイケメン力で食堂の女性陣に優先的に注文を聞いてもらっていた。

 いつも思うが女性からの求心力が半端ねえな。

 俺は、まあ、普通に数個の惣菜パンを手に入れた。

 各自飲み物は自販機で調達。

 それぞれの白ビニを手に教室に戻ると俺の席の周りに集まった。

 日によって佐藤や岡田の席周辺にする時もある。

 前席の机と椅子ともう一つ別の席から椅子だけを拝借。

 俺の机とくっ付けて三人で使う、二人三脚ならぬ二脚三人。


「いつも思うけど、しょうそれだけで足りるのか? オレの分けようか?」

っちゃんって少食だよね~」


 運動部二人からすれば少ないだろうが、美術部員の俺はエネルギーをそんなに消費しない。そもそも筋肉量も違うしな。


「大丈夫だよ。この惣菜パン案外肉たっぷリでボリュームあるんだよ」


 俺がそう言うと二人は現物を見て納得した。


「ああそのパン結構腹にたまるよな。でかいカツとはみ出てる大盛りの焼きそばが値段の割にお得だし」

「ああそれ僕もよく買う~。美味しいよね! 今日は買うの忘れてたな~」


 佐藤がスーパーで買い物途中の主婦みたいな台詞を言って、岡田が濃い青の瞳で俺のパンを凝視。

 ……やらんぞ?

 やや警戒しながらパックジュースにストローをブッ刺していると、岡田が今度はじっと俺を見てきた。

 ……俺もやらんぞ?

 ちなみにジュースは百パーセント野菜ジュースだ。ふっ、バランスの良い食事は若いうちからって言うだろ。


「前から訊こうと思ってたんだけど、松っちゃんはどんな絵を描くの?」

「主に風景画だな。あと静物とか」

「せいぶつ? って生物? オオサンショウウオとかの」


 喋りや発音に違和感はないが十三だか十四歳まで外国暮らしだったというお育ち故の勘違いなのか、単なる無知なのか、岡田が「?」を頭の周りに浮かべるような顔をする。

 生き物と考えて最初にオオサンショウウオが出てくる思考回路がわからない。

 佐藤が苦笑すると俺の代わりに説明してくれた。


「花瓶とかりんごとかの絵あるだろ。そういう動かない物の絵を静物画って言うんだよ」

「へえ~そうなんだ。漫画とかアニメの絵は描かないの?」

「そっちがやりたかったら漫画アニメ部に入ってるな。まあでも練習すればそう言うデフォルメきいたのも描けるとは思うが」

「んじゃ今度さ僕の持ってる漫画のキャラ描いてよ!」

「キャラって人か?」

「うん、猫耳の女の子」

「まあ、漫画ならいいか……」

「やった」


 そうなんだよ、岡田はもふもふ萌え系が好きらしい。

 話すようになった最初の頃は、こいつの見た目からてっきり流行りの青春スポーツものか冒険ものしか読まないと思ってたが、俺の勝手な思い込みだった。すまんな。


「んじゃ今度その本持って来てくれ」

「わかった~」


 嬉しそうに爽やかなイケメンスマイルを作る岡田。略してイケスマ! 


「松は中学の時コンクールで何個も賞取ってるんだよな。だから期待して良いと思う」

「マジで!? すごいね! じゃあさ今度――僕の絵も描いて?」


 俺の指先がほんの一瞬だけ震えた。


「……悪いが、人物画はちょっと苦手でな」

「ええ~そうなんだ」


 岡田が至極残念そうな声を上げる。


「そうそう、松は風景画が得意なんだっけ? 中学の時もほとんど風景画で賞取ってたしな。――ん? でもあれ? いつだか人物画でも賞取ってなかった?」


 いつだか、ね。

 そういうもんだよな。

 大抵は本人でもない限り、そこまで詳しく覚えてない。


「そーだったか? さてなー俺もあんま覚えてねえよ。たくさん描いたからな」


 正直、忘れててくれてホッとした。



 俺はもう、人物画なんて描かないからさ。

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