第3話 優しさの含有量
「人間駄目だって言われると逆にやりたくなるよな」
「そう?」
これは俺が小学三年生の頃のゆめりとの会話だ。
まだ奴も素直な女の子だった頃。
ちなみに髪の長さはセミロングだった。いや俺じゃなくてね!
「だってこのアイス食べちゃ駄目よって母さんに言われてたんだけどさ」
そう言って手に持つ水色のソーダ味の棒アイスに堂々と歯型を付ける俺。
それを見ていたゆめりは自分の手にもある同じ物を「えッ!?」という顔で見下ろして泣きそうになった。
「おば様に謝らなきゃ……」
「大丈夫だって。怒られたら俺が謝っとくし」
今思えばあの頃の俺は酷いやつだったよ。
遊びに来て出されたアイスをただ食べただけのゆめりには何の落ち度もなかったってのに、共犯に仕立てていたんだからな。
「でも……」
それでも奴は余程俺の母親に嫌われるのが怖かったのか、一口
「どうせ手え付けたんだし今更戻すなよ。食わないなら俺がも~らい! シャキーン二刀流アイス~!」
俺は返事を待たずに奴のソーダアイスを取り上げると、両腕を交差させて無意味に侍の真似事をした。完全なるアホ小僧だった。
ほんとにほんと、俺は残念な小学生だった。食い差しで間接キスなんつー概念もなかったまだほんのガキだったんだ。
「大体母さんが駄目だって言うから余計に気になったんだよなー。それで結局我慢できなくてこうやって食べちゃうんだから、駄目だとかするなとか言わなきゃいいのにな」
「おば様が禁止する理由は知ってるの?」
「俺の腹が弱いからだろ。でもこれくらい大丈夫だって。俺男だし! それにまだ冷凍庫の奥の方にアイス隠してあんの知ってるんだ。それも食うぞ~!!」
「やめた方がいいよ。おば様、怒るんじゃないの?」
「大丈夫大丈夫。母さん実は結構俺に甘いんだ。だから平気だよ」
ほんと意味のない自信と親の愛情を逆手に取ったクソなガキだったよ。
「それに隠し事ってのはいつか暴かれるために存在するんだぜ! この先も、秘密があれば俺の名に懸けて暴いてやる!!」
きっと何かの漫画かアニメかドラマの受け売りだろう。
俺はカッコつけてそんな台詞を吐いた。
「ふうん……暴いてくれるんだ」
奴がふふふっと何故か楽しげに笑った。
それを見た俺も上機嫌にあはははと考えなしに笑った。
全く、何を呑気にあははは、だったんだかな。
だってさ、あの後は大変だった。
アイスの他にも色々調子こいておやつを食べまくった俺は極度の腹痛を起こして夕方救急車で運ばれた。本当にあの時は死ぬかと思った。
奴にも相当な心配をかけたようだったし。
寝ている俺よりも真っ青な顔で病院のベッド脇から覗き込んでたっけ。
今は逆さにして叩いたって出てこないだろうが。
心配顔をした記憶の中の小さなゆめりが小首を傾げると、セミロングの髪がふわりと揺れ髪の間から耳の先が覗いた。
ああもうロリコンでも構わない。
あの頃の奴が手に入るなら!
今は高校に入学して一カ月の五月初旬。
俺とゆめりはクラスが別だ。
中学では何の因果か三年間同じクラスで色々と大変だったから、正直ちょっとホッとしている。
俺たち一学年は全部で八クラス。
俺は一組だから廊下の一番端というか奥の教室で、奴は八組だから教室は必然的に反対側の一番端。
俺たちは一~八組のちょうど真ん中、つまり四組と五組の間に通っている階段を上ってそれぞれ廊下を左右に分かれる。
しかも一年は校舎の四階まで上がらないといけない。
奴を乗せてチャリを漕いだ後の上りはきつい。
運動部で鍛えているわけでもなく運動神経も可もなく不可もない俺の足は毎日パンパンだ。俺は何のしごきを受けているのか……。
「んじゃこっちだから」
毎度の台詞を口にして、俺は一組方面へ向かうべく階段の踊り場から廊下に出ると左に曲がった。
「あ、待って
覚えてるかな、
昔は名前で呼んでくれてたのに、どうしたわけか中学の頃から名字で呼ばれるようになった。
アレですかね。思春期で好きな人に誤解されないための予防線ですかー?
名前呼びなんて仲良しだと思われたくなかったんですかー?
こいつはただの幼馴染みですよアピール?
まあボクは何でもいいですけどね。
「何? ああ鞄か。悪い持ったままだった」
「全くもう」
だったら自分で持て。俺は一人分余計に抱えて階段を上ったんだぞ!
せめて
「何か言いたそうね」
「別に何も」
顔を背け横目でちらりと見やれば奴はまだ疑っているような目で見ているが、俺はやっと解放される大らかな気持ちだったので気にならない。
「じゃあな」
短く言ってさっさと背を向けた。
奴と一緒にいて要らん嫉妬の目を向けられたくはない。
俺の背に、早速というか奴へと声を掛ける男女の声が届いた。
まだ入学して一月足らずだと言うのに、クラスを問わず人気者だな。
眉目秀麗、運動神経もスタイルも抜群、成績も中学でも常に上位だったから高校でもそのレベルを維持するに違いない。
声も良く、健康面も至って良好。
この前の学校の健康診断では、俺に「あんたより長生きできるから安心してよね」とか何とか意味不明な御長寿予定自慢をしてきた。
「ほー健康なのかそれは何より何より。喜ばしいことだ」
その時の俺が体操服の上からよくお育ちになっている体を眺めやると、
「ちょっと何スキャンしてんのよ! 服の下に隠されてる柔らかくて艶めかしいあたしの肌を勝手に想像しないでよ!」
スキャンって俺はサイボーグ仕様か。
それにそこまで思ってませんでした。
「自分で艶めかしいとか言うなよ、恥ずかしい奴だな。それに言われなきゃ思いもしないのに」
「なッ、想像したの!?」
両腕で自分の体を抱くようにした奴は、噛み付くように睨んでくる。
「不可抗力だ。人間の無意識領域は本人にもどうにもできん!」
「開き直るなこのスケベ!」
その時は奴が手にしていたクリップボードで顔をバコーンと叩かれたっけ。
被害者なのに周囲の侮蔑するような女子の目が心に痛かった。
その際チラリと見えたのはボードに挟まれていた健康診断表。
見た目以上に育っていたとある数値に俺は驚愕してついつい口からポロリ。
「なッ……んだと!? バスト…はち…じゅう…ご…!?」
「見るなーーーーッッ!」
細いからそんなにあるとは思わなかった。っつかほんとにあるの?
見えないよッ?
「ハッ、
今度は顔面をボードで往復ビンタされたっけ。
ほろ苦い最近の記憶を思い出して涙が出そうになった俺は、足早に自分の教室へと向かった。
振り返ったりなんかしなかったから、奴がどんな表情で皆と会話しているのかは知らん。
きっと俺へ向ける蔑み染みたもんじゃなく、聖母のような微笑みだろう。
ホント、俺への優しさは一体どこへ消えたのやら……。
俺は信じてる、いつか科学の使徒が優しさ錠剤を発明してくれるって……!
「……何よ、いつもさっさと行っちゃって。今日もありがとうって言えなかったじゃない」
小さな呟きは周囲の声に埋もれて、俺の耳に届くことはなかった。
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