第17話 青年団

 忙しない足音、猫の唸り声、野太い悲鳴、何かパチパチと爆ぜる音。

襖何枚か隔てた先で女将さんが何をしているのか、変態が何をされているのかは、もうあまり気にならない。

そもそも高橋さん達への当たり障りない報告を作成するのに、頭を悩ませていたのだ。

気にしようもない。


 「正直、あんまり大人数で出歩かない方が良いと思う」

飼い猫をさわるが如く、アイツの髪を撫で付けながら店長は急な提案をする。


 「また、なんでです?」


「あんまりまとまって出歩くと田舎じゃ目立たない? 目立つと山神の耳に入って警戒される気がするのよ。 普通に」

確かに。


 「そうっすね。 普通に」


 「だからね、女将さんに同行するのは一人にしましょう」


 「はい! はぁい! ボクいく、ボク!」

一番行ったらダメそうなボクちゃんが張り切り始めた。


 「私が行くから」

店長は断言する。


 「え〜!」


 「帰りにステーキ肉買って来てあげる」


 「ならOK!」

流石、肉食系触手生物。 


 「俺が行った方が良くないですか? 何があるか分かりませんし」

 店長は何か、そのままヒョイとお手軽に連れ去られたりしそうで心配だ。

自動車のトランクにもすんなり入りそうだしなんなら、大型のスポーツバッグなんかにも入りそう…


 「佐藤君。 今、何か変なこと考えてない?」

いつの間にか、虚ろな瞳が下から覗く。

近い。


 「滅相もございません」


 「それじゃ、やっぱしボク?」


 「私が行くから」


 「しかしですね、店長…」


 「わ.た.し. が、行くから」

 決意は固そうだ。


 「…理由をお聞きしても?」


 「見ず知らずな大の男より目立たない、警戒されない、以上。」


 「分かりました」


 「よろしい。 佐藤君はレンタカーの手配をミーネちゃんと進めて」


 「イエスマム」


 「真面目にやって頂戴?」


 「かしこまりました」

ピリピリしている店長は苦手だ。

おっさんビビっちゃうよ…


 トタトタ慌ただしくも軽い足音が響く、女将さんが来たらしい。

次の瞬間には襖が跳ね上がらんばかりにスライドした。


 「あい! 待たせた! ゆこうぞ皆の衆!」


女将さんは何を目指しているのだろう?


ふりふりな蛍光色。

どこぞのジュニアアイドルとかが着ていそうな衣装の彼女を目の前にして、ふと疑問が湧いた。


 「その格好で行くんですか?」

許される筈もないだろうという、断罪的ニュアンスの問いかけが店長から投げられる。


 「そうじゃ?」


 「目立つでしょうが」

怖い。


 「わぉ! ボクもこんな格好でマッサージしたらお客さん、もっと集まるかな⁉」

アイツは触手を伸ばして興味しんしん。

その斬りつけられそうな空気は読めていない。


 「ちょっと黙ってて」

店長の一言と同時に

アイツのうなじがギチギチ音を出す。

赤ん坊は握力が強い。

その一例との関連は不明だが、店長は握力が異様に強いのだ。

多分、俺より強い。


 「ぃぃいいいうぃいいい」

何か音を発しながら、アイツは首を縦に振りまくった。


 「儂にとっちゃあ外行きじゃ皆、見慣れとるよ?」


 「ふざけてないですか?」


 「村の危機にふざけるかの? 普通」


 「…」


 「…」


 「ご一緒するのは私、一人です」


 「目立つからじゃろう?」


 「分かっているじゃないですか」

なんて物騒な笑顔だ。


 「それじゃ早速、参ろうかの」


 「佐藤君、あと宜しく」

一難去ったようだ。


 「…お気をつけて」


気なしか、殺伐とした音を上げて閉まる襖を呆然と見送っていると、アイツは紫色になったうなじを撫でながら、かねてからの感想を口にする。


 「店長ってさあ? 時々、すんごくバイオレンスじゃない?」


 「店長はなぁ、ああ見えて繊細なんだよ」


 「繊細? 暴力的じゃなくて?」


 「初対面で殺そうとしてきたお前の方が暴力的じゃないか? ま、なんだ。 その普段見せない暴力性は大体、苛ついている時に出てくるだろう?」


 「えぇ? そうかな?」


 「たいして気にしてなきゃ分かんないか。

そうなの。そうなんだよ。 店長はあぁ見えてストレスに敏感なのさ」

 

 「うっそ〜 さばさばしてて意にも介してなさそうじゃん。 お店もやってるんだし」

そうそう、初めはそう思う。

小さくても大人だな。

よくこんな客にも笑顔でいられるな、って具合だ。


 「でもな、大丈夫そうに見えて大丈夫じゃない人間って結構居るもんさ。 お前だって少しイライラしたからって、目の前の客に咬み付いたり絡み付いたり今じゃ、しないだろう?」


 「う〜ん。 まあ、逃げられたらお肉食べられないし…」

捕食動物みたいな表現は止めてほしい。


 「店長はな、背伸びが過ぎるんだよ。 多分、これこそっていうモデルが頭の中にあって、つい度をこして我慢しちゃうんだ」


 「えぇ? 繊細っていうの? それ?」


 「無理しちゃうからふとした瞬間、爆発しちゃう。 繊細じゃないか?」

それでもなんだかんだ、店の裏壁を穴ボコだらけにしつつも前に進めるのだ、彼女は。

そんなところが尊敬できるしサポートしたくなる。


 「どっちかっていうと不器用って気がするかな〜」


 「ああ、そうとも言えるかもなぁ… ま、だからさ、たまに店長のことマッサージしてやってくれないか? 少しはバイオレンス以外で発散させてやりたいんだよ」


 「おーけー、おーけー。 店長も頑張ってんだね!にゅるにゅるフルコースで労っちゃうよ!?」

 

 「なにそれ?」

クソだせぇネーミング。



"xxxxx村 会館"

 先に見える味気ない目的地。

そこに至るまでの田畑と戸建てばかりの道のりは、想像以上に何もなかった。

昼時なせいか、残暑厳しいせいか知らないけれど、野良仕事にせいをだす村人は見当たらず。

道行く人も見えやしない。

これなら佐藤君に任せても良かったかもと、額の汗を拭いつつ考える。

…なんだかんだ好意のある人にたいしてだって私は打算的だ。

嫌になる。 蝉がうるさい。


 「さぁ! あそこじゃ! 暑いなかご苦労! 

盟友達はもう来ている筈じゃからな、クーラーの効いた部屋で涼もうぞ!」

 目的がぶれてきているぞ猫娘。

とでも言ってやっていいんだろうが、確かにこう暑いと涼むのが第一に思えてくる。

よっぽど耐えかねていたのだろう。

フリフリのミニスカートで恥も外聞もなく、目の前の殺風景な建築物までダッシュをかます猫娘、こと女将さんは動物じみて速い。

 ん? 自転車?



全部で5台、

同じような位置に貼られたカラフルなステッカー。

籠に放り込まれた反射材付きのヘルメット。


 懐かしさを掻き立てる悪い予感は的中した。


  「学生じゃないですか…」


 「若いし、よく動けるし、いいじゃろう?」


 「ウッス! 田辺 誠(たなべ まこと)ッス! 

よろシャス!」

 声でかいな、君。


 「猫様のファン1号、八鍬 爽(やくわ そう)です! その…よろシャス!」

 元気な子につられて同じ様になっちゃう。

大人しい子に良くあるある。


 「初めまして、多聞 明音(たもん あかね)です。 どうぞよろシャス」

 よろシャス、は定着化に成功したようだ。


 「あ、あれですね僕の場合、実際のところ猫様に惹かれたというより、この村を救いたいとですね…」

 

 「嘘つくな〜 ファン2号〜」

田辺君から野次が飛ぶ。


 「うっせ、黙ってろって! あ、すいません。 僕、土肥 健介(どひ けんすけ)といいます。

よろシャス」

 そうそう、少しばかり自分を大人に見せたくなって暴走しがちなのだこの時期は、特に。

私にはよく分かる。


 「あ、あの…後で頭、撫でさせて貰って宜しいですか? すいません私、小さい子供とか大好きで… あの、猫本 菜穂(ねこもと なほ)です。

よろシャスです」

 喧嘩売ってんのか、小娘。


 「で、猫様とは儂のこと。 よろシャスのぉ!」


 「それで? どうするんです?」


 「作戦かの?」


 「そりゃそうです。この緊急事態に…

まさか暑いからって、クーラーにあたりながらアイスを噛じるために来たわけじゃないでしょう?」

ただの皮肉のつもりだったが、八鍬君は思い出したように手をたたく。


 「あぁ! アイス、家から持ってきてたんですよ!」

途端に田舎のちんちくりん達は色めき立つ。

俺も私も僕にもと、会館の備品なのだろう。

冷蔵庫の前でやいのやいのやり始めた。

大丈夫なのかよ?

多分ストレスでひん曲がってしまっている唇を、どうにか持ち上げて問いかけめいた文句をぶつける。


 「大丈夫なんですか? 見た感じ、微塵も役に立ってくれなさそうですけど?」


 「儂はな、あやつらを引き入れる為に頑張ったんじゃ。 放課後を見計らい学校前の路上で…初めはマジックショーじゃったかな? 懐かしい。 今はもっぱらこれじゃな」

ヒラヒラ、スカートをはためかせる。


 「は? なんですか? いかがわしいことですか?」

分かるわけねぇだろ。 時代劇猫娘。


 「アイドルじゃよお、ア・イ・ド・ル。 村じゃすっかりヤング達の憧れの的なんじゃぞ?」


 「それで、それがなんなんですか?」

立てた人差し指をキメ顔で振りながら、目の前の自称アイドル猫は尊大に語る。


 「それだけの手間をかけるだけの理由が有るんじゃよ。あやつらはな、山神の取り巻き共の子息なんじゃ」


 「取り巻き? 朝話してた"守"とかって人達ですか?」


 「そうじゃそうじゃ、明後日はあやつらと示し合わせて狂言誘拐をお主らが実行しての、儂とミーネ殿で山神を叩くのよ。 良い計画じゃろ?」


 「そんなにうまくいきますか? "守"の方々が連絡でも取り合って、こちらの狙いに気がついたら危ないと思いますけど」


 「仮に気がついたとしてもの、誘拐が狂言かどうかまでは推し量れまい? おのが子息の為に奔走するわい」


 「"守"なんですから山神をとる可能性だってあるんじゃないです? それに警察なんか上手く使って対処されたら元も子もないです。誘拐未遂で全員逮捕ですよ」


 「ぁ〜ん? 駄目かのぉ…」

自信があったのか知らないが急にヘタりだした。

ぺたんこになった耳と、動かなくなった尻尾がしおらしい。

これだけ大人しかったら可愛いと思えんこともないのに。


 「うす、それならやっぱり全員で突っ込むのが1番っすよ。向こうも面食らいますって」

やたら固いので有名な棒アイスを手にした田辺君が、いつの間にか傍らで脳筋な提案をしていた。


 「君、いつから居たの?」

見れば見るほど存在感を放出するよく焼けた肌の彼は、意外と隠密性に優れているらしい。

人は見かけで判断してはいけない実例が、私の中で一つ増えた。


 「うっす、さっき来たとこっす」

ペコペコ会釈しながら説明する様子が、実に初々しいのだが。


 「お〜、ファン3号こと田辺よ。実に勇猛な提案じゃがのう? 勝算はあるのじゃろな?」

どぎついサブカルチャーのごった煮みたいな、この時代劇猫のファンっていうのが残念だ。

純朴な野球少年が汚された気分になる。


 「だって猫さん、未だに俺達の計画は山神らにバレちゃいないんすよ。 そんでもってこっちには"守"の身内がついてるんすから、相手方の動きはばっちり把握できるっす。 後は一番"守"が手薄そうな時間に押しかけて行けば単純にゴリ押しでいけますって! なんせ猫さんプラスもう一人、特殊能力者が当日来るってなら、直ぐにかたが付きますよ!」


 「言うてなぁ、そううまくいくかの?」

ヘタヘタ尻尾が畳を叩く。

このヘタレ猫は意外と小心なのかもしれない。


 「大丈夫、大丈夫。 周囲にさとられないことだけ注意して密に連絡を取れれば良いんすよ。"守"が一人、二人来ても身内がその土壇場に居るってだけで、手を出すのは躊躇しますって」


 「そうかのぅ…」

煮えきらない猫だこと。


 「良いと思いますよ? 万一、失敗しても身内が関わってるのがあからさまなら処分も甘くなりそうですし」


 「やる前から弱気じゃの」


 「あなたに言われたくないです。 ヘタレダメ猫」


 「はにゃあ!?」

不可抗力です。

あまりに鬱陶しいんだもの。 


ピピッ


と、聞き覚えのある効果音が鳴る。


 「何撮ってんの? 田辺君」


 「言い合っているお二人が微笑ましいんで、引き伸ばしてポスターにしようかと」

純朴どころじゃねえ、とっくに染まっていなさる。


 「ええ、どれどれ!」

 「いけるじゃないですか」

 「でも、猫様メインじゃないよ?」

 「お二人とも、ちっちゃ可愛いから大丈夫ですよ!」

わらわら

アイスクリーム小童どもが群がり始めたと思ったら…

勝手に撮った写真を僕にも私にもと、スマホを取り出し始める。


 「おい、糞ガキ共」

気がついたら手近な柱を殴りつけて、怒声を上げていた。


「「「「「 !!? 」」」」」


 「ちょっとマナーについてお話ししようや」


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満たされないやつらの〜異形譚〜 さんすくろ @sabimoraki

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