第16話 あさげ談議

 白飯、アジの干物、豆腐の味噌汁、自家製らしき古漬け。 以上。

食の欧米化などと危惧されしは昔の話。

エスニック、イタリアン、中華、フランスばっちこい、な、昨今の食卓事情。


 しかしながら、

毎日毎日、肉食獣共に囲まれて肉ばっかり食べている三十路には、質素な和食が一番うれしかったりする。


「おかわりもあるからの! 遠慮なく言うんじゃぞ!」

 ご機嫌にそう言う女将さんの前にはドライタイプのキャットフードが茶碗に盛られ、少しばかしお高めな子猫用の缶詰めが口を開く。

あれか、やっぱり猫っ気の方が強いのだろうか?


店長。

違和感はわかりますが、ガン見しすぎです…


「え〜、肉!肉は無いの?」

異形なる触手は肉を求めやかましくわめく。


「ほっほっほ。お嬢ちゃん、和食はお嫌いかな?

朝はこういう献立の方が胃に負担が少ないからの、この老いぼれには丁度良いんじゃよ。

若人には少々刺激が足らんかもしれんな。

なんなら食後に刺激的な有酸素運動でも…」

変態は朝からお盛んだ。


"ドスッ"

鈍い音が一回だけ響いた。


「わがままなお客人じゃの。そんならワシの缶詰め少しわけちゃる。ほれ、鶏肉じゃ。鶏肉。」

 喉ブエに肘が刺さり、変態はいつの間にか沈む。

そんでもって間髪いれず、

ごねるアイツの飯の上に猫缶の中身をゴテゴテのせ始める。

あぁ、やっぱ猫だわ女将さん。

そんですこぶる世話焼き。

行動がいちいち昔話の母親のごとくかいがいしく、動物じみて素早いのだ。


「うっ! ちょっと止めてよ!」

 言うや否や、アイツはすかさず触手の塊で追撃せし猫缶から茶碗をガードする。

あい変わらず食い物の事になると真剣だな。


 朝からうるさいこと限りなし。

ロマンあふれる冒険どころか、

うかうかしてたら騒音によるストレスで禿げそうだ。

早く任務をクリアして帰らねば…


「いただきます」

塩っ辛い古漬けが、もやもやした脳内によくしみる。


一連のてんやわんやに見入っていた店長も我に返ったようだ。

「い、いただきます…」

 普段勝気な店長の、珍しくたどたどしいレアな場面も何のその。

人外達は目の前の猫缶飯に夢中だ。


「うっわー! ほら、やっぱり。

ご飯が獣飯臭くなっちゃったよ!どうしてくれんのさ!」


「はぁ?何を言っとるんじゃ。どこからどう見ても美味そうな鶏飯じゃろうが」


「あ〜やだやだ、これだから動物って好きじゃないんだ。味覚が死んでるから臭い飯でも平気で出してくるんだ」

 塵やらホコリやら、有機物なら有無を言わず吸い込んでいたお前には、言われたくないんじゃないか?


「お、お主のう!昨夜、茶を呑み交わした仲であろうが! そんな言いかたはなかろう?」

 まぁでも、自分の茶碗に無理矢理何かしらいれられたら気分はよくないわな。

キャットフードに限らず。


「馬鹿だなぁ! だからこそだよ、だからこそ!  言いたいことはバシバシ言うよ! ボクは!

遠慮して何も言えない関係なんて、偽物だね!」

 後半ちょっとかっこいいと思ってしまった。


「そこまで考えておったのかのぉ…お主…」

 泣くほど嬉しいんすか、女将さん。


「そうだよ! だからほら、ご飯取り替えて!」

 結局はそれしか頭になさそうなのは気のせいであって欲しい。


「嬉しいぞ…嬉しいぞ友よ! そしてもちろんじゃあ友よ! たんと食べてくりゃれぇ!」


さっきの茶碗の飯の5倍はあるぞ…

噂に聞く飯のマンガ盛りが食卓に鎮座した。


「うれしいよ! 何だかボク達、仲良くなれそうだね!」

いい笑顔だよ。

 異形たちの仲ってやつはそれで良いらしい。


「佐藤君、どうしたの? 具合悪い?ボウっとしちゃって」


「いえ、なんだかこう…やかましい限りだなと思いまして」

ピントのズレまくったアイツらに、いちいち反応するなというのは無理な相談だ。


「今更でしょ」

いつの間にかいつもの調子を取り戻した店長は流しながら味噌汁をすする。

流石店長。


「それよりも、佐藤君?」


「はい」


「取り敢えず今日はどうする?」


「まずは村をまわってみた方が良いと思います。どこに何があるかもよく分からないですし」


「同感。

ついでに世間話でもして、住人の信用も得ておきたいわね。 こういう田舎のコミュニティーには早く馴染まないとマークされちゃうわ」


「そうですね。 いくらでも親しくなって暴走してる神、やらに近づければ万々歳といったかんじっすかね」


「うんうん、それなんだがのぅ? 儂が村の案内するからの、大船に乗ったつもりで任せてくりゃれ」

白飯騒動は落ち着いたようで、女将さんはこちらに身を乗り出す。


「それはあり難いです。 地元に詳しい女将さんに協力していただけるなら、下見は一日で充分かもしれませんね」

 若干その直情的な気質に不安がよぎるが、うちの触手もどっこいどっこい。 今更なのだ。


「よろしい! 頼むぞお客人がた。 明後日にはカチコミじゃ、カチコミ! 気合入れていこうぞ!」

物騒な単語が聞こえた。


「はぁ? カ チ コ ミ、ですか?」


「そうそう、そうじゃ。 カチコミじゃカチコミ。 別の組のもんに集団で喧嘩ふっかけにいくあれじゃ」

 いやいや、俺等ヤクザじゃないでしょうに。


「女将さん? 私達、一応ただ調査にきてるだけなんですよ? それに明後日っていうのはいきなり過ぎます。 色々と想定外なんですから、私達の依頼主と話してからでないと」

そうそう、言ってやって下さい店長。


 「おぉい! それはなかろう! 山神の暴走を何とかして貰う約束じゃろう‼?」

 興奮気味に語り、ドン! と振り下ろされる小さな握り拳。

で、叩いたそばからブスブス、食卓から煙が上がりはじめる。

なんだか、やばい気がする。


 「興奮しないで下さい。 そもそも、話し合いでなんとかならないのですか? 村の中だけとはいえ山の神と奉られる存在と喧嘩するなら、色々と危ないかもしれないでしょうに」

店長は圧されちゃいなかった。

声色に若干、怒気がにじむ。


女将さんは苦々しく顔を歪め、改めて詳細を語る。


 「そもそものぅ、もう取り返しがつかんのよお。

この村の命を根絶やしにする準備は、もう整うとる。 後は山神が蓋を開けるだけじゃ」


 「それは…緊急性が有るのでしょうが…

もっとこう、避難するとかなんか有るんじゃないです?」

もっともな代替案。

しかしながらここは田舎。


 「阿呆抜かせ。 ここにはな、土地に骨を埋めるつもりの者たちばっかりじゃ。 いきなり村全体で信奉している山神がお前らを皆殺しにするぞ、と言ったとこで誰も信じんし…」


 田舎のコミュニティーは場所によるが大抵、外から見る以上に密だ。

話に、行事に、ちょっとした集まりに、ついて行けない。

どこか蚊帳の外。

綿密に編まれた組紐に、割り込むのは難しい。

風穴を開けるとなれば尚更だ。


「女将さん以外に山神の企てを知っている方は、 居られないのですか?」

 下手すりゃ村全体が敵だ。


「儂とお主らと… あと五人だけ、村に協力者がおる」

 

「相手は山神だけなんですよね? その五人と女将さんが居ながら今まで手が付けられなかったのは、何か理由が有りそうですね」

 確かに。

暴論だろうが話し合いが決裂したのなら、村人たちに黙って女将さんがその山神を燃やせばいい話だ。

後味最悪だろうけど。


 「儂とあやつらじゃ力不足なんじゃよ…」


 「いやいや! そんな!? 村の方々はともかくも女将さんなら充分でしょう?」

 昨夜あんなに燃えてたじゃないですか?


 「佐藤君、いい歳こいて興奮しないで」


 「すいません… でも昨日の夜は本当にやばかったんすよ」

 あの、中空を飛び回る炎の塊が脳裏にちらつく。


 「簡単な話しじゃ。 儂が炎を操るように、山神は風を操る。 風に乗せられた炎は儂の管轄外じゃ、相性が悪い。 そんでもって代々、山神に仕える "守" なる者たちが四人居ての、そいつらがまた厄介。 儂らだけじゃ厳しいのよ」 

 この村には存分、危険がごろごろ潜んでいるらしい。


 「それならですよ? 私達が加わったところで何も変わらないんじゃないですか? 正直、こちらで戦力になりそうなの、ミーネちゃんだけですよ?」

 とうのアイツはとびきり清楚でかわいく造形された筈の顔面をグロテスク、ともすればコミカルに崩壊させながらマンガ盛りにがっついている。

頭わるそうな面にしやがって。


 「でものぅ…なるべく騒ぎにしたくはないし、時間はないし、これっきりしかないんじゃよ」


 「…分かりました。 やるならターゲットはその、山神にだけ絞って夜討ち朝駆け、何でもやりましょう」

緊急した面持ちで店長は決断した。


 「最悪、失敗したらどうします?」


「今日、明日のうちにレンタカーを手配しておいて。

いくらここが辺鄙っていっても、丸一日使えば用意できるでしょう? 最悪それで逃走ってことで」


 「了解」


 「悪いですけれど女将さん? 少しでも旗色が悪くなったら私達、逃げますからね?」

 あえて線引きするような冷たさで店長は宣言する。

しかたがない。こっちは仕事で来てるのだ。

仕事で死にたくはない。


 「…よかろうよ。 急な話じゃ」

 苦々しく口元を歪ませながら、尻尾で畳を叩く様はまさしく苦渋を飲むといったところか。


 「ぐぐぉおお」

 一段落着いたと思ったら変態が、呻きながら起き上がる。


 「ニャアちゃんやぁ、

もしや嫉妬してるにゃんね?

他の可愛こちゃんにジイジがちょっかいかけたから、嫉妬してるにゃんね?

すまんニャア、すまんニャア。ニャアちゃんが一番プリティカワイイからのぉおおおぉ!!! 

ォおおおぉヨチヨチヨチヨチ!」

 気持ちの悪い思考をひけらかしながら、気色悪い汚濁を発しながら変態は、更に苦々しく牙をむく女将さんに頬ずりを敢行する。

 ふっくらとした色白の柔肌に、ジョリジョリと無駄に時を経たモノクロが擦り付けられていく。


 「すまん。

もう少し落ち着いてから…二時間ほどしたら外に出ようぞ。 色々と済ましておきたい。

色々とのう。」

 猫が怒っている時というのは分かり易いようだ。













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