第14話 ほわいとあうと

 「さぁさぁ長旅ご苦労じゃったな!粗茶ですが、出会いを祝して乾杯といこうかの!」


「おっ!名案~♪それじゃあ大将、音頭をどうぞ」

ここら辺では茶で乾杯するのか…


 店長を布団に寝かせたあと、長期滞在に際しての説明とやらを受けていたはずだったが、いつの間にかお茶菓子を広げてのパーティーになっていた。

女将の無茶苦茶な提案にアイツが調子を合わせるので明後日の方向へ、暴走は止まらない。

と、いうか途中から修正を入れるのも面倒になったので放置している。


「皆の者!湯呑みは持ったか?」


「OK~♪」


「乾杯!」


「乾杯♪」


「乾杯…」

流されるままに生まれて初めて湯呑みで乾杯をした。


「いやぁ!しっかし、昨日のうちに茶菓子を買い込んでおいて正解だったわい!栗饅頭、大福、羊羮、ケーキ、チョコレート、クッキー、梅干し、糠漬け…色々あるぞい!遠慮せんでいいんじゃぞ!」

梅干しと糠漬けは茶菓子に分類されるらしい…


「やっほぉう!これだけあればお茶、何リットルだって飲めちゃうよ!」


「おおう!のめのめ!今夜は無礼講じゃ!」

初対面で無礼講も何も有るのだろうか…


「う、動けんのぉ…」


「お腹…苦し…」

数時間後、散々ばか騒ぎしながら菓子(?)を食い荒らし、茶をポット3台分はがぶ飲みした異形どもが腹を風船の様に膨らまし、床に転がっていた。

…馬鹿なのだろうか?

いやいや、そんなことはどうでも良い。

本題に入らねば。

明日から始める調査の足掛かり位は掴んでおきたいのだ。


「すみません女将さん」


「なんじゃ?もう茶は飲めんぞ?」


「いえいえお茶はもういいんですよ。実は私、民俗学を研究しているんです。この村に祀られている神様について何か知っていましたら、お話を聞かせて貰おうかと思いまして…」


「…」


しばらく仰向けで天井とにらめっこしていた女将さんは突如高笑いを上げた。


「なぁはははは!予想はしとったよぉ!お主ら"黒スーツ共"の間者か何かじゃろう?」


「なっ!何ですか急に!」


「隠しだてせんでもよいよい!大方、分かる人間を送っても追い出されるばかりじゃから、"儂らの同類"っぽい金髪嬢ちゃんとお目付け役のお主らで、調査させようって魂胆じゃろ?」


「うわぁー…バレッバレだね」


「…」


そりゃそうだ。

同じ異形なのだとすれば、女将の方もアイツの正体を見抜ける可能性は高い。

そんでもってその連れが散々、機関で嗅ぎ回ってた話題を尋ねてきたらば、自然と予想できてしまうことだ。


あとはアイツの余計な一言でだめ押し確定である。

わざとなんじゃないかという位にバレバレ。

丸っきり馬鹿なのは俺達だった…


「もし、そうだとすれば…どうします?」

重々しい緊張が張詰め、

俺は、最悪を想定してポケットの中の注射器を握り締める。


北原さん曰く、「異形はこれで一発KOっす」なペンタイプの注射器だ。

できれば使いたくはないが…


ドタドタドタドタ!

と、勢いよく廊下を蹴り、何者かが部屋に迫ってきた。

木造建築はよく響く。

女将の増援かと部屋の出入口から距離をとり、隅に身構える。

ピシャッと襖が開かれて、姿現したるは爺。

下半身にタオル、洗面器を小脇に抱え、これから風呂に入るのかという様子の裸爺である。

ニッコニッコ笑いながら突如部屋に入ってきた…


「二ャアちゃんやぁい、お風呂に入る時間でちゅよぉおおお!」


何とも言い難い沈黙が場を支配する。

増援?なのか?


 先に口を開いたのは女将の方だった。

「のう爺さんや、儂ゃあ最近常々考えていることがあるんじゃよ…」


イカれた爺は猫撫で声を出しながら応える。

「何かにゃ~?二ャアちゃん悩み事かにゃあ?」


「馬鹿は死なねば治らないと言うが本当かのぉ?」

喉仏が上に張詰めるような緊張が走る…

そんな冷たい声だった。


「にゃにゃ!?二ャアちゃんどうしたにゃ?何時にもましてイライラしてるにゃ?じいじとお風呂に入ればスッキリするのにゃ!さぁ行くにゃ!」

いかん、会話が噛み合ってない…

爺のふざけた返事で我慢できなくなったのか、女将さんは膨らんだ腹をぶら下げて、ゆらりと立ち上がる。


「もういい…もういいのじゃ…お主は出会った頃からその調子であったのぅ、そう言えば。何度も何度も何度も何度も何度も何度も、宥めて、すかして、怒って、叩いて、説教して…

それでも治らんかったのぅ…お主の馬鹿は。

儂ゃあのう…もう疲れたよ…」


「二ャアちゃん!?どうしたかにゃ?どうかしたのかにゃん!?あ、さてはこいつらに何かされたのかにゃん!二ャアちゃんあまりに可愛いから、こいつら何かしたのにゃんね!

おい、お前ら!儂の二ャアちゃんに何してくれとんじゃワレ!」

おい爺、俺たちを巻き込むな。


「どうせ死んだら燃えるんじゃ…ちょっと早めの火葬だと思って、我慢してくりゃれ…

儂もすぐ、後から逝くからの…」


「ああっ!ダメ!ダメにゃんよ!二ャアちゃん!火はダメ、ダメ!家が燃える燃える!」

は?火?


次の瞬間、二ャアちゃん…こと、女将さんの周囲に燃え盛る炎が音をあげて出現していた…

「二ャアちゃん!ダメ!ダメ!燃えちゃう!燃えちゃうから!」


「爺さんやぁ、大丈夫じゃよ…みんな燃やすからの…家も、村も、あの腐れ馬鹿の山神も、みんな…みんな、燃やすからのぉ…大丈夫、寂しくなんか、ないんじゃよ…」


「熱ッ!熱ッッツ!やっ!やだぁ!死にたくない!死にたくないぃぃぃいいい!プユミちゃん!プユミちゃんがまだできていないんじゃ!」

流石に、にゃあにゃあふざけたことを言わなくなった爺は腰が抜けたのか、床をはいずりながら薄い頭髪をチリチリ焼かれている。


これは…何とかしなければ、今晩の寝床を失うだけでは済まない。

下手すりゃ俺達も死ぬ。燃やされる。

呆然と口を半開きにしているアイツに指示を飛ばす。


「消火器!消火器探せ!腐っても宿泊施設なんだ、一つぐらい有るだろ!」


「え…でもボク、ここ初めてだよ?」


「バッカおめぇ!自慢の触手に眼球でも付けて伸ばしてれば、すぐだ!早く!」


「でっへぇ!無茶ぶり~!」

ブー垂れながらドタドタと部屋から走り出るアイツを尻目に、時間稼ぎを考える。


(まぁ、あの爺に対して爆発しているようなのだから、お決まりの土下座でもさせてみよう)

などと直ぐに思い立ってしまうのは、取り合えず頭を下げておけばどうにかなってきた俺の人生経験によるものである。

爺に平謝りさせるのだ。

無理やりにでもやらせる。

とばっちりで焼死するのはごめんだ。

ゴキブリか何かかというスピードで床を這い、炎から逃げ惑う爺の、骨ばった首筋を掴まえる。


「おい!何すんじゃワレ!若造!焼かれるじゃろうが!離せぃアホんだらぁ!」

まだ、にゃあにゃあ言われるよりかは精神衛生上、ましな反応が返ってきたので安心した。


「アホは手前でしょう?あれ、何とかしますよ」

言いつつ、ジタジタ暴れる爺を引きずって炎纏う女将さんの元へ行く。


「なんじゃ、潔く燃やされにきたのかのぉ…」

取り合えず反抗する爺を無理くり床に捩じ伏せ、わかり易く、ハッキリと伝える。


「焼かれて死にたくありません。

できることがあれば何でもします。

許して下さい。」


「ん?何でもするのかのぉ?」

ピクピクと耳が動き。

尻尾は小刻みに振られる。

体は正直ですね。


「そっ、それじゃあの!

爺はにゃあにゃあ言うのを止めて、儂を二ャアちゃんと呼ぶな。風呂もこれからは一人で入れ、視線が気持ち悪い。あと、今どきな名前を付けてくりゃれな。"お玉"はセンス古すぎじゃ爺!ついでに客の前で奇声を上げたりするのも止めておくれ」

色々、悩み事があったんですね女将さん。

全部爺がらみなのがいっそ清々しいです。


「それと佐藤殿」


「はい?俺っすか?」


「当然じゃろう。

お主にはここいらで幅を効かせている山神の暴走を何とかして貰うからの。"黒スーツ"どもだろうが儂らの同類だろうがなんだろうが使って、何としても成し遂げて貰うからの」

神の暴走ねぇ…

取り合えず、報告のネタはできたかもしれない。


「ええ、良いですよ。それを色々調べにきたんですから、渡りに舟です」


「それは頼もしい限りじゃ!

して?爺はどうなんじゃ?うん?」


「嫌じゃ」


「「は?」」

この期に及んで何だこの爺…


「こんな脅しめいたやり方に屈しては漢が廃るわい。ワシは最後まで誇れる漢になるんじゃ、プユミちゃんに堂々誇れる漢にの」


「は?プユミちゃん?」


「爺の自作キャラクターじゃよ追々、話そう…まぁ、それじゃあ聞き分けの無い爺だけ火葬しようかのぉ…」

炎が再度、燃え上がる。


「愛猫に看取られるなら本望じゃ…

プ、プユミちゃん…儂はここにいるぞ!」

看取られるってか焼き殺されるんですがそれは…

あと、ちょっと格好いいセリフっぽいのを言うのは勘弁してほしい。


調査一日目にして変態の焼死体を見るのは勘弁なので、まだ話の通じる女将さんを宥めようかと口を開いたが…


「女将さ…」


「ふぉいやゃああああ!」

何者かの雄叫びと共に視界が白く染まる。


おぼろげながら触手で消火器を4、5本は携えているのだろう何者かが…まぁ、アイツなんだろう。女将さんに消火器で殴り掛かっているのが見えた。


違う、一発入れてやるのはそっちじゃねぇ。



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