第13話 ようこそ"おじさん家"

 ガタゴトとバスに揺られはや一時間。

目的地は未だ遠く、嫌になる。

散々、電車を乗り継いでからのバス地獄…

尻の感覚が痛いを通り越して何も感じ無くなってきた。


オォエエエェェぇェェッオォェェエエエエ


隣ではアイツがひたすら無いものを吐いている。

前日にワクワクし過ぎて眠れなかった状態で、散々、はしゃぎまわって疲れてからの、乗り物酔いね…俺も小学生の頃はよくゲロったものだ。


そして店長…は、隅に寄りかかってお休みモード。

小学生の遠足じゃああるまいし…

もう少しこう…ほど良い緊張感っていうの?

潜入調査何だし…

何かそういうワクワクドキドキな要素を期待した俺が馬鹿だった。

三十路はロマンに飢えている。


「えぇぇー間もなく~xxxxx村市役所前~

xxxxx村市役所前~、お降りのお客様は御手元のボタンを押して~知らせ下さい~」


若干訛り気味の、間延びしたアナウンスが流れる。


「店長、起きて下さい~xxxxx村ですよ~」

アナウンスを真似しながら肩を揺する。


「おけぇーおけぇ、起きるわ…起きる…」

あぁダメだ。

こりゃすぐに二度寝するパターンだわ…


「おい、そろそろ着くからな、お前も降りる準備を…」


「オッォぇええ、大丈夫、大丈夫…ゲエッオォぉぉぉおゲッェェェエェこの、この袋さえ有れば…ウッッッツ!大丈夫…」

お気楽さの消え失せた変幻自在の超生物はゴミ袋に顔を埋め、来るべき何かに備えている。


取り合えずボタンを押す…


「ピンポーン♪次、降ります」

  オェェエエエエエエっ!

…本当、ロマンもへったくれもありゃしない。


 寝ている店長を背中におぶり、俺達は歩を進めていた。アイツもまぁバスから降りたらおちついたのか、フラフラしながらも着いてくる。

しかしながら困った。

俺達の住んでたところは田舎だと思っていたが、このxxxxx村は更に田舎、本当の田舎って感じだ。見渡す限り田んぼと山と、一戸建てがチラホラと見えるだけ。

夕暮れ時の田舎道には俺達以外人影はなく、車なんて通りゃしない。

地図アプリの示す数少ない村の宿泊施設を目指し、俺達は歩いている。

 無論、タクシーを呼ぶって手も有ったがバス停の案内に書かれていたタクシー会社には、電話しても繋がらず。

人知れず倒産でもしているのだろう。

ならばとギリギリ一本アンテナの立つスマホを繰り、比較的近場のタクシー会社に連絡を取るも…こちらに到着するまで3時間の見立。

日が暮れちまう

ちくしょうめ…

宿泊先までの予測所要時間は徒歩で1時間、さすが田舎。


「佐藤…佐藤…お腹減った

吐き疲れてヘロヘロとしたアイツが力なく不満を訴える。

元気がないぶん五月蝿くないのが幸いだ。


「俺も減ったよ…もう少し我慢だ。

そろそろスーパーが見える筈なんだ…」


調べた限り、この村にコンビニはない。

商店というと、午後8時には閉店する見慣れない系列の、中規模なスーパーがポツンと有るだけだ。


宿泊施設には急な予約なので、当日の食事は提供できないと随分尊大な"のじゃ"口調で釘を刺された。

まぁ、当日申し込みで寝床を確保できただけでも良しとしよう。

ともかくも、今日の夕飯はこの先に有るであろうスーパーにかかっている。


「ねぇ、本当にこんなところで調査すんの…」


「当たり前だ。

最長で1ヶ月、ここに滞在してその間に村の神について情報収集だ」


「えぇぇ…お肉は、お肉は食べられる?」


「そこは大丈夫さ、畜産がそれなりに盛んだからな。ブランド牛とかあるらしいぞ」


「そ、それなら…頑張る…」


「おぉ頑張れ、頑張れ」


「ところでさ、その神さま…本当に居るの?

風だの火だのお伽噺じゃないのにさ…

ガセネタなんじゃない?」


もっともな言い分だが、お前が言うと同意できない。


「それならそれで万々歳。

分かり次第、そう報告すりゃ良いだけだ。

要はその神さまとやらが本当に居るか?

お前と同じ"異形"かどうなのか?

って二つを確認すれば良い話なんだ。

この二つさえ確認できればさっさと帰れるさ」


「うーん、まぁお肉食べれるんならそれで良いんだけどさぁ、ボクは…」


「ところでお前、他の"異形"が"異形"かどうか何て分かるのか?

高橋さん達はお前を連れてけば分かるって言い方だったけどさ」


「そりゃあ目の前に居たら分かるよぉ」


「やっぱあれか?匂いがするとかか?」


「匂い?ボクは頭にキラキラ光る糸が付いてるかどうかで分かるけどなぁ」


「へー、見えないものが見えるってか?不思議だな。たぶん、今まで俺も会ったこと有ったりするんだろうな、知らないうちに…商店街のやつらとかどうなんだ?」


「商店街の人達は違うよ?もっと強烈なのに佐藤も遭遇してた筈だけどなぁー」

ニヤニヤしながら耳隠しのでかい麦わら帽子をなおす。


「おいおい…マジかよ…まさか店長とかじゃ…」


「そりゃあ無いよ、高橋さん達が真っ先に気づくでしょ」


「そうだよな…

さっぱり分からん。答え、教えてくれ」


「はやすぎぃ~暇潰しになんないじゃん!」

むくれながら白いワンピースの裾を弄くっている。

いつもの調子が戻ってきたのか若干うざい。


「はぁー、イマジネーションの無い、ダメな佐藤だなぁ…答えはねぇ、前住んでたとこに怒鳴り込んできた、やさぐれマッチョでしたー」


「あぁ…だからお前、あん時触手で反撃とかしなかったのか…若干、俺はあの時お前が実力行使するのかと期待してたんだがな」


「やだなぁーボクだってあんなに攻撃的に興奮してる個体は何だって恐いよ。

それにまぁ向こうは何かこう…

一線越えちゃってる感じだったし?

抵抗しなくて正解だったよ」


一線ね、

何の一線だとは聞くまいよ、気分が悪くなる。

「そりゃあ、今更ながら背筋の寒くなる話だな…」


「あっはは!本当、あの時は危なかったんだよぉー」

こちらとしては笑い事では無い。


「あ、あれ!あれ!スーパーじゃない?」

薄暗くなってきた田舎道に、宇宙を煌々と漂う宇宙基地が如き建造物が、人工的な白い光りに包まれ姿を現す。

まだずいぶん小さいが、数時間ぶりに見る蛍光灯の光りは頼もしい。

あてのない田舎道の行進にゴールは見えた。


「店長~店~長~、夕、御、飯、買いますよぉ~」

ゆさゆさと背中に乗っている店長を揺する。


「はい…は~い…今、行きま~す…」


もうろくとしているのか、どこかブレている返事をする店長を地面にゆっくりと立たせる。

結婚すらしていないのに娘ができた気分になり、少し嫌になる。


「佐藤君~、佐藤君……、ここ…どこ?」


「xxxxx村のスーパーです。ここで夕飯の調達です」


「え?もう着いてたの?」


「はい。寝てたんでここまでおぶって来やした」


「ふーん…で?どうだったの?」


「何がっすか?」


「うら若き乙女を背中に密着させた感想よ」

あぁこれはあれか…

何勝手に寝ている女性の体に触れてんのよ!

という、質問に見せかけた威圧か。

別に下心が無かったことを暗に示さねば。


「何か娘ができたみたいで嬉しかったっす。微塵もいやらしさとか感じませんでしたよ~」


「…フン!」

何故か脛に、斜め45度の踏みつける様なローキックが飛んできた。


「痛った!痛い!何するんすか!」


「佐藤君、女性はね…デリケートなのよ!」

店長は若干、涙目だ。

返答を誤ったか…


「ねぇねぇーお腹すいたー早く行こよぉー」

腹ペコのアイツは痺れを切らしてグズり始める。


「あぁ…今行く!今、行くぞー!

店長、すみません、何か気に障ったのならすみません!後で必ず埋め合わせはしますから!

機嫌直して下さいよ…」


「…それじゃ、今日の夜は一緒に寝て」


「OKですOK。それじゃあさっさと夕飯を買っちゃいましょう。このスーパー、8時で閉店らしいですし」


「ダメもとだったけど…

良いのね…それじゃあ今夜、よろしくね…」

大人とはいえ潜入先で一人、夜を明かすのは不安なのだろう。

宿泊先では一人一部屋、合計三部屋予約したが確かに夜間、一人のところを襲撃されたらたまらない。

そもそも、そんなことにならないよう自然に調査すべきなのだろうが、万が一を考えるならば…

なるべく宿泊先でもかたまっていた方が良いのかもしれない。

危ない、危ない、小学校の遠足みたいな雰囲気についつい油断していた。

ある意味、俺達は敵地に潜入するスパイの様なものなのだ。

もう少し気をはらねば、


「佐~藤~、お店閉まっちゃうよー早く~」

そう、もう少し気をはらねば…


 予約していた宿泊先まであと少し。

俺達は立ち寄ったスーパーの狭いベンチで肩を並べ、割引された弁当を貪りながら英気を養っていた。


「それで?今日泊まるのはどういうところなの?」

何時もの調子を取り戻した店長はハキハキ質問してくる。


「民宿ですね。できればwifiがあるようなビジネスホテルが良かったんですけど…生憎、この村で宿泊できる場所って、この民宿しか無かったんですよ」


「ふーん、民宿…どんな部屋かによるわね…」

さすが店長、調査の拠点に関して早くも思考を巡らせているようだ。

関心していると、脇にうず高く弁当の空容器を侍らせたアイツが、モグモグさせながら偉そうに語ってきた。


「もぅ、佐藤は無用心だな~最近はね?ニセものの無料wifi?とかいうのを設置して情報を抜き取るのが流行ってんだよ~wifi何て使わない方が良いよ」


「ははは、俺だって宿泊先のwifiで機関に報告しよう何ざぁ思って無いよ。ただちょっと…」


「ただちょっと?」


エロサイトを見るときに利用するだけだ、とは言えまい…

「ドラマの続きでも見ようと思ってな…」


「ふーん、部屋のテレビとかでも見れそうだけどね!」


「あっ、ああ、前に見逃したやつ何だよ…

はははは…」

下らないことに後ろめたさを感じられるのも、大人の特権である。


食後に缶コーヒーで一息つき、ベンチから立ち上がる。


「準備はいいか?そろそろ行くぞ?」


「OK~」


「…」

返事は間延びしたアイツのものだけだ。


「店長は?」


「あぁ、お腹一杯になったから寝ちゃったんだよねぇ」

そう言って、肩に寄り掛かる店長に顔を向ける。


「こりゃ、あれか…また背負ってく感じか…」


「そりゃあそうさ。無理やり起こして歩かせる何て、酷すぎだよぉ。それに、疲れてんじゃない?店長」


まぁ、今回の調査の話だって急なものであったし、店を空ける準備やなんかで無理をしてたとしても驚かない。


「お疲れさんってこったな」

起こさないようにそっ…と背負って、歩き出す。


 歩くこと数十分、太陽はほぼほぼ山の後ろに隠れ、あたりが薄暗くなってきたところでギリギリ、宿に到着。


"民宿おじさん家"


一枚板に墨で勢いよく宿名が書かれている。

ネットで見つけた時も思ったが、田舎にあるにしては随分攻めた名前を付けたものだな。


まぁ大方、都会暮らしに疲れきってドロップアウトしたいい歳の"おじさん"が田舎でのんびりするために、小遣い稼ぎも兼ねてやっているのだろう。

恐らく、フロントにはおじさんだ。

新聞を読みながらついで、といった気楽さで「らっしゃい」と、声を掛けてくるのだろう。

そういう緩さを期待させる宿名だ。


「何かあれだねぇ~食事は肉っていうか、手打ちの十割そばとかが出てきそうな名前だね」


「まぁ看板の雰囲気はそれっぽいな」


「佐藤みたいな、始終不機嫌そうなおっさんが出てきたらやだなぁー」


「ほざけ、電話口じゃ若い女の子が出たから大丈夫だろうよ」

性格に難あり、な可能性がましましではあったが…


ダメもとで一応、店長にも背中を揺すりながら声を掛ける。


「店長…店長…」


「…」

返事は無い。

寝る子は育つとは言うが、店長にもまだ伸び代は有るのだろうか?

店長のこれからの成長に思いを馳せていたら、早いとこ柔らかい布団の上に寝かせてやりたくなった。

 随分、滑りの悪い引き戸をガタガタいわせて宿に入る。

ほんのり薄暗いオレンジ色の照明が、古ぼけた木製家具と、石造りの玄関を柔らかく照らし、のどかな静けさを醸す。

奥に見えるは障子と襖、畳。

どこか懐かしみの感じられる丸いフォントの一筆書が、入り口脇に飾られている…

瞬間、抱いた感触は、

さらりとして静かな温もり。

この宿に一歩、踏み入れた感想はすこぶる好印象であった…


もっとも、

「あぁぁぁああああ~プユミちゃんマジかわえぇのおぉぉおおおお~!!!!」


「爺~‼

夜に騒ぐなと何度、言えばわかるんじゃ!

そろそろ客が見えるのじゃ!また玄関口で逃げられても儂ゃあ知らんぞ!」

突如、響いてきた興奮気味なジジイ声と、

電話口で散々聞いたのじゃ口調の怒鳴り声が、

早くも好印象を粉々にしていったのは、非常に残念ではあったが…


「何々?プユミちゃん?」

アイツは早くも厳かな玄関口にサンダルを脱ぎ散らかし、荷物を放り投げ、素足で上がり込んでいる。


こういうお宿では初めに出迎えが有るものなのだが…

店長の靴を脱がしていた俺も、つられて声をあげる。


「せめてスリッパを履け、スリッパを!」


「ほれ!見たことか!もう来よった!」

むこうさんにも聞こえたのか

"のじゃり声(怒鳴り声、と表現するにはあまりにも独特な語尾により間抜けに聞こえるので、このような造語が浮かんだ)"の後、

とたとた、と、

廊下を駆けてくる音がする…


「お客人、お客人~、大変失礼しましたのじゃ!」

お前さっきまでそんな可愛い声じゃなかっただろと、言いそうになるような猫撫で声を発し、声の主は姿を現す。


猫だった。

というかこの田舎の片隅でコスプレでもしているのだろうか…

猫っぽい格好の、やけに低身長な女性だった。

 頭に猫耳、紅色の着物の裾からチラチラと、見える尻尾は白い毛に覆われている。

この季節らしい褐色の肌に、大きな黄色い瞳が輝いて、快活な猫っぽさに拍車をかけている。

そして…どうみても女児にしか見えないが、もう店長の件で俺は学んでいるのだ。

この法治国家に児童就労など、おいそれと存在する訳が無い。失礼な言葉は発すまい。


「いやぁ、少し遅くなりましてすいません。予約しておりました佐藤です。」


「遠路はるばるご苦労!

儂はこの宿の女将なのじゃ!

電話の佐藤進殿に娘が…二人じゃな!早速、部屋に案内するからの!お荷物、お持ちしますのじゃ!」


「あぁ、大丈夫ですよ。壊れやすいものも入ってますんで、自分たちで持っていきます」


「うむ!それではついて参りませ、なのじゃ」 

何だか偉そうなんだか下手にでてんだかよくわからない物言いをしながら、猫女将は廊下を進んでいく。


「ねぇ、ねぇ…佐藤…」


珍しく大人しくしているアイツが、シャツの引っ張ってくる。

トイレか何かだろうか?


「あの猫耳の…女将さん。異形だよ」

囁くような耳打ちの内容は、まぁ何となく予想はしていた。尻尾も耳も妙にリアルで、動いてたし。


「まぁそうだろうな…、取り合えずこの村の神について情報を集めなきゃならんからな…大丈夫だろうが一応、警戒はしておけ…」


「いえっさー…」


柔らかい照明が照らすなか、奇妙な縦列は続く。


「こっち二つがお嬢さん方の部屋じゃのう。佐藤さんはあっちじゃ!茶と菓子を後からもって長期滞在時の説明をするからの、しばし寛いでおれ!」


「あのー女将さん?」


「なんじゃ?」


「こっちの寝てる方の部屋に布団を引くついでに、同じ部屋で待っていても宜しいですか?」


「そんな事は別にことわらんでもいいんじゃぞ!三人ぶんの宿泊費をしっかり払うんならの、部屋の移動なぞ自由じゃ!何だったら、一部屋に親子三人で雑魚寝でも何でもすればいいのじゃ」


「ありがとうございます」


「布団は押し入れに入ってるからの、自由に使うとよいぞ!」


女将さんは元気よく尻尾を振りながら話終わると、耳をピコピコさせながら奥に歩いていった。

悪いヤツでは無さそうだ…


「プユミちゃーん!かわえええぞぉぉおお!」


「爺~‼黙っとれ!」

…奥へと響く罵声には何かどうしようもない理由が有るのだろう。

















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