第12話 神々の棲む村
a県j市xxxxx村、
立ち並ぶ木々、群れる草花に溶け込むようにポツンと一社、村外れの某所には社が建っている。
虫のさざめきが凛々と、涼しげな音色をひそやかに奏でる静かな夜。
時おり吹く涼しげな風が、木々の枝葉を揺らす何でもない田舎の夜。
そんな夜更け、蝋燭に照らされた大小二つの影がゆらゆらと、社の障子に揺らめく。
「儂はもう我慢がならん」
大きな影は呻く。
「何じゃ突然、藪から棒に…」
小さい影はつい返答するのだが、実は後悔している。
大きい影の話は何時も、いつの間にか長々とした愚痴になるのがお決まりなのだ。
しかし、その日は違った。
大きな影は体を揺すりながら腹の底から引きずり出したような低く、太い笑いを漏らしながらこう言うのだ。
「昨夜な、割れたのだよ」
何が?とは彼らにとって野暮な疑問である。
小さい影は長々とした愚痴がこないことに内心安堵しつつ、今までなかった会話の変化に不安を覚えた。
「ほー、それはおめでとさん。
これでお主がかねてより行きたくてしょうがなかった、"外"に出れるじゃあないか」
ただ、やはりそんな不安な気持ちは言葉に出さない。
どうせ録でもない戯れ言が続くのだろうと、今までの経験から予想したからだ。
「片割れはな、隔離したよ」
予想は崩れた。
「なんじゃ?どうしてまた…」
小さい影が今度こそは不安げに尋ねる。
「ここを出ていく前にの、少し置き土産でもしようかと、思っての…その準備じゃ」
グツグツと笑う、大きな影。
続けて口にするは物騒な計画の一端であった。
「片割れを…今度こそは有るべき形にするのだよ。
最もここに住まうやつらではなく、この儂の思い描いたままの形に、だがな」
小さい影の声は、少し上ずる。
「お主…そりゃあ、ちょっとうぬが存在の本分として…どうかと思うぞ」
続く大きな影の声は、その反応を楽しむかのようだ。
「ははは、元片割れのお主と連れの爺には何もせんさ、儂の邪魔をしなければ、な…」
「お主、もしやここの者共に復讐でもするつもりなのかい?その…昨日隔離した"ソレ"で?」
いつもその、"者共"に対する愚痴を聞かされてきたのだ。
小さい影の予想はごく自然なものだ。
が、大きな影の返答は、なお悪いものだった。
「あっはっはっ、復讐?そんなちゃちなことはせんよ…儂がしようと思うのはな、やつらへの審判じゃ!」
そう言って大きな影が懐より出したるは一枚の図面。
それは一匹にして八匹の、禍々しい蛇の構想図であった…
「だからねぇーボクは牛肉以外も食べたいなぁ。たまにはほら、いつかの鶏肉ソテーとか!」
アイツは相変わらず肉が大好きだ。
仕事前の朝食の席で夕食に食べる肉料理の話をしやがる。
ベッタベッタに甘い店長お手製のジャムトーストをかじりながら聞いてたせいか、胸焼けがしてきた。
「あらミーネちゃん、それなら同じ牛肉でもすき焼きとかだって良いと思うわ」
「でへへぇ、そうだねー♪最近、ステーキばっかだもんね」
そうそう本当最近、肉ばっかだ。
俺が気をきかせて野菜を買ってこなけりゃ、多分こいつらは今頃、便秘で苦しんでいるところだ…
失敬、食事中に考えることでは無いな。
「って言うかさ最近、ほぼ肉じゃないか?俺はそろそろ焼き魚とか食べたいんだが…」
「え…何で?」
熱烈な肉至上主義者のアイツは訝しげな目を向ける。
「いやぁ、何か最近胃がもたれるっていうか…消化不良気味?あっさりしたものなら内臓に優しいかなーと、思ってな」
「あぁ~、歳のせいだね」
「えぇ、歳のせいだと思うわ」
まぁいつもの流れだ。
この肉食系女子どもは決まって口を揃えてこう結ぶのだ。
「「歳は取りたくないねー」」
体の構造を思いのまま変えられる変幻自在不思議生物と、学童時代から姿の変わらない自称"大人の女性"のお二方は心配御無用なんじゃなかろうか。
口内に残るしつこい甘さと、二人の若者(?)に対する不満は苦いコーヒーで押し流した。
…
「それじゃあ行ってくるわね」
「変な客は相手にするんじゃないぞー」
「しないよぉ~あと、歳で消化機能が低下気味の佐藤には悪いけど、今日の夜も肉だからね♪胃薬でも飲んどいて」
「余計なお世話じゃ!」
いつも通り玄関先で戯れて、いつも通り寂れたアーケード街を行き、いつも通り店を開く。
本当にいつも通り。
合間、合間で店長と交わす会話は相変わらずアイツのことだったり、店の品揃えのことだったり。
道すがら、歩幅の違いと歩くスピードについて店長から説教されたり。
本当にいつも通り。
最近暑くなってきたので冷房を入れたことぐらいだろうか、変化といえば…
などと考えながらカウンターに立っていた矢先
のことである。
"カランカラン"
「ここがチビッ子店長の店っすか見掛け相応、こじんまりしてるっすねー」
「北原君…君ねぇ」
閑静な昼下がりには相応しくない見慣れたスーツ二人組…が、何故か店に上がり込んできた。
「いらっしゃいませ…というかいきなりですね、何か御用で?」
相変わらず渋い高橋さんは北原さんの口の悪さが心配なのか、視線を交互に泳がせながら答える。
「あぁーいやね、今日はミーネ君のことじゃないんだ…かといって本屋の方に用があるんでもなくて…」
「まどろっこしいっすよ高橋さん!こう言うときは"店長呼んで来い!"でいいんすよ!」
同じ食卓を囲んだ顔馴染みがクレーマーになるのは、初めての経験である。
「はい、店長ですが何か?」
裏でかわいいPOP作りに励んでいた店長がヌッと顔を出す。
「先日は夕飯ご馳走さまッス!」
「毎度のことなんだから改まんなくて良いのよ。それで何か御用でしょうか、お客様?」
「xxxxx村の調査に行って欲しいッス!」
「はい?」
「もぉおおう、北原君!もう少し、もう少しさ、順を追って説明しなきゃ!」
ボディラインは大変素晴らしいのだが、北原さんはどこか抜けている。
まぁ、逆にそこが色々とそそるのだけれども…
「佐藤君、何にやついてんの?」
いかんいかん、仕事中だ。
…
「今日は"駒居ブックすとあ"に用があって来たんでは無いんですよ」
高橋さんは若干機嫌の悪くなった店長を前に、焦りながら告げる。
"駒居ブックすとあ"…この店の店名である。
"ストア"をあえて平仮名表記にすることにこだわりを感じるが、それじゃあ何に用があるというのだろうか?
「"駒居興信所"の方に用が有るのです」
「えぇ?」
つい声が出た。
「あぁ、そっちの用件…佐藤君店番宜しく。
ちょっと裏で用件聞いてくるわ」
「分かりました…」
後から聞くにはどうも、店長は両親から受け継いだ"駒居ブックすとあ"の経営とは別に、興信所もやっているらしい。その界隈では"チビッ子情報屋"で名前が通っており、そこそこ名前が売れているのだとか(本人はたいそう不服そうに語るが)。
ともかくも、そのチビッ子屋さんに依頼なのだと言うことだが…
「何で俺も"駒居興信所"の打ち合わせに同席させられているんでしょうか?」
「心配しなくてもちゃんお給料出すわよ?」
「いやいや…そこじゃないですって、俺は"駒居ブックすとあ"に勤めているんであって、"駒居興信所"に勤めている覚えはないですよ?」
「?勤めてるわよ」
「いやいや、契約書に書いて無かったですって」
「書いて有るわよ?」
そういって出してきた契約書のコピーには小さく、本当に小さく記載があった…
古典的な手口じゃないですかやだぁ。
「いやね?何時もは私一人でこなすとこなんだけど、今回はちょっと危険かもしれないのよ頼りになる男手が欲しいわ…」
「艶めかしく言われても俺、そんなの嫌ですからね!」
言うや否や店長はポンポンと電卓を叩く…
「今回の依頼達成できたら、これぐらい払えるわよ?」
「…やっぱりやります」
先行き不透明な三十路フリーター、背に腹は変えられまい。
「話はついたようだね」
高橋さん達は嬉しそうに依頼内容を話し出す。
…
「今回の依頼はね本来、"異形"の存在を知ってて唯一組織的に動ける、僕たち機関の人間がやるべき仕事のはずだったんだよ」
「何か我々に委託する理由が有ると?」
「まあね…調査するターゲットが少々、厄介何だ」
「ぶっちゃけxxxxx村のやつらは皆、あたしらみたいな"異形の匂いを感じ取れる人間"のことが判別出来てマジ厄介な感じーていうあれっすね」
「…うん、まぁ、確かにそんな感じー何だけど…」
割って入られた高橋さんは不服そうに続ける。
「まぁ、そんな訳だから機関の人間は端から警戒されて調査にならないんだ。機関の人間は皆、"鼻が利く"からね…」
「えっ?それじゃあわざわざばか高い費用掛けなくても、機関で新しく相応の人材を雇えば済む話じゃないんです?私が言うのもなんだけど」
店長の疑問はもっともだ。
高橋さんは悩ましげな声を上げる。
「うーん、それがねぇ上手くいってないんだよ。村の調査には"異形"の秘密を守ってくれて、尚且つ"異形"に鼻が利くけど村人達に気付かれない人材の確保…これが必須な訳だからさ、ちょっと難しいんだ」
「いや確かに俺達なら色々有りましたから、秘密は守れるし、村人達に気付かれないかもしれないですけど…"異形"に対して鼻は利きませんよ?」
「うーん、言いにくいんだけど…」
「同じく"異形"のミーネっちょも連れてけってことッスよ!じれったい!」
「うん、まぁそうだね…そういうこと。僕ら"異形"相手に信用できるコネクションないわけだし」
するとあれか、あのちゃらんぽらんの変身好きを調査に連れてけってことか。
面倒くさ。
「アイツ居て調査になるんでしょうかね?」
失礼だが、正直なところだ。
「それは本当にごめん、無茶を承知でのお願いなんだ。そのぶん調査費用には色つけるし、目当ての情報を伝えてくれたら達成報酬も弾むからさ」
「まぁ、ミーネちゃんが脱線しても佐藤君なら何とかできるでしょう…任せて下さい!」
簡単に言ってくれるぜチビッ子情報屋。
「おぉ!心強いよ!こちらが欲しい情報はxxxxx村で祀られている神様についてなんだ。
はっきりしないけどその神っていうのが発光するとか、手のひらから火を出すとか、動物の耳が生えてるとか…とにかく、怪しい話が上がってきてね。その神が実際居るのか、居るのならば害意ある"異形"なのかどうか、調べてきて欲しいんだ」
「どこぞのインターネットの書き込みだっていうような眉唾情報じゃないんっすよーそりゃもう、無茶苦茶信頼出来まくりッ‼な筋からの目撃情報なんすよ」
「えっ?ちょっと信じられないですけど…」
「うん…そうなんだよね。実際の所を確かめて、かつ情報筋の確実性をテストするための、そのための実地調査でもあるんだ」
「一石二鳥なわけですね」
「まあね、だからさどうか宜しく頼むよ」
「頼まれてくれないと上への報告もそれなりになるッスからねー」
「北原君…
ナチュラルな脅迫は止めようね!?」
…
「かしこまりました。それでは御依頼、承りますね。詳細は後日、お伝えしたメールアドレスにお願い致します」
店長は営業スマイルで告げたあと、にこやかにこう続けた。
「この度の打ち合わせで本屋を営業出来なかった分の機会損失は後日、調査費用として請求させて頂きますね、御了承下さい」
さすが店長、頼りになる。
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