第11話 お仕事騒動
「それでは、くれぐれも異形と我々、機関の存在を他言しないようにお願いしますよ」
「言ったらカチコミっすよー」
「北原君!脅迫は犯罪だよ!」
「えっ…事実を言っただけっすけど」
「君ねぇ…」
玄関口で二人を見送るのは俺一人だ。
店長は相変わらず虚空を睨み付けてひたすらアイツの長い耳を揉みしだいているし、アイツも相変わらず店長に気圧されて、されるがままなのだからしょうがない。
キレた店長は落ち着くのに時間がかかるのだ。
「ははは、大丈夫ですよ。俺、口は固い方何で」
「そういってくれると安心だよ」
高橋さんは逞しい表情筋を弛緩させる。
「ところで…」
俺には気になることがある。
ナイスバディな北原さんにまた会えるかということだ。
すみません、一目惚れなんです。
すみません。
「お二人はもうこちらからは離れるので?」
報告して機関の本部とやらに引き上げてしまうのだろうか?
「やぁ、それについてはあんまり詳しく言えないですけど…たぶん本部に報告後、こちらを監視させて頂くことになると思います」
今後ともご迷惑をかけますと高橋さんは頭を下げる…紳士だ。
「いやぁ良いんですよ、頭を上げてください。集団で動くとなると色々、融通が利かなくなるのはよく知っています。また監視ついでに鍋でも食べに来てくださいよ!」
北原さんにも会えますし。
「マジっすか!?是非お邪魔させてもらうっす!」
「北原君!」
それ以来、夕食時になるとたまに彼らは来るようになった。
…
さて、先の鍋パーティーにて
「ボクも働く!」と息巻いたアイツだが、最近随分羽振りが良い。
というか良すぎだ。
店長と俺が仕事から帰ると、
「ヤッホー!今日も和牛でステーキだよぉ!
調理よろしくねー」
最近は毎日そんな調子である。
スーパーで調達したもののようなのでそれほどバカ高いという出費ではないにしろ、毎日、買えるほどお安くもない食材を継続して買ってきている。
まぁ、収入の全てを食材購入にまわしているというのならば納得なのだが、それとは別に最新のスマホを一括で購入したりしているので、そういうわけでもないのだろう、とは店長と出した結論である。
そう、普通にバイトやなんかで稼いでいるにしてはあまりにも、出費が多すぎるのだ。
「ね、ミーネちゃん、最近随分頑張ってるようだけど…お仕事は何してるの?」
優しく、それでいてストレートな質問を夕飯の食卓で店長はぶちかます。
「えぇーとね、このお仕事は誰にも言ったらダメだよぉーって、お客さんに言われてるから秘密♪」
…場を沈黙が支配する。
正直、不安しかない。
「そっ、そうなの…」
夕食の席で軽く聞いてみたって体の店長も、訝しげな態度が隠せない。
「まぁまぁ!お客さんに言われてんならしょうがないよな!ほらほら、折角のステーキが冷めちまう、早く食べよう!」
食後アイツが風呂に入ってる間に、作戦会議である。
「これは調査が必要ね…」
開口一番、店長が言う。
「お客ってことはサービス業か何かだとは思うっすけど…」
「明日はお店閉めるわよ」
「え?」
「普通に仕事行くふりして尾行よ、尾行」
「いや、でも待ってください。
よくよく考えてみれば機関のお二人がいるじゃないですか、それほどまずい仕事ではないのでは?」
「それはあくまで、機関の基準でみた場合の話でしょう?ミーネちゃんが異形として関わることでないなら、違法な仕事だったとしても管轄は警察なので、とかなんとか言ってスルーしてるわよ、きっと」
店長はやる気まんまんである。
遠足前の小学生の如く気色ばんでいる。
「はぁ…了解です。
ちなみに給料出るっすか?」
「まぁ私のワガママなんだし、普通に出すわよ?」
さっすが店長、頭は大人ですね。
…
「それじゃあ行って来るわね」
「変なことするなよー」
「はい、はーい。行ってらっしゃーい」
間延びした返事を聞きながら、外に出る。
ここまではいつも通り。
そそくさと店長宅から距離をとり、双眼鏡で玄関口の監視を始める。
監視すること1時間、さすがにアイツの怪しいところを話しあうのにも飽きて、夕飯の献立を相談している最中、アイツは家から出てきた。
しっかり家の鍵は閉めているようなので一安心。
気になったのは格好だ。
茶色いニット帽で耳を隠し、水玉柄のシャツに黒いパーカーを羽織っている。
そして珍しくスカートをはいていた。
家に居るときはいつもTシャツ一丁で歩き回り、店長にはしたないと言われるも全くお構いなしのアイツが、である。
容姿に合わせてお洒落してやがる…
そして、肩には日帰り旅行にでも行くみたいな大きめのボストンバッグ。
怪しい。
少なくともバイトに行く格好に思えない。
「可愛い格好しちゃって…働きに行くって言うより、彼氏と泊まりがけでデートに行くって感じじゃない…」
「まぁ都市部なら何かそういう…
可愛い女の子の接客を売りにした喫茶店とかありそうですし、店の指示で可愛い格好、とかじゃないですか?そんであのバッグの中には別に制服が入っていると」
「あり得なくもないけど…
佐藤君はそういうお店よく行くの?」
「何ですか?藪から棒に…」
「いやー、大人の男の人の生活ってあんまり知らないから、気になっただけ」
「ははは、そりゃあ余裕があれば一度くらいは行ってみても良いんでしょうけどね。
今のところは無いですよ?」
「そう…安月給で悪いわね」
「謝ることなんて無いです。俺だって伊達に歳くってないですから十分、納得の上ですよ」
「それなら安心。この先も今のままで良いわね」
「…」
いや、その理屈はおかしい。
何はともあれ駅に向かうアイツを、マスクと伊達眼鏡で変装し尾行する。
見た目不審者に見えなくもないが、いざとなればペアルックで押し通すさ。
と、そういえば…
「店長、身分証持ってきていますよね?」
「持ってきてるけど?」
「なら大丈夫ですね」
ルックス以前に店長と俺では身長差が有りすぎて、平日に連れ立ってると通報されかねないですからねとは言わない。
「何それ?…もしかして私がチビだからって言うんでしょ」
女の勘は鋭い。
「いや、まぁ、職務質問とか受けたら面倒じゃないですか…」
「あぁもう!何かね、店に来る一部の客も何だけど、時おりナチュラルに低身長を指摘してくる感じ、すんごく嫌なの私」
低身長っていうか、成長ストップしてるレベルでは…
「すいません、気をつけます」
「それで?もし職務質問されたらどうするつもりなの?」
「僕たちカップルでペアルック何です、とか言って誤魔化そうかな、と」
店長は急に嬉しそうになる。
「悪くないじゃない♪ほら、カップルなんでしょ?手ぐらい繋いでリードしてもいいのよ?」
大人の女性として扱われた機会が少ないのだろう、可哀想である。
何やかんやと電車を降り、改札前でスマホをいじくるアイツを発見。バイト?なのか?
まぁ、派遣の日雇いという可能性も…
「何だかすごく怪しいわね」
「まぁ、今のところそうっすね。
格好もどっちかといえば働きに行くっていう感じじゃないですし。
今のこの状態も時間を潰してるというよりかは、誰かと待ち合わせでもしているような…」
スーツ姿の若者がアイツに走り寄る。
「ちょっと、何よ…あれ…」
「何かマジで怪しいですね」
会話こそ聞き取れないが、談笑しながら連れだって歩く二人は随分、はしゃいでいるように見える。
駅から歩くこと数分、とあるラブホテルの中にアイツらは消えた。
「こ…これはもしかして…」
店長がガクガクと声を震わせる。
「援交…かもしんないですね…」
…
その後、監視を続けただけでも5回。
公衆便所で自分の性別をとっかえひっかえ、男、女、関係なくアイツは駅前のラブホテルに連れ込んだ。
「どうする、佐藤君?」
「とりあえず帰ってきたら本人に話を聞いてみましょうか」
「先を越された気分だわ…色々と…」
何かショックだったのだろうか?
店長は先から些か放心状態気味である。
「何言ってんすか、そもそもアイツは人間じゃないんです。立ってる土俵からして違いますって」
「もう私、ミーネちゃんのことはミーネさんって、呼ぶことにするわ…」
「いやいや、ちゃんで良いんですって!
ちゃんで!不自然すぎて気持ち悪いですよ!」
「ミーネちゃん…ミーネちゃん…、働けなんて言ったから、押し付けたから、身体を売って…」
「働くって話は本人から切り出しましたよね!?」
店長の脳内状況が宜しく無いようなので早く帰ろう。
ブツブツ何か呟く…
その未発達さもあいまって
不審者というより厨二病患者のようになった店長を傍らに、電車に揺られ数十分。
家に着くなり店長は部屋にとじ込もってしまったので俺は一人、リビングでカップ麺を啜った。
日が落ちて、何時もより少し遅い時間、アイツは何時ものように、肉のたんまり詰まった袋をガサガサいわせ、帰ってくる。
ソファで惰眠を貪る俺は、喧しい玄関の開閉音で目を醒ます。
「よう!お帰り!」
「ただいまぁ~」
「おいおい、今日も肉を買ったのか?まだ昨日の残りがあるだろ」
「だってぇ、フィレ肉がセールだったし~」
まぁ正直、俺はコイツが援交してようが何してようが、人の恨みを買うようなことさえしてなければ気にならない。
店長が勝手に思ってるほどコイツが繊細で気弱な性質じゃないことは、出会ったときによく知っているからだ。
何せ出会い頭に、全裸マッチョの姿で殺しても良いかどうか聞いてくるような奴なのだ、図太くて、身勝手で、頭のネジが少し飛んでいるに違いないだろう…少し、気が利いて優しいとこもあるが。
…
その夜もステーキ…
フィレ肉のステーキだ。
旨い、特にいつにもまして肉汁が旨い。
が、
食卓は重苦しかった。
「今日…、今日もお肉がおいしいねぇー」
「…」
「焼き加減なんか最高だなー、誰が焼いたのかなぁ」
「…」
原因ははっきりしている。
店長が物言わぬ何者かと化してしまったせいだ。
「あぁぁあ!ちょっと!どうしたの!?何で店長こんななの!折角のお肉が全然、美味しくないよ!」
俺はそこそこ旨いと感じるが。
「あぁ、それな…お前の仕事のことでちょっとな…」
「仕事?」
「いいわ…私が話す」
三途の川に居るという、奪衣婆のような声で店長はボソボソと…それでいて重々しく口を開く。
「何人と寝たの?」
「はん?」
「何人と寝たの?」
「待って!何言ってるか分かんないよぉ」
「何人とヤッたかって聞いてんのよッ!!!」
「えっ?」
いかん…
話になってない…
「店長…色々とショックなのは分かりますが、この様子じゃ、コイツ多分、何も分かってないですよ」
わけのわからぬ様子で肉を頬張ったまま涙を滲ませるコイツには、今度ばかりは同情する。
「何よぉ…佐藤君、口挟まないでよぉ…」
いや、表情といい、目付きといい、声といい、色々恐いですって店長…
「なぁ…お前がやってる仕事、俺達に話してくれないか?店長が今度な?お前のやってる仕事が良さそうだったら、都市部に店を出そうって考えてるんだよ。な?悪い話じゃないだろ?」
「ちょっとお…何を言って、る、の?
佐、藤、君…」
だからいちいち恐いですって…
強張る表情筋を無理くり引き伸ばして、店長に耳打ちする。
「嘘も方便ですよ…店長。コイツ自身、自分が何やってるかよく分かってない場合もあるでしょうし、本人に説明させるのが一番ですって…」
「分かったわぁ、佐藤君…」
にんまりと笑う店長の顔が狂気じみているように感じてしまうのは、気のせいだと思いたい。
ずるずると溢れてくる涙と鼻水を啜りながら、やっとのことで口内の肉を飲み込んだのだろうアイツは苦しそうだ。
「う"ん"、わがっだっ」
散々垂れ流した体液、目もとは赤く、鼻水は顔についたまま。
可愛い顔が台無しなので、顔を洗わせてやりたかったが間髪いれず、
濁りに濁った声でアイツの説明は始まった。
そもそもアイツは普通にアルバイトするつもりだったらしい。
しかしながら、都市というのはよくも悪くも情報と誘惑に溢れている。
アイツはやる気になって降り立った駅で、よくあるマッサージ店の看板を目にしたそうだ…
『全身マッサージ"ヒヤシンス"
極上の空間で最高の一時を…
60分5000円、30分3000円…』
対して向かいのコンビニの時給は1000円…
気持ちは分からんでもない。
そりゃあ、割りの良さそうな仕事をしたくなるのが人情、アイツは急遽マッサージ屋さんをやることにしたのだという。
何せ都市部の駅前、人は多い。
アイツは男女構わず声を掛けまくった。
馬鹿だが積極性はあるのだ。
おまけに全年齢対象のゲームキャラヒロインを模してるだけあって、万人受けする可愛さである。
意外と話を聞いてくれた人は多かったという。
『最新の遺伝子工学で生み出された安心、安全な触手による全身マッサージ
場所代別で60分7000円、30分4000円』
それがアイツの触れ込みだった。
俺だったら新手の詐欺か美人局を疑って断るところだが、そこは流石都市部。
触手マッサージという物珍しさも相まって
お客はそこそこの入りだっとのことで…
絶対、何か誤解してた男性客も居たんじゃなかろうか…
まぁいい。
最初こそはアイツが持っているように見せ掛けた、両手にわらわらと密集する触手塊を見て、難色を示す客が多かったのだという。
しかしながらその都度、触手の色やら形やら、体への触れかたやら、押しかたやら工夫して繰り返すうちリピーターがつくまでになったらしい。
「で?どういうマッサージをするの?」
若干、恐さが弛んだ店長は問いかける。
やっぱりそこが重要ですよねー
「ぞっ、ぞれじゃあやっでみぜる…」
泣きはらしてダミ声ながらアクティブなやつである。
…
率直に言って不健全な要素は微塵もなかった。最初は全身をなぶり回す若干ウェッティな触手に抵抗はあったが、なかなか慣れると気持ちが良い。
例えるならば、ベッドに寝ながらにして水流に身を任せているような心地よさ…
そんな感じである。
落ち着いたアイツに詳しく聞いたらば、最初の方はやはり、触手で自身の性器をバキュームしてくれ、みたいなエロティックなリクエストがあったらしい。
そんでリクエスト通りやったら、客が失神して救急車を呼ぶはめになり、身元を話せなくて結果逃走。代金も回収できなかったのだとか…
それ以降、えっちぃ客からは逃げるようにしていたとのことで。
「問題ないんじゃないですか?店長…」
「…ごめんなさいね
…今度、確定申告のやり方、教えてあげる」
「えっ?何それ?」
なんとか危機は去ったらしい。
…
その夜みた夢は、蠢く触手の中でにたにた笑う、狂気じみた店長の笑顔だった。
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