第10話 すてきな二人組

 それは偶然だった。

「…触手…早着替え…」

向かいの若者達が何か騒いでいるなと、最初はそう思った。

それまでは大して気にも止めていなかった…

だが意識を若者達に向けた瞬間、僅かな"匂い"が鼻腔をくすぐる。


「どうしたんすかー?、高橋さーん。

ボーッとしちゃって、あの人達がどうかしたんすかー?」


「いや、ちょっとね…彼らから"アイツラ"の匂いが少ししたものだから…」


「マジっすか!」

鼻をすんすんさせた彼女も僅かばかりのその"匂い"に気付いたようだ。


「本当っすね!あん人達からしますね!離れてるからか少ーしっすけど!」


「北原くん本部に連絡お願い。」


「ラジャーっす。しっかしよく気づいたっすね、この距離の僅かな匂いでー

流石"猟犬の高橋"、二つ名は伊達じゃないっすね」

もっとも二つ名自体はクソださいっすけどね、と彼女はゲラゲラと笑う。

今時の若者は遠慮が無い。


「あのねぇ…私だって好きでこの二つ名になったわけじゃ無いんだよ?北原君…」


「あっはは、わぁーってますって!本部の人間が勝手に付けたんっすよね?嫌なら少しばかり脅かして止めさせりゃいんっすよー」


「流石に私でもそんなことしたら不味いよ…

機関での立場が危うくなる」


「また、またぁー!若い時分はヤンチャしてたくせにぃー」

ペアの北原くんは積極的で素直だ。

今も私の脇腹にドンドンと肘でツッコミをいれながら、軽口を飛ばしている。

まぁ、ちょっとね、敬ってくれてもいいと思うこともあるけどね…


「はいはい、とにかく!

目の前のターゲットに集中だ!

尾行しよう。見失ったら始末書書かなくちゃならないからね」


「えー別にまだ報告してないんすから、失敗したら揉み消しちゃってもいいんじゃないっすかー?」


「北原君…君は相変わらずだね…」


「なぁははは!あざぁーす!」


「いやいや、褒めてないから!呆れてるんだよ私!?」


「おぉーっと!高橋さん!あの二人行っちゃいますよ!」


「君ねー…まぁあの二人の住み処を見つけた後でいいよ、少しお話ししようか」


「こっわー、猟犬さんからじきじきにご指導されちゃうんすねー、私ー」

そんなニマニマしながら言われても、全然恐がってるようには見えないよ、北原君…


 彼等の住み処はアパートだった。

しかもここは…


「"対象A"、"対象B"と同じ場所か…」


「うっわー、まさかとは思うっすけどー、ここの住人、全員"アイツラ"って落ちじゃないっすよね」


「それは君…あんまり考えたくないけど有りそうだね。でも仲間うちで認知して、連携とったりはしてないと思うからさ、一匹づつやれば、いけるさ。」


「えぇー何でっすかー」


「Aは"乗っ取り"確定で駆除済み、Bもほぼほぼ確定で駆除指令待ちなんだよ?

一匹やられてるのに逃亡しる予兆すらまったくない群れってのもおかしいでしょ?」


「あー確かに…高橋さん頭いいっすね!」


「いやいや!北原君!君は少し頭使うべきだよ!?」

さて、出来の悪い相方の教育は後である。

ともかくも事態がこうなった以上、最悪を想定して動かねばなるまい。


「でー高橋さーんどうするっすかー?」


「本部に報告した上で…

まずはここの住人、全員をはっきり洗おう。

いつも通りセールスのふりして訪ねるかして、元居た住人が増えてないか、減っていないか、匂いはするかしないか…

それを部屋ごとに確かめるんだ」


「ええーここ、10部屋はあるっすよ」


「いくら面倒でも仕事は仕事…犠牲が出てからじゃ遅いんだよ、北原君」


「了解っすー。あぁーダリー」

ぶうたれながらも最終的には動いてくれるのが彼女の良いところだ。

と、最近は思うようにしている。



 「"アイツラ"はあのアパート全体で、二匹だけっした」

思ったより全然っしたねと、彼女はヘラヘラ笑う。


「とすると…Bとあの二人組の片方か…」


「そうっすね、金髪の方っした」


「ありがとう。こちらもアパートの住人を調べたんだけどね金髪の住んでる部屋、そもそも男の方が単身で住んでる筈なんだ」


「でも男は普通にいるっすよね?"乗っ取り"ではないっすね」


「まあね、騙されるかなんかして協力してるか…」

或いは…


「操られているか」


「え…何っすか?アイツラそんなんできるんっすか!?」


「過去に一例のみだけどね。

特殊な形態になれるやつが極小の分離個体を脳に寄生させて、操っていた事例が有るんだよ」


「グロっ、それ寄生されたやつ、助かったんすか?」


「無理だったね、脳味噌だけ完全にアイツラにされている状態だったらしい」 


「それカモフラってるだけで実質、アイツラそのものじゃないっすか!」


「そう、だから質が悪い。

普通に接してたんじゃ"匂い"がしないから、下手したらこちらが裏を掛かれる可能性だってある。念のため慎重にいかないと…

二人組に関わる前に先ずBを消してからにしよう」


「了解っす」


しかしながら、段取りをしたからといってゆっくりとできるわけではない。

現場はいつだって忙しい。



 ブルルルルル!

路駐した車の中で仮眠しているところを、携帯の着信に起こされる。


「はい、高橋です」


寝起きの電話応対は慣れたものだ。

休日でも似たような音を聞くとはっきりと目が覚めてしまうので、半ば職業病なのだろうが…

電話口の北原君はかなり慌てている。


「高橋さん!マジやべーっす!

例の二人組の部屋に女児が押し込まれてるっす!」


「また急だね、そっち向かうから監視、続けといて!電話そのままね!」


「ウッス!」


こりゃ、もしかしたら突入からの始末書地獄もありうるかな。



「どうだい北原君!その後、何か変化は?電話では痴話喧嘩みたいな言い争いが聞こえるって言ってたけど?」


「そうっすね正直、捕食か協力者同士の集まりか、もう一人操ろうとしてんのか判断付かねえっすけど…部屋に押し込まれた女児は無事みたいっす」


「それは一安心だね。一応聞くけど判断理由は?」


「今は静かっすけど…

さっきまでうるさく聞こえてきてたんすよー

三人分の声が部屋からそれはもうギャンギャンと」


「内容は?」


「やっぱなんか痴話喧嘩っつー印象で…

ってかよくこんな夜更けにあんなばか騒ぎできんなって感じっす」


「まぁとにかく、その入っていった女児の無事を確認するまでは注視しようか」


「了解っす!」

程なくして…対象Bが件の部屋の前で怒鳴り始めた。

わざわざ耳をそばだてる必要もないほどの怒号でこちらとしては有り難いのだが…


「無茶苦茶怒ってるっすねB…」


「よほど煩かったんだろうね」


「まぁこの夜更けにあの騒ぎ様っすからね、アイツラも睡眠邪魔されたら怒りますって」


「ははは…」


「あっ、扉開いたっすよ!

あー、あー、何か脅されてるんっすかね?

警察でも呼ぶっすか?」


「アイツらは"乗っ取り"の際、コピーした人間の攻撃性をよく"真似る"という報告を以前受けたことがある。

僕らからみても、あの怒り様はなかなかに凶暴だろ?

万一、Bが警察を襲って事態がややこしくなったら今後の方針に支障がでる…ここは大人しくしておこう」


「何かこう…何もできないとウズいてきちゃってしょうがないっすね」


「まぁ北原君、この仕事は堪えどころもあるということさ」


「まぁ本部でOLやるよか数倍こっちの方が好きっすけどね!」


「そう言って貰えると嬉しいかな…」

なんやかんやしているうちに対象Bは部屋から出てきた。


「ありゃあー手に現ナマ持ってるっすね」


「うーん、脅し取ったっぽいね」


「そういえばBの乗っ取り元の人間ってどんなだったんすか?」


「まぁ半グレのチンピラってとこだったね。

身寄りも確認できないし、定職にも就いていない…乗っ取り先としてはこれ以上ないぐらいぴったりだったと思うよ」


「生前と大して変わらなそうっすね」


「そりゃあ君…アイツラだって人並みに考える頭は有るんだ、なるべく行動も乗っ取った人物に合わせるさ」


「本当、面倒臭いっすよ。

いっそ昆虫並みに馬鹿ならこっちもやり易いんすけど」


「北原君…それだと多分、大人しくしてる個体も人を襲い始めたりすると思うよ」


「あははは、そうかもしんないっすねー

ところでBはほっとくとして部屋の三人はどうするっす?」


「一応、連れ込まれた女児が出てくるまで監視しようか」


「もし出てこない時は?」


「突入するさ」


「さっすが高橋さん、幼子に目がないっすね!」


「…その言い方は止めようか」


結果的にその日は女児(?)が部屋から出てきて、自宅とおぼしき建物まで移動するのを確認できたのでいつも通り、交代での見張りになった。

女児宅の表札にあった"駒居"の姓が少し気になったが、調べるのはBを片付けてからでも遅くはないだろう。


 "対象B"の処理はAの時よりもずっと上手くいった。

私が出歩くBを襲撃して、圧倒せず、圧倒されず、あくまで大柄な人間体を維持してもらいつつの微妙な揉み合いに持っていく…このさじ加減が一番難しかったりする。

拮抗状態に持ち込めればしめたもの

隠れていた北原君がペンタイプの注射器でブスリとやればあら不思議、対象はベチョベチョの水溜まりを作って消えるのだ。

対象の鎮圧、処分、死骸の処理、全てやってくれる便利アイテムなのだが、循環が活発な時に注射しないと意味がない。

Aの時は途中で気付かれて、やむなく人間体の頭を変身前にかち割って何とかなったが、

なんせ時間を取りすぎた。

裏から警察に協力してもらって揉み消しもらうことになったけれども、なかなか重い貸しを作ってしまったなと思う。

何はともあれ一段落ついたところで、件の二人組に取りかかることになった。


「お疲れ、北原君」


「お疲れっす!」


「Bを片付けたばかりのところで申し訳ないんだけど、早速例の二人組について本腰を入れたいと思うんだ」


「大いに結構っすよ!このまま何もないと本部で事務処理っすからね、それは嫌っす!」


「ははは、君がアウトドア派で助かったよ」


「なぁにいってんすか私がアウトドア派なら、その歳まで現場はってきた高橋さんは野生動物っすよ!」


「えっ?それ褒めてんの!?」


「あったり前じゃぁないっすか!マジ、リスペクトっす」

最近の若者はよくわからない。


 1週間程経過したころだろうか、突如彼等は移動を始める。


「北原君、彼等荷物抱えてどこか行くっぽい。話してる内容からしてアパートから出ていくようだよ」


「マジっすか、どこ行くんすかねぇー

あんまし遠出されるとこっちも追跡、面倒なんすけどね」


「休憩中悪いけど念のため合流よろしく。

場合によっては強襲もありうるからね、そのつもりで」


「らじゃーっす」


結果からいって距離は問題ではなかった。

懸念していた有事もなかった。

突然女児(?)相手に金髪が触手をひろげた時は肝が冷えたが…


「すぐ近くっしたね」


「そうだね…この間の女児宅か…」

やはり気にかかる駒居の姓。


「会話からすると、今後はここに住むのかな?」

しかし、駒居…駒居…


「突然で悪いけど北原君、駒居の名字で有名な人って誰かいたっけ?」


「やだなぁー高橋さん。

もうボケてきたんすか? 突然機関に入ってきたと思ったら伝説的スピードで出世街道まっしぐら、我らがチーフの駒居夫婦がいるじゃないっすか」


「あっ、えっ?」

何でこの局面で上司が出てくるのか理解できなかったが、確かにそういえばそうだ。

流石若者、頭の柔軟性が違う。


「ぎゃははっは!やっぱボケてきてんじゃないすか高橋さん!そのリアクションは無いっすって!」


「んーゴメン、全然思い付かなかったものだからね」


「そうと決まったらほら、早速本部に連絡っすね!我らがチーフにお問い合わせっす」

ビンゴもビンゴ、大当たり。

目の前の家は我らがチーフの持ち家だった。


「弱った、非常に不味いかもしれないよ北原君…」


「なんすか急に」


「例の二人組、思った以上にヤバイやつらかもしれない」


「えっ、あんなに馬鹿平和そうなのにっすか?」

「だって君、ともすれば駆除対象のアイツラが、一区画統括リーダーの娘に取り入って、その自宅に入り込んでるんだよ? 我々機関の存在に勘づいた個体のスパイ活動じゃないかな、これ…」


「うげぇ、確かに…もしそうだったら始末書じゃ済まなそうっすね」


「…まぁ取り敢えず本部に連絡、なるたけ早く手をまわして貰って早いとこ強制捜査だよ…

下手すれば徒党を組んだアイツラとの抗争になる可能性だって…前代未聞だよこれ…」


「抗争…何かドキドキっすね!」


「君ねぇ…」

最近の若者はやっぱりちょっと分からない。



「で、色々根回ししたところで俺達を襲撃したと…」

目の前の筋肉ロマンスグレー高橋は朗らかに笑う。


「いやっはっはっは、大変すみませんです。

しかしながらですよ、事情もお聞きして、検査もして、確証を得た。これで本部に良い報告をできるというものです。あなた方にもきっと都合の良い方向に話が進むと思いますよ」


「ねぇねぇー、お姉さんさっきから肉食べ過ぎ、ボクの分無いんだけど」


「何言ってんすか、さっきまでたんまり食べてたんしょ? お客様には少しばかり譲るのが、人間社会の常識っす」


「そんなの知らないよぉー‼」


「こらこら、北原君!異形とはいっても今日日珍しい友好的な個体なんだ!少しは自粛するべきだよ!」 


「へーい、了解っす」


「ねぇ!了解したんなら肉食べるのやめてよボクの肉!」


「おいおい…さっきから肉、肉いってるがな、俺はまだ一片も食べれてないぞ」


「佐藤はそこのオッサンと話してればいいよ!」


「おい、ふざけんなよ…」


「待ってください!」

平和(?)な食卓に響く悲痛な乙女の叫び…

店長どうしたんすか、肉、そんな食べたいんすか。


「両親は…私の両親は生きてるんですか!」


あぁ、そういけば…

筋肉高橋さんは顔の筋肉を歪ませて驚く

「えっ?知らなかったの?」


「知らないもなにも…

両親は私が高校生の時、突然居なくなって…それで…」 

今日まで死んでしまったんだと思ってたんです、と店長は続けた。


あっちゃ~

ってな感じで高橋さんと、ナイスバディさん…

もとい北原さんは頭に手をあてる。


「あぁ、あぁ、落ち着いて下さい駒居さん…

その…先程話の中で触れましたように私ども、あなた様の御両親、駒居翔、駒居美華、お二方の部下なんですよ…その…まぁ上司をこう言ってはなんですがお二方とも、突っ走ると周りが見えなくなる性質ではございませんか? 私どもは常々、そう感じるのですけれど…」


「そうなんすよねー。去年なんか本部のコーヒーメーカーの裏にゴキブリが出たってんで、区画メンバー総出でゴキブリ退治させられたんすよ、異形の監視そっちのけで」

正直、よく首飛ばないっすよねあの二人…

とナイス北原さんはしみじみ語る。


「あの二人が機関に入ったときも飛び込みだったしね本当。たまたま害意ある異形と、機関の戦闘に居合わせて、その後、即、機関にむりくり住み込みながら働き始めたからね、あの二人。最初は休憩室のソファで寝起きしてたよ」


「そうそう、今でも語り草っすよ。」


「たっ…確かに両親は開いた本屋の運営に夢中で、夜通し帰ってこないことも有りましたけど…」

あっ、と言葉を止めてアイツの長い耳をモミモミし、考え込む店長…


数分考えたのち、落ち着いた様子で口を開く。


「何だかすごく納得しました」


「うん、分かってもらえて何よりだよ」


高橋さんは手帳を破いて何か書き付けた。

「これ、御両親の電話番号ね、今度、連絡してみるといいよ」


「そうですね、有り難うございます」

そう言った店長の表情はマジ切れしているときのそれだった。

きなしか、アイツの耳を揉む調子もかなり強めに感じる。

実際アイツが

「痛い!ちょっと痛いよぉ、店長!痛い!」

と声を上げはじめたので実際、堪忍袋の緒がプッツンしてるのだろう。

声あげる不思議生物、もとい異形の声は聞こえていないのか、店長の手は止まらない。


 肉だけ跡形もなく食べ尽くされた土鍋が、

グツグツと、音をたてる。















 






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