第9話 異形機関

 「いや、そもそもね、なんであの姿なの?

趣味なの?」


「あれはですね…色々あったんですよ」


「色々ってなによ、色々って…」


夜も夜。並ぶシャッターの隊列を月が照らすなか、俺と店長は店を閉めて帰途についていた。

最初は今日の夕飯は鍋にしようとか、どうやったらやかましいあの、不思議生物を落ち着かせられるか、とか話していたのだが、なり行きでアイツの容姿がなんであんな風になったのかという話題になったのだ。


「あれはですね、アイツと俺が初めて遭遇した日の夜のことなんです」


「いやに長そうね」


「それじゃ手短に…

アイツ変幻自在、俺ナイスバディ大好き、変身してもらう、変身グロ過ぎ、俺トラウマ、結果今のアイツ、って感じです」


「分かりにく…まぁ君が下心だして馬鹿を見たってのはなんとなく分かった」


「大体、そんな感じですね」


「君、ナイスバディ好きなのね…」

自分の胸を見つめながら店長はこぼす。

食いつくのそこっすか。


「それより俺はまたアイツが気色悪い姿にならないか気が気じゃないっすよ」


「そんな気持ち悪いの?」


「えぇ、まぁ…青白い赤ん坊とか、透明な喋るホースとか、ワサワサ床と空気中の埃を食い荒らす深海生物みたいのとか…色々ですね」


「この間の半身触手で走り回るのもどうかと思うけど…面白そうじゃない!今度、変身して貰おうかしら?」


話を聞く分なら何とでも言えるさ。

「別に店長が見たいってならかまいませんけど…俺の居ない所でお願いしますよ」


多分、今見ても吐くんじゃなかろうか、特に赤ん坊は色々思い出してヤバイ。


「そういえば佐藤君、これからどうするの?」


「何がですか?」


「ミーネちゃんのことよ。ただでさえ薄給のあなたが何時までも彼女の食い扶持を稼ぐわけにもいかないでしょ?」


「実は全然、先のこと考えて動けてないんですよね。まぁ、いざとなったらアイツ、塵と埃で生きていけますし、心配ないですって!」


「相変わらずいい加減ね」


「ははは、それがこの俺です!」

サンズアップしてはぐらかしてみる。

店長と、やはり不甲斐ないと感じている自分の心を誤魔化すため。


「はぁ…まぁ、君もいい歳だしどこかでは分かってるんでしょ? まだ向き合うのが面倒だっていうんなら、無理にとは言わないわ。

でも…間に合わなくなる前に、顔をあげてね」


「…はい」

チビッコい店長が今日は大きく見えた。

なんなら鍋をつついた後だっていい…

今日、改めてアイツと話をしよう。

具体的な…これからについての話。

そう、アイツに金を稼いで貰うのだ。


 テーブルの真ん中でカセットコンロが燃え盛り、土鍋はグツグツと音をたてる。

今日はいつ頃からか始まった、週に一度の鍋パーティーの日。


「鶏肉煮えましたよ店長」


「ミーネちゃん、今度は私にもお肉食べさせてね」


さっきから肉ばかりかっさらっていくアイツに

店長が釘を刺す。


「えぇ~」


「ほら、そんなお前には豆腐をたっぷりくれてやる。畑の肉だぞ」


「うげぇ、せめてもう少し煮えてるのにしてよぉ、まだ真っ白じゃん」


「なら自分でとるこったな」

なりゆきで俺がなぜか取り分けているが、その立場に甘んじる理由はどこにもないのだ。

ブゥブゥ言いながら触手で器用にお玉を操り、豆腐を掬い取っていく。


「ほぅ言えばふぁぁ、そろそろボフゥもオシフォトしようと思うんファよねぇ」

ん?

いまとっても嬉しいお話しがアイツの、豆腐入りの口から聞こえた様な?


「あら、感心」

店長も聞こえてましたか。


「確認の為、もう一度頼む」


「ん、ん~、だからね、ボクもそろそろ働こうかって話」

聞き間違いではないらしい。

わたりに船である。


「そうか!そうか!いやぁ良いぞー俺は是非、働いて欲しいな!そして自分の食い扶持を稼いでくれたらなお良しだ!」

頷きながら店長もフォローする。


「そうね!佐藤君の安月給じゃ心もとないものね!いいと思うわ!」

あなたが言うかという内容だがまぁいい。


「うん!それでねぇ、もう少し人の多いところで探そうと思うんだけど…お願い!

交通費下さい!明日一日分、何だったら片道分だけで良いから!」


「あぁ、それぐらいだったら構わないぞ!しかし、片道分ってのは?」


「やぁねぇ、佐藤君。

日雇いで手っ取り早く稼いで、帰りは自分の金で帰ってくるぜ!っていう、ミーネちゃんの覚悟の証よ


「まぁねぇ~さっすが店長♪」 


「オウ、オウ!威勢が良いなぁ!

よし、交通費は明日一日ぶん出してやるから思うさま稼いでこい!金が貯まったらお前のスマホ買いに行くぞ!」


「おぅ♪太っ腹~」


何だかいい感じに進みそうだな、と心が軽くなった一瞬だった…

ピンポーン

こんな夜更けにチャイムが鳴る。


 「はーい、どちら様ですかー?」

家の主である店長が壁の端末に声をかける。


「え~とですねぇ~、こんな夜更けにぃ、どうもぉすみませ~ん。

ワタクシぃ"イギョウキカン"のぉ高橋とぉ申しますぅ」

ねちっこいオッサンの声が聞こえる。


「チワース、同じく"イギョウキカン"の北原っす。どうぞヨロシャース」

今度は若い女の声だ。


「こぉうらぁ!北原くぅん!人様にぃは敬語!敬語だぁよぉ!

いやぁ、どうもぉ失礼致しましたぁ、彼女ぉ新人のぉじゃじゃ馬なぁもんでぇ、申しわけぇありませぇん。恐れながぁらぁ少ぉしばかぁり、お話しぃ宜しぃでしょうかぁ?」

こんな夜更けに何なのだろうか?


何かのセールスか、宗教か…

店長がちょっと恐がって居るようだったので、応対を代わる。


「すみません、時間も時間なので本日はお引き取り頂けますか?」

こういった輩には絶対、玄関扉を開かない方がいい。

開いたが最後、何時間も時間を食われるのがおちであることを、独り暮らし歴10年以上の俺は知っている。


「北原くん、プランB」


「了解」

別人かと思われるような、ハリのある声が端末から聞こえた。


ガチャリ

玄関の方から嫌な金属音が響く。


慌ててドタドタと玄関に走る。

三対二、おまけにこちらは変幻自在の超生物がいる…などと考えて、玄関口にたどり着くと、

リクルートスーツに身を包んだ男女一組が月明かりの中、佇んでいた。


 「ちょっと!あんたらなんなんだ!不法侵入だろ!警察、警察呼ぶぞ!」


不思議と懐かしみを感じる、恰幅の良いロマンスグレーは豪気に言う。

「構いませんよ。許可はとっておりますから」


ナイスバディのエロティックメガネOLは気だるげに言う。

「っていうかー、高橋さーん、

こいつ"アイツ"の一部とかじゃないんすかー?チャチャっと片付けませーん?」


「北原くん!また、そんなこと言って…

一般人だったら大事なんだ!まずは確認、これ鉄則!」


「へーい」


「おい!お前らさっきから何を…」


ロマンスグレーが恐ろしい勢いで突っ込んでくる。


「ちょっ!ちょとぉっ!」


反射的に手を伸ばすも、モロに当て身を食らって突き当たりまで弾き飛ばされた。


「はいはーい、大人しくしてて下さーい」


鈍痛を抑えて立ち上がろうとした矢先、いつの間にか接近していたナイスバディが俺を後ろ手に拘束。

…良い体してやがる!


「佐藤君!」


「佐~藤~大丈夫?」

店長とアイツが近づいてくる。


「来るなぁあああ!来るなぁああああ!」

叫ぶが、なんせ狭い屋内だ。


恐ろしい勢いのロマンスグレーは容赦しない…

 例の二人組の襲撃から30分後、俺達は温め直した鍋をつついていた。


「いやー大変失礼しました!いやいや、まさか共同で生活してるとは思いませんでして…なりすましでもして待ち構えているんじゃないかとピリピリしておったんですよ!あっはっはっは!」

筋肉モリモリのロマンスグレーは笑う。


「っていうか、鍋旨いっすね、マジ暖まるんすけど」

ナイスバディの眼鏡姉ちゃんは遠慮しない。


そう、襲撃してきた二人も何故か一緒だ。

ことの顛末は目の前で豪快に笑う大変うるせー筋肉ジジイ…

高橋さんの勘違いに始まる。


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る