第6話 疾走する証明

 「それで?ミーネちゃんのどの辺が化け物なのかしら?」


ひょんな出来事を経てアイツの正体を店長に告白した俺は、ただならぬプレッシャーに気圧されていた。


これ、絶対怒ってるよ…

店長の腹に響いてくるような低音に、アイツのキャピキャピ声が割って入ってくる。

いつもながら空気の読めないやつだが、今回だけは有り難い。

「えー、化け物呼ばわりはちょっと酷くない?さすがに~」


「あぁスマン。お前のことを言い表す適当な言葉が出てこなくてな、俺がそう伝えたんだ。この人なら大丈夫、この前会っただろ?俺の勤め先の店長さんだ。」


「まぁ、確かに人間ではないけどさぁー。もっとこう超次元多変型生物とか、千変万化の超常生物とかさぁ、カッコいい呼び方にして欲しいな、ボクは。」


「ね?ね?今言ったでしょ?こいつは人間じゃないんですよ!店長!」


「いやね、佐藤君…今のところ私には、下らない妄言を垂れ流す三十路男と、コスプレ好きの痛々しい女の子が同棲してるようにしか思えないんだけど…」


「むっか~ボクの変身をコスプレって言うんだ?あなた。ちゃんと見てよ、触ってよ、ちゃんと耳だよ?ほらほら。」

アイツは変身に関して、並々ならぬこだわりが有るらしい。憤慨しながら店長の顔にグイグイと側頭部を押し付け始めた。


ぐいぐいと押し付けられるアイツの頭部を手の平でガードしながら、店長は慌てて声を上げる。

「分かった、分かったから、ちゃんと確かめるから。目に入るから止めて!」

ピンと尖り気味の耳が顔に迫ってくるのは確かに若干、危険を感じるものなのかもしれない。


 フニフニとその長い耳を人差し指と親指でつまんだ後に、耳の付け根から中まで念入りに店長は見て、触って、確かめる。


「にゅふふふふ、くすぐったいんだけどぉ~」

言いながらくねくねアイツは身じろぎしているが、俺が触ったときみたいに触手で咬みつくようなことは無さそうなので安心した。


「まぁ確かにそうね、耳に関しては偽物じゃないみたいね。でも生まれつきそういう耳だっていうなら、それまでの話じゃない!」


「ねぇねぇ、この店長さん?随分、頑固者だね。」


「お前なぁ…本人を前にして言うことじゃあないだろ。」


「私の性格なんてどうだっていいでしょ!それより別の証拠、早く見せなさいよ。」

店長は意地になると涙目になる。

今まさにその状態なのだ。

そんな一生懸命にならなくてもいいんじゃないかと思うが、そういう人なのだ。


「それじゃ、あれやれ!あれ!昨日やった触手前進!あれなら一発だろ!」

 

「おぉーあれね!確かに触手前進ならこの頑固者も一発だね!冴えてるぅ~♪」


 触手前進とは昨日、鳥胸肉で腹を満たし過ぎた俺達が、動く気力もなくなり部屋で文字どおりゴロゴロしていた昼下がり、突発的に発明された画期的移動法である。


「立ち上がるのもめんどくさいよ」とぼやくアイツの言葉に俺が、「お前なら頑張れば横になったまま動けんだろ」と突っ込んだのが発明の切っ掛けだ。

接地している箇所に短い触手をいっぱい生やしてワシワシ動かせば、横になったまま動けるようになることを発見したアイツはさらに、触手を吸盤状にすることで90度直角の壁面から、果ては天井まで、横になったまま移動できる術を手に入れたのだ。それこそが、触手前進。


 部分、部分に無数の触手を生やしたエルフ少女が、寝転んだまま部屋の側面を縦横無尽に移動するその様は、異様、珍妙、圧巻であった。

そう!あれなら意地っ張りな店長も一発だろ!


「それじゃ、早速…」

アイツは床に寝そべり触手前進の基本姿勢に入る。触手のウォーミングアップ具合も考慮してなのか、負担の少ない仰向けによる移動を始めるらしい…なかなか、アイツも考えているようだ。

何も知らない店長はその一挙動にも、次への段階に向けての意図と思考があることを知らず、無粋な言葉を投げる。

「何よ急に寝転んじゃって…」


そんなことは耳にも入らないとばかりにアイツは声を上げる。

「しっかり見ててよ!」

仰向けのアイツの背から、脚から、腕から、後頭部から、十センチ大無数の触手が一斉に屹立する。

ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ…

徐々にスピードを上げる、上げる…

床、壁面、散らかった衣服の上も何のその。

触手の駆動力と、アイツの体の柔かさの前にはもはや、部屋の狭さ、足場の少なさといった諸々の障害は、はじめから無いに等しいのだ。


目まぐるしく部屋中を移動する仰向けのそれ。

下は蒸気機関の如きせわしなさで動く触手群であり、上はあくまで穏やかな面持ちの長い耳の少女だ。

さながら、水中で必死に水を掻きつつも、水面上では優雅にたち振る舞う白鳥が如く、それは疾走を続ける…


と、何分か過ぎた頃だろうか、突如として触手群が動きを更に活発化させ、形状は太く短い吸盤状に変化する…ラストスパートなのだ。

トップスピードにのせて一気に駆けあがるは天井…もはや重力さへ乗り超え、堂々のフィニッシュをきめる。

仰向けで天井に引っ付いたまま見せつけるように、未だ重力に囚われの俺達を見下ろしてアイツは言う。


「どうよぉ!」

その声は、達成感に満ちていた。


 先程から口を半開きにしていた店長はようやく我にかえったようだ。おずおずと口を動かす。

「何か色々と、凄いわね…」


「店長、分かってくれましたか?」


「分かった、分かったけど…その…取り敢えず…何か、着たら?…」

万能の移動法、触手前進唯一の欠点。

それは激しい触手群の運動により、身に付けているものがことごとく、脱げ落ちてしまう点にある。

だが、それが何だというのだろう。

アイツにとってはそんな些末なことは問題ではないのだ。

全裸で天井に張り付くアイツはただただ、満足気な笑みを浮かべていた。






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