第3話 そして俺はドキドキする

  ピピピピ、ピピピピ、

無機質なリズムが心地好い眠りを阻害する。

俺は休日に目覚ましをかけない。

少なくとも社会に出てからこの日まではかけていなかった。

何故なら折角の休日を、24時間とかいうあくせく社会をまわす為に作られた通念でもって縛りたくないからだ。

休日ぐらい、俺は人間でありたい。社会を回す歯車ではいたくない。

…しかしながら、

こうした俺の十年来継続してきた哲学的こだわりは、本日をもって終了である。

他でもない。

隣で寝息を立てる長い尖り耳の少女(可愛らしい見掛けに騙されてはいけない)の形をした生物に色々と食わせてやらにゃいけなくなったからだ。


昨夜は寝てる間に捕食的な意味で襲われないかと心配で寝付けなかった。

正直、二度寝したいぐらいなのだが、ショッピングモールの営業時間は待ってくれない。そういう外的都合が俺に休日も歯車で在ることを強いてきやがる。

まぁいい、取り合えずありもので朝飯だ。

「おい起きろ。」

素っ裸にブカブカTシャツ一枚の少女。

傍らには三十路の男。

第三者的には非常に不味いのであろう絵面の中、

ソイツの肩を揺すろうと手を掛ける。


「!」


手を咬まれた。

ソイツ自身に咬まれたのではない。

ソイツから突如生えてきた触手状のナニカに咬まれた。

手の肉が少し抉れたぞおい…

傷口から血が滲むのと同時に


「ぉおおお、おはよう。」


大きく伸びをしながらソイツは起きる。

「おい」

「何?」

「手、咬まれたんだけど…」

「誰に?」

「お前に」

「寝てるのに触ったんでしょ~」

「…」

「そりゃそうさ、安全な環境で寝ていても、ある程度の警戒は怠らず、だよ」

「…」

「ほらほら、御免って」

触手が伸びてきて傷口を舐め回す。

「ッよ!何すんだよ!」

「何って、止血さ止血。ついでにボクの栄養接種」

人の生き血も啜るのだろうか、コイツは…

ちょっと怖くなってきたので話を逸らす。


「まぁいい。それより朝飯だ朝飯!」 

ほらほらと、まだ眠たげに引っ付くソイツから布団を引っぺがえし、ありものの卵と食パンで目玉焼きトーストを作る。

「にゅほほォ~♪」

目の前に皿を置くと聞いたことのない言葉を吐き、指をワキワキさせながらソイツは喜びを表現する。

「いっやぁ、久しぶりだよぉー

卵なんて~♪」

「そういやぁ、これまでは塵とか埃だったんだっけ?」

「まぁねぇー、そういうのしか食べれない形態で過ごしてたから、仕方ないっちゃ仕方ないけどね~」

言いつつ、上からケチャップをぶっかけてかぶり付き、モゴモゴやりながらぶっちゃける。

「やっぱこっちのほうが良いや」

うんうん、と頷きながら咀嚼する様に、妙に納得させられた。

「つうかよぉ、お前って何だよ?」

トーストに塩胡椒を振ってかぶり付き、尋ねる。本当、コイツが何なのかわからない。

「えー、ボクはボクだよ。」

「いや、だからさ、人間なのかまた別の何かなのか、地球外生命体なのかとかさぁ。

その、何?お前の立ち位置的な?」

諸君、くれぐれも将来はこんな語彙力の乏しい大人になってはいけない。

「いやぁ、わっかんない。」

「あぁそう…」

まぁ予想はしていましたよ…


「これから買い物に行くぞ、買い物。」 

「えぇー、ボクはいいや。ここでゴロゴロしてる。」

「いいか、お前の分も食事を賄うとなると食料が足りないからな、それをわざわざ休日潰して買いにいくんだ。別にお前が食べるものなんだから俺は特に構わない。クソ不味くて安いペットフードでも買ってきてやるよ。」

「えぇー、意外と酷いこと考えてるね君。

んじゃ行くよ、行く。面倒だなぁもぉ。」

半ば脅迫して転がり込んできたくせに態度のデカイやつである。

…いや、だからこその言動なのだろう。

「それじゃ、発掘作業を始めよう。」

「え?」

「俺はともかく、お前が着てく服とかこの部屋から掘り出すんだよ。」 

「えぇー別にこれで良くない?」

「いやいや、それじゃほぼ裸だから裸。

お前が大丈夫でも俺が捕まっちまう。」

「分かったよ。それにしても掘り出すってキミ、化石じゃないんだから…」

言いつつ黄色い髪をふりふり、改めて部屋を見渡したソイツは考えを改めたようだ。

「うん、こりゃ骨が折れそうな発掘作業になるかな!」

自分で言い出したことだが、悲しくなってきた。これがいい歳した"大人の部屋"なんだよな…

いくら見た目が大人でも心の中まで立派な"大人"何てのは、そうそう居ない。

下らないことで気持ちが揺らいだり、些細なことでぐじぐじメンタルを痛めたりするのだ。

時には素直に甘えられる優しさが欲しいと思う、三十路のこの頃である。


 「ねぇ、まだぁー?」

後ろからうざったい声が響く。

正確に言い表すならば、うざったい奴の発する可愛い少女の声が響いてきているといったところか。

「そろそろだよ、そろそろ。」

これからただ飯食わせてやるのだ、少しぐらい根性見せろといったとこだ。

後ろをペタペタとついてくるソイツの服装をチョイスするのは中々に大変だった。

苦労して掘り出した俺の服の中から、上はでかいフード付きのパーカーを、下は太って履けなくなったスキニーを、それぞれ袖、裾を5回は折ってなんとか尺を合わせた。

パーカーならば多少ダボついてても違和感無いだろうし、尖った耳をフードで隠せるのがグッドチョイスだと確信している。

スキニーはまぁ、それでもやっぱりずり下がって来るのでベルトで無理くり留めている。

靴は全部ブカブカなので、素足に靴棚から掘り出したビーチサンダルである。

下着?

ははは、直ですよ直。

独身者の部屋に女の子にぴったりなそれなんて、普通あるわけないだろう。

色々こじらせて何故か持ってる輩も居そうちゃ居そうだが…

そんなこんなを乗り越えて俺達は、近所のショッピングモール目指して歩いているところなのだ。


「ほら、見えてきたぞー」


 眼前に見えるその巨大な建物こそは、2年前に鳴り物入りで進出してきた某大手系列の複合商業施設である。ショッピングモールはおろか、レストランに映画館まで入っているのだから恐ろしい。というか、こんなのが近場に有るのに、何故あの小さい小さい俺の職場が潰れないのか、不思議である。熱烈な固定客が何人か居るにしてもだ。

本屋なんて今時、全体的に下火だろうに…

まぁ、仕事のことは考えない、考えない。

今日はあくまで休日なのだから。


 「取り合えず何を買うか大体決めるか」

たどり着いたモールの入口で、今更ながら何を買うのか話し合う。


「肉!肉が食べたい、肉!」

少女のなりをしたソイツはデリカシーの欠片もない言葉を即座に喚く。


「あぁー、はいはい。肉な肉…」

というか、そんなに肉肉言われると今朝の事とか、昨夜の事とか思い出して吐きそうになるので止めて欲しい。


「あとは米だろー、今朝なくなった卵だろー、

パンだろ…あとなんかあるか?」


「え?もういいんじゃない?」


「…お前の服も少し買うか。」

改めて見ると季節感ゼロで悪目立ちすることこの上ないファッションセンスだ。

近所だしあまり目立ちたくない。

下手すりゃ今の御時世、通報される。

休日出歩いていると知り合いによく遭遇するのだ。

店長とか、店長とか、店長にである。


「やぁやぁ奇遇じゃん。

何?買い物?あ、もしかしてデートとか?」


振り替えれば、店長だ。

後ろに接近するそれには気づいていた。

ジャージにTシャツで、ゴムサンダルなんて色気が無いどころか近所のガキンチョくさい服装だから油断したよ畜生!


「!あっ、いえ別にデートじゃぁないっすよ!コイツ、遠い親戚から急遽預かることになったんですよ。親が外人で…まぁ色々と事情が有りまして…」


「あっははは、慌てすぎ。何か怪しいぞー」


茶化すような口振りの割には目が笑ってない。


「いっ!いやぁ、そりゃあいきなりこんな所、知り合いに見られたら動揺しますって。預かることになったの、昨日今日ですもん。それにこの御時世でしょう?若い女の子連れてる三十路男ってだけで印象悪いじゃないっすか。なるべく目立ちたくないんすよ」

最悪だ、最悪だ、最悪だ、最悪だ…


「ふーん。ねっお嬢ちゃん、お名前何て言うの?」

こちらのただならぬ動揺が伝わったのだろう。

ソイツは珍しく空気を読む。


「えっ、えーとね?ミーネ?だよぉ?」


ナイス!この局面で説明書にあったキャラ名を出すのはベストな選択だ。ハーフって設定にも無理がない!


「ミーネちゃん、ね。ふーん。

可愛い名前~。」


「あ、アリガトウゴザマス…」

いや!その取って付けたような片言は止めて!

逆に怪しい。


「まぁ、そんなことなら買い物のお邪魔みたいだしお姉さん、退散するわ。」


「いやぁ、すみません。世間話もままなりませんで。」


「別にいいって、明日にでもまぁ色々聞かせてよ。女の子の世話何てなにすれば良いかわかんないっしょ?相談乗るよ。」


「ありがとうございます!」

どうやら、乗り越えられそうだ。


「くれぐれも変な目で見たりすんじゃないよ。そこら辺はデリケートだから、ねぇ?」


「だっ、大丈夫っすよ。」

投げ掛けられる鋭い視線がいちいち恐い。


バイバーイと手を振り離れる店長が見えなくなったのを確認してから、取り合えずの深呼吸。

あの人にプライベートで遭うときはいつも見計らったように間が悪い。

その度毎に心は恐慌状態に陥るので、店長と話した後は深呼吸するのが癖になっている。

この前はエロ本立ち読みしてる時だったし…


「ねぇー、ねぇー、あの子供って?」

能天気にソイツは口を開く。


「あぁ、あの人はな…俺の上司だよ。

これからも遭遇するかもしれんからさっきみたいに口裏合わせておいてくれ…」


「えぇぇ、あんな小さいのに?上司なんだ?

あ、口裏合わせるのは良いけど、その日の食事は必ず肉ね♪」


「さっきからお前…肉、肉って、それ以外何か食いたいもの無ぇの?」


「…鳥軟骨?塩胡椒つけて!」


「渋いなぁおい…」

もっとこう、ケーキ♪とか、マカロン☆みたいな見た目相応の可愛い感じを期待したのだが、

世の中は何時だってうまくいかない。


 ガサガサと音をたてながら強い日差しの中を行く。まぁだいたい想像はしていたことではあるが、食料品をありったけ詰め込んだレジ袋は中々の重量である。歩き始めてはや数分、もうすでに手が痛い。


「ねぇー、暑い~」


大きめのレジ袋にはち切れんばかりの鳥むね肉を詰め込ませた張本人が、何かぼやいているが俺はいちいち気にしない。


「タクシー使おうよぉ、タクシー。

ほらほら、ヘイ!タクシー!」

通りがかったタクシーにヒッチハイクポーズを取りやがる。バカ野郎。

止まりかけたタクシーにペコペコ頭を下げ、乗る意志が無いことを伝える。


「あのなぁー、今日は結構出費が激しいんだ。肉いっぱい買ったろ?お前の下着から、普段着から、外出用の服まで買ったろう?今日はもう金を使えんからな!」

事実、商業施設群のなかでも一番価格設定の安いショップを選んだにも関わらず、思ったよりも出費が膨らんでしまった。

今年上がった税率とやらが中々に財布の中身を削ってくれたお陰だろう。

来年は更に上がるとか何とか言うが、溜め息しか出ない。本当、世の中クソゲーだ。


「えー、暑い~」


「あぁぁ!鬱陶しい!そんな暑いならそのパーカーでも脱いじまえ!」


無論、冗談である。

人通りが少ないとはいえ、ちらほらスーツ姿のサラリーマンとOLやら、家族連れやらが見えてはいるのだ。ソイツもこのなかで、トップレスにはなるまい。

と、思ったのだ。

 

「それもそうだねぇー!」


「おいおい、冗談!冗談、だから!」

慌てて後ろを向く。


あれ?

「お前、カラーTシャツなんて着てたっけ?

あと何?そのニット帽?」


「フッフッフッ…瞬間的に触手を展開することによって実現しましたぁ。

誰もがびっくりの早着替えでーす。」

ドヤ顔がウザイ。

あぁ、買ってきたやつね…


そういや服は全部コイツに持たせてたしな。

「まぁ、目立ってなきゃ良いんだけどよ…」

気なしか道路挟んで反対側のスーツ二人組から視線を感じるが、騒がれていないところを見るとギリギリセーフなのだろう。


一安心したので、これからの話を切り出す。

何事もなぁなぁでやっていけるほど世の中、ぬるくないのだ。


「なぁ」


「何~?」


「今日の買い物でよくよく俺も分かったんだが…やっぱり二人分の生活をまわすにもそれなりに金が必要なんだ。お前さぁ基本、塵とか埃食っててくんねぇ?」


「いやいやいやぁ昨日の夜、三食面倒見るって言ったじゃん!」


「いやぁでもなぁ、やはり先立つものが…」

俺も話したくてこんな話するのではない。


歳を取ると見たくも無いことにも目を向けなければ生きていけなくなる。少なくとも俺はそうだ。現在進行形で。


「もう!この甲斐性なし‼」

可愛い声で罵られると何故かゾクゾクしてしまった。


「ごもっともで…」


「…んー。んじゃいいよ!自分で食べる分は自分で何とかするよ!」


「え?お前、働けんの?」

「フッフッフッ、心配ご無用!

ボクはボクなりに色々、経験してきてるからね!人間一人分のその日の食事を何とかするぐらいわけないさ!面倒だけどね。」


身分証明書も持たない異形が何をして稼ぐのか? ろくでもない方法かもしれないとは薄々思う。まぁ、でも…

「あぁそう…、なら頼む。」


日々積み重ねてきた後ろめたさで、俺という人間はできているのだ。今更なにを躊躇するというのか。

















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