第2話 晩酌、変身、少女の降臨

 ガサガサと袋の中身を広げ、冷蔵庫を開く。

ウキウキしながら選んだ酒と肴の数々。

楽しい晩酌になる筈だった。

始める前から"筈だった"などと表現するのはいささか消極的に過ぎると、部外者は言うのかもしれない。俺だって首もとに巻き付く透明で艶やかな"ソレ"さえ居なければそう思う。


「お、食事?最近は塵、埃、虫、微生物と、たまに横切るネズミって感じだったしさぁ、少し分けてね。」


何の最近だとは聞くまい。

"ソレ"は見た目と同様、話す内容も俺を不快にさせやがる。


「おいおい、さっき道端で塵と埃を食べるから食費は心配するなって、言ってたじゃねえか。」


「もう!いちいち刺々しいなぁ。だから少しで良いって。」


「はいはい、少しね少し…」


相手するのもなかなか疲れるので適当にはぐらかし、浴室に向かう。食事の前に風呂派なのだ、俺は。


「いいか、俺はちょっとここから離れる。くれぐれも変なことするなよ。く、れ、ぐ、れ、も。」


「変なことの基準が分かりませ~ん。」


うぜぇ。


「まぁ取り合えずその場から動くな。あと、俺が戻るまで何も口にするなよ。」


「え~、この形態だと1時間毎に有機物摂取してないと生きていけないんだけどぉ。」


「それじゃあそこら辺の埃でも食っとけ!」

俺はもう知らん。


給湯器がブォォと唸りをあげ、稼働中。

この音を聞くと1日終わりをようやく実感できる。

設定温度は40度以下。そして先週ぶりの半身浴。いつもはシャワー。

健康的入浴法にこだわりが有るわけでは無い、プロパンガスが馬鹿に高いせいだ。冬場なんて油断してると軽く一万超えてくるから恐ろしい。

まぁいい、服を脱いで風呂場へGo。

 体の汗を流してから、頭を洗いつつ考える。

店長の性格を何とかできないかとか、そろそろこの先バイト生活はキツいんでないかとか、もう三十路何だよなぁとか、貯金あんま無いしなぁとか…

あぁ、あとあの不思議生物を売っぱらえばいくらぐらいになるかとか、何処に売れるのだろうか、とか…

明日は休みだってのに、全く気分が盛上らない。こうも曇った思考になるのはあの生物のせいである…と、思うことにする。

「ふぅ…」一心地ついて、風呂場を出る。長風呂が嫌いなのでは無い、あの生物が何かしてないか心配なのだ。

まぁ、部屋が少し荒らされてる位は覚悟しておこう。


それでだ…

 「なにしてんだ?」

幸いなことに部屋には何ら被害はない。

食料が食い荒らされている何てこともない。

ただ、目の前にまた見慣れぬ異形の塊が蠢いているだけだ。

透明なホースの頭部(?)が見慣れた空洞でなくなっていた。その頭は透明な繊毛がびっしりと生えたゴルフボール大の球体に変化しており、それをブランブランと上方左右に振りまくっている。

接地部分はまるでモップだ。横幅広い透明な楕円型にやっぱり透明な繊毛、それがワキワキと団子虫の脚の様に動いている。

…ただただ、気持ち悪い。

何が嬉しくて労働で疲れきった後に、SUN値をゴリゴリ削られねばならんのか、

それも自宅で。


 ソイツは変わらずキュウキュウ鳴く。

「塵と埃を限られたスペースで効率良く、食べてるんだよ」


「にしたってよ、もう少し見映えってもんがあるだろ。」


「そんなの知らないよぉ」


「あぁ…分かった分かった。んじゃほら、俺は晩酌にするから…」邪魔すんなと言うことだ。

ヤツの形はもういい、気にしない。

そういうインテリアだと思うことにする。


「やっほぃ!少しちょうだいねぇ」


「チッ!」

滅多にしない舌打ちが出る。


 リビング兼、ダイニング兼、寝室、そこにある折り畳みテーブルに猪口と箸、皿、缶詰を並べる。

 ビールからいくか…

良く冷えているビールを冷したタンブラーに注ぎ、いい感じに泡の量を調整してゴクゴクと流し込む。

クラッカーに、トマトソースとニンニクを加えて炙ったアンチョビペーストを付け、チーズと一緒にかじると…

うん、幸せ。

「ねぇねぇ、何か頂戴よぉ」

不気味な姿で寄り添って来ないでほしい。

気色悪すぎて吐く。

黙って小皿にチーズとクラッカー、ペーストを少し分けて床に置く。


「あ、くれるの?」


「さっきからうるさいからな。」


「はいはい、反省しまぁす。」


そしてウザイ。

チビチビやりつつペーストを舐めクラッカーをかじる。

程よく温まったところで次。

チューハイを開ける。

…ふとほろ酔いで傍らを見れば、素っ裸の青白い幼児がいつの間にか居た。

真っ赤なソースをクラッカーですくいとり、幼児にはあるまじき器用さで口に放るビジュアルは、中々に不気味。

あぁそういえばコイツは人間にもなれるんだっけか…

そういうモノだと思ってしまえば何てことない。さすがにもう驚かんぞ。

酔った頭でグルグル考えていたその時、

閃いた。

 晩酌を中断し、そこら辺を引っくり返す。

こういう時、しっかり片付けとくべきだとつくづく思うが…あった!

手にしたのは以前、バイト先で廃棄するからともらった週刊誌。

たまたま気になる記事があったから持ち帰ったものの、記事を読んだきり部屋の肥やしになりつつあったそれである。

今回、用があるのは記事の方ではない。

グラビアの方である。

この手のゴシップ雑誌には決まってお色気たっぷりなグラビアが挟まっているものだ。

そら、やっぱりあった。

"8000年に1人⁉のナイスバディ、

衝撃的大人の色気"

との煽り文句で扇情的な肢体が紙面に踊っている。

「ぬふふふ…」

つい、下卑た笑いが漏れる。

リトルデーモンにいびられたり、マッチョに殺されそうになったり、家のなかに不気味な同居人(?)が転がりこんだりしたのだ。

そんな辛いことだらけの今日くらい、欲望に忠実になっても良いんでない?


「なぁ、お前色々変身出来ちゃうよな?」


「なに?急に変な声色出して。」


幼児が無垢な高音で答える。

「いやさー、こんな感じの人間にもなれるかなぁ~何てさ…」


例のグラビアを見せる。

青白い幼児はつぶらな瞳で暫く紙面を凝視した後に、

「うん、なれるよ。」


素晴らしい返答を返してくれた。

初めてコイツと遭遇して良かったと思える。

口角が何故か自然と上に上がって、口元はユルユルだが構うまい。


「そっ、それじゃあ早速…」


「何が早速?」


「こっ、これになってみてくれ。」


「何か食べ物くれる?」


「ああ!やるやる!なんだったら三食面倒みてやる!だからさ」


「なら、OK。ちょっとあっち向いてて」


「何で?」


「小さくなったりするのは一瞬で終わるんだけどね、これ、成人女性でしょ?

100%人間体の構造で大きくなるのは大変なの。変身中に色々見えたら嫌じゃん?まぁ見たいなら良いけどー」


「別にんなこたぁどうでも良いからさ、早く頼むよ」


「うわぉ、チャレンジャー。」

言うや否や目の前の幼児が、崩れる。


グジャブジュジュゴギュジュジュジュグジュジュジュジュジュ


肉体を構成している細胞がまるで人為的に統率されているかの如く、頭、肩、腕、あばら、内臓諸々…

パーツが上から順に、グロテスクな音を奏でながらボトボトと床に落ちる。

床に転げた頭がぐるりと目を剥いてこちらに笑いかけてきたあたりで、吐いた。

去年の二人っきり忘年会、店長のペースにのせられて無理くり呑んだ時ぶりに、吐いた。


喉の奥にヒリヒリと焦燥を感じた時には脳内がぐるぐる回り、意識が遠くなる…

「…ぉーぃ、おーぃ」

何か聞こえる。

顔に何かがパシパシとあたる。


意識を取り戻したと意識したら、脳内に直前のフラッシュバックが甦る。

アカンボウの生首、肉が床を叩く音、目が…


ォエエエエエエェェェェ!


迎え酒ならぬ、迎えゲロである。

ビチャビチャとアルコール臭いゲロが床に飛び散る。


「ああ起きた起きた」

目の前にはナイスバディの美女…

まぁ、アイツなんだけどな…


ォエエエエエエエエエエエッ!


思いだしゲロは止まらない。


「だっから言ったのにねぇー」


止めろ、そのなりで口から変なブラシ状のナニカを出すんじゃない…


そんで床の吐瀉物を舐めるんじゃない‼


ォッツツ、ンッ!


「おっ?」


口からナニカ出したまま小首を傾げるなぁぁ!


 ォエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!

吐きすぎて涙が出てきた。

 「さて、落ち着いたところで聞こう」

「何?」

目の前のナイスバディがきょとんと首を傾げる。

可愛い、エロい、が、欲情はしない。

できない。

「俺の酒とツマミは何処いったんだ?」

「全部食べましたぁ~」

「誰が?」

「ボクが。」

「…なぁ、」

「何?」

「何か言うことねぇか?」

「まだちょっと足りないかなぁー、何て。」

「…」

俺の楽しみはこの時点でもって終了である。

「…もう良いよ。」

「何が?」

「その格好、もう良い。」

「ぇええ!折角、いい感じに仕上がったのに?」

「うん、もういい。

ってか、色々思い出すので止めて下さい。」

「うーん。人間体だと色々美味しく食べれて良いんだけどぁ~」

「分かった。人間だな、人間…」 

何かないか、人間、人間、人間…

足元にいつか買ったゲームの説明書が当たる。

これなら。

「それじゃあ、これなんかどうだ?

しっかり人型だろう?」

「まぁ確かに、小さいし省エネだし、今の姿と同性っぽいし良いかな?

でもさぁ、なんか人間にしては耳長くない?」

…まぁ、そりゃヒロインのエルフ少女ですし。

同居人に主人公系のイケメンを選択する程、俺、男好きでもないですし。


「良いの、良いの。十人十色。

太ってるのもいりゃ、痩せてんのもいるだろ?それと同じさ。」


「まぁそうだね、OK、OK。」


 その日散らかったむさ苦しい男部屋に、

長い耳の可愛らしい金髪エルフ少女(見てくれだけ)が降臨した。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る