満たされないやつらの〜異形譚〜

さんすくろ

第1話 生温かい出逢い

「本日○○時○○分、△△県□□市の住宅地道路上で、会社員 高橋一幸さん35歳とみられる男性が遺体で発見されました。遺体は損壊が激しく、警察は高橋さんが何らかのトラブルに巻き込まれたとみて捜査を…」


 休憩室に備えつけられたテレビが物騒な情報をベロベロ垂れ流す。お陰で上司の小言により疲弊している俺の心はどん底まで落ち込んだ。

ぼかされてはいるが見覚えのあるアパート近くの現場、被害者が俺と同じく三十路… 

何気ない符号の一致は例え偶然でも気持ちの良いものじゃない…

まぁでもちょっと待ってほしい。

被害者は正社員のようだが俺はフリーターだ。セーフ、ギリギリセーフ。

…とりあえず胸くそ悪さを飲み下そうと買ってきたコンビニ弁当をカッ込む。


「ゴフッ、ゴホホッ!」

いいかい、諸君。

普段あまりのどを動かす機会のない孤独な独身男性は、気道まわりの筋肉が衰えているから、よくむせるんだ。

悲しいだろう?

そんなこんなで30分。

他はどうだか知らないが、この書店バイトの休憩時間は短く細切れだ。ギシギシいわせてパイプ椅子から下半身を引き剥がし、カウンターに戻る。

「ちょっと!休憩長いんじゃない?コーナーまだできてないんだから、早めに切り上げる位の気を利かしても良いんじゃないの?」

いけすかない上司登場。

この極小規模書店の店長が小言と共に登場である。


 初め会った時は驚いた。なんせ見た目が完全に中学生、下手すると小学校高学年の女子児童なのだ。

バイトの面接時、児童の違法就労現場に出くわしたのかと驚いて、今年で26になるという年齢を聞かされて驚いた。

「冗談でしょう?」と尋ねたら、運転免許証を眼前に突き付けられて驚いて、「悪いですけどここの店長なんです。面接始めますよ。」と言われ驚いた。

思い返せば何故、この大変失礼な初対面からバイトに採用されたのか疑問だが、当初はこんな可愛い娘が店長なんてさぞかし楽な職場なのだろうと、内心ほくそえんだものだ。


「何でこんな事もまともにできないんですかね?君は今年で何歳でしたっけ?もう30過ぎますよね?今までなにやってきたんです?」

そのちんちくりんな店長に今日まで、何べんこのフレーズを聞かされたか分からない。

俺はもはやこの人を、どんなシチュエーションで見ても"可愛い"などとは思え無くなった。


 さてさてそんな全体的にミニチュアな書店に勤める俺が、"小悪魔"的な店長から言い付けられている業務というのは、春のイチオシ料理本コーナーの新設である。

そう、この御時世に料理本である。

どうかと思わないだろうか?

ネットで調べればすぐ手に入るレシピとハウツーの諸々を一体誰がわざわざ書店で買うのだろうか?と。

未だにコーナー設置に関して俺は納得していないし、腑に落ちない。

しかしながら、

過去3年分の売上データ及び、客層のリサーチを根拠に、理路整然と理由を説明できる店長に対して俺は、何ら有効な反証を示せていないのだ。

だが、納得しかねるものはしかねる。

…諸君。

三十路の独身男性は変なところで意固地だから気をつけたまえ。


 実際のところノリノリな店長がコーナーを作るべきだろう、と、文句の一つも言いたい。

が、スチール製の什器はスマートな外見に反してすこぶる重い。

「店長がやれば良いじゃないですか。」とはどうしても言えない。レジに来る数多の客を捌くのは店長の方が格段にスピーディーだし、

その上ここで働く店員は俺と店長の二人だけなのだ、誰がやるのかは端から決まっている。


「すみません。すぐに取り掛かります。」


 言いたいことも言えない世の中~っていうのは、けっしてスカしたクールぶったような表現なんかではなくて、実に率直で具体的な指摘なのだ。

終業は2時間前。

店内からかき集めた料理本の山を脇に置き、糞重い什器に手をかける。

 「はい、残業お疲れー。コーナーありがとねぇ~」

相も変わらず温かみの感じられないリトルデーモン店長の労いを背に、店の裏口を出る。

結局、終業時間に間に合わず2時間程度の残業になってしまったが、やり残した業務がないという事実は清々しく心を照らす。

明日は休み、昼まで寝てやるのだ。心も体もズタズタに疲れているが、気持ち足取りは軽い。


…そうだ帰りがけ、コンビニで酒と缶詰を買おう。最近の缶詰は旨いのだ。こんなにも気持ちの良い夜に呑まずして何時、呑むのか。

俺は気持ち更に足取り軽やかに、家路を急ぐ。


 缶ビールにチューハイ、日本酒の小瓶、鮭のハラスにタコのアヒージョ、アンチョビ、クラッカーとチーズを一箱、締めて3,000円ちょいオーバー。普段の晩飯よりも随分高くついたが全く後悔は無い。

むしろ今時珍しい活発な消費行動なのだ。

誇らしいじゃないか。


 そこそこ重量のある凸凹としたビニール袋をガチャガチャガサつかせ、鼻歌をふかし月を見上げる。何気この一瞬は幸せなのかもしれないなどと感傷に浸っていたその時だった。


 先に目に入ったのは俺の顔面ほどもある握り拳。

頭からスーパーの袋をすっぽり被った、全裸の大男が前方に突っ立っているのに気がついた。ホラー映画さながらの異様。

って、いうか色々とでかすぎだろ…


「殺しても良いかい?」


筋肉質なガタイ通りの地に響くような重低音で物騒な第一声を、目の前の色々とデカイ彼は発する。

咄嗟に後ろを見るが…誰も居ない。


はは、俺に言ってんのかい……


「殺しても良いかい?」


ビックな彼は二言目を発する。


 なんだろうか?

そういう企画の何かか、はたまた不審者か、俺に殺したい程に恨みを持つ誰かか、物盗りか。

想像が付かない中、休憩時の番組が鮮やかにフラッシュバックする…

冴えないリーマン。

見覚えのある現場。

損傷の激しい死体、殺人…


ヤバいと思った瞬間、言葉が口をつく。

同時に理性が、馬鹿かと焦るのだ。

そこは手荷物を投げ捨てて、走る所だろうが! しかし、

今の心理状況では一度思考を行動に移すと止まれない、止まらない…


「だっ!駄目に決まってるじゃないか!」


「何で?」野太い声が返ってくる。

おいおい、意外と律儀だな。


「おま、お前、考えたことあるか?もしこっ、この世界にだな、どエライ…誰も想像できないような天変地異が起きてだな明日には皆、皆…もちろんお前も死に絶えるかもしれないなんて危機が訪れたらなぁ、何が…何が救世主になるかわっ、分からないんだぞ!俺の行動かもしれないし、俺の存在かもしれないし…とっ、とにかく、お前はそういう…そういうなぁ、あるかもしれない未来の可能性を一つけっ、消そうとしてるんだぞぉ!駄目だ、ダメダメ!絶対ダメ!」


三十路の大人が口にしていい内容ではないだろう!馬鹿野郎!と再度、

理性がピントのずれた警告を発するが、もう遅い。覆水盆に帰らず、である。


「あははははははははははははははっ」

何が面白いのか狂った様に笑い出す大男。

これは駄目なパターンかもしれん、今からでも遅くない。走ろう。


「気に入った」


「は?」


何が?とまでは咄嗟に言葉が出てこなかった。


「今後とも宜しく」


「え?」


待て、待て、なんか知らんが自己完結すんじゃないよこの不審マッチョ。ちゃんと説明してくれ…


「それじゃまぁ」


「はい?」


…目の前から男が消えた。

スーパーの袋はヒラヒラ、海月のように中空に舞っている。

いや、正しくないか。

実際、男の方は別な物と置き換わっていた。

何者かではなく物にしか見えない。


「は?何だよ…ホース?」

無色透明、親指大の太さがある紐状の物体。

長さは1メートル位だろうか。

外灯の光を艶やかに反射して輝いている。


ツルツルツルツルツルツルツル!


まさしくそんな音が相応しい様に感じた。

蛇の様に地を這うその動きは、俺がガキんちょのころ散々見たアオダイショウの其よりも滑らかで、スピーディー。

まさしく滑るように…

気付けばもう俺の太股にソレは巻き付いている。


「うゎぁ、うわああああああああっ!」


瞬間、情けない声を上げながら、巻き付くソレを遮二無二掴む。

ソレはみずみずしく、生温かい。気持ち悪。

ガチャガチャと音を立てて、アスファルトに着地するビニール袋。

こんな非常時なのに中の小瓶の無事を目端で確認してしまう自分が情けない。


そんな俺の混乱と自己嫌悪を他所に、もう首もとまで登ってきている透明なホースはキュウキュウいいながら喋り出す…


「まぁまぁ落ち着いてよ。殺そうってんじゃないんだから。」


「お前何なんだよ!訳わかんねぇよ!」


先ほどからまとわりつく、水っぽい生温かさがやはり気持ち悪い。


「ん~?だから、今後とも宜しく」


「何が宜しくなのかさっぱりわかんねぇよ!」


「君、察し悪いなぁ。共生しようぜってことさ。君はボクを住まわせて、ボクは君を外敵から守るんだ。ほら共生。」


「あのなぁ、俺の日常に外敵なんてものは居ねえんだよ!あとお前と一緒に生活するなんて無理だ。気色悪いし何より、一人(?)養う余裕なんて俺には無えよ!」


「あぁ大丈夫。大丈夫。ボクはほら色々、姿形変えれるし。そこら辺の塵や埃でも食べてれば生きてはいけるんだ!」


言いながらぐにょぐにょと、千変万化の変形を首もとで披露するソレには驚くよりも、恐怖した。


「そんだけ万能なら一人(?)ででも生きていけるだろ!勘弁してくれ!」


「もぅ、聞き分け無いなぁ君。いいかい?

脅すようで悪いけど、いざとなればボクは君を殺して君に成り変わる位、わけないんだ。」


そう言いつつソレは突如首もとから降りたと思えば、目の前で等身大の全く同じ"俺"になってみせた…


「ね?だからさ、今後とも宜しく。」


「分かった。分かったから…」


早くその趣味の悪い変身を止めてくれ。

目の前で考えてもいないことをツラツラと話す

"俺"の姿は恐ろしく不気味でしょうがない。


「はいはぁい、承諾と受けとるよ。」


透明なホースは再度、ツルツルと俺の首もとにまとわりつく。


「さぁ、寝ててもそこら辺の小動物やら、警察官に邪魔されない。素晴らしい寝床にレッツゴー!」


首もとのソレは嬉しげなトーンでキュウキュウ喚くが、その内容には微塵も共感できない。


首もとの生温かさはやはり気持ちが悪かった。



 

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