8th---ishida
「選ばれし、ニエの諸君」
レンジが声の方へ視線を移した。掘り広げられた壁に作られた、まるで観劇用の客席を思わせる場所から、エゼルが先程の衛兵を連れ、少女達、そしてレンジを見下ろしていた。
「それでは、活星祭を執り行う。諸君等はこれより、星へその身を捧げる。諸君等の魂は大地へ、流れる川へ、芽吹く全ての生命へと変わる。それは、この星の命となるのだ。これは誉れである。諸君等の魂は永劫、この星を駆け巡るのだ」
エゼルが笑みを浮かべ、両手をゆっくりと穴へ向かって伸ばした。
「おや、諸君らは嬉しくないのかね」
エゼルは穴の淵に立たされた少女たちに目をやった。少女らはその目線に気づくと、声を上げるのを止め、親に怒られた子のように縮こまった。そして、次第に少女らは手を叩き、エゼルを称える言葉を口にした。
「エゼル様……万歳!」と。
レンジは呆れを通り越して、軽い恐怖を感じた。創り上げた支配がこの空間を侵食し、狂信的な祭りを興しているようであった。
「なるほどね」
レンジはエゼルを見上げて言った。
「お前らが発明した、惑星エネルギーの物質化技術。それを使ってこの星の命を吸い出し、皇国へと売りさばいてるってわけか。どうりで星の環境が秒速的に悪くなっているわけだ。あげく、失われたエネルギーを生命エネルギーで補填しているなんてな」
「素晴らしいだろう?」
レンジはエゼルから少女たちへ視線を移した。
「おい、お前らいいのかよ! そこにいるクソみたいな独裁者のせいで、何の罪も無いお前らが尻ぬぐいさせられるんだぞ!」
その言葉に、少女達は目配せしたものの、誰一人として賛同するものはいなかった。
「何か言えよ!」
レンジの怒声を掻き消すように、エゼルの笑い声が響いた。
「私は何も強制などしてはいない。彼女たちが進んで、ニエとなることを選択したのだ。そうすれば自らの命でこの星も、そして家族や友人も、生き永らえる事が出来るんだからな」
「つまり、お前の命を差し出さないと、家族も友人も、そしてこの星も死ぬって事だろ。言葉を変えているだけじゃねぇか。とんでもねぇもんを人質にしてよ!」
「解釈の違いだよ。この星で生まれた命が、この星でその生涯を終える。これは死ではない。生まれた星へ還元しただけだ。生物は、生まれた母の腹へは戻れぬが、星ならできる。それが私が生み出した技術だ。だがそれを拒めば、当然星は死ぬ。つまり、星から生まれたもの全てが、死ぬのだ」
「だったらエネルギーの輸出を止めろ。それが元凶だろう。それに、このままだとエネルギーは減る一方だ、生命エネルギーでも補填できなくなるぞ!」
「そうすれば他の星へ移るだけだ。この星の、いやこの宇宙の母は、カミナガ皇国なのだからな!」
レンジは幼いころ、父の横で見てきた光景を思い出した。それは星単位、銀河単位の虐殺である。父は平然とそれをやってのけ、口癖のようにいつも言っていた。「カミナガの為だ」と。
「……実にカミナガ的な考え方だな」
エゼルは再び大きく笑った。それに呼応するように、少女たちの頬を再び涙が流れた。
彼女たちはどこかで納得しようと、自我を押し留めていたのだろう。そうでもしなければ、この運命を受け入れることは出来ない。だがそれも、レンジの言葉で恐怖と絶望、行き場を失った怒りが揺り戻されてしまったようだ。
「素晴らしい褒め言葉だ」
エゼルがそう口にした途端、地面が大きく揺れ始めた。体を突き抜ける重い音が、揺れの大きさを表している。衛兵に両脇を抑えられていなければ、立っているのもやっとだろう。周りの少女たちも小さく悲鳴を上げている。中には「お父さん、お母さん」と嗚咽のように呟いている少女もいた。
次の瞬間、穴を満たしていた真っ赤なマグマが、光を失い、あっというまに極黒へと変化した。マグマが発していた光が消えさり、それにより大空間にいくつも松明が灯されていたことに初めて気がついた。外で何度か嗅いだ腐敗臭が、鼻を突き刺した。同時に、真夏に地下室の戸を空けた時のような、空気が冷やされる感覚を覚えた。高温であったマグマが極黒の液体に変わった事で、温度も変化したのだろうか。
「さぁ、活星祭の始まりだ!」
エゼルが両手を高く掲げ、叫んだ。
その言葉を皮切りに一人、少女が穴へ落とされていった。
穴の中の液体は、やはりマグマとは違い高温ではないようで、落とされた少女は溺れたように液体の中で暴れている。次第に落とされた少女に変化が見られた。
先程まで、レンジと変わらないくらいの年端な少女が、みるみる老け込み、肌は爛れ、骨と皮だけになっていった。少女であった者は、パクパクと口を動かし、手を伸ばしたまま、極黒の液体へと沈んでいった。
すると、少女の沈んだ部分が、みるみるうちに極黒から緑黄へと色が変化していった。この色は、謁見室でエゼルが浸かっていた液体と同色であった。
「ほうれ、星が生き返っている、命が循環しているのを感じるだろう! 諸君らの命は今、未来へと繋がっていく。さぁ、称嘆の声を上げ歌え! 両の手を叩き、拍手で音楽を奏でるのだ!」
まだ助かるかもしれない、奇跡が起こるかもしれない。そう思っていた少女たちを、逃れる事の出来ない現実が襲いかかっている。
最早誰にもエゼルの声は届いていない。彼女達の耳には、寸分だけ先に現実へと投げ落とされた者の叫びと、警告をあげた自分自身の、本能の叫びで満たされていた。
「お前は最後だ。ニエとして選ばれた誇り高きこの子達に失礼だからな。両手足の先から十センチ感覚で切り落とし、ゆっくりと溶かしてやる」
エゼルが満面の笑みでレンジに言った。その顔は、松明の揺らめきで悪魔に見えた。
「そいつは光栄だ」
レンジはそう言うと、両脇を押さえ込んでいる衛兵に振り返った。二人共無表情にただ前を見ている。
再び少女の悲鳴が上がった。最初に落とされた少女が溶け切り、次の少女が落とされた。過剰にエネルギーを供給すると、過供給でも起きるのだろう。
少女の悲鳴は穴を囲う、順番待ちの少女たちへ伝播した。耳をつんざく程の悲鳴が大空間を響き渡った。
ふと、レンジは次の順番の少女と目があった。誰もが絶望に包まれ、泣き叫ぶ中、たじろぐ事無く、まっすぐにこちらを見ている。涙を流すことも、流した跡すら無い。初めから強く、その場に立っていたようだ。
「リオナ」
レンジはその少女の名を口にした。
リオナはレンジをじっとこちらを見つめている。その目に浮かんだ感情が、今度はハッキリと読み取れた。リオナは口を動かした。遠くて声は聞こえないが、読み取った感情から、その言葉を理解するのは容易であった。
「ごめんね」と。
二人目の少女が溶け切った。リオナの背後に立つ衛兵が、リオナを淵へと追いやった。リオナはゆっくりと目を閉じた。
「馬鹿野郎!」
レンジは抑えられた両腕を全力で振り払った。骨が砕ける音がした。どちらか、あるいは両方の骨が折れたようだ。それでも、構わないと、レンジはリオナに向かって駆け出した。
一歩、二歩と、リオナに近づいた瞬間、リオナは衛兵に背中を押され、穴へと体を傾けた。その目に、ようやく涙が流れたのに気づいた時、レンジはリオナに両手を突き出し、穴へと飛び出していた。
「リオナ!」
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