7th --- mizushima

 レンジはそれ以上言葉が出て来ない。ついさっきまで見ていた悪夢が脳裏に蘇っていた。寝覚めの悪いただの夢ではない。幼き時のその目で見た現実だ。


 三十年前にGUが発足されて大規模な戦争はなくなった。宇宙共和国、新銀河連合、カミナガ皇国による三大勢力によって宇宙は統治されているとはいえ、この広い宇宙全域に目が届いていないことも事実である。戦争でなくとも小さな争い事はそこかしこで絶えず起きている。


 新しい星を発見しては手中に収めようと制圧し、領域を広げようと意にそぐわない小さな星を排除したりと、戦争になり得る火種はいくつもある。しかし、それらを自ら起こそうというエゼルの発言に怒りがこみ上げる。


「そんなことさせるか」


 レンジは叫んで押さえ込む衛兵を振りほどこうとしたが全く歯が立たない。


「鼻血を垂らしたガキが何を言う。まさか我々の惑星エネルギーを阻止しに来たとでも?」


「たった今、それに目的が変わった」


 すると大広間にエゼルの野太い笑い声が響き渡る。エゼルの艷やかで鍛え込まれた腹筋が連動して動いていた。


「面白いことを言うガキだ。久しぶりに笑ったぞ」


 エゼルを睨みつけるレンジには、笑われる理由がわからなかった。だが、命令のみにしか反応せず、血も涙もない衛兵しか王の周りにいなければ、笑う楽しみもないのかとレンジは頭の片隅で思った。


「なにがそんなにおかしい」


「カミナガ皇国に楯突こうなどという考え方に笑ったんだ。二十年ぶりの珍客がまさかお前のような子供で、大人の動かす歯車を止めようというものだからな。カミナガ皇国と聞けば、誰もがゴエモン皇を讃え、逆らう者はいないはずだが、まともな教育を受けてないのか。お前、名前は?」


 レンジはすぐに答えない。いや、正直答えづらかったのだ。唇をきっと締め、答えを渋っていた。


 レンジが探していた男、ゴエモン・カミナガとのつながりが見つかり、カミナガ皇国の関連施設まで行く船までもある。いっきにターゲットまでの距離を縮められるチャンスを逃したくはなかった。どうにかして、この場を切り抜ける方法がないか考えていた。


「おい、聞いているのか? ……それともどこかのスパイか?」


 それでもエゼルの問いにレンジは答えず、エゼルから視線をそらした。


「オイッ」


 ドスの利いた声が響くと、レンジは髪をつかまれてまた顔面を叩きつけられた。レンジは悲痛の叫び声を上げて、名前を言った。


「……レンジ。レンジ・カミナガ」


 それを聞いた途端、エゼルはさっきよりも大きな声で笑いだした。額に手を当てつつ、腹を抱えて笑いを鎮めながら手を衛兵に向けると、衛兵の力が緩み、レンジは痛みから解放された。しかし、息の上がったレンジは衛兵に抑え込まれたままだ。


「レンジ・カミナガ……。本当にお前は、笑わせてくれるな。ゴエモン・カミナガ皇の息子とでも言えば、ひるむとでも思ったか。宇宙共和国や新銀河連合統一下の星なら通用するかもしれないがな」


 浴槽の中で一人立つ裸の男に見下げられているレンジは、冗談を言ったつもりはなかった。しかし、エゼルに笑ってあしらわれることくらいレンジはわかっていた。エゼルにとってゴエモン・カミナガは光そのものだからだ。例え、息子の名前を語ったところで、圧倒的な光の中では霞んでしまう存在だった。


 ゴエモン・カミナガを頂点とするカミナガ皇国には光と影があった。三十年以上前の統一戦争で見せた正義なる光が強い一方で、反対に伸びる影は濃く長かったのだ。


 宇宙共和国や新銀河連合の支配から抜け出したかった星をゴエモン・カミナガは、度外れな武力で二大勢力を退かせ、カミナガ皇国を良しとする星々を増やしていった。しかし、統一戦争が終結した後もカミナガ皇国は、支配領域を広げようと水面下で暗躍していた。レンジ自身、その煽りを食らっていたのだ。


 十年前、レンジが生まれ育ち住んでいた惑星は、カミナガ皇国によって爆発させられたのだ。GUでは原則物事は自由なはずだった。しかし、カミナガ皇国は他思想排除運動を強めていき、宇宙共和国や新銀河連合の思想が入り混じった惑星はことごとくカミナガ皇国の思想一つに置き換えられていき、猛反発した惑星は姿を消すことも珍しくなかった。


 誰が住んでいて、どんな星でもゴエモン皇の意に反した星は一掃されていった。


「クソー、こんなところで……」


 レンジは今も続くカミナガ皇国の悪夢をいつか止めたいと夢見ている。


 突然、エゼルの体の筋肉がまた一段と盛り上がってから、ぐっと引き締まった。そして、体中につながっていたケーブルがいっせいに抜けていく。ボディービルダーのように自分の体を確かめて、エゼルは満足げに言った。


「それでは始めようか、活星祭を。ここまで来た褒美にお前を特別にニエにしてやる。連れて行け」


 エゼルが手を振り払うと、レンジは強引に立たせられる。


「クソ、放せ。お前ら一体なにがしたいんだ」


 レンジは体中をバタせつかせるが、衛兵によって両脇をしっかり抑え込まれ、足が浮いて空を蹴るばかりだった。




 レンジは両側を衛兵に抑え込まれた状態で、エゼルと謁見した大広間を出てからいくつもの階段を降りていった。大広間が高い位置にあったにしては階段を降りすぎているとレンジは自然と感じていた。


 ただそこに顔という部位が備えつけられている衛兵に行き先をたずねても、予想通り無言だった。


 薄暗い階段の終わりが見えてきた。どこかへとつながる通路からオレンジ色の光が差し込んでいた。近づくにつれ、空気が暖かくなっていることにもレンジは気づいた。一体そこに何があるのか。地下の空間を照らす照明にしては強い光り。王宮の設備や町のインフラを考えてもそれだけの明かりを生み出すほどの仕組みがあるのか疑問に感じていた。しかし、エゼルの言っていたことを思い出した。


 地殻下から惑星エネルギーを取り出している、と。


 どのような技術かは不明だが、軍事転用できるエネルギーであれば光を作り出すことも可能なのだろう。


 最後の一段を降り、光が差し込む方へと進んだレンジは、目の前に広がる光景に驚愕した。王宮の外からでは想像もつかない大空間が広がっていた。大広間の三倍はあり、天井も見上げるほど高い。その天井や堀り広げられた壁は、土がむき出しのままで、唯一地面が石畳となっていた。


 そして、地面にぽっかりと空いた大きな穴があった。石畳の面積を合わせてもその穴は塞がらないほど大きい。その穴の縁に沿って一周ぐるりと囲うように、どこかで見かけた白い衣装を着た人たちが立っていた。総勢五十、いや百人はいる。


 よく見ると、リオナが着ていた体のラインを浮き立たせる純白な衣装をまとった少女ばかり。彼女たちの背後には一人一人、レンジを押さえ込む無機質な顔の衛兵が、彼女たちの背中に銃を突きつけていた。


 穴の中心を向かされた少女たちは、両手を胸の前で握り締め、まるで祈りをささげているようにも見える。しかし、一様にみな、涙を流していた。


 それは、単に銃を突きつけられ、恐怖に怯えていたからではなかった。


 レンジも衛兵に連れられ、穴の縁に立たされた。その穴の中に広がっていたのは、まるで腹をすかせた悪魔たちがパクパクと口を開けているかのように、マグマが顔を出していたのだ。この惑星が呼吸をするかのようにマグマ面が上下に動いている。時折、大きな泡が破裂すると、体を溶かすかのような熱風が吹き、一瞬で汗が吹き出した。


 レンジは火山口でもないところで、マグマを見るのは初めてだった。こんなところに落ちたらひとたまりもないことは、想像するまでもない。


 隣の少女もリオナに引けをとらないほど可愛い少女だったが、その目に生気は感じられなかった。頬から涙が伝い、マグマの光りを反射してオレンジ色に染まる純白な衣装の股下には流れ染みがあった。そして、涙がこぼれ溜まったとは思えないほど、彼女の足元には液体が溜まっていた。


 ――リオナと同じ服……。まさか……。


 レンジは、リオナがこの穴の縁のどこかにいるのではないかと探し始めたその時。


「惑星ラヘレ、星の復活の時が来た」


 大空間にエゼルの芝居がかった低い声が響き渡った。壁面の中ほどの高さの張り出しに、エゼルが少女たちと同じ純白の衣装をまとって立っていた。


 エゼルの声を聞いた少女たちの中には、突然冷静さを失って奇声を上げたり、腰を抜かしたようにその場にへたり込む者、卒倒する者、さらには嘔吐する者がいた。


 レンジは、キョロキョロと辺りを見回し、この狂的な状況に戸惑いを隠せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る