6th --- ishida

 レンジは夢を見ていた。毎夜のようにみる夢。惑星を包む大きな光と、絶望と恐怖が綯い交ぜにされた叫び声。そして、あの男の笑い声。夢の中でレンジは幾度も、その結末を変えようと抗った。しかしその努力も虚しく、夢は過去を忠実に反映したメモリーフィルムのように鮮明に、その記憶を描写する。


 初めて出来た友人。その友人を星ごと、消滅させた父。そして、自らも命を落としかけ、命からがら宇宙へ逃げた記憶。あの日から、何度も何度も、悪夢にレンジは襲われる。

 だが今回は、途中で悪夢は途切れた。


「起きろ」


 牢屋の衛兵を任されていた男が、レンジに吐き捨てるように言った。

 その声で意識を取り戻したレンジは起き上がろうとするも、首から下の感覚が失われており、動けずにいた。唯一自由に動く目を動かし、ギョロリと視線を上げると、小さな採光窓が闇夜を切り抜いていた。少なくとも半日、もしかしたら何日も気を失っていたのかもしれない。


 男は手に持った直径五センチ程の白いスイッチを操作した。途端、失われていた感覚はありありと蘇り、止まっていた血流が動き出し、全身を駆け巡るような感覚を覚えた。


「王がお呼びだ」


 男は牢の扉を開けると、手招きした。男の後ろには、武装した兵が二人立っている。手に持っている銃はやけに古いタイプだ。


 手錠がはめられたままの両手を地面につけ、ゆっくりと起き上がった。まだ少し痺れは残っているが、歩く事に問題は無さそうだ。レンジの両手にはめられた手錠は、ボタン一つで皮膚の上から神経ジャックできる代物だ。リオナの部屋で即座に嵌められ、意識だけ残されたまま、ズタ袋に入った残飯のようにここへ運ばれた。


 レンジにとって、そのような扱いはここ数年の星渡りで大分慣れたが、虫が這い回り、悪臭が立ち込める不衛生な地面に動けないまま放っておかれることは気分の良いものではない。


 三人の衛兵に連れられ、レンジは薄暗い廊下を歩いた。レンガ作りの廊下は、照明すら点いておらず、衛兵が掲げるライトの光だけが頼りだ。

 リオナの部屋にも物珍しいアンティークな物品は多く見受けられたが、この施設はアンティークなんかじゃすまない。人類が宇宙に進出するよりも遥か以前に存在した施設に近いようだ。


「俺はこれからどうなるんだ」


 レンジの問いに三人の衛兵は答えなかった。


「おい、聞いてるのか。それくらい教えてくれたっていいだろう」


 声を荒げるレンジなど存在しないかのように、三人はただ黙々と、何処かへ向かって歩き続けた。


 レンジは横を歩く衛兵の顔を見た。その顔には表情が全く感じられない。それは無表情というわけではない。最初から表情など存在しない、無機質さである。

 もしかしたらこの男たちは第三世代あたりの旧型機械生物なのだろうかと、レンジは思索した。


 宇宙には多くの機械生物が生きている。その数は人類の人口の数十倍にも上る。かれらは第四世代、第五世代と呼ばれ、感情エンジンから生み出された喜怒哀楽を持ち、自ら判断して行動し、中には「無意識」すら持つ者もいる。その為、比喩ではなく、生きているとされている。


 だが第三世代から前の機械生物は、感情エンジンを持たない。その当時はまだ機械生物を人類の補助装置としか見ておらず、与えられた命令を遂行する為だけに生み出され、喜びも悲しみも持たぬまま、活動限界まで動き続ける機械。


 彼らは、強制労働という意味の「ロボット」と呼ばれていた。


 何のためでも、誰のためでも無い。生み出されたから、ただそれだけを存在根拠とし、この宇宙の片隅で動き続ける、機械。情報は統制され、共有化が行われる。個など存在しない。彼らの顔には個体差があるが、それはあくまでも、「個体差がなければ面白味がない」といった、人間側の都合であり勝手である。


 第三世代の旧式なら、オーにかかれば直ぐにハックし、制御を奪うことが出来る。だが、リオナ宅の騒動の中、オーは煙のように消えてしまった。まるで本物の猫である。

 長い廊下の終わりが見えた。突き当りには大きく重厚な両開きの扉があった。全体は鈍色をしているが、所々に黄金色の装飾が施され、古めかしさは感じるがどことなく綺羅びやかに感じた。


 先頭に立つ衛兵が扉を押した。音を立てて開かれた扉は、その先の大広間へとレンジを誘った。


「入れ。王がお待ちだ」


 衛兵に促され、レンジは大広間へ歩を進めた。三人の衛兵はレンジの後ろから一定の距離を保って付いて来る。

 大広間を奥へと進む。何本もそびえ立つ石造りの柱は、大人が両手を広げても五人は必要なほど太く、長い。

 天井を見上げた。二十メートルはあるだろう。


「掃除が大変そうだな」


 レンジはそう呟くと、大広間の奥に置かれた大きな白い入れ物に近づいた。その入れ物には淡く輝く薄い緑黄色の液体が満たされており、一人の男が裸でその液体に浸かり、レンジを見つめていた。


「おいおい。この星では王は謁見中に風呂に入ってるのかよ。これは確かに情報規制したくなるな」


 レンジの挑発にも男は表情を変えず、ただレンジを見据えている。長い白髪が湯を漂うように浮かんでいる。レンジは最初、男を初老だと思っていたが、よく見ると肌艶は良く、三十代程度に見える。かと言って、四十代でもそれこそ六十代に見えなくもなく、不思議な印象を受けた。

 男は鼻で息を吸うと、ゆっくりと口を開いた。


「ようこそ、惑星ラヘレへ。私が惑星ラヘレの統一王、エゼルだ」


「統一王とはまた、尊大なおっさんだな。その気味の悪い風呂のせいで、色々やられちまったんじゃねぇのか?」


 レンジは後ろに視線をやった。三人の衛兵はピクリとも動かない。

 これで確定した。この三人は予想通りロボットのようだ。わかりやすく暴言を吐いても反応が無い所、物理的な脅威にしか対応しないようプログラムされているのだろう。命令遵守に遊びがない。


「この星に外部の人間がやってきたのは二十年振りのことだ。それもお前のような子供は初めてだ。本来なら即、処刑を執り行うのだが、その肝の座った面を拝んでおきたくてね」


 レンジは「子供」の部分だけ大きく聞こえたように感じ、すぐさましかめっ面を浮かべた。


「なら、よーく拝んでおくんだ、な!」


 レンジは言い終わるより先にエゼルに向かって飛び出した。両手を拘束されているなら、両手で殴ればいいだけである。

 だが一歩目が地面に着くよりも早く、衛兵が三人がかりでレンジを羽交い締めにし、押さえ込んだ。そのまま一人の衛兵がレンジの頭を掴んで、思い切り地面にぶつけた。


 五度程ぶつけられた頃には、レンジの鼻からは鮮血が溢れ出していた。

 呻き声を上げ、レンジはエゼルを睨みつけた。エゼルは小さくため息をつき、表情を変えずに言った。


「大人しくしていれば、痛みを感じずにこの星の一部にしてやったものを」


「星の……一部だと?」


 エゼルはゆっくりと立ち上がる。すると液体の中から無数のケーブルが現れ、それが全てエゼルの体につながっているのがわかった。エゼルが振り返ると、背後の壁が開き始めた。

 開け放たれた壁の外には、灯りの灯った街が見下ろせた。この場所はかなり高い位置にあるようだ。


「見ろ」


 エゼルが指差した先では、多くの宇宙船が燃料を燃焼し、光の尾を引きながら惑星を飛び立っていた。


「あの宇宙船には、この星の地殻下から、特殊な技術を使って取り出した惑星エネルギーが積んである。そしてエネルギーは全て、ラヘレを庇護するカミナガ皇国の軍事施設へ運ばれていく」


「なんだと。そんな事、協定違反だ。また戦争が始まるぞ!」


「始めるんだよ」


 エゼルは顔だけ振り返り、笑みを浮かべて言った。


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