4th---ishida

 男達に好き放題殴られ、今にも外宇宙へ飛びそうな意識を、どうにか失わないように捕まえたレンジは、声のした方へ目を向けた。


 そこには、美しい少女が立っていた。


 この星生まれの独特な体質だろうか。腰まで伸びた黒髪は、陽の光を浴びた部分が虹色に輝いている。まるでシャボン玉の影を見ているようだ。

 体を包む衣服は純白で、触らずとも高級な絹を用いられている事がわかる。それ程柔らかく、体のラインを浮き立たせていた。


 少女を一目見たレンジの感想は、「異質」である。

 この星の者達は、多少優劣はあれど、決して裕福な身なりをしていない。なのに少女からは、まるで淡く光っていると錯覚する程の清潔感と、高貴さを感じさせた。


「ニ、ニエ様」


「ニエ様!」


 突然大雨が降ったのかとレンジは驚いた。それほど一斉に、街中の人間全てが跪き、少女を仰ぎ見た。

 この場で立っているのは少女とレンジだけだ。自然とお互いに目が合った。

 レンジはまっすぐに少女の目を見据えた。どこか悲しみを帯びた感情を、目から感じ取れた。

  それに少女は気がついたのか、ふっと無表情を顔に貼り付け、淡々と口を開いた。


「あなたは何者ですか?」


 体温の無い声だった。見た感じ、レンジよりほんのすこし年上か同い年にしか見えない。だが、何か多くのものを失って生きてきた者のように感じた。少女自身は隠そうと努めているようだが、声色の節々から寂寥感がにじみ出ている。


「俺は……星渡りだ」


 レンジの答えに、一瞬、少女の表情が驚いた様に見えた。しかしすぐにまた無表情に戻り、少女は口を開いた。


「不法入星者ですね。それでこの騒ぎも合致致しました……わかりました。私が警護所へ連れていきましょう」


 レンジは舌打ちして唾を吐いた。唾には血が多く含まれ、切れた唇から鋭い痛みを感じた。


「ニエ様! ここは私達にお任せを!」


「そうですぜ!」


 伏していた男達が口々に声を上げた。


「あなた達は活星祭の準備があるでしょう。ここは私お任せ下さい」


 少女がそう言うと、男達は地面に埋まるほど伏せ、感謝の言葉を述べている。


「おい、姉ちゃん。俺が大人しくあんたに着いていくとでも思ってるのか?」


「ここで彼らに処刑されるか、私に着いてきて、ちゃんとした理由をもって王に便宜を払うか、どちらがいいでしょう?」


 少女はそういうと、くるりと反転してスタスタと歩きだした。


「おい!」


 いつの間にか足元にやってきていたオーが、小声でレンジに言った。


「おい、レンジ……とにかく今は少女に着いていくんじゃ。今は助かる方法が他に無いじゃろ!」


 レンジは暫くオーと少女を交互に睨みつけていたが、やがて大きなため息をつくと、両手を広げて少女の後を追った。


 少女は通りを曲がり、人一人がやっと通れる様な裏道をいくつも抜けていく。まるでレンジが逃げ出してもお構いなしと言わんばかりに、スルスルと裏道を抜けていくので、何度か逃げ出そうと思ったが、少女は勘良く、その度に振り返っては釘を刺された。


「着いたわ」


 やっと少女は足を止めると、奥まった小道の突き当りの前に立った。壁に手をつけると、淡く手の形に壁が光り、音も無く人が通れるサイズに壁が開いた。

 壁の中は真っ暗闇だった。レンジがいぶかしげに見回していると、「早く入って」とマントを捕まれ、レンジは中へ放り込まれ、後ろで壁が閉まる音がした。途端、暗闇に包まれた。


「なにすんだ!」


 勢い余って転げたレンジが怒りの声を上げると、ぱっと明かりが灯った。そこは人が五人入れば一杯になるくらいの広さの部屋であった。天井には古めかしい白熱電灯が灯っていた。発光素材を混ぜた「光壁」が普及した現在では、なかなかお目にかかれない、「アンティーク」である。


「どう、オシャレでしょ」 


 壁際で電灯のスイッチに手をかけている少女は、先程までの感情の読めない表情から一転、年相応に可愛らしい笑みを浮かべている。

 その変貌にレンジは声を失い、ただ少女を眺めていた。


「危ない所だったわね。私に感謝しなさいよ、密入者クン」


 レンジの肩にオーが飛び乗り、それでようやくレンジは口を開く事が出来た。


「お前、何者だ」


「私? 私はリオナ。リオナ=アルハイル」


 リオナと名乗った少女に、レンジは先程の街の人々の言葉を思い出した。


「おい、お前はニエじゃないのか? さっきそう呼ばれていたろ」


 するとリオナは僅かに表情を曇らせ答えた。


「あれは名前じゃないわ。そうね……呼び名っていうか……まぁ気にしないで。それよりあなたは? あなたのお名前はなにかな、おチビちゃん」


「チビ……だと?」


 リオナと名乗った少女に、今にも飛びかかろうとしたレンジの頬に、オーが勢い良く猫パンチを食らわせた。


「話が進まんじゃろう、レンジ。まずは少女……リオナの話を聞い」


 オーがそう言い終わる前に、リオナはオーを鷲掴みにし、体の隅々をモフモフと調べだした。


「すっごい! なにこれ、しゃべる猫? ロボットなの? 動力は? AIは何処製? 本物みたいな外骨格……それに内蔵も脈打ってるみたいだし」


「や、止めんか! ワシはオーという、れっきとした生の猫じゃよ!」


「生きてるの? 命があるの? すっごい! すっごい! やっぱりこの宇宙には神秘が無限に存在するのね!」


 レンジは力いっぱいオーを奪い返した。オーが「うにゃう」と悲痛な声を上げたが、気にせずにリオナを睨みつけた。


「だから何なんだお前は! 一体何が目的だ!」


 今のリオナには、先程の通りで見せた、どこか高貴な印象は無い。その代わり、お菓子を見つけた子供の様な無垢な笑顔で満たされていた。


「だから言ってるじゃん。袋叩きにあってたのを助けてあげたんだよ。感謝して欲しいわ」


「何言ってやがる、お前が邪魔しなければあんなやつら、大したことねぇよ」


「いいえ、あのタイミングだから助かったのよ。あと少し、騒ぎが大きくなっていれば王直属の警備隊が出動していたわ。そうなれば、あの場で略式での処刑は確実。どのみち、助からないわよ。それより」


 リオナはそう言うと、部屋の真ん中に置かれた食卓の椅子にドカリと座り、両手を広げた。


「ようこそ、私の家へ」


 レンジは辺りを見渡した。質素ではあるが生活感のある家具、積まれた食器。壁にはボロボロになってはいるが、ペーパーメディアがいくつも貼られているようだ。


「すげぇ」


 レンジは思わず壁に貼られたペーパーメディアに釘付けになった。EDENだけではなく、情報取得、共有、拡散の全てを生体に埋め込んだデバイスから接続したネットを使用する現代。ペーパーメディアは存在はするものの、お目にかかることは殆ど無い。

 それなのに、この部屋には古今東西様々な星のペーパーメディアが貼り付けられている。いつか立ち寄った星で、ふらりと来店したギークショップよりも品揃えが良い。


「凄いでしょ。私達の宝物」


 レンジはリオナに振り返った。


「それで? 聞かせてもらおうか。お前は何の目的で俺を助けた」

 

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