2nd --- ishida

「かっせいさい?」


 レンジも釣られて口にした。この言葉、多くの人が口にするのだ、この星の共

 通言語であろう。だが、レンジにはその言語が脳内で確定されない。本来であればどこの星の、どの民族の言語であろうと、自動で翻訳される。


 それは、幼いころに投与された多角的生体ナノマシン、通称「EDENエデン」が、聴覚 神経から伝達された言語振動を翻訳し、ワードを脳内に浮かび上がらせる為である。EDENは自身の生体データを管理するだけでなく、通信網であるGUパブリックネットワークへの接続、拡張現実を使用した視覚情報の高度化等、様々な恩恵を投与者に与える。


 レンジは、EDENが壊れていないか、中耳のあたりを皮膚の上からトントンと叩 いて確かめた。だが循環型ナノマシンのEDENは、その名の通り全身をくまなく駆 け巡っているので、レンジのこの行動に特に意味は無い。だが、ナノサイズで目に見えないからこそ、レンジは「それがある場所」を自分自身の中で確定させたかった。それが中耳であった。


「レンジのEDENは半年前にギルタブでオーバーホールしたじゃろう?」

「じゃあなんで翻訳されないんだ? 流行り言葉だって、生まれた5分後には翻訳されて宇宙を駆け巡るだろう」


 オーは「そうじゃな」と言って、空を眺めた。オーの体内にもEDENは存在する。 猫にEDENを投与するのは、奇人かレンジくらいだ。だが、オーにはEDENを投与さ れるべき理由がある。


「どうやらGUのデータベースには言語が登録されていないようじゃ。待っておれ」


 そういうとオーは尻尾をフリフリしながら空を眺めた。EDENを使用し、GUのパ ブリックネットワークを介して、野良銀河ネットワークを駆け巡る。GUが管理しない、イリーガルネットワークだ。だが、そのネットワークの海に漂う情報の数は、パブリックの3億倍は多いという。オーはそこへ難なくアクセス出来る。一切の痕跡を残さずに。


「あったぞい。辺境のオタクが作ったブートレグコミュニティに落ちておったわ い。......ほれ」


 オーはそう言うと、尻尾を一振りレンジに向けた。すぐさま、レンジのEDENに情報が流れ込んできた。そこには、こう書かれていた。


『― 活星祭。ラヘレの伝統行事。以上 ―』

「おい、なんだこれ。全然情報が乗ってないじゃないか。よく調べたのか!」


 レンジはオーの脇の下を持ち、宙に浮かせてブルブルと揺らした。


「ぶぶぶぶぶ! やめい、レンジ! ネットの海に隅から隅へと潜り込んで、出てきたのがその情報じゃよ......それ以上は無い!」

「全く、喋り方は偉そうなくせに役に立たない駄猫だ! 不時着した謎の惑星、その場所の情報を少しでも知りたいのによぉ!」

「だったら、だったら自分で調べい! この吊り目のクソガキめぇ!」

「あぁ!?」


 レンジはオーをさらに高く掲げ、ブルブルを強めて震わせた。もうオーは「にゃー」としか口にしなくなっている。


「おい、兄ちゃん!」


 レンジは声のする方へ振り向いた。そこには日に焼けた浅黒い肌と、岩を切り出した様な屈強な筋肉を持った大きな男が二人、レンジを見下ろしていた。一人は頬に大きな傷を持ち、癖なのかたまに指先で傷を撫でている。もう一人は傷の男に比べれば体格は細身だが、それでも屈強と言っていい。何より目立つのが、全身に掘られた入れ墨である。この国特有の文様だろうか。それがビッシリと刻み込まれていた。


「なんだよ、何見下ろしてやがる」 レンジはオーを投げ捨てると、男二人を睨みつけた。オーは器用にくるりと反転して着地した。


「兄ちゃん、見ない顔だな。何処の街からやってきた」


 傷の男が言う。その目には濃い疑いの色が浮かんでいる。


「俺は......」


 レンジが口を開くと同時、オーが肩に乗っかり、尻尾でレンジの口を押さえた。 そして小声で言った。


「レンジ、言ってはならん。我々は入船警告を無視して撃ち落とされた身。いくら一般市民とはいえ、素性を知られるのはマズイぞ」

「じゃあ黙ってろって? 俺は逃げも隠れもしねぇんだよ」

「レンジ!」


 オーの制止を気に留めず、レンジは男二人の前に立ち、言った。


「俺はレグルス星系からやってきた星渡りだ。ある男を探してこの星にやってき た。そしたらいきなり撃ち落とされたんだが、この星の歓迎ってのいつもああな のかい?」


 男二人は最初キョトンとしていたが、直ぐに表情を強張らせた。そして街中に聞こえるような大声で言った。


「ふ......不法入星者だ! 捕まえろ!」


 オーの大きなため息が聞こえた。


「だから言ったじゃろうよ」

「たかだか不法入星で大げさだな。何処の星でも笑って許してくるぜ」


 あっという間に真ん中だけがくり抜かれた木の年輪の様に、レンジとオーの周りには人だかりが出来た。


「おいクソガキ、大人しく捕まりな。そうすりゃ無傷で『王』の元へ連れて行っ てやる」


 傷の男の言葉にレンジの表情が強張り、目に力が入った。


「......王、だと」


 今度は入れ墨の男が口を開く。


「そう。ラヘレの王......我々の救世主様」


 レンジは「こいつは当たりかもな」と小さく呟くと、腰を少し落とし、足を引いて、握った拳を顔の前で構えた。


「お......おい、抵抗する気か!」


 傷の男が叫んだ。波紋状に声が広がるように、周りの市民達も一斉に声を上げ た。それは怒りと恐怖の入り混じった声であった。


「その、『王』には会うさ。だが、俺から会いに行く。誰も俺に触れる事は許さねぇ」


 傷の男は舌打ちすると、攻撃態勢を取りレンジとの距離を一気に詰めた。あっという間に目の前に巨体が現れ、両手でレンジの体を捕まえようとする。レンジは半歩、逆に傷の男の方へ飛び込み、トンッと身を浮かせると膝を傷の男の顎へ蹴り込んだ。傷の男は自分の勢いと相乗された力を顎に与えられ、ガクリと膝から崩れ落ちた。

 市民たちの声は驚きと恐怖で満たされた。


「レンジ、レンジ......だめじゃ! ここは引くのじゃよ!」


 オーの忠告を、レンジはわざと聞こえないふりをして、次は入れ墨の男に向かい合った。アドレナリンが止まらない。悪い癖だ。それに今は、「もしかしたら」 がある。遂に、「あの男」に会えるかもしれない。


 レンジは笑みが自然と浮かんでいる事に気がついた。と、同時。目の前から入れ墨の男が消えていることに気がついた。咄嗟に気配を感じ、振り返ろうとした。だがその余裕なく、レンジの後ろに回り込んでいた入れ墨の男に羽交い締めにされ、首を締め上げられた。声にならない悲痛な叫びが漏れた。

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