星渡りのオペラ

鉢巻素

1st --- mizushima

 A.D.2628―少年と猫一匹を乗せた小型旅船「バルキリー」は、辺境の宇宙を旅していた。


 ひとつ前の星、双子星―通称ひょうたん星―で聞いた情報を頼りに、次の星に向かってはや五日。すれ違った船は一隻もない。光の粒を散りばめた張りぼての中をただ浮かんでいるようにも思えるほどだった。


「レンジ、起きるのじゃ。目的の惑星が見えたぞい」


 暗い寝室に突如現れた光る二点の猫目が、ベッドの上で息を深く吸って寝返りをした主をしっかり捉えていた。ヘッドボードに光る睡眠バイタルはオールグリーンで、主の睡眠は十分なことを示している。


「起きよ、レンジ。星が見えたら起こしてくれと言ったのは誰ぞ?」


「オー……それはてっかい……する。……バルキリーが星に着陸したら、また起こして……く……れ」


 ニャー、とため息を吐いた猫のオーは、ヘッドボードの太陽アイコンに前足をかざした。すると、天井にむき出しになったカバーのはずれたランプが擬似太陽光を強烈に発した。


「クッ。もう急に点けるな、老猫が」


 枕元には白を基調とし、黒、青、赤、黄色のフラクタル模様に彩られた毛並みの猫がいた。暖かな日差しを浴びて、毛がキラキラ波打っている。


「目的の星から入船警告のメッセージが届いとるんじゃ。近づいてくれば、攻撃もやむを得んとな」


「んなぁ、バカな……。こっちはたかが小型民間船。何かの間違えでしょ」


 レンジはしぶしぶベッドから出てると、厚底のブーツに足を突み、操縦室へと向かった。ダボッとした服装で、低い背丈が急に伸びてもいいように足元と袖口は何回も折り返されている。


 自動ドアが開くと、操縦室を囲うガラスの窓枠に収まりきらない灰色の丸い星が目に飛び込んできた。惑星を目の前にし、圧倒的な大きさにレンジの胸は高鳴っていた。


「煙にでも覆われているのか、この惑星は」


「それとも雪に覆われているのかもしれぬな」


 オーが言った。


「雪にしては汚いだろ」と、レンジは星を見つめたまま一呼吸置き、付け加えた。


「まるで死んでいるような星だな」


 操縦席に座り、手元の右画面には次々と新しい警告メッセージが表示されていく。命の保証すらないという無慈悲な内容のものばかりだ。


「惑星ラヘレ王都宇宙警備隊か。厳戒態勢の警備。こんな星に一体何がある」


 深宇宙で、是が非でも外部との接触を拒む孤高の惑星に想像を巡らせ、何かを隠しているようにしか思えなかった。


 レンジはシステムに惑星ラヘレを調べさせるが、ほとんど情報が出て来なかった。


「どのギャラクシー・ユニオンにも所属していない。珍しいな」


「この辺りには資源になるものもなさそうだし、GUに所属する必要もないのかも。GUの覇権争いも、こんなところまで手を伸ばしていたらキリがない」


 オーもレンジのデスクの上で、窓の外を見てしゃべった。


 ギャラクシー・ユニオン。通称、GUジーユー。広大な宇宙に点在する数々の星々をまとめる連合体である。


 GUには、大きく分けて三つの連合体がある。宇宙共和国、新銀河連合、カミナガ皇国があり、この三大勢力が現在の宇宙を管理していると言ってもいい。様々な人種の星間移動を初め、貿易、技術発展、エネルギー資源の共有を平等に取りまとめて行こうというのが、GUの基本理念である。


「良く言えば、中立。独自の国家が築かれていることには変わりなさそうだ」


「どうするのじゃ、レンジ?」


「せっかくあの手がかりが手に入るかもしれないんだ。ここで、進路を変えるほど従順な性格は持ちあわせてはいない……ん?」


 レンジは、ぐっと首を伸ばして惑星ラヘレが映るモニターを注視した。ラヘレから一隻の貨物船がモニター右方向へと飛び去っていくのが見えた。


「入船は拒否しても、星から出て行くことは放っておくのか。どうなってるんだ、この星は」


突然、操縦室に警報音が鳴り響いた。


「なんだ?」


「ニャにごと?」


 オーがモニターを覗き込む。中心点から円形にエネルギー量グラフィックが広がった。


「前方から、高エネルギー反ニャー」


 オーは緊張状態に陥ると、本来の猫語が出てしまう。さらにその緊張を高めるように、目の前の惑星から向かってきた緑色に光る細長く圧縮された高エネルギー体が船体後部を直撃した。同時に爆発の衝撃が船体をガタガタと揺らす。


「いきなりかよ。しまった、操縦が効かない。なんなんだ、今の高出力砲は。一瞬で、地上から宇宙に届くって……。船体のバリアもまったく意味なしかよ」


 バルキリーは、煙を上げながら惑星ラヘレの重力に引き込まれて行った。




 バルキリーは、岩だらけの荒野に不時着した。陸地のほとんどが生気を失ったような灰色の荒野であることが上空から確認できた。高出力砲もあの一発のみで、その後警備隊の戦闘機などがやってくることもなく、レンジは疑問を持ちつつも、ホッとしていた。


 レンジは外に出ると、肌寒さを感じるより早く鼻と口を覆った。冷たい乾いた空気に混じって腐敗臭が鼻をついた。風は絶えずあり、すぐにその匂いも流れていった。足元に転がる岩に足を置くと、もろく粉々に割れてしまう。それもあり、着陸時の損傷は少なかったが……。


 機体後部の推進エンジンが見るも無惨に真っ黒になっていた。先に受けた高エネルギー体が貫いた穴や爆発して部品が弾け飛んでいたり、芸術作品のようにあらぬ方向に鉄が曲がっていた。


 これでは旅を続けるどころか、この星から飛び立つことすらできない。修理するにも材料を探さなければならず、不時着に見えた北西にある町にレンジとオーは向かうことにした。


 レンジは歩きながら、腕時計型端末から発せられる半透明のスクリーンを見ていたが、全く情報が表示されない。惑星ラヘレの通信網と接続できなかったのだ。普通の星であれば、星の情報が発信されているので容易に取得できるのだが、ラヘレという星は通信網が発展していないのか、もしくは整備されていないためか情報が得られなかった。


 町には大きな宮殿がそびえ建っていた。現代的ではなく、古来より存続する歴史的な建造物の宮殿の前に町が広がっていて、荒野からは想像つかないほど多くの人々が行き交って賑わっていた。


 飲み物や食べ物を片手に楽しそうに会話する人々の笑顔がそこかしこに見てとれた。順路などなく、人々が自由に歩く中をレンジは身を交わしながら進んでいた。


「この星は普段からこんなに賑やかなのか?」


 レンジは町の喧騒に飲み込まれ、左右あちこちに目を移しては瞬きをする。


「そのようじゃが、ほとんどが男ばかり」


 レンジの肩に乗っているオーが言った。


「言われて見ればそうだな。だけど、オー。まだこの星の気質がわからなからあまり言葉をしゃべらないで。まだ猫らしくしててよ」


「ニャー」


 オーの耳が残念そうに垂れ下がったしまった。


 歩いている最中、人々が「かっせいさい、かっせいさい」と頻繁に発する言葉をレンジは耳にした。

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