第36話 消えた友の姿
周りで、次々とフレンズ達が倒れていく。
原因はわからない。
みんな見えない何かに押し潰されるように膝を付き、光を放ち始めたかと思えば、元の動物に戻ってしまったのだ。
フレンズが元の動物に戻ってしまうのは、セルリアンに食べられて、体内のサンドスターを奪われてしまった時だけだ。
つまり、いま目の前にいる超大型セルリアンが、何かしらの手段を使ってフレンズ達からサンドスターを奪い取った。
フレンズ達はそう考えた。
「よくもみんなを……! ぜったいに、ゆるさないんだからっ!!」
野生解放に瞳を輝かせながら、サーバルが黒い巨体に飛び掛かる。
その鋭い爪はセルリアンの固い体表とぶつかって、激しい火花を散らした。
「サーバルっ! あんた前に出すぎよ!」
超大型セルリアンに対し攻撃の手を緩めないサーバルに向けて、カラカルが額の汗を拭いながら言った。
彼女も、野生の光を宿した瞳で黒いセルリアンを鋭く睨み上げている。
「大丈夫!! まだいけるよ!!」
カラカルの隣に着地したサーバルは、肩で大きく息をしながら、カラカルに笑ってみせた。
「そう……。でも、無茶はするんじゃないわよ」
さっきから、何か変な感じがしていた。
なにか、身体の中に別の生き物がいるような……。
そんな感覚だった。
それに、妙に身体が熱く感じる。
でも、ここで倒れる訳にはいかない。
まだサーバルには話していないが、さっき後ろの方で、地面で気を失っている朱鷺(とき)を見つけた。
更にそこからそう遠くない場所で、アライグマとフェネックが倒れているのも見つけた。
その動物達の近くには、いつかタカがみんなに配った物と同じジャパリコインが落ちていた。
考えたくなかったが、ずっと一緒に旅をしてきた彼女達で、間違いなかった。
恐らく、今残っている戦力は、カラカルとサーバル以外にはもう殆どいない。
みんな、みんな、記憶もろともサンドスターを奪われ、元の動物にもどってしまったのだ。
「まったく……、あの子ばっかりに、任せておく訳にもいかないわねっ!!」
自らに喝を入れるように、カラカルは両の頬を叩き、再び駆け出そうと体制を低く屈めた。
その時、────
ぱんっ!! っと目の前で大きな音がなった。
突然の事に驚いて、脚の力が抜けてしまう。
何が起きたのか分からず、呆けていると、目の前に影が落ちた。
「やっと正気に戻ったですか?」
そして、その声を追って目線を上げると、そこにはコノハ博士が相変わらず無表情に立っていた。
その手は、手拍子をしたような形で、手のひら同士をくっつけたまま止まっている。
そこで、カラカルはやっと事態を理解した。
駆け出す直前、横から音もなく飛んできたコノハ博士が、カラカルの目の前で「ねこだまし」をしたのだ。
「いきなり何するのよ! びっくりしたじゃないっ!!」
地面に尻餅をついたまま、抗議の声を上げるカラカル。
しかし博士は、そんなカラカルを冷たく見下ろしながら言い放った。
「まだ気が付いていないのですか?」
「なにがよっ!」
「とにかく立ってみるのです」
言われるまま、カラカルは後ろに手をついて身体を持ち上げようとした。
しかし、立ち上がるどころか、身体を地面から持ち上げる事さえできず、そのまま後ろに転がってしまった。
支えを失った視界がぐるんっと後方に回り、目に写る景色が空の青で埋め尽くされる。
「えっ……」
カラカルは、この感覚を知っていた。
それは、ミライから偵察の任務を任された時、しんりんちほーの森の中で大型のセルリアンと戦い、サンドスターが切れて動けなくなった時の、あの感覚に似ていた。
「おまえの身体は、もう限界なのです。これ以上野生解放を続ければ、恐らく、他の奴等と同じように消滅するのです」
「…………」
カラカルは、何も言い返せなかった。
空のてっぺんを見上げたまま、ただ、消滅という言葉だけがぐるぐると意識の中を回る。
いっそ考えるのをやめてしまおうかと、意識を空へ手離そうとした時、不意にある事を思い出した。
「ねぇ! 博士! サーバルは?!」
さっきまで、野生解放全開で一緒に戦っていた親友。
博士の話が本当だとするならば、彼女も相当に危険な状態なはずだ。
「サーバルなら今、助手が止めに行っているのです」
カラカルは、サーバルの居る方向を確認しようとしたが、身体はまるで地面に張り付いてしまっているように動かず、指先を辛うじて動かせるだけだった。
「とりあえず、他の奴らの所まで運んでやるから、大人しくしてるのです」
博士はそう言うとカラカルの両脇をガシッと掴んで、そのまま空へと舞い上がる。
空の青一色だった視界に一瞬だけ地面が写り、次の瞬間には空と土の境界線を見下ろしていた。
ぼーっとしながら空を飛び、トキと一緒に超大型セルリアンを追って飛んだ空を思い出す。
あの時も同じような空模様だったはずだが、なぜだか今日の空は、やけに色が薄く感じられた。
やがて下ろされた地面には、既に何人かのフレンズが集まっていた。
皆、カラカルと同じようにヘトヘトで動けない様子だ。
「カラカル……! 無事だったのね。よかったっ……!」
その声に、やっとの思いで視線を向けると、その先にはタカがいた。
その身体は至る所にヒビが走っていて、地面にへたり込んだまま動けない様子だった。
しかし、博士が言っていたような最悪の状態には、なっていないようだ。
「どうしたのよ? ずいぶんボロボロじゃない」
こちらも身体を動かす事はできないが、せもてもの強がりで、カラカルはそう言葉を向けた。
それを聞いたタカは、自嘲気味に笑う。
「それはお互い様じゃない」
カラカルは、トキとアライグマ、フェネックについて話そうとしたが、いざ話すとなると、言葉が出てこない。
タカも、カラカルに何か言いかけたようだが、躊躇っている様子だった。
何を言おうとしたのか、互いに確認する勇気もない。
そうして何も言えないままでいたら、空から見覚えのある影が降りてきた。
サバンナの大地と同じ黄色のスカートに、特徴的な斑点、長いしましまの尻尾に頭の上に大きな耳の持ったフレンズ。
それは、カラカルが最もよく知っているフレンズだった。
「サーバル!」
名前を呼ばれても、サーバルはこちらを向かず、尻尾の先を僅かに揺らすだけだった。
そのままゆっくりと地面に降ろされたサーバルは、地面にペタンッと座り込んで、うつ向いたまま動かない。
「……少し、遅かったのです……」
そして、皆が静かにサーバルを見守る中、助手が口にしたその言葉だけが、静かに響いた。
その肩は、僅かに震えている。
「えっ……? 助手、それってどういう────」
「ゴメンね……」
震える声で言いかけたカラカルの言葉を、弱々しいサーバルの声が遮った。
「ゴメンね。わたし、ムリし過ぎちゃったみたい……」
そう言って顔を上げたサーバルは、身体の至る所に黒いヒビが走り、その隙間からサンドスターの虹色が溢れだしていた。
そのひび割れた頬を、透明な涙が静かに伝う。
「サーバル……。あんたっ……!!」
思うように動かない身体を文字通り引き摺りながら、カラカルは変わり果てた姿のサーバルの元へ向かった。
近付くに連れ、嗚咽を堪えるような息づかいが聞こえてくる。
そして、小さく震えるその肩を、カラカルは優しく抱き締めた。
「大丈夫よ、サーバル。大丈夫だから……」
大声で泣き叫びたいのを必死にこらえながら、カラカルはサーバルに何度も「大丈夫」と声を掛ける。
幼い子供をあやすように優しく頭を撫でる手の中で、空へと昇るサンドスターの光が踊った。
「カラカルぅ……。こわいよぉ……」
カラカルの肩に顔を埋めながら、サーバルは尻尾を丸めている。
いつも元気に前を向いていた大きな耳も、今はすっかり後ろに向いてしまっていた。
「……サーバル、あたしの顔を見て」
カラカルはサーバルの肩に手を添え、少し身体を離すと、大好きな親友(フレンズ)の顔を覗き込んだ。
その顔は、いつも笑顔が溢れていた彼女からは想像もできない程、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「ほらっ、しっかりこっち見る!」
そう言ってカラカルは、サーバルの頬を両手で包むようにして、前を向かせる。
その瞬間、太陽の色の瞳が、空と同じ青の瞳にしっかりと映った。
「ほらっ、笑って? あんたにそんな顔、似合わないわよ」
涙で滲む景色の向こう、サーバルの大好きな顔が笑う。
ちょっと不格好なその笑顔は、なんだか懐かしいような、愛しいような、不思議な笑顔だった。
間違いなく、いつもの大好きな友の顔だ。
「えへへ、カラカル泣きそうになってる……」
「そう言うあんたは、もう涙でぐっしゃぐしゃじゃない」
それだけの会話の後、短い静寂が流れた。
それは、本当に数秒程度の時間だった。
しかしその時間は、彼女達のとって何物にも代えがたい、とてもとても、大切な時間だった。
やがて、かけがえの無い親友の姿は虹色の向こうに滲み始める。
「サーバル、あたし達の事、忘れるんじゃないわよ……!!」
今できる精一杯の笑顔で、カラカルは光の向こうへ消えていくサーバルに手を伸ばす。
「……うん! ぜったい、ぜったいに忘れないよ。カラカル、みんなっ!!」
サーバルもそれに答えるように、いつものような明るい笑顔で、カラカルへと手を伸ばした。
ダイヤモンドのような涙の飛沫が、サンドスターの光の中で宙を舞う。
虹色に輝く光の中、2人の指先が触れ合ったその瞬間、サーバルの姿は完全に光に溶け、カラカルの手に触れていた感触も霧のように消えていった。
そして、虹色の光が全て空へ昇ったその後には、気を失ったサーバルキャットと、その傍らに転がる小さなジャパリコインだけが残されていた。
「サーバル……」
小さく呟いたカラカルの声を、その涙の滴ごと消し去るように、背後から大きな地鳴りが響いた。
振り向けば、高く昇る土煙の奥に力を取り戻して徐々に大きくなる超大型セルリアンの影が見える。
みんなで直した四神像の祠が、破壊されたのだ。
しかし、うつ向いたフレンズ達は耳をぴくりっと反応させるだけで、顔を上げる者はいない。
皆、戦いに疲れていた。
やがて、大量のサンドスター・ロウを吸収して回復した超大型セルリアンは火山を去り、火口近くの斜面には、疲れ果てたフレンズと、気を失った動物達だけが残されていた。
すっかり戦う気力を奪われ、地面に座り込むフレンズ達の表情は暗く、口を開こうとする者は、誰もいなかった。
そんな重苦しい空気の中、博士がゆっくりと口を開く。
「……戦いはおわったのです。我々の負けなのです……」
博士の言葉に返事はなかったが、その沈黙が何よりの答えだった。
「ハンターは、────」
博士は、そこで言い澱むように、1度言葉を飲み込む。
その僅かな沈黙の中、涙を堪えるような、けもの達の息づかいが小さく聞こえた。
「────解散するのです……」
そして、告げられたその言葉を合図にするように、数人のフレンズが立ち上がり、フラフラと下山を始めた。
それに続くように、更に数人が下山を始め、時間の流れと共に、フレンズ達の影はどんどん少なくなっていった。
そして、その最後に残ったのは、4人のフレンズだけだった。
残ったのは博士と助手とタカ、そして、カラカルの4人、地面に座り込むカラカルを、少し離れた所から見守る博士と助手とタカが見守っている。
うつ向いて表情が見えないカラカルの膝の上には、気を失ったサーバルキャットが小さく横たわっていた。
「カラカルっ……」
タカの呼び掛けに、カラカルは反応しない。
ため息と共に、その肩にそっと伸ばしたタカの手を、博士の小さな手が止めた。
「やめておくのです、タカ。」
「でも、────」
「今は、ひとりにしてやるのです……」
タカの言葉を遮りそう言った博士の顔は、普段と同じ感情の読めない表情だった。
しかし何故だか、その顔はとても悲しそうに見えた。
カラカルの頬から、小さな涙の粒が落ちる。
その粒は音もなくサーバルキャットの上に落ち、柔らかな毛並みの中に吸い込まれて消えた。
博士と助手は、タカを追い立てるように下山する道へ誘導していく。
それでもどうにか、カラカルに何か伝えたくて、小さな頭の向こうに遠ざかるその姿をタカはずっと追っていた。
でも、何を伝えればいいのか、どんな言葉をかければいいのか、わからなかった。
慰めなんて、きっと何の意味もない。
彼女の悲しみは、そんなものじゃ埋められないから。
そうだとわかっていても、悲しみに暮れる仲間を前に、なにもしてあげられない事がただ悔しくて、不甲斐なくて、何もできない自分に腹が立った。
「……」
そして、結局何も言えないまま、タカはサンドスター火山を去り、そんな彼女を見張るようにして、博士と助手も山を降りた、たった独りカラカルを残して……。
戦いは、完全に終わった。
以前と比べると、パークはなんだか寂しい場所になってしまった気がする。
はしゃいで走り回るフレンズも、陽の光の中で笑い転げるフレンズも、空を優雅に舞っていたフレンズの姿も、皆どこかへ消えてしまった。
目に写るのはただ、前より少し背の延びた草原の草と、いつもと変わらない姿で流れる川だけだ。
すっかり寂しくなってしまったパークを意味もなく巡り、タカは独り、セントラルパークへとやって来た。
そこは、ミライと別れた場所であり、サーバル達と共に、超大型セルリアンの討伐を決めた決意の地でもあった。
薄く砂が積もってくすんでしまったカラフルな石畳の上を歩くタカの目から、涙が溢れ落ちる。
ここ最近、泣いてばかりだ。全然クールじゃない。
こんなんじゃ、誰にも顔を合わせられない。
しかし、そんな彼女の心境を知ってか知らずか、遠くからこちらに向かってくる人影が見えた。
タカは慌てて涙を拭いながら、気付かれないようにそっと踵を返そうとした。
しかし、────
「タカさんっ!!」
タカが隠れるより早く、向こうの人影がタカを見付けた。
しかも、それはタカもよく知っている、あの人だった。
「ミライ、さん……? どうして────」
どうしてこんなところに、そう言い終わるより前に、タカは、ミライに抱き締められていた。
一瞬、何が起きたのかも解らず、押し倒されてしまいそうになったが、寸での所で踏みどどまり、タカはミライの身体を受け止める。
「もうホントに、だれにも会えないかと思いました……!」
そう言ってこちらを見たミライは、本当に嬉しそうで、まるで、はぐれた親を見付けた子供のような、そんな顔をしていた。
話を聞くと、どうやらミライはフレンズをパークの外に連れ出す為に戻ってきたようだ。
詳しくはわからないが「くうばく」というのが火山の周辺で行われるらしい。
それで、人間達がセルリアンに立ち向かおうとしているという事だけは、どうにか理解できた。
その「くうばく」とやらにフレンズ達が巻き込まれないように退避させるのが、彼女の目的のようだった。
他にも選抜されたパークの職員が戻ってきていて、港には船を用意してあるしい。
「他のフレンズさんがあまり見付からなかったもので、心配していたのですが……。タカさんがここにいるということは、サーバルさん達も近くにいるんですよね?!」
その言葉を聞いた瞬間、タカの身体が強張る。
同時に、思い出したくない記憶がいくつも頭を駆け巡った。
地に堕ちて気を失った朱鷺、見慣れた元気な姿とは程遠い姿で倒れていたアライグマ、その隣で怯えるように小さく蹲っていたフェネック。
目の前で姿を消したサーバル、小さくなってしまった親友を抱き締めたまま、動かなかったカラカル。
そして、そんな彼女達を置き去りにしたままここに立っている、タカ。
気がつけば、タカは大声で泣いていた。
流れる大粒の涙に戸惑うミライを抱き締めながら、周囲を気にする事もなく、クールな自分も、最強の猛禽としてもプライドも何もかも投げ捨てて、タカは泣いた。
「ごめんっ……。ごめんっ! 私が、私がもっと、つよかったら……」
タカの声を聞き付け、近くにいた職員達が集まって来るなか、ミライはタカの頭を優しく撫でる。
ミライの手から伝わる温もりが、その優しさが、今のタカにとっとは辛かった。
それからタカは、途切れ途切れになりながら、これまであった事を話した。
フレンズ達だけで、パークを守ろうとしたこと。
火山に登って、超大型セルリアンに立ち向かったこと。
そして皆、サンドスターの力を失って、動物に戻ってしまったこと……。
「そう、だったんですね……。そんなことが……」
タカの話を聞き終わったミライは、震える声で静かにそう言った。
「……でも、あなただけでも無事でよかったです」
タカの背中を優しく擦るミライの目尻から、一粒の涙が溢れる。
落ちた雫は音もなく弾け、一瞬の輝きを放ったあと地面に染み込んで消えた。
すっかり色を失ったパークの港から、船が出ていく。
その波止場には、かつてのように手を振って見送るフレンズの姿はない。
そこにはただ、来園者を迎える為のアーチだけが残されていた。
アーチに書かれた「Welcome to the JAPARI Park」の文字が、やけに寂しそうに見える。
もう誰かを迎える事のないウェルカムアーチの向こう、人と少数のフレンズを乗せた船の影は水平線の向こうへ静かに消えていった。
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