第35話 ちからの代償


「サーバルッ!」

 自分の名前を叫ぶカラカルの声を聞いて、サーバルの大きな耳がぴくっと反応する。


「カラカル!」

 大好きな友の声に応えるように、サーバルは精一杯の声でその名前を呼んだ。

 それから程なくして、サーバルの視線の先に影が落ち、心配そうでどこか怒ったようなカラカルの顔が目の前に現れた。


「もう、あんたは相変わらずおっちょこちょいなんだからっ! あたしがどれだけ心配したか……!」


 超大型セルリアンの咆哮を受けてから治まらない頭痛の中、サーバルは苦い笑顔を浮かべながらカラカルを見上げる。


「えへへ、ちょっと失敗しちゃった……」


 そして、少し涙を浮かべながら耳を垂れた。



 無傷とは言い難いが、ひとまず無事な様子のサーバルに、カラカルはホッと胸を撫で下ろす。


 

「たくっ! こんなんじゃ、ミライさんがパークに帰って来た時に笑い者にされちゃうわよ!」

 そして、すっかり怯えて耳が後ろを向いてしまったサーバルに、そう言葉を掛けた。


 こういう時くらい、優しい言葉を掛けてあげたい。そうは思うのだが、カラカルの口をついて出た言葉は、少し棘のあるいじわるな言葉だった。


 サーバルと話をしていると、いつもこうだ。

 優しくしてあげたいと思っても、どうしてもいじわるを言ってしまうのだ。



 しかし、そのカラカルのいじわるな言葉こそが、サーバルを元気付ける一番の言葉だった。


「……うん、そうだよね。わたしが最初に、おっきいセルリアンを倒そうって言ったんだもんね」

 まだ痛む頭を押さえて、少しフラつきながらもサーバルは立ち上がる。

 そして、カラカルと視線を重ねたその目には、野生の光を宿していた。



「ぜったいに諦めないよ! だって、みんなも、パークも、ミライさんも、みんなみんな大切だもん!!」


 サーバルの決意の言葉に、カラカルは無言で頷く。


 2人で斜面を見下ろせば、その下には超大型セルリアンの姿がある。

 野生解放で瞳を鋭く光る4つの瞳は、黒い巨体をしっかりと捉えていた。



「お前達、すこし待つのです!」

 闘志に燃える2人のけものの元へ、ひどく慌てた様子の助手が舞い降りて来た。


「大丈夫! 私はまだまだ戦えるよ!」

「そうよ! あたし達が先に行って、あのデカブツを削ってあげるわ!」


 斜面の縁に立ち、得意気に走り出そうとするサーバルとカラカル。

 しかし、そんな2人の前に立ち塞がるようにして、助手は2人を止める。


 その顔には、珍しく焦りの表情が見てとれた。

「違うのですっ! 今、いま……」


 助手は、何かを躊躇うように言い澱んだ後、決意するようにその言葉を発した。


「いま、セルリアンの群れがこっちに向かって来てるです! 我々だけでどうにかできる数ではないのです!」



 助手が2人にそう告げると、まるでその時を待っていたかのように、セルリアンの大群が姿を現した。

 大きな岩がごろごろ転がる地面の向こうから沸き上がるように、その群れはこちらに猛スピードで向かって来ている。


「どうしてこんなに沢山のセルリアンが……」



 セルリアンが群れで活動する事は非常に稀で、そのほとんどは単独で行動している。

 群れで見られるとしても、その規模は10匹程度で、これまでに観察された中で最も大きい群れでも30匹程度だという。


 しかし、今目の前にいるセルリアンの数は、パッと見ただけでも100や200は下らない数だ。 

 更に、通常なら群れを率いる親玉であってもおかしくない大型のセルリアンまでもが、群れの中に何体も確認できる。


 人間達が残した過去の記録を参考とするならば、今回のこの群れの大きさは異常としか思えなかった。



 超大型セルリアンの咆哮と、異常な数のセルリアンの群れ。

 実は、この2つは無関係ではなかった。


 超大型セルリアンの咆哮には、通常のセルリアンを操り、引き寄せる力があったのだ。

 実は、トキの歌声にセルリアンが集まってくるというのも、この特性に起因するものだったりする。


 しかしこの時はまだ、この事実は明かされていなかった。

 この事がカコの研究で明らかになるのは、もっとずっと先の事だ。


 そんな事、今のフレンズ達には知る由もない。




「とにかく、来るなら来るだけ、倒しまくればいいのだ!」

 いつのまに来たのか、サーバル達と並んだアライグマが鼻息を荒くしながら言った。


 そんなアライグマの後ろには、彼女の相棒のフェネックが、いつもと変わらぬ様子で着いて来ている。


「や~、アライさん。いきなり走り出すからはぐれちゃうかと思ったよぉ~」

 どこか呆れたようなため息混じりの言葉に、アライグマが後ろ頭を掻き、その様子にサーバル達が苦い笑みを浮かべた。



「ぼく達もいるよ……」

 その声に一同が振り向くと、そこにはキタキツネの姿があった。

 ギンギツネの背中に隠れるようにしながらこちらを窺うように「仲間に入れてくれたらうれしいな」と小さく言った。


 その声は遠く迫り来るセルリアンの足音に掻き消されてしまう程小さかったが、サーバル達の大きな耳は、その声をしっかりと聞き取った。


「もちろんだよ!! セルリアン全部倒して、また一緒におんせんに入ろう!!」


 サーバルの言葉に、一同が頷く。


「そうね。あたし達の力を見せつけてやらなきゃ!」

「ピンチになったら、アライさんを呼ぶのだ!」

「うん、そだね~。まぁ、アライさんなら余計なセルリアンも全部ひっぱって来そうだけど……」



「あら、セルリアンを引き付けるのは、わたしの役目じゃなかったかしら?」

 いつの間にか、トキも来ていた。

 いつものように優雅に空を舞いながら、どこか嬉しそうに微笑んでいる。


 彼女の隣には、タカも一緒だ。


「私の事も、忘れてもらっちゃ困るわ。このタカ、空のハンターとして喜んで加勢させてもらうわ!!」


 そう言うとタカはトキの肩に手を添え、自らの意思を示すように力強く親指を立ててみせた。



 例え相手が強大でも、どんなに力の差があっても、仲間が居れば互いの為に戦える。

 それが、サーバル達がミライと共に旅をする中で手に入れた強さだった。


 絶望的な状況の中でも闘志を燃やす彼女達の姿に、周囲のフレンズ達も影響されてか、それまで地面にヘタリ込んでいたフレンズ達も少しずつ元気を取り戻し、やがては、その場にいる全員が立ち上がった。


「博士! いつまでも待ってらんないよ!」

「そうだぜ! あの程度のセルリアンになにビビってんだよ!!」


「落ち着くのです。お前ら、まずは作戦を建て直して────」

「だから待ってらんないってーー!!」

「そうだ! 早く戦わせろぉー!」


 闘志に燃えてもらうのは大いに結構だが、こうも熱くなられては群れとして制御できない。

 博士は、たまらず助手に助けを求めた。


「助手!! なにしてるですか?! こっちを手伝うのです」


 しかし、助手は助手でサーバル達の対応に追われており、とても手を回せる状況ではなかった。

 そうこうしている内に、群れの中から1人のフレンズが飛び出す。


「ほら、ルル! いくわよ!」

「えぇ! ラビラビ速いよ! ……やっぱ逃げるのはナシ?」

「なしよ!!」


 アラビアオリックスが飛び出し、彼女に続いてトムソンガゼルも駆け出した。

 博士の横をあっという間にすり抜けた2人は、ぴょんぴょんと跳ねるように走りながら、あっという間にサーバル達の横もすり抜け、行ってしまった。


「お先に失礼するわね!」

「今回はちゃんと戦うぞー!」


 2人は止まらず、そう言葉を残して笑顔でサーバル達の横を走り抜ける。



 こんな風に追い越されて捕食者としての本能が黙っているはずがない。


「あ、ずるい!」

 サーバルも、咄嗟に走り出す。

 しかし、そんなサーバルよりも一足早く走り出したフレンズがいた。


「あたしらも行くわよ! サーバル、あんたはおっちょこちょいなんだから、あたしに着いてきなさい!」


 何を隠そう、カラカルも先程から走りだしたくてウズウズしていたのだ。


「うみゃー! そんなことないって!」



 助手の制止も間に合わず、走り出した2人の背中は斜面の下、セルリアンの群れの方へとどんどん遠ざかって行く。


 けものの群れは、先頭のものが走り出せばそれに続いて走り出す。


「うぉおーー!! みんな、つづけぇーー!!」

「よっしゃぁーー!」

「いっくよーー!」

「この時を待ってたぜぇ!!!」


 皆、口々に雄叫びを上げながら、一斉にセルリアンの群れに向かって走り始めた。


 こうなってしまっては、もはや博士の声も、助手の制止も聞こえない。



「ちがう……。ちがうのです」


 群れの先頭がセルリアンとぶつかり、しばらく戦う声が聞こえた後、パッカーンッ! とセルリアンが弾ける音が響いた。


「ダメなのです……」


 また一匹、セルリアンが弾ける音が響く。


「このままでは……!!」


 今はよくても、いつかは限界がくる。

 野生解放は、フレンズの身体に大きく負担をかけるのだ。

 更に、全開の野生解放を長時間連続した場合、体内でサンドスターエネルギーの暴走が起こる。

 それは、フレンズの身体を崩壊させる原因ともなるとても危険なものだった。


 普段なら、サンドスターが切れてそうなる前に行動ができなくなり、体内でサンドスターの力が暴走する事はない。



 しかし、ここはサンドスター火山の火口。サンドスターは無限に供給され、どんなに野生解放をしても、それが尽きる事はない。



「お前達! 止まるのです! 冷静になるのですっ!!」


 ほとんどのフレンズは、サンドスターの力の暴走を知らない。

 それは、力が一度暴走したフレンズは、その殆どが助からなかったからだ。



 博士達の声は、けもの達の叫びに掻き消され、誰の耳にも届かない。

 けもの達は皆、無限に溢れる力に身を任せ、野生解放を全開にしたままで戦っていた。


 その圧倒的な力は、セルリアンの身体をいとも容易く貫き、引き裂き、次々と葬っていく。


 いつの間にか火山の斜面一杯に広がったフレンズ達は、沸き上がるセルリアンの群れを押し戻し、当初の目標だった超大型セルリアンの近くまで、その戦線を遠ざけていた。



 しかし、限界の時はやってくる。

 1人、また1人と戦えなくなる者が現れ、群れに置いていかれて座り込む姿が見え始めた。


 サンドスターの力が暴走し、身体の形を保てず、少しずつヒビが入るようにその姿が欠けていき、やがては周囲のサンドスターと混ざり合いながら空へと還っていく。


 その後に残るのは、記憶を失って元の姿に戻り、地面に横たわる一匹の動物だけ……。



「あぁ、あぁ……」

 なにもできない。

 ただ見ているだけしかできない。


 未だに戦い続けるフレンズ達は、なぜ仲間が失われたのかも分からず、ただひたすらに目の前の敵を叩き続けていた。


 セルリアンの群れはいつの間にか姿を消し、必然的にフレンズ達の標的は超大型セルリアンに絞られる。


 この頃には、フレンズ達の数も、だいぶ少なくなってしまっていた。



 それでも、野生解放を全開にしたまま飛び掛かるフレンズ達によって、超大型セルリアンは、着実にダメージを与えられていた。


 どんなに大きなセルリアンも削り続ければいつかは倒せる。

 それがフレンズ達の間での常識だ。


 しかし、カコの研究で明らかになったように、超大型セルリアンは通常のセルリアンと同じ方法では討伐できない。


 どんなに削っても、どんなに深く傷を与えても、黒いセルリアンはその身を少し縮めるだけでその傷を埋め、更に強度を増していくのだ。




 やがて、動けるフレンズの姿は数える程になった。

 その周囲には、気を失って横たわる動物の姿が山となっていて、それを嘆きながらセルリアンに攻撃を続けるフレンズの叫びだけが、大気に満ちていた。


 その声も次第に小さくなり、やがては聞こえなくなった。






「うぅ……、ギンギツネぇ……。くるしいよぉ……」

 超大型セルリアンの下、ここまで野生解放を続けてきたキタキツネがぺたんっと座り込み、力なく項垂れていた。


 その身体は虹色に淡く輝き、至る所に小さなヒビが走っている。

 ヒビ割れた身体の中からはサンドスターが溢れだしキラキラと輝きながら空へと昇って行く。


「なに言ってるの。あなたがやるって言い始めたんでしょ」

 キタキツネの傍に立ち、ため息を吐くギンギツネ。

 気丈に振る舞ってはいるが、彼女の身体からもサンドスターの輝きが漏れ始めていた。


「でも……。もう、ダメだよ……。ボクなんとなくわかるよ……。ボクの身体、もうげんかいだって……」


 そう呟いた瞬間、キタキツネの身体が更に強い光を放ち始める。


「ミライさん、に……。おかえり、言いたかった、な……」


 サンドスターの七色の光に包まれながら消えていくその身体を、ギンギツネは力一杯抱き締めた。


 その腕の中、キタキツネはゆっくりと目を閉じ、小さな滴を1つ残して、その姿を消した。



 ギンギツネは言葉もなく、ただ、気を失った小さなキタキツネの毛並みを撫でる。

 その身体は、ついさっきまでそこにあった身体よりもあまりに小さくて、あまりに軽かった。




「ゴメンねっ……」


 そして、そう呟くと同時、彼女の身体もまた、キタキツネと同じようにサンドスターの輝きの中に溶けていった。



 その光が消えるとそこには、重なり合うようにして眠る、2匹の狐の姿だけが残されていた。

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