第34話 みらいの為に④
サンドスター火山────その山は天を突くように聳え立ち、雲より高いその頂はパークの何処からでも望む事ができた。
サンドスターの力を象徴するように火口に鎮座する巨大な結晶は、空の透き通る青の中で虹色に煌めき、七色の光を放っている。
その下で苦しい戦いを強いられているフレンズ達の姿を隠すようにして……。
「それは本当なのか?!」
火山の麓の森の中、木々の間にタカの声がこだました。
その声に驚き、あちこちに身を潜めていたハンター達が一斉に顔を覗かせる。
「は、はい……。セルリアンが、大きな声をだして。そしたら、みんな倒れてしまって……。すぐに、来て欲しいって、ミミちゃんが……」
荒く息を吐きながら、一回り以上も体格差のあるタカに支えられて話をしているのは、カワラバトだ。
彼女の話によると、サンドスター火山に向かったチームは、超大型セルリアンとの接触に成功したが、その後の戦闘がどうにも上手くいっていないようだ。
なんでも、火口に張り直されたフィルターを見た瞬間にセルリアンが奇声を上げ、その声を聞いたフレンズの殆どが行動不能になってしまったらしい。
「とにかく、一刻も早く、応援を……」
そう言って、カワラバトは力尽きるように気を失ってしまった。
「たいへん! 早く行かなくちゃ!!」
タカの隣で話を聞いていたカラカルは、焦りの表情を浮かべながら言った。
カワラバトの言ったセルリアンの大きな声とは、恐らく「咆哮」の事だ。
彼女自身も、かつて超大型セルリアンと戦い、その咆哮を喰らった事がある。
だから、それがどれ程の威力を持っているのかは良く知っていた。
あれを一度喰らうと、まるで頭の中で巨大な鐘を打ち鳴らされているような頭痛に襲われ、暫くまともに立つ事すらできなくなる。
ミライが居た時は、彼女がセルリアンの行動を予測してくれていたので、咆哮を察知して対処できた。
しかし、フレンズ達だけでは、セルリアンの動きから次の行動を予測するような事はできない。
カラカルも、何度かミライの真似をしてみた事があるが、どんなに相手の動きを観察しても、その先の行動を読む事はできなかった。
「なになに~、どしたのぉー?」
カラカルとタカの周りにフレンズ達が集まって来た頃、聞き覚えのある間延びした声が聞こえて来た。
その声の元を辿ると、そこには片手を腰に当てて立つフェネックの姿があった。後ろには、アライグマも一緒だ。
フェネックはいつもと変わらないのんびりした口調で話ていたが、ただならぬ雰囲気を察しているのか、その目にはいつになく真剣な光が宿っていた。
「あぁ、実は────」
ある程度チームのメンバーが集まって来た所で、カラカルはカワラバトから聞いた情報を皆に話した。
話している途中、何度か親友のサーバルの姿と最悪の結末が頭を過り、その度に「きっと大丈夫だ」と心の中で自分に言い聞かせた。
「あたし達が行かなきゃ、火口で戦ってる皆があぶないわ!」
その言葉を聞いて、最初に動き出したのはアライグマだった。
彼女は、カラカルの話が終わると同時に、何かに弾かれるように走り出したのだ。
「アライさんが先導するのだ! みんな急ぐのだ!」
アライグマの姿を見て、それに続くように複数のフレンズが走り出す。
これまで、明後日の方向に突っ走るアライグマを見て苦笑いを浮かべていたフレンズ達も、今日は一緒になって走り出していた。
一秒でも早く、仲間の所へ駆け付けたい。
────皆、同じ気持ちだった。
その後ろ姿を追うようにして、トキとタカも飛び立つ。
「あの子だけじゃ不安だから、私達が案内をするわね。行きましょう、タカ!」
「オーケー! まかせなさい!」
トキとタカ。
2人はミライと共に過ごした事のあるメンバーで、空を飛ぶ種族という共通点があるからか、ハンターになってからも一緒に過ごしている事が多く、今ではすっかりいいコンビになっていた。
「わたしは~、この子を看ておきますねぇ~」
フェネックよりも更にのんびりとした声でそう言ったのは、コアラのフレンズだ。
片手には、葉の付いたユーカリの枝を携えている。
そして、その前掛けのようなエプロンのポケットには、小さな容器に詰められたパップが溢れる程入っていた。
「あぁ、すまない!」
「ぱっぷのストックは沢山あるので、気にしないでください~」
「ほな、ウチらはここで何かあった時んために残る事にするわ。ええな、クロヒョウ?」
「うん。コアラちゃん達の事は、ウチらに任しといて……!」
次々とフレンズ達が火山を目指して走り出す中、ヒョウとクロヒョウのフレンズがコアラ達の護衛を名乗り出た。
確かに、コアラは戦闘向きではないし、負傷したカワラバトと2人きりで残すのは不安だ。
「ありがとう! そっちは任せたわね!」
カワラバトを介抱するコアラと、それを援護するヒョウとクロヒョウ。
3人の態勢が整ったのを確認してから、カラカルも火山へ向かった皆の背を追って走り出した。
火山の頂上が近付いてくると、そこには異様な光景が広がっていた。
巨木の様な4本の脚で立つ巨体は、間違いなく超大型セルリアンのものだ。
どうやら相当怒っているようで、ここからでもわかる程に禍々しい殺気を放っている。
今まで幾度か対峙してきた事のあるカラカル達だが、超大型セルリアンのあんな姿を見るのは初めてだ。
これまで見てきた、何の感情も見せずにただ機械的に動く黒い巨体とはまるで別の生物のように、目の前の超大型セルリアンは感情的に動いているように見えた。
セルリアンの足元では複数のフレンズ達がその行く手を阻むように足場の岩を崩したり、直接攻撃を加えたりとあの手この手でその進行を防ごうとしている。
しかし、それでもセルリアンは巨木のような脚を振り上げ、叩きつけて、もがくようにしながら少しずつ火口へと近付いていた。
その向かう先には、火口の前にある小さな広場で蹲るフレンズ達の群れがある。
彼女達が咆哮を喰らって動けなくなってしまったフレンズだろう。
あの中に、サーバルも……。
カラカルの頭にフッとその事が過り、反射的におっちょこちょいな親友の姿を探した。
サーバルの特徴を頭の中に思い浮かべながら、ひとりひとりを確認するようにじっくりと群れの中を見渡す。
そして、群れの中にぴょこんっと飛び出す黄色い大きな耳を見付けた。
それと同時に、カラカルはほっと胸を撫で下ろす。
どうやら、考えていた最悪の事態にだけはなっていないようだ。
冷静になってよく見てみれば、よく知ったハンターの面々も揃っているようだ。
一番の不安が解消され、カラカルは改めて目の前の巨大な敵を見据える。
相変わらずひたすら前に進もうとしているだげて、こちらに気が付いていないのか、それともフレンズの事など眼中にないのか、こちらを振り向こうともしない。
でも、こちらにとってはかえって好都合だ。
「おりゃぁぁぁああああああああ!!!」
カラカルは一気に野生解放を全開にして、自慢の爪をセルリアンの後ろ足の着け根に思いっきり叩き込んだ。
その渾身の一撃は、セルリアンの固い体表とぶつかって激しい火花を散らしながら黒い身体を打ち砕き、深々と抉る。
それによって、片方の前足を大きく振り上げていた超大型セルリアンはその巨体を支えきれなくなり、バランスを崩した。
そして、黒い巨体はそのまま斜面に横倒しになり、猛烈な砂煙を巻き上げながら数十メートル下まで転げ落ちていった。
「カラカル、でかしたのです!」
セルリアンが転げ落ちた後、博士がカラカルの元へとやってきた。
「えぇ! アイツとは何度も戦ってきてるからね! これくらい、楽勝よ!」
超大型セルリアンの身体は硬く、通常の攻撃ではまったく歯が立たないが、野生解放を全開にすればこちらの攻撃力の方が上回る。
おまけに、ここはサンドスター火山の火口だ。
サンドスターの補給は無限大、野生解放もし放題である。
斜面の下へ転げ落ちたセルリアンを見つめながら、博士は口元を緩ませる。
「もう、我々が勝ったも同然なのです」
そして、独り言のようにそう呟いた。
一方その頃、麓に残っていたコアラ達の所で異変が起こっていた。
「はわわわゎ……」
口に手を当て、酷く慌てた様子のコアラ。
彼女は、何かから身を隠すように姿勢を低くしていた。
その両脇には、ヒョウとクロヒョウがコアラと同じ低い姿勢を取っている。
彼女達は、3人で川の字になって森の中の小さな茂みの中に隠れていた。
もともと広くはないスペースに、3人も身体を押し込んでいる上、気を失ったハト後ろに隠しているため、茂みの中はギュウギュウ詰めだ。
背後に大きな木があり、背後を取られ難い地形なのは、幸いというべきか。
「なぁ、姉ちゃん……」
「なんや? クロヒョウ」
不安そうなクロヒョウの問いかけに短く答えたヒョウの声には、どこか緊張感が滲み出していた。
「これ、みんな火山に向かっとらん?」
「飛び出したらあかんで、クロヒョウ」
「でも────」
「アンタの気持ちはよぅわかる。ウチだって、何とかならんかずぅっと考えとるんや」
今にも茂みから飛び出して行きそうなクロヒョウを制止しながら、ヒョウは悔しげに口元を歪める。
その目の前の地面を、大きな影が横切った。
「……けど、うちらだけじゃ、この数はどうにもできん」
そう呟いたヒョウの視線の先には、大量のセルリアンの群れ。
森の木々の間をすり抜けるように進むその群れは、大小様々なセルリアンで構成されていて、中にはと大型の親玉クラスのモノまで混じっていた。
とてもじゃないが、これをたった2人でどうにかできるとは思えない。
「ん? あれ、ここは……?」
今の状況をどう切り抜けるか。セルリアンの群れを睨むように見据えながら思案していた3人の後ろで、カワラバトが目を覚ました。
「あら~? 目が~覚めましたかぁ~?」
のんびりした口調でコアラが呼び掛けると、ハトはぼんやりとした目をしながらも小さく頷いた。
「うん。あの、どうしてこんな狭い所に?」
そう言って、ハトは周囲を確認しようと、茂みの枝葉の隙間から外を覗いた。
そして、────
「ク、クルッポーッ!?」
ウヨウヨと森の景色を埋め尽くすセルリアンの大群を見て、思わず変な声をだしてしまった。
「ちょっ! あー、気付かれた! 行くよ! クロヒョウ!!」
「う、うん!」
隠れていたこちらの存在に気が付いた中型セルリアンが一匹、半透明のゼリー状の身体をくねらせるようにして近付いてくる。
そして、その触手がヒョウ達の隠れる茂みにもう少しで届こうかという時、鋭い5本の爪がその先端を叩き切った。
同時にヒョウが茂みの中から飛び出し、セルリアンの正面から重い一撃を喰らわせる。
その攻撃にセルリアンの身体を大きく歪んだ。
「てりゃーっ!!」
ヒョウの攻撃に続き、彼女に続いて飛び出したクロヒョウが渾身の一撃を叩き込む。
その攻撃に、セルリアンは金属を擦り合わせるような短い悲鳴を上げてパッカーンッ! と弾けた。
セルリアンを倒した2人は着地すると同時、互いを守るように背中合わせになって迎撃の体勢をとった。
ヒョウとクロヒョウはさすが姉妹というべきか、息がぴったりだった。
とっているファイティングポーズも殆ど同じである。
いつでもセルリアンと戦える。
そんな気迫に満ちた2人だったが、セルリアンは一向に彼女達を襲って来なかった。
それどころか、セルリアンは彼女達の居る場所を避けるように行動していた。
目の前にフレンズがいるのに、まったく襲う気配さえ見せず、黙々と火山の方向へと進んでいく。
「なんや? どないなっとるんや!?」
「わ、わからへん。けど、なんかいつもと違う……」
予想とあまりにかけ離れた結果に戸惑う2人、改めて周囲を見渡してみるが、こちらをチラリッと流し目で見るセルリアンはいても、彼女達に近付こうとするセルリアンは居なかった。
「なぁ、姉ちゃん。やっぱり……」
「あぁ、コイツらみんな、火山にいきよるわ。なんとかして伝えんと、ヤバいで!」
セルリアンの大群が森に現れたのは、森にいたハンター達が出発してからおよそ十分後だった。
移動速度はフレンズ達の方が速いが、それでもハンター達が火山に着いてからそう遠くない時間にこの大群も到着するだろう。
そうなれば、火口で戦っているフレンズ達は超大型セルリアンと、セルリアンの大群に挟み撃ちにされてしまう。
それだけは、何としても避けたかった。
「なぁ、クロヒョウ」
「なに?」
「ウチはもう、覚悟きめたで!!」
「うん! ウチも、姉ちゃんと一緒なら、大丈夫……!!」
今から火山の火口まで走っても、セルリアンの到着より早くは着けない。
ハトも、まだ回復が完全ではないし、この状況で外へ出す訳にもいかない。
ならば、ここで食い止めるしかないのだ。
全ては無理でも、一部なら、少しでも多く倒して、火口で戦う仲間の負担を一匹でも減らす。
ヒョウの姉妹はその為に戦う事を決めた。
「ホンマありがとな。クロヒョウ」
「えへへ、こっちこそありがとう。姉ちゃん」
セルリアンがフレンズに興味を示さないと言っても、こちらから攻撃をしかければ、流石になにかしらの反応があるだろう。
どうなるのかはまったく分からない。
もしかしたら、ここで食べられてしまうかもしれない。
それでも2人の中には、ここで何もせずに待つという選択肢はなかった。
「ほな、行くで! クロヒョウ、しっかり着いてきぃ!!」
「うん!!」
ヒョウとクロヒョウ。瓜二つな2人の影が、森の木々の間に踊る。
ツインテールの長い髪をなびかせながら躍動する2人のけものは、ぴったりと息の合った動きで側方からセルリアンに迫り、その視線が向けられるよりも早く、一撃を繰り出した。
2人が駆け抜けた後、セルリアンが弾け、パッカーンッ! という音が森にこだまする。
その音が、彼女達の開戦の狼煙となった。
野生の力を宿して光る四つの瞳が、獲物を探して森を駆ける。
サンドスター火山の麓に広がる森には暫くの間、セルリアンの弾ける音が響き続けた。
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