第33話 みらいの為に③
星が綺麗に見える夜だった。
木々の枝葉の間から見える夜空では、星の合間を縫うように浮かぶ千切れ雲が緩やかな風に運ばれては形を変えていく。
海辺の暗い森も、今日はどこか優しく感じられた。
海は静かに波を運び、港に打ち付ける小さな波は心地よい音を奏でる。
月に照らされた水面は穏やかに煌めき、人気のない桟橋だけが、やけにくっきりと見えていた。
「みなさんは一体、何をするつもりなのでしょうか……?」
桟橋の入り口に立ち、ミライは独り呟く。
彼女は今、ゴコクエリアの研究所にいた。
そこにはカコの研究室がある。
パークから避難してきた職員達の一時的な宿泊場所として、ここが選ばれたのだ。
手元の時計に目を落とすと、時刻は午後8時を回ろうとしている。
今の時間帯なら、避難してきた他の職員達は談話室で寛いでいるか、風呂に入って1日の疲れを癒してる頃だろう。
そんな中、ミライが独り港へと赴いた理由は他でもない。サーバル達が心配で仕方なかったからだ。
彼女達と別れてからというもの、ミライは毎日ここに立って、こうして海の向こうを眺めていた。
しかし今日は1つだけ、いつもと違う事がある。
研究室に併設された観測所で、空気中のサンドスター・ロウの数値に変化がみられたのだ。
研究所では、24時間サンドスター火山を観測し続けている。
その画面はいつ見ても、サンドスターに対するサンドスター・ロウの数値が高く表示されていた。
しかし、今日の夕方過ぎ頃、何気なく観測室に足を運んでみると、サンドスター・ロウの数値が大幅に下がっていたのだ。
ミライは驚き、急いで過去のデータを引っ張り出して照らし合わせた。
すると、その数値は超大型セルリアンが出現する前と同じ数値まで下がっていたのだ。
つまりそれは、サンドスター火山の火口に何者かがフィルターを張り直したということになる。
今、パークに人はいない。
だとすれば、それをやってのけるのは、フレンズ達の他にはいないのだ。
ミライは、水平線の向こうに霞んで小さく見えるサンドスター火山を静かに見据える。
そんな彼女の背後から、近寄る影があった。
「ミライ、こんな所にいたの?」
その声にミライが振り返ると、そこには心配そうな表情で佇むカコがいた。
見慣れたの白衣姿ではなく、パーク職員のジャケットを羽織った彼女の姿は、どこか新鮮に感じられた。
「カコ……」
「フレンズ達が、心配?」
「……えぇ」
それだけの短い会話の後、静寂が2人に流れる。
その静けさの合間を埋めるように、港を打つ波が悲しげに音を立てた。
フレンズ達はきっと、セルリアンに立ち向かうつもりだ。
ミライには、それが何となく理解できた。
図書館の中に、セルリアン対策班が残した作戦資料がある。
ジャパリ図書館にはコノハ博士とミミちゃん助手もいるから、きっとすぐに解読して実行に移せる事だろう。
だが、あの作戦は使ってはけないモノなのだ。
センリアン対策班が実行して失敗に終わった、欠陥のある作戦だから……。
何がいけなかったのかは、もう答えが出ている。
超大型セルリアンを通常のセルリアンと同じ方法で仕留めようとした事だ。
カコの研究結果で明らかになったように、超大型セルリアンは、通常方法での討伐が不可能なのだ。
だから、あの作戦は何度やっても失敗する。
「なんとかして、パークに連絡を取れる手段はないのでしょうか?」
ミライは、正面を見たまま独り言のように呟いた。
彼女の隣に立つカコも、同じように遥か霞むサンドスター火山を眺めながら答える。
「ないことはないけど……、確実性は低いわね……。LBシステムは、まだ完璧ではないから……」
カコの言う「LBシステム」とは、ラッキービーストをパークガイドロボットとして運用するためのシステムの総称だ。
システム運用の根幹的な部分は完成しているのだが、細部はまだ開発段階で、今のままだとラッキービースト単体での行動や、個体間での簡単なメッセージのやり取りしかできなかった。
ゴコクエリアからパークへ連絡を取るには、外部入力という形でラッキービーストにメッセージを送信するしかない。
しかし、ラッキービーストが外部から入力されたメッセージを受信する機能はまだテスト段階で、実装されていなかったのだ。
本当は今すぐにでも駆け付けて、サーバル達を助けたい。
でも、それはできない。
今も人のいなくなったパークでセルリアンと戦っているだろうフレンズ達の事を考えると、何もできずに居る事が、ただただ悔しかった。
「ミライ。そろそろ、戻りましょう? こんな所にずっといたら、風邪をひいてしまうわ」
カコはそう言って、ミライに手を差し伸べる。
今のミライにできる事は、自らの体調を万全にすること。
超大型セルリアンの対策法が見付かった時に備え、準備をしておく事だ。
再びフレンズ達と共に、戦うために。
ミライは、カコの手を取る。
カコは、ミライの手をそっと握り返した。
その手の感触にミライはフッと、カコと出会った日の事を思い出した。
動物園で親とはぐれ、1人で歩いていた時、彼女自身も怯えながらも、声を掛けてくれた。
それから2人で動物園を回って、けものの事を沢山教えてもらって、迷子になっていた事も忘れてはしゃぎ回り、2人で仲良く怒られた。
それからカコとミライは、よく遊ぶようになり、ミライは気の弱いカコの心強い味方となり、カコは、けものについて知りたいミライの手を牽いていろいろな場所を案内してくれた。
そんな彼女の手はあの時と変わらず、あたたかかった。
翌朝、陽が昇り研究所が動き始める頃。
パークから避難してきた職員全員を召集した臨時集会が開かれた。
その会合に参加する為、ミライとカコも講話室の席についていた。
やがて職員達が概ね揃う頃、他の重役達と共に少し遅れてやって来た園長が演説台に上り、集会が始まった。
「みんな、おはよう。我々がパークから避難して、早3週間が過ぎた」
手元の資料を整理しながら、彼はマイクに向かって話す。
少し疲れを感じさせるようなその声は、静かな講話室によく響いた。
「遅くなったが、つい昨晩、パークの方針が定まった」
園長の言葉に、職員達の間に緊張が走る。
ほんの一瞬で、空気が重く張り詰めたような気がした。
講話室の中に、重たい沈黙が立ち込める。
それは時間にすればほんの少しであったが、その場にいた者達にとってはとても長く感じられた。
そんな中、園長が重い口を開く。
「パークは、超大型セルリアンによってもたらされた人的被害を特定危機として認定、今後の措置を、外部の組織に依頼する事にした────」
それから、園長の話した内容は、要約すれば次のような内容だった。
人に危害を及ぼすセルリアンが出没した事で、パーク内のセルリアン対策班のみでは対処不能と判断された。
これにより、上層部から行政へ協力を依頼、軍隊の導入が決定された。
その結果、パーク敷地内に向けた空爆が行われる事が決定、超大型セルリアン出没の頻度が高いサンドスター火山周辺がその範囲となる可能性が高い────
────という事だった。
「我々は後日、数名の職員を選抜し、パークへ向かう! そこで、パークに残されたフレンズや動物達をできる限り救出する!!」
園長のその言葉に、ざわめきが講話室に満ちる。
次いで、救出の任務に志願する者が次々と手を挙げ、各々にその志を言葉にした。
「フレンズは我々の宝だ。何としても助け出しましょう!」
「パークが危機にある今、私たちが立ち上がらずにどうしましょう!」
遂に、ミライが待っていた瞬間が訪れた。
パークへ行ける。
フレンズ達に会える。
会って、話をして、伝えたい事が沢山あった。
そして、パークに置き去りにしてしまったフレンズ達に「ごめんね」と伝えて、思いっきり抱き締めたかった。
そんな思いを胸に、ミライも手を挙げる。
隣に座るカコも、ミライと同じように高く手を挙げていた。
それは、誰よりもフレンズを思い、誰よりもけものに寄り添って生きてきた彼女達にとって、1つの決意の様なものだった。
「カコ。今回は止めても無駄ですからね……!」
「……そうでしょうね。まぁ、止めるつもりもないけれどね」
新種のセルリアンへの対抗策はまだ見付かっていないが、フレンズ達を助ける事が出来る。
今はただそれだけが、ミライ達を突き動かしていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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 ̄ ̄
一方同じ頃、サンドスター火山の頂上では、フレンズ達が決戦の時を迎えようとしていた。
「来ましたね……」
「来たようですね……」
そう呟いた博士と助手の視線の先には、火山の急な斜面をゆっくりと登ってくる黒い影、まるで巨木のような脚でガレ場の岩を砕きながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
巨大な円柱の表面を荒く削り落としたようなゴツゴツとした身体、頭部と身体の明確な境界はなく、ただ鋭い刃物で切り落とされたような断面の中央に、巨大な目玉が1つ鎮座していた。
その大きな瞳は、光を吸い込んでいるような黒さで、ただ無機質に、火口前の広場に陣を組むフレンズ達の姿を写している。
青い空を背景に聳え立つようなその姿は、ただただ不気味だった。
「こ、こわいよぉ……」
「なんだか、不気味……」
「人間って、あんなのと戦ってたの?」
あまりにも不気味な敵の姿を前に、フレンズ達の間に動揺が広がる。
中には、全身の毛を逆立てて、耳を後ろへ向けて唸り声を上げ、威嚇の体勢をとる者も居た。
しかしそんな彼女達の意思に反して、黒くて巨大な敵は1歩、また1歩と近付いてくる。
そして、ある程度の所まで近付いて来ると、ピタリッと止まった。
その瞬間、それまで響いていた地響きが消え、辺りが急激に静かになった。
超大型セルリアンは、黒い大きな身体を捩るようにして、何かを探すように辺りを見回す。
そしてフレンズ達の後方────しっかりと台座に乗せられ、効力を取り戻した四神像に目を留めると、その更に奥に見えるフィルターと四神像護るように陣を組むフレンズ達を交互に見渡した。
そして、────
『グオォオオオオオオオオオオオオオオ─────────────────────────────────ッ!!!』
黒いセルリアンは天を仰ぐように身体を捩ると、大気を張り裂くような声で咆哮を上げた。
そしてセルリアンは、同時に前脚を大きく振り上げ、叩き付けるように振り下ろす。
巨木のような足が地面を打ち付けた瞬間、ガレ場の岩が砕かれ、細かい砂塵となってフレンズ達を襲った。
「わぁ!」
「きゃーっ!」
フレンズ達が上げた悲鳴ごと覆い尽くすように、巻き上げられた砂塵は彼女達の視界を覆う。
やがてものの数十秒程で砂塵はおさまり、視界が戻ったが、セルリアンの咆哮をまともに喰らったフレンズ達は、その大音量にやられて怯んでいた。
とてもじゃないが、戦える状態じゃない。
しかし、相手がこちらの回復を待ってくれる訳はない。
超大型セルリアンは、ゆっくりとその脚を上げると、地響きと共に1歩ずつフレンズ達に近付き始めた。
「ま、まずいのです……」
ガンガンと耳の中で鐘を鳴らされているような感覚の中、頭を押さえながら博士は何とか立ち上がった。
「助手、動けるですか……?」
「だい、じょうぶです……」
口ではそう言っているが、助手も相当ダメージを受けたようで、フラフラと立ち上がった。
双方、空を飛ぶのは難しそうだ。
「ハンター、達は……?」
博士と助手が辺りを見回すと、殆どの者が耳を押さえながら地面に蹲っていた。
動けそうなのは、少数の爬虫類のフレンズだけだった。
その向こうには、再び前進を開始してこちらとの距離をじわりじわりと詰めるセルリアンの大きな影が見える。
「博士! セルリアンが!!」
「指示をくれ! 私たちは何をすればいい?!」
他の動物と比較して聴覚が退化している爬虫類のフレンズ達は、セルリアンの咆哮を耐えきり、反撃の体勢を整えていた。
「少し待つのです。まだお前達だけでは────」
数が少なすぎる。
ハンター達のチームは、セルリアンと力で戦うのではなく、火山の麓まで引き付けながら戦う後退戦術を前提に組まれている。
つまり、セルリアンの進撃を食い止られる程の戦力はないのだ。
更に、殆どのフレンズが戦闘不能な今の状況では、今いる場所を守る事すら難しい。
でもここを守らなければ、ここまでの努力も、せっかく張り直したフィルターも、全てが無駄になってしまう。
最善の行動は何か?
博士は精一杯考えた。
こうしている間にも、セルリアンはじりじりと距離を狭めてきている。
人間ならどうする?
彼らなら、こんな時どうやって切り抜ける?
認めたくはないが、自分達より賢い存在だと唯一認めている人間、彼らなら……。
「博士……」
「助手。飛べるけものの中で、動ける奴を探すのです!」
「何か思い着いたのですか?」
「応援を呼ぶです! 火山の麓で待機している連中に、遣いを出すのです!」
博士は咄嗟に考え着いた作戦を、助手に簡単に説明すると、すぐに二手に別れて行動を開始した。
ミミちゃん助手は、麓まで行けそうなフレンズを探し、コノハ博士は動けるフレンズの指揮を執って陣形を組み直す。
「いいですか? お前達、奴を足止めすることが最優先なのです。少しでも時間を稼いで、我々が体勢を建て直す時間を作るのです!」
「応よ!」
「アイアイサー!」
博士の言葉に、陣を組んだフレンズ達が威勢のいい声で応える。
数は大分減ってしまったが、残ったフレンズの中には、ワニやコモドドラゴン等、攻撃力の強いフレンズも混じっていた。
互角に戦う事はできないだろうが、相手の気をそらして、時間を稼ぐには十分な戦力だ。
「さぁ、お前達。作戦を始めるです!」
博士のその言葉を号砲に、フレンズ達が一斉にセルリアンに向かって突進を開始する。
その音は巨大なセルリアンの足音より大きく大気を揺るがし、彼女達が倒すべき敵へと向かって行った。
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