第32話 みらいの為に②
夕暮れの赤が満ちる鬱蒼とした森の中を、沢山のフレンズが走り抜けていく。
木漏れ日に彩られた道を叩く無数の足音が重なって、その音はまるで大地が唸りを上げているようだった。
サーバルはそんなフレンズ達に混じって森の中を走りながら、ミライとの旅を思い出していた。
ミライは何でも知っていた。
サーバルが分からない事や知りたい事を聞けば、嫌な顔1つせず教えてくれて、彼女が理解するまで何度も丁寧に説明してくれた。
サバンナで初めて見たジープやバス。
心地よい風を産み出す扇風機。ジャングルの土に含まれる塩の存在。
誰かと連携したセルリアンとの戦い方も、ボスがしゃべる姿も、温かい温泉の存在も全部、ぜんぶ彼女が教えてくれたことだ。
足元に刻まれたタイヤの轍を見るとそれらの記憶が思い出される。
その思い出はまるでバスの窓から見る景色のように次々と頭の中に現れては消えていった。
「まっててね、ミライさん……!」
海を隔てた遥か遠くにいるミライに向け、サーバルは誓う。
皆で沢山の思い出を詰め込んだパークをきっと取り戻す────と。
その誓いを立てると共に、彼女はポケットの中の小さなコインを強く握りしめた。
やがて森を抜けると、背の低い木が点々と立つだけの高原に出る。
その場所では濃い緑色の植物達が、高山から吹き下ろす寒風を避けるように地を這うように葉を広げていた。
この高原を抜けると、その先は溶岩帯になり、ゴツゴツとした足場の悪い地形になる。
そこを抜けてさらに進めば、いよいよサンドスター火山のエリアだ。
「お前達、そろそろセルリアンの多い地域が近付いてくるのです。速度を落として警戒するのです!」
上空からの指示に従い、フレンズ達は走る速度を緩める。
そして、探索の得意なフレンズが周囲の警戒を強めた。
フレンズ達は進み続ける。
別にここまで走る必要はまったくないのだが、動物の群れとは、1度走り出したら先頭のものが止まるか大きな障害物に出くわすで止まらないのだ。
そんな彼女達の前に、岩影から一匹のセルリアンが飛び出してきた。
薄い緑色の球状の身体に、小さな角が沢山生えたような見た目のソレは、だいたいフレンズ達と同じ背丈くらいの中型のセルリアンだ。
フレンズ達の接近には気が付いていないようで、ふよふよと宙に浮きながらノンビリと移動していた。
「あ、あそこにセルリアンが!」
先頭を走っていたシマウマのフレンズが、セルリアンの出現を報せる。
すると、ほぼ同時に後方から目にも止まらぬ速さで複数のフレンズが躍り出た。
「おらぁー! くらえーー!!」
「私のエモノだぁーーー!!」
「なにあれ、なにあれ! 気になるぅ!」
飛び出したのは、怖いもの知らずで有名なラーテルのフレンズと、影でひっそりとフレンズ達の平和を守ってきたセグロジャッカルのフレンズ。
そして、気になるモノにはとりあえず突っ込むニホンオオカミのフレンズだった。
3人は群れから飛び出すと、あっと言う間にセルリアンとの距離を縮める。
その存在に気が付いたセルリアンが回避行動を取ろうとするが、そんな間もなくフレンズ達の攻撃が3方向から突き刺さった。
すると、3人の攻撃を受けたセルリアンがぱっかーんっ! と弾ける。
その音は、後ろから走ってくるフレンズ達の耳にも届いた。
「やったね!」
「さすがだよ!!」
3人の見事な攻撃に、チームのフレンズ達は口々に賛辞をおくる。
それを受けて、ラーテルは闘志が更に燃え上がり、ジャッカルは照れ臭そうに笑った。
ニホンオオカミは、みんなに褒められて嬉しそうに尻尾を振っていた。
それからも何度かセルリアンとの接触はあったものの、戦闘が得意なフレンズ達の力によってチームに被害が出る事はなく、一行はサンドスター火山まで無事にたどり着いた。
「静かですね。博士」
火山の緩やかな斜面を駆け上がるフレンズ達を上空から眺めながら、助手が小さくこぼした。
「そうですね、助手。静か過ぎるのです。嵐の前の静けさというヤツですかね」
予想よりも遥かに少ないセルリアンの数に、博士も思わず周りを見回してしまう。
しかし、辺りにセルリアンの気配はなく、大小の岩が転がるだけのガレ場が広がっているばかりだった。
その中で動いているのは、斜面を駆け上がるフレンズ達と、岩の隙間から顔を覗かせて風に揺られる草花だけだ。
乾いた地面からは、フレンズ達が走る度に土煙が立ち上る。
それはまるで、これから強大な敵へと立ち向かうフレンズ達の闘志を掲げた狼煙のように空へと踊っていた。
その様子は、火山から離れた所で待機しているフレンズ達の所からも、確認する事ができた。
「あ、見て! あそこ! サーバル達じゃないかしら?」
最初にそれを見付けたのは、遠くの物を見るのに長けているタカだった。
その言葉に耳をぴくっと反応させたカラカルが、彼女の指が示す方向を目で追う。
「え? あの土煙の所? もうあんな所まで……」
サンドスター火山の山肌を駆け上がる土煙はどんどん頂上へと近付いている。
今は八号目くらいだろうか?
「おぉー! すごいのだ! アライさんもなんだかアツくなってきちゃうのだ!!」
「やぁ~、今は突っ走っちゃだめだよぉ? アライさーん」
超大型セルリアンの討伐作戦の進行に合わせ、どんどん興奮していくアライグマを、フェネックが制する。
「心配ね……。みんな大丈夫かしら?」
そんな2人と対照的にトキはひとり、小さく呟いた。
周囲の他のフレンズ達も、1つ目のチームが火山の頂上へと近づきつつある事に気が付き始め、辺りに細波のようなざわめきが充ちる。
たくさんのフレンズ達に見守られる中、沈み始めた夕日を背に昇り続ける土煙の狼煙は、どんどん頂上へと近付いていった。
やがて、サンドスター火山を登っているチームは、火山の頂上到着を知らせる看板の横を走り抜ける。
しかしフレンズ達は文字が読めない上に走る事に夢中になってしまっていて、看板の存在に気が付かない。
「先頭!! 止まるのです!!」
そして、博士が全身の羽根を逆立てて放ったその一言を受けて、ようやく止まった。
後ろからは、まだ頂上まで登りきってないフレンズ達が続々と登ってきている。
「ふふっ、勝った!」
そう言ってガッツポーズをきめているのはピューマのフレンズ。
その隣には、膝に手をついて悔しそうに汗を流しているアメリカバイソンのフレンズがいた。
「くそ~! こんな高い所まで走るなんてムリだよー!」
悔しさをぶつけるように地面を打つアメリカバイソン。
そんな彼女の隣で、ピューマが勝ち誇るように「かっかっか!」と笑っていた。
どうやら、2人はどちらが早く頂上に着くかで競走していたようだ。
そんな2人が先頭で突っ走ってきた為、走るのが苦手なフレンズや、ノンビリした性格のフレンズ達の到着が遅れてしまっていた。
そんな群れの様子を眺めながら、博士と助手はぼやく。
「まったく。群れの秩序を乱すなです」
「まぁでも、無事に辿り着いただけでもよしとしましょう」
「そうですね。寛大な心で許してやりましょう。我々は長なので」
「我々は長なので……」
そんな言葉と共に、2人はフワッと地上に降り立つ。
それに続いて、それまで空から群れを追い掛けていた鳥のフレンズ達も次々と降りてきた。
火口の周囲は思っていたよりも大きく、1つのチームが収まるのに十分な広さがある。
これだけあれば、超大型セルリアンとの戦いにも困らないだろう。
しかし、それだけの広さがあるという事は、────
「さぁ、お前達。休むひまはないですよ。四神を祀った石板を探すのです」
その言葉にフレンズ達が辺りを見回すと、そこには広大な火口。
それを見て、数名のフレンズが手を挙げた。
「探すってここを?」
「そうです」
「どのあたりにあるかヒントを……」
「ないのです」
────もちろん、石板を探す範囲も広いという事だ。
おまけに、四神を祀る石板がどんなものなのか。彼女達は知らない。
「せきばん? ってどんなやつ? 大きさは?」
「そんなもん知ったことか。なのです。探してそれっぽいのを見付けたらここに持ってくるのです」
どうやら人間達の間では、石板の存在は常識化していたようでそれについての詳しい資料なんかは作戦室には無かったのだ。
唯一の情報は「黒くて四角い」という事だけだった。
しかしその石板を見つけなければ、火口のフィルターは直せず、作戦も進まない。
「時間がないのです。さっさと見つけてくるのです」
「急ぐのですよ。でなければ全てが水の泡なのです」
博士と助手に言われ、危機感を感じたのか、フレンズ達はのそのそと立ち上がり、各方向へと石板を探しに散らばっていった。
ほど無くして、サンドスター火山の火口の周りにフレンズ達が均等に配置される。
そんな火口の地面を良く見ると、超大型セルリアンがフィルターを破壊した時に残したと思われる傷跡が大量に残されていた。
砕かれた大きな岩と、それを鋭い爪で引っ掻いたような爪痕。
砂利の地面を大きく抉るクレーター。
人間達がセルリアンの力に抗い、壊れて地面に打ち捨てられた道具たち。
その全てが、ここで起きた争いの激しさを物語っていて、これからフレンズ達が戦おうとしている敵の力の大きさを示しているようだった。
「博士。本当に石板は見つかるのですかね」
火口の様子を改めて見渡した助手が、他のフレンズには聞こえないように、小さく呟いた。
そんな助手に対し、博士も周囲のけもの達に聞こえないように静かに答える。
「問題ないのですよ。助手」
そう、石板というのは、四神を祀る物であり、神を納める器たるそれは不思議な力で護られているのだ。
物理的な破壊はほぼ不可能に等しく、外部からどんなに力を加えようと傷ひとつ付かないらしい。
人間達の資料に残されていたこれらの情報を信じるのならば、いかに超大型セルリアンが強大な力を持っていようと、破壊される事はないはずだ。
「なるほど。つまり、どこかにそのまま埋っている可能性が高いというわけですね。博士」
「そうなのです。どこかに埋っているのはずなのですよ。助手」
博士と助手はひそひそと話し合いながら、石板を探して地面をまさぐっているフレンズ達を観察していた。
それから暫くして、トムソンガゼルのフレンズとアラビアオリックスのフレンズが大きな石の板を抱えて戻ってきた。
「ふぇえ~、もう限界……」
「博士、石板ってこれ?」
草食動物コンビ2人がかりでやっと持ち上げて持ち帰ってきた大きな黒い石の塊は、たしかに「黒くて四角い」という用件は満たしている。
────が、
「えい! なのです!」
助手が手にした杖をおもむろに振り下ろすと、ゴツッ! と鈍い音が鳴り、表面が欠けてしまった。
「残念ながら、ちがうのです……」
「やり直しなのです」
やっとの思いで運んだ石板が、探していた物ではないと知り、2人はトボトボと捜索に戻っていく。
そして、博士と助手の前には、巨大な黒い石だけが残された。
それから次々とフレンズ達が黒くて四角い石を見つけては持ってきたが、どれも目当ての四神を祀る石板ではなく、杖で叩いた傷が付いた石の山がどんどん形成されていった。
ここ数回は、八つ当たり気味に叩いていた為、割れてしまった物もいくつかある。
神を祀っている(かもしれない)物をここまで叩きまくるというのもバチ当たりな気がするが、現状確かめる術がそれしかないのだからしかたない。
「それにしても、みつからないですね……」
「……ゴミの山ができてしまいましたね」
そう言って黄昏る2人の下には、黒い岩でちょっとした山が形成されていた。
その高さは、すでに彼女達の身長を軽く越えている。
その上にちょこんっと座って2人はフレンズ達の成果を待っていたが、先程から暫く誰も戻って来ていない。
気が付けば空は夕暮れ時を越え、東の空には星が瞬き始めた。
そして、太陽がいよいよ地平線の向こうへ完全に隠れようかという時、1人のフレンズが軽やかに走ってきた。
その大きな耳と黄色い毛並みは、サーバルのものだ。
「はかせー! せきばん? みたいなの見つけたよー!!」
遠くに姿が見えたと思ったら、ものすごい勢いで走ってきて、あっという間に2人の目の前まで辿り着いたサーバルは、石板のような物を胸の前で大事そうに抱えている。
「はい! これ!!」
そして、その石板のような何かをずいっと押し出すようにして2人の目の前に差し出した。
博士と助手はサーバルからそれを受けとると、しげしげと観察を始める。
「ほう……」
「これは……」
色は黒。まっくろと言う表現が本当に相応しい黒さだ。
形は「石板」というのに相応しくないほど均整の取れた長方形で、その表面には、細かな溝が幾つも刻まれていて、不思議な模様を形成している。
溝の中は緑がかった色をしていて、周りの黒とは違ってとても透き通った艶があった。
これは────
「────石板ではないですね」
「石ですらないのです」
どうみても石板には見えなかった。
「えぇ~! でも、なんか不思議なちから? みたいなの感じるよ? もしかして、博士達わからないの?」
サーバルのその言葉に、博士達はちょっとムッとする。
「そ、そんな訳ないのです。ちゃんと感じてるのです」
「まぁ、念のため確認だけはしてやるのです。────えい!」
そしてこれまでの石板候補にしてきたように、表面を杖で叩いた。
すると、────
コーンッ! と甲高い音が鳴り博士が手にした鋭い杖の先端が、欠けた。
フレンズの衣服などは彼女達の身体の一部であり、サンドスターの力が宿っている。
もちろん博士達の杖も例外ではなく、フレンズの身体の一部であるそれは簡単に傷つくことはない。
その杖があっけなく、いとも簡単に破壊されたのだ。
「博士、これは……」
「……どうやら、そのようですね」
サーバルが持ってきたそれには、間違いなく未知の力があった。
サンドスターを遥かに上回るちから。
それは、四神以外には持ち得ない圧倒的な力だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます