第29話 何事にも犠牲はつきもの

 遺跡へと侵入したフレンズ達が、各方向へ散らばり、探索を開始していた。


 コウモリのフレンズが空中飛び回る羽音が洞窟の闇に小さく響き渡る。


 地面では、入り組んだ迷路の中をヘビのフレンズが音を立てずにするすると移動していた。


 コウモリは超音波をレーダーのように使って敵を見付ける事ができ、ヘビは熱を感知できる器官で生物の居場所を探り当てられる。

 その特技を活かして、彼女達はセルリアンを探しているのだ。





「キッキッキ! かわいいセルリアンちゃんはどっこかな~♪」

 ナミチーことミナミチスイコウモリは、手で双眼鏡を覗く真似をしながら遺跡の迷路を上空から観察していた。


「お? あれは~? おっと、シマヘビちゃんか……。あっちは~?」

 ナミチーは、キョロキョロとしきりに辺りを見回しながら動く影を探す。

 そしてその視線の先に、明らかにフレンズのそれとは違う影が蠢いているのを捉えた。


「お! はっけーん!!」

 歓声を上げながら、ナミチーはその影に向かって一直線に飛んだ。

 あまり知られていないが、実はコウモリというのは、結構速い速度での飛行が可能なのだ。


 鳥のような尾羽がなくても自在に空を飛べるのは、尾羽が無くても安定した飛行ができる速度で飛んでいるからだったりする。



 しかしそれは裏を返せば、低速時の安定性を保つのが難しいという事だ。だからコウモリは、低速での飛行や狙った地点への正確な着地が得意ではない。


 チスイコウモリが狩りの時、獲物の近くの地面に着地してから地上を這うように移動して忍び寄るのは、そのためである。



「キッキッキ。気付いてない気付いてない。そーっとそーっと……。あれ?」

 小型のコウモリの多くは夜行性だ。

 そんなコウモリ達が夜の暗い森や洞窟を正確に飛び回れるのは、超音波をレーダーのように使って障害物や獲物を探せるからだ。


 しかし、その器官が発達するのと同時に目は退化したた。そのため視力は弱い。

 故にセルリアンのように四肢などの明確な構造を持たない獲物は、どっちが頭か判別できないのだ。


 だから、往々にしてこういう事が起こる。

 背中を向けていたと思っていたセルリアンが、実はこちらを見ていた。という事が……。


 小さな体のチスイコウモリと、その数倍以上の大きさのセルリアン。

 じーーっと見つめ合う事、数秒。



「やっちった! てへっ☆」

 そう言って可愛らしく舌を出したナミチーは、全力で回れ右をして逃げ出した。





 その頃、他の場所でもフレンズ達が次々とセルリアンと接触していた。────が、皆戦う様子はなく、セルリアンに存在を気付かれると同時に、くるりっと背を向けて逃げ出していた。


 しかしそれらは全て、ある作戦に基づいた行動だった。




 ────時は、一時間ほど遡る。



 遺跡への突入のため、フレンズ達が遺跡の入口に整然とならんでいる。

 その真っ正面、ぽっかりと口を開けた入口の上に、コノハ博士ことアフリカオオコノハヅクと、ミミちゃん助手ことワシミミズクのフレンズが立っていた。



 ミミちゃん助手が立ち並ぶフレンズ達に向けて言う。

「ではお前達。セルリアンと接触したら、すぐにここまで逃げてくるですよ?」


 それに続くように、コノハ博士も言葉を並べた。

「くれぐれも戦ってはダメなのです」



 今回フレンズ達が考えた作戦はある意味、陽動戦術に近いものだった。


 その内容はこうだ。

 まず、洞窟内での行動が得意なフレンズが遺跡へ入り、セルリアンを探し、接触する。


 次に、フレンズを見つけて追い掛けてきたセルリアンを遺跡の入口付近まで誘き寄せ、フレンズ達は外へ脱出する。

 そして全員が脱出したら、トキが歌でセルリアンを更に外の方まで誘導する。


 最後にトキの歌に釣られてセルリアンが遺跡から飛び出して来たら、ビーバー達が作ったダムを解放して、海水を一気にセルリアンに浴びせかけて石にしてしまおう。


 ────と、いうものだった。




 そして現在、遺跡の中の狭い通路をナミチーは全力で走り抜けていた。

「いやいや~、思った以上にこの子達しつこいねー。もしかして、私にメロメロとかぁ~?」


 小さなナミチーの体を正に押し潰さんと迫る大きなセルリアンの姿。

 その影が、曲がり角を過ぎる度に1つ、また1つと増えていく。


 ドタバタと騒ぎながら迷路を走り回っていたせいで、周囲のセルリアンが気配に気づいて集まってきたのだ。



「う~ん、私もトキちゃんに負けないくらいファンができちゃったなぁ~。セルリアンだけど……」

 誰にともなく呟きながら、ナミチーは走り続ける。


 やがて出口に近付くと、迷路の道が突然途切れ、一際広い通路に出た。

 その通路の奥には、大きな壁が立ちはだかっている。


 行き止まりだ。



「あらよっと!」

 しかし、ナミチーはそこで立ち止まる事なく、翼を広げて空中に躍り出た。

 セルリアンは、そんな彼女を大きな1つの目で見送りながら、行き止まりの道で立ち往生する。


 セルリアンは空を飛べない。中には、飛べるものも居るが、狭い洞窟の中の遺跡に棲み着いている個体にそういった種はいないようだった。



 行き場を失ったセルリアンが蠢く光景が、セルリアンが空中へと躍り出たナミチーの眼下に広がる。


「キッキッキッ! 一丁あがりぃ!」

 その光景を見ながら、ナミチーは満足げに拳を握った。



 他の通路からも、次々とセルリアンを引き連れたフレンズ達が駆け出してくる姿が確認できる。

 小さな体を活かして狭い隙間から逃げる者や、予め示し合わせていたフレンズに上空へ引き上げてもらう者。


 皆それぞれの戦法でセルリアンを誘き寄せて脱出していた。



 そして、あっという間に遺跡の出口周辺の通路が、蠢くセルリアンの影で埋め尽くされる。

 ここまで大量のセルリアンが一ヶ所に集まると、なかなかに圧巻の光景となった。




 そして、全員が遺跡から脱出した事を確認すると、博士の指揮の元に作戦は第2段階に移行される。


「博士、こっちは準備オッケーっす!」

 遺跡の入口に海水を流し込む装置の横に立ったアメリカビーバーが、大きく手を振りながら合図を送る。

 それを受け、博士は小さく頷くと、トキを振り返った。


「それでは、トキ。お前のタイミングで歌うのです」

「わかった……。全力で歌わせてもらうわね」


 トキがそう決意を表すと、周囲のフレンズ達が緊張の面持ちでその姿を見守り、若干名のフレンズが耳を抑えて僅かに後ずさった。



 フレンズ達が見守る中、トキは優雅に舞うような仕草でフワッと浮き上がる。

 そして、胸の前で手をそっと合わせて深呼吸をすると、1つ大きく、息を吸い込んだ。

 次の瞬間────


「ワタァ"ァア"アア"シハァ"ァ"ァ"ァ"ア"ア"、トォ"オ"オ"キイ"ィ"ィ"ィ"!! ナ"カ"ァマ"ァヲサガシテル"ゥーーーー!!」


 響く轟音。轟く爆音。

 まさにそんな表現がピッタリな歌が空間を支配した。


 彼女はミライと別れて以降、ほとんど歌っていなかった。

 何をするにもあまり気力が起こらず、歌う気にもなれなかったのだ。


 その分これまで溜め込んで来た気持ちを、ミライという大切な仲間を失った哀しみを込めて、トキは歌った。


 しかし、その歌は哀しみのバラードではなく、「大激震の音響兵器」と化していた。

 運悪く近に居合わせたくフレンズが、その可愛らしい見た目からは想像もできないような断末魔を上げて次々に倒れてゆく。


 遺跡前の広場では、トキを中心としたミステリーサークルが形成されつつあった。



「さすがトキなのです。大音量なのです」

 そんな中、ちゃっかり耳栓を用意していた博士と助手だけが、なに食わぬ顔でその様子を眺めていた。


「人間はこんな状況を『ライブ』と言って楽しんでいたようですよ。博士」

「信じられないのです。理解不能なのです」

「賢い我々でも、わからない事は多いのです」



 やがてトキの歌がサビに差し掛かる頃、広場にいたフレンズの大半は大地に伏していた。

 そして、遺跡の入口を見張っていたインドコブラが何かを感知し、警戒の声をあげる。


「わわっ! 何か来てる! 来てるですよ!」



 ヘビには元々耳がなく、音を聞く事はできない。そのかわり、全身の感覚はとても鋭く、地面から伝わる僅かな振動で近付いてくる敵を感知する事ができるのだ。


 フレンズになった今でも、その能力は健在で、遺跡の中から近づいて来るセルリアンを感知したのだ。



「りょ、了解ッス……」

「おっけー……」

 元々耳の良い種族ではないヘビ達がなに食わぬ顔で状況を見守る中、ダムの上から力のない声が聞こえて来た。


 海水を貯めたダムの上にいるのは、アメリカビーバーとヨーロッパビーバー。

 彼女達はダムを解放するために待機していたのだが、既に息も絶え絶えだ。


 無論、トキの歌の影響による所である。




 アメリカビーバーとヨーロッパビーバーは、耳を抑えながら這うようにずりずりと移動し、配置についた。


 ダムの左右、その端に設けられた1対のレバー。このレバーを同時に引けば、放水口を抑えている壁が壊れ、海水が一気に遺跡へ流れ込む。


 別に二つも付ける必要はなかったのだが、「せっかくだからそれっぽく」をコンセプトに2人の職人が遊び心全開でつくった結果、この形になった。



「ヨーロッパビーバーさん、準備は、いいっすか……?」

 アメリカビーバーが呼吸を荒くし、なぜか既に瀕死の重傷を負ってるような勢いで対岸の相棒に合図を送る。


「いつでも、いいぜ……」

 対するヨーロッパビーバーも、故郷へ帰る事を諦めた戦士のように覚悟を決めた表情でそう答えた。



「いいからさっさとするのです」

「茶番はその辺にして早く海水をながすのです」

 映画のラストシーンな雰囲気のビーバー達を他所に、博士と助手が白けた声で言った。



「これで、最後だ……」

「オレっち達の仲間は────」


 博士と助手の冷たい視線が注がれる中、いよいよクライマックスなテンションな2人のビーバーのフレンズは、互いを見つめ合いながら、最後の確認をするように静かに頷く。


 そして、レバーに手を掛け、────


「「セルリアンなんかに、渡さないっ!」」

 そんな掛け声と共にレバーを一気に引き下ろした。


 その瞬間、ダムの壁が大きく開き、それまで押さえ込まれていた海水が怒涛の勢いで流れ出す。

 白い波を作り、飛沫を陽光に輝かせながら流れるその水は、空中に大きく弧を描き、────


 そして、ちょうど遺跡から出てきたセルリアンの直上に命中した。



 その瞬間だった。

 それまでゼリー状の身体を蠢かせていたセルリアンが、一瞬にして真っ黒な岩へと変化した。


「ほぅ……」

「ほぅ……」

 その光景を前に、博士と助手の口から意味のない呟きが漏れる。



 先頭で飛び出してきたセルリアンが一瞬で石になり、その後ろから前へと出ようとしたセルリアンもあっという間に石になった。

 それでも勢いの収まらない海水はそのまま遺跡へ続く階段を流れ落ち、セルリアンを次々と石へと変えていく。


 セルリアンが次々と石化した事で、遺跡の入口は瞬く間に黒い溶岩で埋め尽くされた。




 その光景を見て、博士が呟く。

「これは予想以上なのです」

「我々は、やってしまったようなのです……」

 それに続いて助手も独りごちた。


 遺跡は、人間が作り出したもので、人とフレンズを楽しませるための施設────つまりアトラクションというやつだ。


 人がつくって、パークに残していったもの。人が帰ってくるまで、守らなくてはいけないものだ。



 しかしどうだろう?

 目の前の遺跡は、形こそ崩れていないものの、その入口は完全に塞がっていて、もはや小動物ですら通れない小さな隙間が残るばかりになっていた。



「でも、大丈夫なのです」

 そう言って博士が指差した先には、薄い木の看板に掲げられた「出口」の文字。


「つまり、入口は他にあるのです。入れるのです」

「なるほど、『アトラクションは入れれば遊べる』のですね」

「その通りです。助手」

「入れればよし。出れるかどうかは重要じゃないのですね」

「……そうですよ」


「「さすが、かしこいのです」」




 長のそんな現実逃避の言葉と共に、戦いは終わった。

 その周囲には、死屍累々とフレンズ達が倒れているが、戦いは無事に終わったのだ。



 一様に白目を剥いて気を失ったフレンズ達をよく観察すると、耳の発達した夜行性のフレンズ達の方が、やや症状が重い。


 原因はハッキリしている。

 地面にがっくりと膝をついた鳥のフレンズ。

 真っ白な羽に、赤い尾羽とスラリとした脚をもつ彼女の名はトキ。

 セルリアン討伐班「ハンター」の主力音響兵器だ。


「なぜ……、いつもこうなるの……?」

 その悲しげな呟きは、彼女の心のダメージを如実に語っていた。




 各々様々な犠牲を抱える結果となったハンター達の初陣は、こうして幕を閉じたのだった。

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