第30話 けものですもの
ジャパリパーク。
それは、大海に浮かぶ大きな島をまるまる1つ使った巨大テーマパークだ。
サンドスターの不思議な力で人間の女の子の姿になった動物────フレンズ。
そんな彼女達が暮らすこの島は、どこかお祭りのような雰囲気で満たされていた。
食べかけのリンゴのようなチャーミングな外壁に、青空に映える赤い屋根が特徴的な建物。
ジャパリ図書館と呼ばれるその場所は、沢山のフレンズ達で溢れ返っている。
セルリアンとの最初の戦いを無事に終えたフレンズ達が、集まっているのだ。
巣も縄張りも別々な彼女達だが、今は「ハンター」という1つの大きな群れに属している。
初のセルリアン討伐に勢い付いた彼女達は、当初の目標である超大型セルリアンを倒す為の策を、話し合っている最中だった。
ハンター達は今、幾つかのグループに別れて作戦を話し合っている。
俗にいうグループディスカッションというやつだ。
これは、博士と助手が膨大な数のフレンズの意見を1つにまとめる為に考えた案だった。
そうして幾つかのグループに別れたけもの達は、図書館前の陽当たりの良い芝生の上で日向ぼっこをしながらわいわいと話し合っている。
サーバルやカラカル達もまた、その中に混じって、あれやこれやと意見を交わし合っていた。
「ねぇねぇ、カラカル! 黒いセルリアンって、サンドスター火山によく行くってミライさんが言ってたよね?」
サーバルが、大きな耳をぴんっと立てながら言った。
その言葉を聞いて、彼女の隣に座るカラカルが、顎に手をあてながら小さく唸る。
「うーん。そういえば、そんな話してたわね……」
このグループには、2人の他に、トキ、アライグマ、フェネック、タカのお馴染みの面々が集まっていた。
そこでサーバルの意見を聞いたフェネックが、「こんなのはどうだろう?」と言う。
「それなら~、この前ミライさんが言ってたみたいに、待ち伏せするっていうのはどうかなぁ~」
「おぉー! それなのだ! さすがフェネックなのだ!」
フェネックの言葉にアライグマが賛同し、サーバル達も、うんうんと頷く。
しかし、その中で一人、異を唱えるフレンズがいた。
「でも、それだと地形的に不利じゃないかしら? 火山には、何度か行ったことがあるけれど、地面はゴツゴツだし、おまけに斜面は急だし……。空を飛べる私とトキはさておき、このメンバーでまともに戦うのは難しいと思うわ」
タカは、狩猟のプロだ。野生の世界ではどんな地形でも自在に飛び回り、確実に獲物を仕留める。
故にどんな地形の時に地上を走る動物に隙ができやすいか。狩るものから見て、狩りやすい条件とはなにか。
それらを彼女は本能的に理解していたのだ。
そんな彼女の意見に、フレンズ達は一様にうーんと唸る。
「うーん、むずかしいねぇ……」
「たしかに、あたしらはそんな場所じゃ戦いずらいなぁ」
なかなか次の案が浮かばず、会議が止まりかけた時、不意にトキが口を開いた。
「あ、そうだわ。私の歌で、みんなが戦いやすい場所まで誘導するのはどうかしら?」
「それもむずかしいと思うよ~? あの山は~、私もアライさんと何度か行った事あるけどぉ、けっこうおっきいし~……」
サンドスター火山は、勿論の事だが、かなり大きい。頂上の火口付近はそこまで広くないが、円錐状に広がったその裾野は果てしなく広い。
いくらハンターの仲間達が沢山いるからと言っても、その全てをカバーするのは不可能だ。
すると、超大型セルリアンと確実に接触するには、ある程度まで捜索範囲を絞り込む必要がある。つまり、捜索範囲を狭められる火山の上の方まで登らなくてはいけないのだ。
そんなところからサーバル達の戦いやすい場所までトキ1人でセルリアンを誘導するというのは、あまり現実的ではなかった。
今度こそ行き詰まった会議に、彼女達は頭を抱える。
遅々として進まない状況の中、会議に飽きて来たけもの達の思考はどんどん鈍くなっていく。
「うみゃー! もう何も思い浮かばないよー!」
「アライさんも、もう何も思い浮かばないのだ……」
そんな言葉と共に、サーバルがひっくり返り、芝生の上で大の字になった。
それに続くように、アライグマもゴローンと転がる。
そんな2人の様子を見て、カラカルとフェネックがやれやれとため息をついた。
そして、完全に停滞した会議に、カラカル達も一息つこうとした時、図書館の建物の方から博士と助手が彼女達の元へやってきた。
「何をやっているですか。お前らは」
「お前らには多少期待していたのですが、結局は何も考えられないポンコツなのですか」
突然現れた2人から繰り出されたあんまりな言葉に、フレンズ達は引き釣り気味な笑顔を浮かべる。
回りを見渡すと、他のフレンズ達も会議が停滞しているようで、ごろごろと転がっていたり、意味もなく立ってたり、昼寝を始めている者までいた。
「うみゃー! そんなんじゃないよ!!」
博士と助手の言葉を聞いていたサーバルが、そのあんまりな言われように思わず言い返した。
「では、さっさと話し合いを続けるのです」
「えぇ~……。だって、もう何も思い付かないんだもん。それに、こうしてじっとしてるのはツマラナイし……」
博士の言葉にサーバルが口を尖らせながら言う。
「それなら、こっちに来るのです。いいものを見せてやるです」
助手の得意気な言葉に皆の声が重なった。
「「「「いいもの?」」」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄
「おぉ~、けっこう広いねぇ」
「あんまり来た事ないけど、なんか不思議な感じだね!」
「アライさんは、何回か来たことあるのだ!」
助手に促されるままに図書館の建物内にやってきたフレンズ達は興味深げに回りを見渡して、整然と並んだ本の壁に感嘆の声を上げた。
そんなサーバル一行を若干置き去り気味にして、助手はずんずん奥へと進んでいく。
「さぁ、ここに入るのです」
そう言って助手が示したのは、本棚の間の細い隙間。
そこは、サーバル達の場所からでは見えないが、正面に回り込むと何やら怪しげな入り口が確認できた。
ヒト1人が通れる程の幅の入口は、アーチ状になっている。
アーチの下には、薄いカーテンが下げられていて、今いる場所からでは、その先を覗くことはできなかった。
「ここは?」
カラカルの質問に、助手は良く聞いてくれたと言わんばかりに答える。
「ここは、前にセルリアン対策班────パークに居た人々がセルリアンを倒す作戦を立てていた部屋なのです」
「おぉ! そんなに貴重なものを見れるなんて……!」
ヒトの遺したものと聞いて、普段はクールなタカが、どこか興奮気味に言う。
他のフレンズ達も皆、どこか興奮を隠せない様子でソワソワしていた。
「……この気持ち、歌に────」
「やめるのですっ」
「ここで音響兵器を使えば、建物ごとお釈迦になるのです」
「ぐはっ!」
さりげなく歌おうとしたトキを博士と助手が慌てて止めに入り、その言葉にトキがダメージを負った。
それを合図にするように、フレンズ達は怪しげなアーチのカーテンを開ける。
カーテンに隠されたその向こう側。
そこには、少し不気味な薄暗い空間があった。
広さは、ヒトが10人とちょっと入れるくらいだろうか?
床には沢山の本が積み上げられていて、ヒトが遺したと思われるメモ書きの切れ端が散らばっている。
そしてその真ん中には大きく、サンドスター火山が鎮座していた。
しかしそれはもちろん本物の火山ではなく、何百分の一にも小さくした火山の模型だ。
所々に鋲を打たれて付箋紙の貼り付けられたそれは、作戦会議を容易にするためのものだった。
「ここにある物を自由に見るといいのです。絶対に壊さないようにするのですよ?」
「わぁー! すっごーい! 部屋の中に山があるー!」
「おー! すごいのだ!」
「やぁ、これは中々だねぇ~」
自信ありげに胸を張る助手の言葉に、サーバル達が歓声を上げて各々好きなものを見に散る。
と、言っても殆どのフレンズ達が床の資料には目もくれず、火山の模型へと駆け寄って行ったが……。
「まったく、騒がしいやつらなのです……」
そんなフレンズ達の様子を見て、助手はやれやれとため息をつく。
すると、その隣でただ状況を見守っていた博士が、フッと思い出したように助手の方を見た。
「ところで、助手。この前、私はこの部屋の片付けを頼んだはずですが?」
唐突に発せられた博士のその言葉に、助手の身体がピクッと反応する。
助手は目を合わせず、正面を向いたまま、しばらく無言の時間が流れた。
そして、────
「……てへぺろっ☆」
助手の口から出てきた言葉はそれだった。
「うわぁ! ミミちゃんが無表情でベロ出してる!!」
火山の向かい側から2人のやり取りを見ていたサーバルが驚いた様子で目を丸くする。
「何言ってるですか。とびきりの笑顔なのですよ!」
フクロウの目は円筒状になっていて、動かすことができない。
その特徴が、フレンズ化の時に「無表情」というかたちで現れたのだ。
故に、フクロウのフレンズの顔は、他者から見ると表情の変化がほんとんど感じられないのである。
「普段と変わらないよ!」
「いえ、これは歴とした笑顔なのです。ほら、口角が上がっているのです」
「……微笑すぎだよ!!」
サーバルと助手の間で繰り広げられる漫才じみた会話に、今度は博士が小さくため息をついた。
「まぁ、助手の笑顔は素晴らしいですが、笑って済む話ではないのです……。掃除は明日までにやっておくですよ」
「わかりました。博士」
「次、片付いてなかったら、ごはん抜きですからね」
「……わ、わかったのです」
博士から告げられた「ごはん抜き」の言葉に、並々ならぬ危機感を感じた助手は、渋々と条件を承諾した。
そんな2人とは別に、火山の模型を眺めていたカラカルがふっと思い付いたように言った。
「ねぇ。ここに書いてあるのって人間たちが考えた作戦なんだよね? なら、それをそのまま使うっていうのはダメかな?
ほら、あたしらはこれまでミライさんの立てた作戦のおかげで戦ってこれたわけだし、同じような感じで人間達が残した作戦をそのまま使えばいいんじゃないかなぁ。なんて……」
たしかに、フレンズ達だけで話し合っても、元々が動物である彼女達の発想には限界がある。
現に、会議に飽きて遊び始めてしまったけもの達もいるくらいだ。というか、ほとんどのフレンズが会議に飽きている。
それならいっそ、新しい作戦を考えたりせずに、過去に行われた作戦を今のチームに合わせてリメイクしてしまった方が、よっぽど効率的だった。
「たしかに、それは一利あるのです」
「悔しいですが、人間は我々より賢いのです。集団での行動となれば、奴らの右に出るものは無いと思うのです」
島の長として、博士達はこれまで沢山の人を見てきた。
彼らが森に道を切り開く姿も、橋やトンネルを造る姿も、あっと言う間に建物を造る姿も。
そして、彼らがセルリアンと戦う姿も見てきたのだ。
人間は、はっきり言って個体では大した力もない種族だ。だが、彼らが寄り集まれば何だってできてしまう不思議な種族なのだ。
そんな彼らが考えた作戦を、個々が人間を越える力を持つフレンズ達が行う。
そう考えると、なんだかとても上手くいきそうに思えてきた。
「博士。これはいけるかもしれません!」
「そうですね、助手! さっそく作戦の解読に取り掛かるのです!」
そう言うと、博士と助手はあっという間に作戦室からサーバル達を追い出して、彼女達が唖然としている間に扉を閉めてしまった。
「まだみてたのに! 博士もミミちゃんも急すぎだよ!」
サーバルが抗議の声を上げるが、部屋からは返答がない。
「まぁ、あの2人はもともと気まぐれな所あるからねぇ~」
そんなどこか呆れたようなフェネックの言葉に、一同はうんうんと頷いた。
「それにしても、お腹すいたのだ」
唐突にそう言い出したのは、アライグマ。
それを聞いて既に昼時になっていた事に気が付いたけもの達のお腹が、彼女の言葉に釣られるようにクぅ~と鳴った。
気の抜けた腹の音に、若干はずかしくなりながらも、トキが提案する。
「とりあえず、じゃぱりまんでも食べにいきましょう?」
サーバル達も少し顔を赤らめながら、トキの提案に賛成した。
「そうだね! お腹すいてると力も出ないしね!」
「あたしも、じつは結構お腹ぺこぺこなんだ」
「さんせーい」
「それに、ずっとしゃべってたから喉がかわいたのだ」
完全に考えがお昼ごはんにシフトしたフレンズ達は、図書館の出口へと向かう。
その途中タカがフッと思い付いたように新しい提案をした。
「そういえば。この近くに、いい水場を知っているわ。せっかくだし、そこに行きましょう!」
その提案を聞いて、アライグマが真っ先に駆け出す。
「おぉ! さすがタカなのだ! さっそく向かうのだ!」
しかし、その水場がどこにあるのか彼女は知らないわけで、とうぜんこうなる。
「ところで、水場はどっちなのだーー?!」
彼女が縞々の尻尾を左右に振りながら辺りをキョロキョロと見渡す姿は、既に結構遠くに見えた。
その姿を見て、一同は思わず苦笑いする。
「アライさん突っ走りすぎだよぉ~。水場は逃げないからゆっくり行こぅー」
フェネックがのんびりした口調でそう言うと、アライグマは頭を掻きながらやっと戻ってきた。
そうしてサーバル達は、纏まって水場へと移動を始めた。
すると、周囲にいた他のフレンズ達も、ゴハンの気配を察知して、サーバル達に続くように各々移動を始める。
そうして、図書館前はさっきまでの喧騒が嘘のように静かになり、昼寝をするフレンズと、遊びに夢中な若干名のフレンズを残して皆どこかへ消えてしまった。
「なっ……! これは!!」
「いったい奴らは……! 奴らはどこへ行ったのですかぁ?!」
完成した作戦を発表しようと意気揚々と外へ出た博士と助手がその事態に気付いたのは、それから約一時間後の事だった。
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