第28話 仲間

「おぉーい、誰かそっち持ってー!」

「はーい! 今行くー!」


「『うみ』って冷たいんだな」

「それに、うぇぇ……。しょっぱい……」


 朝日が照らす砂浜に、わいわい騒ぐフレンズ達の声が響く。

 セントラルパークから程近い海辺に、沢山のフレンズが集まっていた。



「お前達、少しでも多くの『海水』を集めるのです」

「水を汲んだらさっさと行くのです」

 上空からフレンズ達を見ていた博士と助手がフレンズ達に指示を出し、皆がそれに従って動く。

 そこに集まっていたのは、ハンターのメンバーだった。



 ハンターは、超大型セルリアンの討伐を目的として結成されたチームだが、いきなり強大な敵を相手にするのではリスクが大き過ぎる。

 だから、手始めに通常のセルリアンを相手に戦う事で、実力を確かめる事にした。


 パーク中のフレンズから情報を募り、セルリアンに困っているちほーに行ってセルリアンを討伐する。

 ハンター達の訓練にもなるし、セルリアンの討伐もできる。


 正に、一石二鳥の作戦だった。




「それにしても、サーバル。海の水でセルリアンが石になるというのは、本当なのですか?」

 一通り砂浜の観察を終えて地上に戻ってきたミミちゃん助手が、怪訝な表情でサーバルの顔を覗き込む。


「本当だよ! 前にミライさんから聞いたんだ。じゃんぐるの土でもできるんだよ!」

 じーっと見詰めてくる助手に対し、サーバルはエッヘンと胸を張った。

 しかし、助手はそんな彼女に何も言わず、くるっと真後ろを向いて、不意にカラカルに問い掛ける。


「カラカル。本当なのですか?」

 

「え!? あ、あぁ……。少なくとも、あたし達がじゃんぐるで戦った時は、そうだったよ。こう、うまく土と水を混ぜて浴びせたら、本当に石になったんだ」

 カラカルは、フクロウ特有の頭が真後ろを向く姿に驚きながらも、じゃんぐるちほーでの出来事を説明した。



「ふむ……」

 カラカルの説明を聞いた助手は短く唸ると、頭をぐるりと180度回転させ、再びサーバルに向き直った。

「まぁ、カラカルが言うなら、間違いないようですね」

「もう! わたしの事も信用してよ!」

 まったく信用していないと言わんばかりの助手の振るまいに、サーバルは抗議の声をあげる。

 しかし、博士や助手のサーバルに対する扱いは普段からこの程度なので、近くにいたフレンズ達は皆、苦笑いだった。



「ほら、サーバル。あたし達も、早いとこ海の水汲んで、運びましょう」

 先程の一件で、プンスカプーン! と頬を膨らませていたサーバルに、カラカルはそう言いながら大きなタライを指差した。



 人がパークから居なくなってから、どういう訳か、ボスは急にフレンズ達と関わりをもつようになった。

 相変わらずしゃべってはくれないが、何か困った事や、必要な物が出てきた時は、解決の糸口になりそうな物を示してくれたり、パークの備品庫の鍵を空けて物を貸してくれたりするのだ。


 今フレンズ達が使ってる大量のタライや、それを載せて運ぶ為の自転車も、ボスが用意してくれたものだ。

 4人程乗れる屋根付きの自転車で、一見おしゃれな馬車のようにも見えるそれは、後ろに荷物用のトレーラーが付けられ、水を入れた大きなタライを運ぶのにちょうどよい代物だった。



「でも、せっかくならバスを貸してほしかったよねー」

 助手にからかわれた事などすっかり忘れたサーバルが、ペダルを漕ぎながらそう言った。


「そうね。でも、ボスにも何か事情があるんじゃない? それに、こうしてのんびりするの、あたしは好きだけどな」

 ゆったりとペダルを漕ぎながらハンドルを握るカラカルは、前を向いたまましみじみと言う。


 サバンナに居た頃はほとんどサーバルと2人きりで、たまに他のフレンズと出会っても、長い時間を一緒に過ごす事はなかった。

 しかし、ミライと出会ってからというもの、側にはいつも他のフレンズの姿があった。


 そんな環境になれてしまったせいか、こうして2人だけの時間がなんだか少し恥ずかしく思える。


「どうしたの、カラカル? 急にしずかになっちゃって……。もしかして、どこか痛いの?」

「え? あぁ、違うよ。ただ、懐かしいなって思って。ほら、あたしら2人だけなのって久しぶりじゃない?」


 思えばもうずっと、さばんなちほーの景色を見ていない。

 いつも2人でお昼寝した木陰はどうなっているだろう?

 狩りごっこの後に決まって訪れた水場に今日は誰が来ているのか?


 そんな事を考えていたら、ちょっとだけサバンナが恋しくなった。



 2人が漕ぐ自転車は静かな森の木々に見送られながら、ゆっくりと進んで行く。

 そして、緩やかな上り坂に差し掛かった。

 その時だった。



「おらおらおらーー!! どいたどいたぁーーーー!!!!」

 チーターとイボイノシシのペアが、物凄い勢いで2人を追い抜いていった。

 そのあまりのスピードに、サバンナコンビは唖然とする。


「サイサイサーーイ! お待ちなさーーーーい!!」

「姫! とばしすぎです! もう少しスピードを……!」

 更に、あんぐりと口を空けたサーバル達の横を、チーター達を追いかけるようにてシロサイ、クロサイのコンビが走り抜けた。

 猛然と砂煙を上げながら遠ざかる影がどんどん小さくなっていく。


「な、なんだろう……。いまの……」

「さ、さぁ。とりあえず、あたし達はゆっくりいこう?」

 すっかり坂の向こうへ見えなくなった背中を見送りながら、「きっと幻でもみてたんだ」と言わんばかりに、サバンナコンビはゆっくりと自転車を漕ぎ出した。




 やがて森の木々は姿を消し、風が吹き抜ける広大な草原が現れる。

 その丘陵をまたぐように続く道を更に奥へ進むと、今度はちょっとだけキツい丘が姿を現した。


 そのてっぺんにあるのが、フレンズ達の目的地『遺跡』の入口だ。



「よいしょ、よいしょ、よいしょっと!」

「とうちゃーーく!!」

 サーバルとカラカルの2人がその場所に行くと、そこには既に沢山のフレンズがいた。


 皆、大きなタライをわっせわっせと汗水流して運んでいる。


 その奥に、森でサーバル達を追い越して行ったチーター達の姿があった。

 チーター、イボイノシシ、シロサイ、クロサイと並んで地面に正座させられ、助手に怒られている様子である。

 そんな彼女達の前には、殆どからっぽのタライ。

 どうやら、とばしすぎたせいで水を殆ど溢してしまったらしい……。


「もういちど汲んでくるのです!!」

「えぇ~……、でもサンドスターが……」

「つべこべいう前に働けです! はじめに言ったではないですか! 『海水』が少ないとセルリアンを仕留めきれない可能性があるのですよ!?」


 助手に説教された4人は「ひぇ~……」と言いながら自転車へ向かう。

 ついさっき登ったばかりの丘を下る自転車が鳴らす音が、きゅっ……きゅっ……と悲しげにフレンズ達の耳に届いた。




 遺跡の入口は複雑な形をしていた。

 地面は全て石でできているが、遊園地のそれとは異なり大小様々な石が組み合わされて造られていた。

 色は灰色に近い黄色の様な色で、奥には床と同じ色の壁がある。

 壁は至る所から水が涌き出ていて、鮮やかな緑色の植物が生い茂っていた。


 広場に入ってすぐの所には大きな噴水があり、その周りに柱のような岩が幾つも地面に突き刺さっている。


 そうして形作られた広場の中には、何か文字のようなものが彫られた石板が数枚落ちていて、幾つもの小さな石ころが石畳の隙間から生えた草の間に埋もれていた。


 そして、その広場の一番奥には一際大きな岩が転がっていた。

 殆どが上から崩れてきた土に埋まったその岩は緑に囲まれ、なだらかな斜面の一部のようになっている。


 その岩にはポッカリと大きな穴が空いていた。

 まるで中へと誘い込むように不気味に空いたその穴こそ、遺跡への入口だった。



「みなさーん! お水はこっちへお願いするっス!!」

 遺跡の入口の上に立ち、大きく手を振るフレンズがいた。

 袖のない茶色いジャケットを黒いビキニの上に羽織り、灰色のホットパンツと黒のスパッツを履いている。

 腕には黒のアームガードを着けていて、腰からは特徴的な平たい大きな尻尾が生えていた。


 彼女はアメリカビーバー。遺跡へ水を流し込む装置を作る為に呼ばれたのだ。

 そんな彼女と共に呼ばれたのが、ヨーロッパビーバー。


 野生ビーバーは木の枝や土を使ったダム作りの達人で、そのフレンズである彼女達2人はどちらも、ものづくりが得意なのだ。



「あと一息だよぉ! ファイト! ファイトー!!」

 完成した装置の細かい修正をしながら、2人は他のフレンズに声援を送る。


「と、遠いよ~……」

 海からここまで海水入りの重たいタライを運び、更に丘の天辺近くまで登らなくてはいけないから、フレンズ達は皆へとへとになっていた。



「こんな状態で戦えるのですか? 博士」

 芝の上にへたり込む大勢のフレンズ達を前にした助手が、博士に尋ねる。


「大丈夫なのですよ、助手。セルリアンと接触するフレンズは予め休ませているのです」

 準備万端です。と、無表情に告げる博士に助手は大きく頷いた。


「なるほどなのです。あとは、のこのこと出てきたセルリアンに海水を浴びせてやるだけなのですね」

「その通りです。そうすれば奴らは石になり、我々の勝利です」


「さすが我々。かしこいのです」

「かしこいのです」

 博士と助手は、地面で伸びているフレンズ達を再度見渡す。

 彼女達の間に、ちらほらとコップに入った水を配っているフレンズの姿が確認できる。


 海水運びに参加せず体力を温存していたフレンズ達だ。

 彼女達の役目は、遺跡の中でセルリアンにわざと接触し、入口付近まで誘導する事。


 そのメンバーには、洞窟での行動が得意なコウモリのフレンズを始め、特殊な器官で熱を探知できるヘビのフレンズが多く選ばれていた。

 暗い場所で生活する動物のフレンズが多いせいか、黒や茶色を身に付ける姿が目立つ。


 しかしその中に1人、眩しい白に鮮やかな朱を纏ったフレンズがいた。



「あれ? トキじゃない。きみもこっちのメンバーなの?」

 水を配り歩いていたトキにそう声を掛けたのは、チスイコウモリのフレンズだった。


「えぇ、そうなの。何故だかわからないけど、私の歌にはセルリアンが寄ってくるから……」

 トキは本来、狭い所で飛ぶのは得意ではない。

 しかし、歌でセルリアンを引き寄せる事ができるため、洞窟へ入るメンバーに入っていたのだ。


「キッキッキッ! それは見物だねぇ。まぁ、困った事があれば、何でも相談してよね! あたし達、仲間なんだからさ!」

 チスイコウモリはそう言うと、可愛らしくウィンクをする。

 そしてそのまま何事もなかったかのようにフレンズ達に水を配りに戻っていってしまった。


「なかま……」

 トキは、その背中を見送りながら小さく呟く。

「そうよね。私達、種族は違うけれど、みんな、フレンズよね……」


 そう、種族なんて関係ないのだ。

 トキの記憶の奥底に眠るもの。それは本能に刻まれた絶滅の記憶。

 その記憶が彼女を駆り立てるのだ。「仲間を探せ」と。


 もういないのだと、心の何処かで諦めていた。でも探さずにはいられず、誰かに届くと信じて歌い、独りで空を飛んで探し続けた。



 フレンズとなって、最初に見たのは誰もいない静かな景色。

 それを見た瞬間に理解した。独りなのだと────


 それからトキの目には、どんなに美しく暖かい景色でも、どこか悲しげで寂しく映っていた。

 パークの各地を廻る内に、顔を知るフレンズが増えた。友達もできた。


 それでもまだ独りなのだと、ずっと思っていた。

 しかし顔を上げれば、そこには沢山のフレンズがいる。


 そこに同じ種の者なんていない。皆別々の動物からフレンズになった仲間達だ。

 それでも皆、協力し合い、言葉を交わし、同じ時間を共有して、笑い合っている。



 種族なんて関係ない。

 そう、彼女はもう独りではないのだ。

 彼女の周りには、こんなにも沢山のフレンズがいるのだから……。


「そうよね。"仲間"のために、がんばらなくちゃ」

 トキは心の中で、仲間の存在に気付かせてくれたチスイコウモリに小さく礼を言いながらそう呟いた。



 それからどれだけの時間が過ぎたか?

 太陽はいつの間にか空の一番高い所まで昇り、たくさんのフレンズが運んだ大量の海水が、ビーバー達の造った装置を満たした。


 そして遺跡へ入る洞窟の前には、突入班のフレンズ達が緊張の面持ちで並んでいた。

 ただ静かに博士と助手の合図を待つフレンズ達の中に紛れ、トキは静かに空を見上げる。


 どこまでも広く青い空の中、白い雲が悠々と風を追いかけていた。

 その雲を見て、思い出す。サバンナでサーバル達と出会った日を。

 ミライと出会い、仲間となって、旅を始めたあの日を……。



 あの日見付けたちいさな群は、少しずつ大きくなり、今では数えきれない程のフレンズが仲間になった。


 その群の仲間達といるだけで、温かい。



 トキは、ミライが「けものに埋もれて暮らしたい」と言っていた理由が、ちょっとだけわかった気がしたのだった。

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