第25話 だから今は……①

「ミライさん。それって、どういうこと……?」


 ミライの言葉を聞いたサーバルが、信じられないと言いたげな表情で説明を求める。

 一緒にその場にいる他のフレンズ達も、サーバルと同じ様に不安ともとれる唖然とした表情で、ミライを見つめていた。


 そんな彼女達に、ミライは自嘲にも似た笑顔を向ける。


「あくまで今までに見たセルリアンの行動からの憶測です。実際にそうだとは、言いきれません」


 ミライが不意に口にした事。それは、セルリアンがパークから人を排除しようといているのでは? という仮説だった。


 しかし、その仮説には確たる根拠があり、これまで見てきたセルリアンの行動による裏付けもあった。


 それだけに、ただの仮説の1つとして捉えるのが難しい。



「でも、逆に考えれば、これは好機にもなります」

 ミライのその言葉に、けもの達の頭の上に一斉に「?」が浮かんだ。




 フレンズを狙うセルリアンは、多くのフレンズが集まる場所に引き寄せられる習性がある。

 ならば、人を狙うセルリアンは、人が多く集まる場所に現れるのではないか?

 ミライは、そう考えたのだ。


 時間的にみても、もう一度捜索から始められるだけの余裕はない。

 だから、ミライは賭ける事にした。

 今のパークの中で唯一、人が集まっている場所────セントラルパーク

 そこに、超大型セルリアンが現れる事に……。



「なるほどね~。それなら、私たちも万全の状態でたたかえるわけか~」

 一番最初にミライの言った事を理解したフェネックがのんびりと言った。


「おぉ~! さすがミライさんなのだ!」

 フェネックの言葉を聞いて、ミライの考えを理解したアライグマが「ぜんぜんわからなかったのだ!」と、驚きの声をあげる。


「それなら、トキの歌でもっと引き寄せられたりしないかな? あたしの考え、どうだろう?」

 カラカルがそう言うと、皆が一斉に「おぉ!」と声を上げた。


「どうですか? トキさん、いけそうですか?」

 皆を代表するように、ミライがトキに訊ねる。


「えぇ、大丈夫よ。でも、すぐにはムリだわ。失ったサンドスターがまだ回復しきれてないから……」

 そう言いながら、トキは羽を小さく羽ばたかせた。


「心配ないさ。あたしも、まだ戦える状態とは言いがたいしさ」

 トキに続くように言葉を並べたカラカルが苦い笑いを浮かべる。

 


「それじゃあ、2人が復活したらしゅっぱつだね! ぱーっと行って! ばりばりーってやっつけちゃおうよ!」

 サーバルが総括するようにそう言い、それに呼応するように他のフレンズ達が「おー!」と拳を上げた。


 それを見て、ミライが苦笑いする。

「サーバルさんに台詞をとられてしまいましたね……」

 それからミライは表情を引き締めた。


「それでは、皆さんの言った通り、お二人が回復次第、セントラルパークへ向けて出発しましょう!」

 そう宣言するミライに、皆が頷く。

 



「すごい……」

 そんなサーバル達を見て、タカが感嘆の声を漏らした。

 ミライの洞察力や気転もそうだが、彼女について行くフレンズ達の団結の固さに、彼女は驚いたのだ。


 互いを心から信頼しあっている。

 その強さが、見ているだけでも充分過ぎる程伝わってきた。


 どんなに強大な敵も、このチームならどうにかできる。

 彼女達と一緒にいるだけで、そんな自信がどこからともなく溢れてきた。



「タカさんも、それでいいですか?」

 不意にミライから投げ掛けられた問いに、タカは一瞬戸惑った。


 しかしその周り目を向ければ、彼女の返答を待つように静かに注目している5人のフレンズがいる。

 見ると、ミライも優しくも強い意思を宿した瞳で、彼女を見詰めていた。


 その視線を受けて思い出す。彼女達は皆、仲間なのだと。

 タカ自身もまた、共に戦うと決めたチームの一員なのだ。と……


 皆の視線に背中を押させるようにして、タカはその決意を言葉にした。

「えぇ、私はどこまでも着いていくつもりよ。だって、負ける気がしないもの!」



「そうですね。……必ず倒しましょう」

 ミライがそう頷き掛け、一瞬の静寂が訪れる

 それからミライは、拳を突き上げるように、こう宣言した。


「パッカーン! といきますよ!!」

 彼女が拳を高く突き上げると、フレンズ達も同じように手をあげ、「おー!」と皆の声がそろった。



 完全撤退まで、残り約40時間。


 ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 予想もしていない事態とは、得てして油断した瞬間に起こるものだ。

 この時もそうだった。


 始まりは、ラッキービーストが発した緊急アラート。

 その不安を煽るような音が、けもの達に囲まれて幸せな眠りに着いていたミライを強引に現実へと引き戻した。


『ミライ。ミライ。タイヘンダヨ! セントラルパーク デ セルリアン ノ シュウゲキ ガ、アッタミタイナンダ』

 他の個体と独自のネットワークで連携をとれるボスは、セントラルパークでのセルリアン出現をいち早く察知し、ミライにその情報を伝える。


 寝起きで頭の回転が鈍くなり、初めは事態を把握しきれなかったミライだったが、繰り返し鳴り響くボスの警告音で一気に目が醒めた。


「ラッキーさん! 現在の被害状況はわかりますか?!」

「マカセテ、ケンサク スルヨ」

 ミライからのオーダーに、ボスはピルルルル……と電子音を鳴らしながら情報を探す。

 その間にミライは、フレンズ達に指示を出した。


「どうやら、作戦を変更せざるを得ないみたいです。まだ、十分な回復がとれていませんが、このままセントラルパークへと向かいます!」


 突然の事態に飛び起きたけもの達は、慌ただしく出発の為の準備を始める。

 ミライが荷物を纏め、サーバルとタカがそれを運ぶ。アライグマとフェネックは、他の部屋に置きっぱなしになっていた無線機を取りに走った。


 カラカルとトキに、先にジープへ行ってエンジンを掛けておいてほしいとミライが伝えた所で、情報を取得したボスが新しい情報を伝えにやって来た。


「ミライ。イマ ハ マダ、セントラルパーク デノ チョクセツテキナ ヒガイ ハ デテナイ ミタイダネ。デモ、セルリアン ガ セントラルパーク ニ トウタツ スルノハ ジカン ノ モンダイ ダヨ」

 ボスの情報によれば、どうやらセルリアンは巡回中のセルリアン対策班によって発見されたらしい。

 情報から読み取れる特徴から超大型セルリアンとみられ、現在もセントラルパークへ向けて進行中との事だ。


 遭遇した人たちは、すぐに退避したため対策班にも被害はなかったらしい。


「わかりました。ラッキーさん、ありがとうございます」



 本来なら、セントラルパークへ先回りして超大型セルリアンを迎え討ちたかった所だが、時間的にみてもおそらく不可能だ。

 きっと、こちらの到着が後になるか、同着となるだろう。


 ジープのハンドルを握りながら、ミライは如何にしてこちらが有利な条件で戦うかを考えていた。

 前回のように前もって準備を行えない分、どこかで隙を作る必要がある。

「トキさん、セルリアンの陽動をおねがいできますか?」

「わかったわ。でも、そう長くは……」

「少しでも気を引ければそれで大丈夫です! タカさんには、その支援をおねがいします」

「おーけー! トキには指一本、触れさせはしないわ!」


 次に考えるべきは、攻撃の手段だ。

 昨日の形態から変化していなければ敵は空を移動できるが、球状の身体で地上での行動手段はない。

 叩き落としさえすればあとは袋のねずみだ。


 しかし、仮に形態が変化していた場合、作戦を大きく変更する必要が生じる。

 今回は、どんな事態にも即座に対応可能な柔軟性が求められるだろう。


「サーバルさん、カラカルさん、アライグマさん、フェネックさん。皆さんには攻撃にあたってもらいますが、セルリアンの細部が不明な上、動きが予想できませんので、指示は現地でおこないます」


 敵の詳細が掴めない以上、迂闊に作戦を立てる事はできない。

 だからミライは目の前で敵を観察し、それに合わせた戦い方を取る事にした。


「難しい指示をする事もあると思いますが、パークの為に、力を貸してください!」



「あったりまえだよ!」

「あたしにまかせて!」

「まかせるのだ!」

「はいよー」

 路面の凹凸に跳ねるジープに、フレンズ達の声が充ちる。

 その声をのせ、森林を駆け抜ける風よりも速く、ジープは走った。


 やがて森が終わり、道は拓けた草原へと飛び込む。

 その道をさらに先へ先へと進むと、森で囲まれた遊園地のゲートが姿を現した。

 そこが、セントラルパークの入り口だ。


 ジープのフロントガラス越しに遠く見えるゲートの先には、空中を漂う黒い影が見える。

 直径10m程の球体、妖しい輝きを放つ体表。

 間違いなく、超大型セルリアンだった。


「形態は変化していないようですね……」

 ミライの呟きに、フレンズ達の間に緊張が走る。


 誰も一言も発する事なく、ただ淡々と近付いてくるセントラルパークを、そこに居る強大な敵を見据えていた。


 そしてゲートを潜る直前、ミライがフレンズ達に指示を出す。

「このまま纏まってセルリアンの近くまで突っ込みます。私が合図をしたら、一気に展開してください!」


 その指示にフレンズ達が頷き、ゲートを越えたジープは更に速度を増した。




 セントラルパークを囲う森の中には、何本かの道が通っている。

 しっかりとした舗装のなされたその道は、まるでこちらを誘うように木々の奥へとしなやかに続いていた。


 その道を誘われるままに奥へと進むと、やがて人工的に作られた森が途切れ、まるで違う世界にとびこんでしまったかのように突然景色が変わる。


 その先に広がるのはカラフルな遊園地。大きな観覧車、夢を乗せたメリーゴーランド。

 視界いっぱい広がる楽しい世界、きれいな石畳の床。



 でも、今は────


            ────戦場



 パークの本部棟を押し倒さんばかりに迫るセルリアンの影。

 本部棟から退避して港へ走る職員の姿。


 上を見れば、棟の屋上に誇らしげに掲げられた「JAPARI Park 」の看板にヒビが入っていた。

 沢山の夢を詰めたそのシンボルマークは悲鳴のような軋みを上げ、寂しげに傾いている。



 空中を漂う超大型セルリアンは、猟銃で武装したセルリアン対策班の攻撃をものともせず、ゆっくりと人間の領土を侵していた。



「うみゃ?! なに、この音!!」

 聞き慣れない銃声や不快な金属の軋む音に、サーバルの身体が身体を縮める。


「ちょっとこの音は、あたしもムリかなぁ……」

 カラカルも、耳を押さえて尻尾を丸め込んでいた。

 他の皆も反応は様々だったが、この音でいい思いをしている者はいなさそうだった。


 このままでは戦えない。

 そう判断したミライは、咄嗟にジープを飛び出して走った。


 猟銃では、セルリアンを怯ませる事すらできない。立ち向かうには、フレンズの力が必要だ。

 その力を最大限に発揮するには、先ず銃声を止めなければいけなかった。



「園長!!」

 そう呼び止めたミライの声に、セルリアン対策班を指揮していた小太りな作業着姿の男が振り返る。


「ミライ君! 無事だったか!!」

 園長は、そう言ってミライを迎えると同時に安堵のため息を漏らした。


 かつて一度、超大型セルリアンを撃退したミライ達。彼女達の到着は、人にとって大きな希望だ。



「園長。詳しい報告は後程いたします。今は、セルリアン対策班の人達を退避させてください。ここは、私達が引き受けます!!」


 強い口調でそう言い放ったミライに、園長ほ無言で頷き、黒い影と対峙する対策班に向けて叫ぶように指示を飛ばす。

「撤退ーーー! 各自攻撃を止め、速やかに退避せよ!!」



 それから一瞬の間を開けて、銃声がピタリと止み、超大型セルリアンを取り囲んでいた人の群れが一斉に後退を始めた。


 園長の号令からものの十数秒で、セルリアンの周りにぽっかりとスペースが空く。



 そこへ、銃声が止み、行動できるようになったフレンズ達がやって来きた。

 そして、サーバル、カラカル、アライグマ、フェネックがミライを庇うように陣形を組み、トキとタカが、上空の守りを固めた。



 フレンズ達の到着を確認すると、ミライは自らの頭上を支配する化け物を睨み付ける。

 今までより遥かに近く、大きく映るその巨大な目玉もまた、ミライ達を警戒するようにじっとこちらを見ていた。



 あの時と同じだ。「しんりんちほー」の夜、サンドスター火山の麓で見た、あの目。


 しかし、あの時と違うのは、手の届く距離に奴がいる事。そして、こちらが戦う手段を持ち合わせている事だ。


 ミライは、作戦開始を宣言しようと息を大きく吸い込んだ。




 その直後だった。

 信じられない事が起こった。




 なんと、セルリアンが逃げ出したのだ。

「────なっ!」

 あまりにも予想外な事態に、ミライの思考が一瞬停止した。

 フレンズ達も、どうすれば良いのかわからずに立ち尽くしている。



 そんな中、もっとも早く動き始めたのはタカだった。

「まちなさい!!」

 自慢の翼で宙を舞い、セルリアンに迫る。

 そして、足の鉤爪で一撃をお見舞いしようと、攻撃体勢に入った。

 その時、黒い化け物が信じられないような早さで振り返った。

「あっ────」


 このまま突っ込めば、こちらがやられてしまうのは明白だった。

 でも、1度ついた勢いは簡単にはころせない。

 食べられる。そんな考えが頭をよぎった。

 しかし、タカがセルリアンの身体に突っ込む直前。セルリアンの身体が歪み、何かを避けるように後退した。


「タカ! 大丈夫?!」

 下を見れば、サーバルの姿が見える。

 彼女が、タカを助けるため、地上から跳び上がってセルリアンに攻撃をしかけたのだった。

 その右手の爪が、野生の光を宿して鋭く光っている。



「くっ……! すまない。たすかった!」

 タカはサーバルに礼を言いながら、セルリアンの身体を避けて体勢を立て直した。



「サーバルさん。ありがとうございます! タカさん。単独での戦闘は危険です! 戻ってください!!」

 状況に対応し、思考を取り戻したミライが叫ぶ。

 その指示に従い、タカはミライの元へ舞い戻った。


 ミライ達は陣形を組み直して再び巨大な化け物と対峙する。

 超大型セルリアンの真っ黒な瞳に、その姿が小さく写し出された。


 しかし、そのまま戦闘になる事はなく、やはりセルリアンはそのまま背を向けて立ち去ろうとする。

「そうはさせません……! みなさん、ジープへ急いでください。纏まってあのセルリアンを追いかけます!!」


 ミライが叫ぶと、フレンズ達がそれに素早く反応し、応える。

 それは正に、完成された一つの群れというに相応しいものだった。


 この群れなら、この団結した力を持ってすれば、強大な力をもつあの黒いセルリアンにも打ち勝てたかもしれない。

 しかし、それを止める一人のヒトがいた。


「待ちなさい!」



 彼女達の行く手を阻むように、両手を広げた女性。

 それは、ミライもよく知る人物だった。


「カコ……」

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