第24話 人とセルリアン
────しんりんちほー────
そこは『しんりん』の名の示す通り、広大な森が広がる場所だ。
その中央には、大地の力を誇示するような巨大な断層帯が走り、西の空には四神を祀るサンドスター火山の霊峰を拝む事ができる。
その頂きに鎮座する巨大なサンドスターの結晶は、月明かりを受けてキラキラと輝いていた。
時刻は午後8時を回ろうとしている所で、太陽の気配が完全に消えさった空には星が瞬いている。
火山から吹き下ろす緩やかな風がやけに冷たく感じられる夜だった。
「うぅ、さむい……!」
その風を肌に受け、サーバルは小さく身震いする。
そんな彼女に支えられながらジープに乗り込んだカラカルも、釣られるように可愛らしいくしゃみをした。
「トキ。今、運んであげるのだ」
サンドスターの不足により動けなくなったトキを、アライグマが慎重に起こして支える。
「ゴメンなさい……。今は、お礼のうたを歌えそうにないわ……」
「気にする事ないのだ。アライさんに全部任せて欲しいのだ!」
うつむきがちに呟いたトキに、アライグマが力強く答えた。
セルリアンとの戦闘によって動けなくなった二人をジープに運び込むフレンズ達に背を向け、ミライは超大型セルリアンをじっと観察していた。
その黒い巨体は未だに動く気配すらなく、ただじっと大きな1つの目でこちらを見詰めている。
「ミライさ~ん。私たち以外はみんなジープに乗ったよぉ~」
後ろからの間延びした声。振り返ると、そこには片手を腰に当てて立つフェネックの姿があった。
「アレがいつ動き出すかわかんないしぃ、『タカ』が帰ってきたら、早くロッジに戻ろう?」
そのフェネックの意見には、ミライも全く同感だった。
しかし、1つだけ気になってフェネックに聞き返す。
「フェネックさん。その『タカ』というのはもしかして……」
「こうざんで新しく仲間になったフレンズだよぉ。今、セルリアンの偵察に行っちゃってるけどね~」
なんとなく期待はしていたが、その通りの答えが帰ってきて、ミライは少し興奮する。
「やはり! 新しいフレンズさんでしたか! これはロッジに帰ったら隅々まで生態調査をしなくてはいけませんね! ぐへへっ……」
ミライの言葉に、フェネックが「程ほどにねぇ」と返し、ミライが「必要な事です! パークの調査隊長として!」と力を込めて拳を握った。
それから数分後に、タカは戻ってきた。
どうやら彼女は、セルリアンの上空を飛び回りながら一通り試せる事を試していたらしい。
「あのセルリアン、こっちから近付いても何もしてこないし、終いには攻撃を仕掛けてもまるで私が眼中にないみたいだった……」
その鋭い爪が通らなかったばかりか、攻撃そのものを無視された事で、タカは最強の猛禽類としてのプライドを痛く傷つけられたようだ。
他にも挑発や、目の前を高速で通過してみるなどいろいろ試したが、結果は変わらなかったらしい。
「なるほど……、ではひとまず、これこらロッジに向かいますので、そこでもう一度詳しく訊かせていただいてもいいですか?」
「えぇ、勿論。あなた達の役に立てるなら、このタカ、協力は惜しまないわ」
そう宣言するタカは、それまで悔しげに歪めていた口元を整え、キリッとした自信に溢れた目でミライを見詰め返した。
それまで満員だったジープに、更にタカが加わった事で、ジープは正にすし詰め状態だった。
「なんだか、すまないな。私が乗ったばかりに……」
フレンズいち体格が大きく、一人で助手席を占領するタカが申し訳なさそうに呟いた。
後部座席には、細身のサーバル、カラカル、トキがギュウギュウに詰まっている。
「大丈夫! わたし、狭いとこ好きだから!」
サーバルの言葉にカラカルが頷き、2人に挟まれたトキが────
「仲間に囲まれるっていいわね」
と、静かに呟いた。
アライグマとフェネックは、ジープの一番後ろ。荷台に簡易的に作られた座席に座っている。
「ミライさーん、早く行こぉ。あのセルリアンの気が変わらない内に~」
たしかに、フェネックの言う通りだった。
超大型セルリアンが長時間動かずにいるとはいえ、いつ動き出すかなんて判らないのだから。
今ここで戦闘になるのは何としても避けなくてはいけないし、考え難いことではあるが、セルリアンに追跡されて拠点に奇襲されるなんて事があってはならない。
超大型セルリアンの行動は、他のセルリアンとは大きく異なり、常にミライの想定を大きく上回ってきた。
油断はできなかった。
ミライはジープのエンジンを始動しヘッドライトを点けると、そのまま車体を反転させて、森の木々の中へと消える道に向け、ジープを走らせた。
「たしかに、フェネックさんの言う通り、油断は禁物ですね。……それに、少しでも早く皆さんを休ませてあげたいですし……」
みんなと合流できた事で安心したのか、いつの間にかトキとカラカルは眠りに堕ちていて、アライグマも、今にも眠ってしまいそうに船を漕いでいた。
フェネックも我慢しているようだが、眠気が顔に現れている。
「きっと、大丈夫です。みんな一緒に居ますから」
大丈夫。まるで子供をあやすようにその言葉を繰り返すミライ。
それを聞いて安心したのか、それまで気を張っていたフェネックもやがては眠りに堕ちていった。
「みんな寝ちゃったね」
皆が寝静まった車内で沈黙に耐えきれなくなったのか、サーバルが不意にそう言った。
「ねぇ、ミライさん。あのおっきなセルリアン。どうすれば倒せるかな?」
「う~ん、そうですね……」
正直なところ、わからない。
研究班がサンプルを分析中といっていたが、パークの職員が完全撤退する決定が下されたいま、その返答があるのかすら不安だった。
試せる事は幾つかあったが、時間も限られているし、何よりも、その為にサーバル達を危険に晒したくなかった。
「大丈夫だよ。わたし達ならできるよ」
言葉に詰まったミライの沈黙を不安と捉えたのか、彼女の言葉を待たずにサーバルが言葉を繋げた。
つい先程ミライがしたのを真似るようにサーバルは、大丈夫だよ。と何度も言っていた。
パーク職員の完全撤退まで、あと3日と数時間。
その事実を、サーバル達はまだ知らない。
 ̄ ̄
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東の空が赤く色付き、パークの広大な土地が朝日の中で鮮やかに輝く。
遠く霞む海は水面が銀色に波打ち、目が眩むほどの煌めきに充ちていた。
そんな景色を望む澄んだ空をタカは1人飛んでいた。
昨晩はミライ達と共にロッジで休んだのだが、早くに目を覚ましてしまい、散歩に出たのだ。
恐らく、ミライ達は今もロッジで眠っているだろう。
そんな彼女達がセントラルパークでセルリアンの大群を撃退し、じゃんぐるちほーでは超巨大なセルリアンを討伐したというのは、今ではパーク中に知れ渡る有名な話だ。
そんな一行の話は、英雄伝のように語られ、フレンズの間ではその真似事をして遊ぶのが大流行している程である。
かく言うタカも、そんな一行に憧れを抱いていた1人だ。
食物連鎖の頂きに君臨する最強の猛禽類。
そう詠われる種族の一員として、そして何よりも一匹のけものとして、誰にも負けない自信があった。
どんな相手がいても、自慢の翼と鋭い鈎爪で仕留められる自信があった。
しかし、それらは全て昨日の晩に崩れ去った。
こうして空を飛び、朝の冷えた空気を全身に浴びていると鮮明に思い出せされる。
何者も寄せ付けないあの禍々しいオーラ。
全ての攻撃を跳ね返す強靭な身体。
そして、最強と詠われるものの存在を意にも介さない圧倒的強者の余裕……。
正直恐ろしかった。あの黒い化け物も。それと戦い、追いかけているミライ達の強さも……。
こうざんの頂上で、アライグマに誘われるままに仲間になった。
あの時、うれしかった。
憧れていたもの達の仲間になれたから。
でも、今は違う。
迷っている。
本当にそれで良いのか? 彼女達の中に加わる事は、本当にやりたかった事なのか?
決めかねている。
英雄伝に自分を重ねて楽しんでいた『タカ』に戻るか? それとも、このままミライ達と進み、『理想のタカ』として生きていくか?
迷い、決めかねている。
こんなの────
────クールじゃない。
「ふぅ」
タカは、冷えた朝の風の中にため息を流した。
白く拐われた息の中に、くよくよした自分も混沌とした迷いも押し固めて。
「"らしく"ないじゃない……!」
そう。タカらしくない。
敵が強大だから何だ。危ないからと後込みするのか?
逃げ出す事で何を得る?
弱り切った闘争心に価値などない。
始めから決まっていただろう。
何者にもまけない一匹のけものとして、取るべき行動が。
教えてやるのだ。ヤツに、ヤツが侮った相手の力を。
見せ付けてやるのだ。本当の強さというものを。
それが猛禽類。それが最強たる由縁。
それが空の狩人『タカ』
「セルリアンの討伐? 上等!!」
遠く栄えるサンドスター火山に向け、吠えるように叫ぶ。
行く先は決まった。後は突き進むだけだ。
タカは、身体を大きく傾けると、そのままグーンッと勢いよく旋回し、ロッジへと進路を向ける。
そして一つ大きく羽ばたくと、一気に速度を上げ、ロッジに居る仲間達の元へと一直線に飛び去って行った。
────ロッジアリツカ
森の木々を繋ぐようにして造られたその建物は、まるで巨大なアリの巣をそのまま地上に出したような複雑な形をしていた。
その中央のエントランスホールから程近い部屋の1つに、ミライと彼女を取り巻くけもの達が集まっていた。
机の一番奥に座るミライと、彼女に注目を集める6人のフレンズ。
彼女達は、パークを脅かす存在を如何にして倒すかを話し合っていた。
「やはり、あの超大型セルリアンは、通常のセルリアンとは大きく異なる存在だと考えた方が良さそうですね……」
これまでに接触したセルリアンと、超大型セルリアンの行動とその特徴についてまとめたノートに目を落として、ミライが呟く。
ミライがうーんと唸ると、けもの達も一緒になって唸った。
「あ、そうなのだ! あのおっきいセルリアン。トキの歌に反応してたのだ!!」
唐突に思い出したように、アライグマがぽんっと手叩いた。
たしかに、『じゃんぐるちほー』での決闘で超大型セルリアンはトキの歌に反応していた。
それに加え、水と塩で石化するという点でも、通常の個体と一致する。
しかし、ミライの中で何かが引っ掛かっていた。
通常のセルリアンと、超大型セルリアンを格別する何かが……。
「知能をもっている。というのも、ありますが、それとは他に、何か決定的な……」
ミライが呟き、ペンを弄びながら記憶を探っていると、タカが決定的な一言を発した。
「そういえば、あのセルリアンは『フレンズに興味がない』ように見えたな……」
その言葉をきいた瞬間、ミライはハッとした。
セルリアンは、フレンズの体内にあるサンドスターを狙って彼女達を襲う。
それはある意味生きる上で必要な『狩り』であり、自然界で言う捕食者と被食者の関係に近い。
そんなセルリアンが、フレンズに興味を示さない事は通常考えられない事だ。
「あ! そうだよね! じゃんぐるちほーで戦った時も、わたし達じゃなくてミライさんを────」
タカの一言をかわきりに、サーバル達が超大型セルリアンについて談義を始めたが、その言葉は、ミライの耳には届いていなかった。
ミライは全力で考える。
あのセルリアンは何故、フレンズを襲おうとしないのか。
何故、人を襲うのか。
これまでに見た超大型セルリアンの姿を記憶から探りだす。
もっとも古い記憶は、湖畔で無線から得た情報。
サンドスター・ロウの急激な上昇により、火口へ調査に向かった調査班。そんな彼らを、超大型セルリアンは襲った。
次は、セントラルパークでの戦い。
そこで最初に現れた"ヤツ"から産み出されたであろうセルリアンの大群。
彼らは皆。人が集う本部棟の建物へと押し寄せていた。
あの時、ミライの元へ駆け付けたフレンズが、すぐ近くに居たのに……。
彼らは、フレンズではなく。明らかに人を狙って動いていた。
サンドスターを持たない人間を襲ったところで、セルリアンの腹は脹れない。
ではなぜ、人を襲うのか?
その答えは、1つ。
────敵対種の根絶
パークの安全を守るためと、人はこれまで多くのセルリアンと対峙してきた。
セルリアン対策班を初め、調査隊、もちろんミライだってこれまでに沢山のセルリアンと戦い、倒して来た。
おかげでセルリアンの数は減少傾向にあったが、それは彼らからしてみれば絶滅の危機になる。
そんな彼らが生き残るために、この環境から人間という存在を排除しようとした。
そう考えれば、すべての辻褄があう。
サンドスター・ロウの放出を抑えるために火口にフィルターを張ったのも人。
セルリアンの討伐を積極的に行ってきたのも人。
フレンズが食べられてしまわないように、セルリアンから遠ざけてきたのも人。
そして、セルリアンという1つの種の存在を否定したのもまた、人なのだから……。
「セルリアンが、人を排除しようとしている……?」
ミライの掠れた声に、サーバル達が振り向く。
彼女達の大きな耳には、どんなに小さな不安も筒抜けになってしまうのだ。
「え? それって、どういうこと?」
不安げな表情のサーバル達に、どんな顔で何を言えばいいのか?
何もわからなかった。
ただ、1つ確かなのは────
パークからの完全撤退を決めた人間が、セルリアンに負けたという事だった。
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