第19話 アライ探検隊 inロッジ
西陽の射し込むのどかな森を1台のジープが駆け抜ける。
うっすらと轍の刻まれた地面は僅かに湿り気を帯びていて、タイヤの軌跡を残すように薄い土煙を上げた。
ミライは、ジープのハンドルを握りながら、手首に掛けた腕時計に目を落とす。
ゆきやまちほーを出てから既に2時間余りが経過していた。
のんびり走ってきたとは言え、もうロッジが見えてもおかしくない時間だ。
屋根の無いジープから上を見上げれば、空が赤く色付き始め、夕暮れの木漏れ日の日射しがキラキラと輝いていた。
そんな光に誘われるように視線を前方に移せば、ロッジの存在を示す看板が目に留まる。
看板の横をすり抜け、更に道を進むと、やがてジープはロッジへ続くゲートへ静かに滑り込む。
そして、ジープが正面玄関のロータリーに停車したその時、事件が起こった。
「いたたた……」
ロッジ正面玄関前のロータリーでペタンッとしりもちをついたサーバル。
いつもの様にジープから勢いよく飛び出した彼女は、着地の瞬間にバランスを崩し、そのまま転倒してしまったのだ。
普段の華麗な着地はどこへやら。その場に居合わせた全員が唖然としてしまう様な凄まじい転び方をした。
「相変わらずおっちょこちょいだなぁ。サーバルは」
カラカルが歩み寄ると、サーバルは失敗しちゃったと、苦笑い気味ね笑顔を見せた。
「えへへ、いつもみたいに着地しようとしたら、なんだか足がいたくて、力ぬけちゃった」
とりあえず大丈夫そうだと、ほっと息を吐く一同。
しかしミライは、どうしてだろう? と笑うサーバルの言葉の中に1つ気になる所があり、彼女の元に駆け寄った。
「サーバルさん、足をみせていただけますか?」
腰に提げたポーチをごそごそと漁りながら、訊ねるミライに、サーバルは疑問を顔にを浮かべながらも「いいよ?」と答えた。
「失礼しますね」
ミライは、丁寧にサーバルの靴を脱がせ、長い靴下も脱がせる。
「いたた! ミライさん、いたいよ!」
足首の辺りを触った時、サーバルの身体がビクッと跳ねた。
良く見れば、サーバルの足首は赤く腫れていた。
恐らく、ゆきやまちほーのエントランスでクローラーごと倉庫に突っ込んだ際に挫いたのだろう。
突然発覚した怪我に狼狽えるサーバル。
フレンズは、フレンズ化する時に動物だった頃の記憶は消えてしまう。しかし、野生の世界を生き抜く為の本能は残っているのだ。野生の世界では、些細な怪我が一生を左右することもある。だから、誰しも怪我には敏感になるのだ。
そのせいか、フレンズ達は小さな怪我でも不安になってしまう事が多いらしい。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「ホントに? わたし、死んじゃわない?」
「野生の世界ならいざ知らず。フレンズの世界では、これくらいへっちゃらですよ。心配しないでください」
フレンズの身体は、人間とは比べ物にならないくらい頑丈だ。
多少の事では、傷すらつかない。
中には、崖から落ちて平気な者もいる程だ。
「とは言え、数日は安静ですね」
痛々しく腫れてしまったサーバルの足を看ながら、ミライは苦笑いした。
「あんせい?」
「大人しくしてろってことよ」
ミライの言葉をいまいち飲み込めずにいたサーバルに、カラカルが補足するように言った。
「わかった、静かにすればいいんだね! それじゃあ、カラカル。木登りしようよ!」
「話聞いてた?!」
「え!? なんで怒るの? おひるねするのに、木の上がいいなぁって思っただけなのに!」
サーバルは、高い所を好む。それは、ミライもよく理解していた。
思い返せば、ミライと行動するようになってからほとんど地面の上で過ごしていたし、寝る時もミライの生活に合わせてベッドで寝ていた。
そんな生活の中で、日常的に木登りをしていた彼女の中で、ある意味欲求不満な状態が生じたのだろう。
それに動物は皆、病や怪我で弱った時は、外敵に襲われない場所で身を潜める。
今のサーバルにとって、一番おちつく場所は、彼女の言うように木の上等、高い場所なのかもしれない。
「でも、足を挫いているのに木に上らせるわけにもいかないですし……」
ミライが顎の先を指でつまみながら、独り言のように呟いた。
「それなら、アライさんに任せるのだ!」
そんなミライの横から、アライグマの声が割り込んできた。振り向けば、彼女は誇らしげに胸を張っている。
「この前ろっじに来たとき、サーバルにぴったりなベッドを見つけたのだ。きっとサーバルも気に入るのだ!」
るんるんとスキップをするような歩調で歩くアライグマの後ろを、皆で着いていく。
ミライは大きな荷物を背負い、トキとフェネックは細かい荷物を手分けして運んでいた。
カラカルは、自力での歩行が難しいサーバルを背負っている。
そして、そんな二人の後ろからは珍しく通常運転中のラッキービーストがぴょこぴょこと着いてきていた。
「こっちなのだ! 次はこっちなのだ!」
まるで冒険隊の隊長のように、アライグマは方向を示しながらロッジの奥へとずんずん進んでいく。
────が、しかし……。
「い、行き止まりなのだ……!」
通路の先には壁が立ちはだかり、小さく設けられた窓の向こうに夕暮れの空が見えていた。
「そうだ、きっとあっちなのだ!」
そう言って、アライグマはもと来た道を引き返し、先程とは違う曲がり角を曲がった。
そして、────
「また行き止まりなのだ!」
道を変え────
「ここじゃないのだ!」
仕切り直して────
「戻ってきちゃったのだ!!」
扉を開けて────
「おトイレなのだ!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄
「ぐぬぬ……、これくらいではアライさんは挫けないのだ!」
再び走り出そうとするアライグマ。
フェネックが、その肩に優しく手を置いてそれを制止した。
「ちょっとまってよぉ、アライさーん。私たちもうへとへとだよぉ~」
声はいつもの調子だが、その顔には何処と無く疲れが見えている。
更に、重い荷物を背負い続けていたミライと、サーバルをおぶって来たカラカルは、疲労困憊といった様子で荒く息を吐いていた。
「でも、きっともう少しなのだ」
「アライさーん、諦めも肝心だよぉ~」
「でも、でも……! サーバルに少しでもゆっくり休んで欲しいのだ。サーバルが元気じゃないのは、嫌なのだ。それに、ミライさんも皆も! あの部屋ならきっと……、きっと気に入ってくれるって……」
今にも泣き出してしまいそうなアライグマと、何も言わずにそっと寄り添うフェネック。
サーバルもカラカルも、トキも何も言わずにただ見守った。
そして、どう言葉を掛けようかと迷っていたミライが口を開こうとした。その時────
「わかったのだ!」
突然何かを閃いたように、バッと立ち上がり、皆を見回した。そして、────
「アライさんが一人で探しに行ってくるのだ! だから、皆はここで休んでてほしいのだ!」
そう言い残し、颯爽と走り出した。
「すぐに見付けて戻ってくるのだーー!!」
駆け出したアライグマの姿が、その声と共に細長い廊下の向こうへどんどん遠ざかる。
「あ、待ってください! アライグマさん!」
ミライの制止も、その耳には入らない様子だ。
「そっちは、あんまり走ると────!!」
危ない。そう伝えようとしたミライの声は、一歩間に合わなかった。
ロッジは、ツリーハウスのようなフロアを通路で繋げた構造になっている。
建物の高さは自然に生える樹木の高さに合わせるしかないため、各フロアの高さはそれぞれの木の形状や大きさに左右されることになる。
故に、フロアの高さは全てバラバラだ。
当然。それらを繋ぐ通路には大小様々な段差がある。
アライグマは、それに勢い良く躓いた。
縞々の尻尾が大きく揺れたかと思うと、突然硬直したように足がぴんっと伸びきり、そのまま頭から前方にすっ飛んで行くような転び方だった。
「ふぇえーーーーーーー!?」
そのまま成す術もなく、アライグマはゴロゴロと地面を転がってゆく。
でんぐり返しの様に綺麗に転がっているため、その勢いはなかなか衰えない。
そして────、
「ぐふぇ!」
アライグマは通路の端に置かれた小机に全身で体当たりをぶちかました。
がったーん! と派手な音が鳴り、机が倒れ、机に積まれた紙が宙を舞う。
バサバサと落ちてくる紙の束に、アライグマの姿はあっという間に埋もれていった。
吹っ飛んだ机。散乱した紙の山。それに埋もれたアライグマ。
山の中から飛び出した手の横を、机上から落ちた文鎮が静かに転がった。
「アライグマさん! 大丈夫ですか?!」
あまりの転倒っぷりに、ミライ達は荷物を投げ捨ててアライグマの元に駆け寄る。
今日は厄日ですかねと、ぼやきながらミライがポーチから救急箱を取りだし、トキとフェネックが紙の山をどけようと手を掛けた。
────その時、
「いたいのだ! アライさんに何の恨みがあるのだ!」
頭頂部の大きなたんこぶをさすりながら、アライグマがガバッと起き上がった。
机の脚にぶつかったのが相当痛かったらしく、目に涙が滲んでいる。
「大丈夫? アライさーん」
フェネックが心配そうにアライグマの顔を覗き込みながら問い掛けた。
アライグマは少し辛そうな笑顔を浮かべながら、それに答える。
「大丈夫なのだ。きっと見付けてくるのだ!」
そして、彼女はサッと立ち上がると気合いを入れ直すようにフンッと息を吐いた。
「ん? これは……」
アライグマの散らかした紙を見て、ミライが何かに気がつく。
それと、アライグマが走り出そうとするのが同時だった。
「それじゃあ、いってくるのだ!!」
「待ってください!」
ロッジの更に奥へ走り出そうとしたアライグマを、ミライは慌てて止める。
突然手首の辺りを捕まれて驚いた様子で振り向いたアライグマに、ミライは手元の紙を渡した。
「お手柄ですよ、アライグマさん! これを見てください」
「ふぇ?」
訳がわからず、アライグマは紙とミライの満面の笑みを交互に見ている。
「ロッジアリツカ」は、その名の通りアリツカをコンセプトにして作られている。故に内部は入り組んでいてとても複雑だ。
建設の段階で、職員が迷子になって帰れなくなった事もあるとか……。
それはそれでスリルがあって良いが、宿泊客が宿の中で行方不明となっては目も当てられないと、各所にロッジの地図を記載したパンフレットを設置する事となったのだ。
現物を見るまで、ミライもその事をすっかり忘れていた。
ここに来る時は、いつもエントランスから近い部屋しか使っていなかったから迷う事もなかったし、パンフレットの存在がすっかり記憶から抜け落ちていたのだ。
「アライグマさんが探していた部屋は……、これではないでしょうか?」
ミライが指さす先には、部屋の内部の写真。
横の説明文には、
『木の上でのお昼ねが大好きなフレンズと仲良くなりたいあなたへ! たかーい2段ベッドとおっきな窓で、気分はジャングルの木のてっぺん! 木陰のような心地よさと、最高の見晴らしをお約束いたします!!』
と、書かれている。
部屋の写真には、その説明通りの大きな二段ベッドと、ジャングルを一望できる開放的な窓が写っていた。
「!! そうなのだ! これなのだ、アライさんはこれを探していたのだ!」
ミライの手元のパンフレットをまるで財宝でも見付けたかのように喜ぶアライグマ。
まさかこんな部屋があるとはミライも予想外だった。
でも、たしかにこの部屋ならサーバルの欲求を満たしつつ、安静に過ごさせる事ができそうだ。
「なになに? 何か見付けたの?!」
「ちょっと、サーバル。あんまり動かれると落としそうになるんだけど……」
「何かいいものでもあった?」
喜びに沸き上がるミライ達の元へ遅れてやってきたサーバルとカラカルとトキ。
その足元には、ボスも一緒だ。
3人のフレンズはパンフレットが気になるようで、ミライの手元を覗き込もうと身を寄せ合う。
サーバルはカラカルの肩越しに覗き込もうとミライとカラカルの顔の間にぐいぐいと割って入ろうとしていた。
小さなパンフレットを囲むように集まった一行。
そこで、ミライはあることに気が付いた。
けもの達に……、囲まれている! 挟まれている!! 触れあっている!!!
こんな幸せ、他にはない……!!
「ふへへ、ふっへっへっへ!」
「おーい、ミライさぁーん?」
「────は!?」
危うく昇天しかけたミライだったが、フェネックの呼び掛けで、現世に魂を繋ぎ止めた。
「そ、そうですね。まずはサーバルさんを療養できる場所に行かなくてはいけませんね」
慌ててよだれを拭き、仕切り直すミライ。
咳払いを1つした後、彼女は高らかに宣言した。
「それじゃあ気を取り直して、出発といきましょー!!」
「「「「「おぉー!」」」」」
けものと触れ合い、すっかりパワー全快になったミライはパンフレット片手に、目的の部屋を目指す。
それに従って、5人のフレンズの笑い声が続いていた。
こうして、ロッジの中で繰り広げられた小さな冒険は、無事幕を下ろしたのだった。
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