第20話 一筋縄ではいかない会議

 しんりんちほーの森の中。鬱蒼とした木々の中に、まるで森の景色に張り付いているようにして建つ建物がある。


 ────ロッジありつか。

 そう呼ばれるこの宿泊用の施設は、その名の通り、アリツカをモチーフに作られていて、まるで蟻の巣のように張り巡らされたデザインが特徴的だ。


 幾つものフロアは、各々が客室やレストラン等になっていて、地上のみならず木上や地下にも広がっている。

 その見た目はまるで、蟻塚からキレイに蟻の巣のみを取り出したようだった。


 「ありつか」の名は、そこからきている。



 そんなロッジありつかの最も高い位置にあるフロアは、しんりんちほーのどの木よりも高い木の天辺にあった。

 お陰でその場所からは、しんりんちほーの広大な群生林が眼下に見下ろせる。


 そんな最上階にある一室から、何やら話し合う声が聞こえてくる。



「それで、セルリアンを発見した時には……」

 ミライが、無線機を片手にフレンズ達に何か説明をしているようだ。


「ふむふむ……、それで~?」

 一通り説明を呑み込んだフェネックが続きを促す。

「あ、はい。そうしたら、こっちと通信がつながるので────」



 ミライがフレンズ達に説明しているのは、無線機の使い方だ。


 彼女達は今、パークを騒がせている超大型セルリアンに対抗すべく、作戦会議を開いている真っ最中だった。

 しかし、件の超大型セルリアンはどこに居るかわからない上、それを探し出すのに、全員で纏まって行動するのでは効率が悪い。

 だから、ロッジを拠点に幾つかの班に分けて捜索する事にしたのだ。


 ばらばらで行動を取る上で、連絡手段の確保は不可欠になる。

 その手段として、ミライはフレンズ達に無線の使い方を教える事にしたのだ。




「う~ん、ミライさん……。よく見えないよ。どこを押せばいいの?」

 と、言ったのはサーバル。

 うーん、と首を伸ばしてミライの手元を覗き込もうとしているが、どうにも見えづらそうにしている。


「サーバル。それなら下に降りたらどう?」

 と、言うのはカラカル。

 そんな彼女自身も、精一杯首を伸ばしながら目を細めてミライの無線機に目を凝らしていた。



「えぇ~! だって、わたし足けがしてるから降りられないもん! カラカル、代わりにみてきて!」

「登れたのに降りれないわけないでしょ。自分で行きなさい!」


 既にお気付きの方も多いだろう。木登り大好きな二人組は今、二段ベッドの上にいる。

 余程気に入ったのか、この部屋に入った瞬間に駆け寄り、そのままの勢いでよじ登ったかと思うと、それ以降まったく降りてこなくなってしまったのだ。


 そして、ミライが無線機の説明を始めると、それに興味を示しはしたが、高いベッドの上から首を伸ばすだけで降りようとはしなかった。

 そんな2人は、今も2段ベッドの上から仲良く並んで首を伸ばしている。




「サーバルさん。カラカルさん────」

 そんな2人を見かねて、ミライが取り出したのは────


「じゃじゃーーん! ねこじゃらしです!」

 もふっとした毛。何とも狩猟本能をくすぐるその形。みょんみょんと左右に揺れる不思議な動き。


 その魅惑のおもちゃを前に、ネコ科コンビの目は釘付けになった。



 トキとアライグマは、いったい何が起きているのか理解できず、ただただサーバル達の様子を眺めている。


「うずうず……」

「……ふぇねっく!?」

 そんな二人の横で、うずうずしだしたフェネックに、アライグマが驚きの声を上げた。




「ほらっ! ほらっ!」

 ミライの声に合わせてしゃっ! と素早く動くねこじゃらしを前に、うずうずと目を輝かせるサーバルとカラカル。

 そして、────


「「わーーーーい!!」」

 サーバルとカラカルは同時にベッドから飛び降り、ねこじゃらしに飛び掛かった。

 文字通り、猫まっしぐらである。



 爛々と目を輝かせてねこじゃらしに手を伸ばすサーバルとカラカル。

 しかし、ミライはそんな2人の手が届く前に、ねこじゃらしをサッと背中に隠してしまい、そのまま素早くウエストポーチに入れてしまった。



「みゃみゃ!?」

「うわわ!」

 目標を見失い、着地点を失ったサーバルとカラカルはそのまま、どたっ! と派手な音を立てて床に転がった。

 そして、着地に失敗した2人は、腹這いになってお尻を突き上げたようなまぬけな格好のままでミライを見上げる。



「はい。お二人とも、大事な話なのでちゃんと降りて来て聞いてくださいね!」

「いたた……。ひどいや、ミライさん……」

 そう抗議の声を上げるカラカルの視線の先には、まぬけな格好で転がった2人を見下ろして、どこか満足げな笑顔を浮かべるミライの姿があった。



「ミライさんねこじゃらし出せ出せぇー! あはは、わーい!」

「やめるのだフェネック! 何かおかしくなってるのだ!」

 そんな中、唯一ねこじゃらしの行方を目で追えていたフェネックはミライのウエストポーチに手を突っ込もうと正面から突進したり、脇から顔を突っ込んでみたり忙しなくミライの周りをぐるぐると回っていた。

 アライグマが必至で止めようとしているが、乱舞するフェネックはアライグマの手をするすると抜けてねこじゃらしを求めて走り回る。


 もはや、作戦会議をする所ではない。

「きゃ! フェネックさんどこに顔突っ込んでるんですか?! ちゃんと後で遊んであけますから、話を聞いてくださーーーーい!!」


 思わず叫んだミライの声に、3人の耳がぴくっと反応したかと思うと、サッとミライの正面へ移動した。

 そして次の瞬間、そこにはビシッと正座して整列する3人の姿があった。


 これまでに見たこともないような素早さで話を聞く体勢を整えたサーバル達は、トキとアライグマに視線で早く座れと訴える。



「な、なんかこわいのだ……」

「狩られそうだわ……」

 3人の視線に気圧されながら、ミライの背中に隠れるようにして残った2人も腰を下ろした。

 全員が話を聞ける状態になったのを確認してから、ミライは作戦会議をはじめる。

 

 ミライは一から作戦を細かく説明し、無線機を使う場面と、使ってはいけない場面、緊急時の対処の仕方を説明した。

 今回は、幾つかのグループを別れるという作戦の特性上、ミライが直接指示をできる訳ではない。だから、セルリアンと遭遇した際の対処は、特に念入りに話を詰めた。


 そして作戦会議の最後に、無線機の使い方を説明し、一通りの操作をフレンズ達に伝えた。

 今回の作戦の根幹を支える重要な部分だ。ミライの説明にも力が入る。

 しかし────

「それで、ここを押すと……」

「ねこじゃらし!」


「そして、こっちのダイヤルが……」

「ねこじゃらし!!」


「……」



 ミライが説明の為に腕を動かす度に、ウエストポーチの隙間からちらちらとねこじゃらしが覗いてしまい、サーバル達がいちいちそれに反応してしまう。


 きっと彼女達の頭の中はねこじゃらしで一杯だ。

 話した内容はほとんど頭に入っていないだろう……。


「サーバルさん。ここの操作は覚えてますか?」

「ねこじゃ────!、じゃなかった。えぇと……」

 ミライは頭を抱えたくなるのを堪え、小さくため息を吐いた。



 会議は、あきらめた。




「遊んだらちゃんと作戦会議をしますからね!?」

 半ばヤケになりながら、ミライはねこじゃらしを取りだし、高く掲げた。

 その瞬間、サーバル、カラカル、フェネックの視線がその一点に集中する。

 きっと、それまでは僅に覚えていた作戦の内容も、その瞬間に吹っ飛んだ事だろう……。



「「「わぁーーーーーーい!!」」」

 ねこじゃらしに飛び付いく3人のけもの達は皆、最高の笑顔だった。


 会議が全てやり直しになった事は、言うまでもない。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄



 朝靄が木々の間を漂う頃、ミライ達はロッジの正面玄関に集まっていた。


「それでは、最後の確認を行いますね。まず大前提として、不要な戦闘は避けてください。例え相手が小さなセルリアンであってもです」

 いつになく険しい表情のミライが、フレンズ達を前に作戦の最終確認を行っている。


 今回の作戦では、初めてミライとフレンズがバラバラに行動する。その為か、ピリピリとした緊張感が、辺りに漂っていた。



 セルリアンを探すのは、アライグマ・フェネックのペア。そして、カラカル・トキのペア。

 ロッジに残り、無線で指示を飛ばすのはミライ。

 ロッジにもしもの襲撃があった際に対処するのは、サーバル。


 この布陣で、今回の作戦に挑む事になっていた。



 本来なら、サーバルとカラカルをペアにしたかった。しかし今、サーバルは脚を怪我しているから、長距離の移動が伴う捜索任務を任せるわけにはいかない。


 その上、セルリアンがフレンズ達の居ない隙にロッジを襲撃してこないとも限らないからだ。



「ねぇ、ミライさん。やっぱり、わたしもカラカルと一緒じゃダメ?」

 サーバルが不安気で寂しそうな表情を浮かべながら、ミライを見上げる。


 彼女は、昨晩からずっと「カラカルと供に行きたい」と言っていた。


 サーバルとカラカルの2人は、ミライが彼女達と出会うずっと前から一緒に過ごしていて、互いがまるで姉妹のような存在だ。


 隣にいるのが日常で、どんな時でも声がとどく。

 笑えば側で一緒に笑ってくれて、涙を流せばやさしく慰めてくれる。

 たまに喧嘩してそっぽを向いてしまうけれど、それでもまた笑い合える。


 いつだって、2人は一緒だった。



そんなカラカルが手の届かない場所へ、声も届かない遠いところへ行ってしまう。

 セルリアンを捜すために……。


 カラカルは強い。おっちょこちょいじゃないし、狩りごっこも上手だ。

 でも、それでも────


 もしもの事があったら?

 セルリアンに遭遇して、逃げられずに食べられてしまったフレンズだって少なくないのだ。



 もし、もしも、────


 知らない所で、大切な友達が消えてしまったら……。



 そう考え始めてしまうと、まるでそれがこれから起こる事態のように思えて、辛くなる。


 サーバルは今にも泣き出してしまいそうなのを堪えるように、スカートの裾をぎゅっと握った。


「サーバル」

 そんな彼女を呼ぶ優しい声が、その大きな耳に届く。

 大好きなフレンズの声に顔を上げると、同時に額の辺りに衝撃を感じて、反射的に仰け反ってしまった。


「なに辛気くさい顔してんの?」

 驚いておでこを押さえたまま固まるサーバル。その目に飛び込んで来たのは、そう言って笑うカラカルの悪戯の好きそうな笑顔だった。

 彼女の右手はデコピンをした形のままで、サーバルが額に感じた衝撃がカラカルのデコピンだったと気が付くまでに、大した時間はかからなかった。


 サーバルが抗議の声を上げようとすると、カラカルはそれを遮って話を始める。

「いつも笑ってしかいないあんたがそんな顔してるの、あたしは見たくないよ。そりゃ、あたしだってサーバルと離れるのはさびさいけどさ、今はもっと優先しなきゃいけない事があるでしょ?」


 優しく諭すようにしゃべるカラカルの声にサーバルの尻尾がゆらゆらと揺れる。



「ミライさんと"さばんなちほー"で会った時、『手伝いたい』って言ったのはあたし達だし、パークの危機に立ち向かうって皆で決めたじゃない」


「そうだよね……。そうだよ!」

 カラカルの言葉に、サーバルは少しだけ滲んだ涙を振り払うように顔を上げた。


 見渡せば、みんなの姿が飛び込んでくる。

 ミライも、トキも、アライグマも、フェネックも、そしてカラカルも。


 彼女達は、セントラルパークで超大型セルリアンに立ち向かう決意を決めた勇敢なヒトと、それに着いていくと誓ったフレンズ達だ。

 そしてサーバルもまた、その中の1人なのだ。



「フレンズなら、助けあわなくちゃね!」


 サーバルの言葉に皆がうなづいた。




「それでは皆さん。いいですか?」

 ミライの声にフレンズ達が注目し、各々準備が整った事を告げる。



 そして、ミライが1つ息を吸い込み、静かに作戦開始を告げた。


 まずアライグマが走り出し、フェネックがそれを追い掛けるように駆け出す。

 2人の背中はあっという間に遠ざかり、しんりんちほーの木々の間に消えて行った。


 次に2人の出発を見届けたトキが、カラカルを抱えて大空へと羽ばたく。

 ふわっと浮き上がる感触に驚いた表情を見せたカラカルを指さして、サーバルが笑った。

 カラカルは何か言いたげだったが、トキに抱えられ、森の木々を追い越してどんどん高く昇っていく。


 やがてトキは水平に飛行を始め、彼女の羽ばたきに合わせて虹色のサンドスターが舞っていた。




 4人を見送ったロッジのエントランスホールはやけに静かに感じられた。


 フレンズ達が去ったその場所に背向け2人は客室のあるフロアへ続く扉へ向かう。



 サーバルに続いて扉を潜る直前、ミライは誰も居なくなったロッジのエントランスホールを振り返った。

「……きっと、帰ってきてくださいね」


 ミライの呟いたその言葉は、静けさの中へ溶けるように消えていった。

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