第18話 あぶないよ!

 雪山を下り、ゲートに差し掛かろうかという所で、目の前に大きな広場が現れる。

 そこは、乗り物にクローラーを脱着するための場所にもなっていて、クローラーを格納する倉庫が一角に固められていた。


 ミライは、慣れた手付きでクローラーを外し終え、ジープの幌屋根も外して綺麗に折り畳んでいる。



 そして、取り外されたクローラーはというと、サーバル達が運んでいたのだった。


「わーい! こうするとたーのしぃーー!」

 クローラーの上に乗り、本来ならタイヤが漕ぐはずのローラーを足で漕ぎながら、サーバルが倉庫へ突進していく。


「サーバル、怪我しないようにね!」

 カラカルは、サーバルの後を追いながらのんびりと手でクローラーを押している。


「よぉーし! アライさんに、お任せなのだぁーー! サーバルには負けないのだ!」

 アライグマもサーバルと同じようにクローラーの上に乗り、猛スピードでカラカルを追い越していった。


「アライさーん! 危ないよぉー!」

 その後ろから、フェネックがクローラーを押しながら追いかける。



「あぁ~、また明後日の方向に……」

 地面の窪みにでも引っ掛かったのか、アライグマのクローラーは大きくバウンドすると90度方向変換し、倉庫とは違う方向へと突き進んで行った。

「と、止まらないのだぁ~~!!」

 勢いの付いたクローラーは、その重量も相俟って簡単には止まらない。ローラーを漕ぐのを急に止めれば自分が弾かれてしまうし、漕ぎ続ければ当然止まらない。

 ゆっくりと漕ぐ速度を落とせばよいのだが、アライグマの前には壁が迫っていた。



 時を同じくして、サーバルもアライグマと似たような危機に瀕していた。

 こちらは、倉庫に真っ直ぐ向かってはいる。

 が、────

「わぁーー! トキー! どいてどいてぇーーー!!」


 猛スピードで制御不能なサーバルが迫ってくる様を認め、トキは目を剥いた。

 退けと言われても、ミライから預かった「かぎ」という物を扉に差し込んだだけで、まだ扉は開いていない。すなわち、退いた所でクローラーは倉庫には入らない。

「まって! 急いで開けるわ!」


 鍵をがちゃがちゃと弄るトキ。

 使い方はミライから聞いていたのだが、焦りと緊迫感ですっかり記憶から抜け落ちてしまっていた。


 どちらかに回して鍵が開かなければ反対に回せばいい。だが、トキは力づくで鍵を更に回そうとしている。

 そして、目一杯力を込めた。

 次の瞬間────


 ────パキンッ! と、乾いた音と共に、鍵の感触がスカスカになった。

 フッと目線を手元に落としたトキの目に飛び込んで来たのは、根元からポッキリと折れた鍵。


 背後からは、サーバルの悲鳴が近付いてくる。

「うぅわわわぁーーーー!! とまらないよぉーーーーーー!」

 その声と共に、ドドドドッ! とクローラーが地面を蹴る音が次第に大きくなってきた。


 たったコンマ数秒の間であった。

 しかし、トキにはとても長い時間に思えた。ぐるぐると回る彼女の身を取り巻く情報を1つにまとめ、時間の限り考え抜いた。


 そして、────

「……ごめんなさい!」

 トキは逃げ出した。


 翼を広げ、一気に上空へ舞い上がる彼女を掠めるように、クローラーに乗ったサーバルが超特急で通過する。

 その一瞬後。クローラーは倉庫に突っ込んで扉を吹き飛ばし、そのままサーバルもろとも砂煙の中へと消えていった。



 一方、進路を逸れ、壁へ一直線に向かっていたアライグマは、壁の手前でまたまた直角ターンをかまし、そのまま森の中へ突っ込んで木の枝に捕まっていた。


「アライさん。またやってしまったねぇ?」

「うぅ~、たすけてほしいのだ!」

 呆れた様子で見上げるフェネックの視線の先には、もこもこの襟が引っ掛かり、宙ぶらりんのまま手足をばたばたと暴れさせるアライグマの姿があった。



 木登りがあまり得意ではないフェネックは、やっとの思いでアライグマを木から下ろし、一息ついた。

「アライさんすごい勢いであさっての方向にいっちゃうんだもん。置いていかれちゃうかと思ったよぉ~」

「助かったのだ。フェネック!」



 それから2人は緩い会話を交えながら、「あぶないから押してかえろ~」というフェネックの提案で、クローラーを手で押して森の出口へ向かった。


 2人が森から出ると、そこにはただならぬ空気が流れていた。



 扉が吹き飛んだ倉庫。そこから沢山の荷物が溢れ出し、瓦礫の山になっている。

 そして、その真ん中あたりから声が聞こえた。


「たしけてぇーー!」

 くぐもっていて聞き取りにくいが、どうやらサーバルの声のようだ……。

 声のする場所からジタバタともがいている足と縞々の尻尾が生えている。



「サーバル! 暴れないで! 引っ張り難いから!」

「サーバルさん、少し大人しくしていてくたさい。直ぐに引き抜いてあげますから!」

 カラカルとミライが、混乱して暴れようとするサーバルの足を抑え込みながら引っ張る。

 左右に暴れまわる尻尾はトキが抑えていた。



 その様子を森の出口から眺めていたアライグマとフェネックは、どちらからともなく視線を合わせた。

「フェネック!」

「そうだねぇ、手伝おうか~」


 アライグマとフェネックが加わると、ミライが音頭を取って一気にサーバルを引き抜きに掛かった。

「いきますよ!」

「せぇーの! よいしょーーーー!!」


 全員で力を合わせて引っ張ると、ボコッ! という鈍い音と共にサーバルの全身が瓦礫の中から現れた。

 突然の事にサーバルは驚いたようで、目を丸くしたままボーゼンと固まっている。


「サーバル、大丈夫?!」

 カラカルが心配気にサーバルの顔を覗き込む。

 しかし、サーバルは彼女の心配をよそに、呑気な声を上げた。


「すっごぉーーい! ジャパリパークが逆さまになってるぅ! あれ、みんなも逆さまに立ってる?! なんでなんで!!?」

 これには、慌てて駆けつけたアライグマとフェネックもポカンッとした顔になった。


「サーバルさん、怪我はありませんか?」

 この様子なら大丈夫そうだと思いながらも、ミライはサーバルに尋ねる。

「うん! 大丈夫だよ!!」

 ミライの予想通り、サーバルから元気な返事が返ってきた。



 それからミライ達は協力して倉庫から散らかった荷物を片付け、クローラーを格納して、吹き飛んだ扉を倉庫に戻した。


 すっかり時間が過ぎてしまい、日が傾き始める頃合いだ。

 サーバルの腹から間抜けな音が鳴り、昼食がまだだったと笑い合う。

 そうして、各々ジャパリマンを片手に、幌屋根を外して開放的になったジープに乗り込んだ。


 ゆきやまちほーのエントランスを走ると、熱い陽射しに火照った身体を心地よい風が包み込む。

 しかし、その冷たい空気もゲートを潜ると一変。一気に気温が跳ね上がり、ジープのタイヤに纏わり着いていた雪が溶け落ちた。


「さて、と」

 ミライはハンドルを片手で操りながら、器用に片方づつ袖を捲り、気合いを入れるように1つ息を吐いた。


「それじゃあ皆さん! ロッジありつかへ向けて、出発です!」




 ゆきやまちほーの出口からしんりんちほーまでは、車でおよそ二時間といった所だ。

 道は決して平らではないが、多少の穴が空いていようが、木の根が飛び出していようが、走破性の優れたジープはぐんぐん進んで行く。


 慣れないちほーで過ごした疲れからか、いつしかフレンズ達は穏やかな寝息を立て始めた。

 そんな彼女達を起こさぬように、ミライは少しだけアクセルを緩め、ジープの速度を落とした。


 ミライは、サーバル達が眠っているのを確認してから、ボスを介してセントラルパークから届いたメッセージの内容を反芻した。

 実は、ミライはサーバル達に隠していた事がある。

 それは、ゆきやまの温泉でラッキービーストが受信したメッセージの一部。


 それは、ジャパリパーク全職員の完全撤退を示唆するものだった。

 現在調査中の超大型セルリアンの討伐方法。それが見つからない時、実行が不可能な時、そして調査の終了までに重大な危機が発生した時には、職員の安全を確保するため、撤退する。という内容だった。


 もし完全撤退になれば、サーバル達との別れは免れない。

 フレンズは、パークの外へは連れていけないのだ。


 それだけは絶対に……。




 そのために出きる事は1つ、セルリアンによる驚異を可能な限り退け、パークの危機を防ぐ事。そして、あの黒い巨体を地に伏せる方法を解明する時間を稼ぐ事だ。


 どんな方法であれ、超大型セルリアンを討伐できれば、パークは平和になる。

 それが、何よりの彼女の望みだった。



 新たな決意を固めたミライと、5人のフレンズを乗せたジープが、森の中を颯爽と駆け抜ける。

 枝葉の間から零れる光はいつの間にか斜めに道を照らすようになり、橙に色付き始めていた。

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