第17話 またいつか……

 ミライは、慌てて出発の準備をしていた。 散らかした客間を片付け、散乱した荷物をバッグに片っ端から詰め込んでゆく。

 サーバル達も、バタバタと走り回りながらミライの指示にしたがって動き、彼女を手伝っていた。


「ミライさん! コレ、どうすればいいの?!」

 サーバルが、畳んだ布団の山をひょいっと持ち上げながらミライに訊ねる。

「あ、それは部屋の角に重ねて置いてください」

「わかった!」

 サーバルは答えながらすたすたと速足で移動し、言われた通り布団を部屋の一角に集め積み上げた。


 見渡せば、トキが外の様子を見に走り、アライグマとフェネックが何かを探しながら猛スピードで廊下を駆け抜けていく。

 カラカルはキタキツネとギンギツネを連れて荷物を抱えながらちょうど帰って来たところだった。



 彼女達が、なぜこんなにも慌ただしく走り回っているのか?

 それは、数分前の出来事に由来している。

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 その時、ミライ達は温泉でくつろいでいる最中だった。

 他愛もない話をしながら、洗い場に椅子を並べ、皆で一列になって背中を流し合っていた彼女達の元に現れたのは、エメラルドグリーンのボディーに先の青い大きな耳がチャームポイントのラッキービースト。


「あ、ボス!」

 最初に見つけたサーバルがボスを呼び止めるが、ボスは反応せずにミライの前まで真っ直ぐに進む。

「あれ? ラッキーさん。どうかしたんですか? 再起動させた覚えもないですし……」

「ロクガメモヲキドウスルヨ。キロクハ、ホログラムデ3Dサイセイデキルヨ」

 ミライの前まで進み出たボスが、目を緑色に輝かせながら勝手に録画を開始した。

 防水性の弱さと、水没した事が原因で誤作動が増えているボスだが、タイミングというものがあるだろう。


「わっ、わっ! なにを録画しようとしてるんですか! 録画ちゅうしーーーー!!」

「ワカッタ。メモヲチュウシスルヨ」

「もう! ラッキーさんのエッチ!」


 ぷんすかぷーん! と怒ったミライ。しかしボスの様子を見て、ふっと違和感を感じて問い掛ける。

「あれ? ラッキーさん。メッセージを受信してるみたいですね」


 パークガイドロボットには、彼ら専用の通信網がある。だから、高山のてっぺんや雪深い山の中でも迷わずにガイドできるのだ。

 そして、通常の通信機器が使えないちほーにいる来園者、またはパークガイドに警報や注意情報を送る目的で、簡単なメッセージをメール形式で送受信できる機能がついている。


 今回ボスが勝手に起動したのは、恐らくその為だ。スリープ状態の個体でも、メッセージを受信した際には自動で起動し、最寄りのパークガイドに届けるようにプログラムされているのだ。



「メッセージヲ、サイセイスルヨ」

 ボスが上を見上げるような姿勢になり、スピーカーをミライに向けた状態でメッセージの再生準備をする。

 そして、ピーッガガガッとノイズが入った後、そのメッセージが再生された。


『────に、このメッセージが届いたら直ちにセントラルパークへ帰還して欲しい。繰り返す────』

  冒頭からノイズが多く、聞き取れない部分もあったが、重要な部分はしっかりと聞こえるので、そのまま耳を傾ける。


『先日、超大型セルリアンの討伐に向かったパーク調査隊長より、討伐完了の報告を受けた』

 そうだ。ミライは超大型セルリアン討伐後、すぐにメールを本部へ送ったのだ。無線の届かない範囲だったため、ボスを介しての通信だった。

 あの時、パークを脅かす驚異は消えた。ずっとそう思っていた。だから、彼女はその次に続いた台詞に目をむく事となる。


『しかしながら、サンドスター火山八号目付近にて、再び超大型セルリアンが確認された。先の個体と形状や動作が類似しており、行動パターンも酷似している事から、同一個体、あるいは近しい時期、似通った状況下で発生した個体である可能性が高い』


 信じられなかった。

 メッセージの中にもあったが、セルリアンは同じような条件の下で、同一のサンドスターの噴火で発生した場合、酷似した姿になる事もある。

 その前例も、いくつか確認されている。


 しかし、あれだけ巨大なセルリアンがこれまで、しかも2体も居て誰にも観測されない事などあるのだろうか?

 きっと、誰かに発見されて大騒ぎになっているはずだ。


 そうなっていなかったという事は、発見される直前、少なくとも前日から3日前までの間にその超大型セルリアンは出現したと考えるのが妥当だろう。

 しかし、ここ最近でサンドスター火山には噴火どころかその兆候すら見られていない。


 ならば、もう1体同時期に出現していたというのか?


 その可能性は低い。

 なぜなら、セルリアンの主成分。サンドスター・ロウには限りがあるからだ。

 超大型セルリアンが歩行するだけで身体が縮んでいた事実からも判るように、あの巨体を動かすのには相当なサンドスター・ロウを消費する。

 身体を生成出現させるとなれば尚更だ。


 ここ数年間、そこまでの大規模な噴火は起きていない。

 つまり、サンドスターの濃度も、サンドスター・ロウの濃度もそこまで高いはずがないのだ。

 むしろ圧倒的に足りなかった事だろう。


 限りのあるサンドスター・ロウを消費してまで、わざわざ山を登り、火口のフィルターを破壊しに行った行動がそれを裏付けている。



 ならば、その超大型セルリアンは一体どこから?

 そこまで考えて、ミライはハッとした。

 もし、その考えがあっているのだとしたらとても恐ろしい事だ。


「超大型セルリアンは、復活した……?」

 言葉に出してみたが、それはとても考えづらい事だった。

 あの時、セルリアンの核は確かに破壊したはずだ。

 復活など、ありえない……。



 しかしミライの記憶には、1つだけ引っ掛かっている事がある。

 それは、超大型セルリアンを倒した直後の光景だ。


 ジャングルの地に倒れ伏した黒い巨体。巨木の様な脚。そして、光を宿さない大きな目玉。

 それらがサンドスター・ロウへ還り、黒い霧のように空へ昇っていったあの光景。

 引っ掛かっていたのは、そこだ。


 セルリアンは核を破壊されたら通常、パッカーンッ! と大きな音を立てながら弾ける。

 そして、サンドスター・ロウは、空へは昇らず、下へと落ちるはずだ。


 つまりあのセルリアンは……。



「ラッキーさん! 本部にメールを送る事はできますか?」

「マカセテ。ホンブアテノメッセージヲ、サクセイスルヨ」


 ミライは、1度考えるのを止めて行動を起こす事にした。

 復活したにせよ、新しく発生したにせよ、超大型セルリアンがパークを脅かしている事実に変わりはないのだ。

 ならば、パークガイドとして、パークの調査隊長として、する事は決まっている。


「セントラルパークには戻りません。このまま、セルリアンの調査に向かいます!」


 そして、話は冒頭へと戻る。


 ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ミライは、セルリアンの考察をまとめ紙に書き出した。

 現状、通常の方法で超大型セルリアンは倒せない可能性がある。

 その可能性を拭えない以上。何か対抗策を練らなくてはいけない。


 実は、この時のミライの予想はある程度的を射たものだった。

 超大型セルリアンは特殊な性質を有していて通常のセルリアンと同じ倒し方では討伐できないのだ。


 核を破壊すれば、ある程度の時間行動不能にさせる事はできる。しかし、何度破壊しようと、また復活してしまうのだ。


 そんな超大型セルリアンを倒す対抗手段はただ1つしかない。

 それは、大量の塩と水を浴びせ掛け、全身を完璧に石化させてしまう事。

 一番手っ取り早いのは、そのまま海に沈めてしまう事だ。


 しかし、これらの事実が明らかになるのは、ずっと先の事になる。

 この時、じゃんぐるちほーに残された超大型セルリアンの残骸の一部を研究班が採取し、研究を始めてはいたが、変質したサンドスター・ロウの存在にはまだ気が付いていなかったのだ。



 セルリアンの特徴と考察を書き出した紙面を睨み付けながら、ミライは低く唸る。

「う~ん、困りましたね……」


「大丈夫だよ!」

 うつ向きがちになっていたミライの視界にぴょこっと、サーバルが飛び込んで来た。

「この前だって倒せたんだもん! また倒せばいいんだよ!」

 わたしたちならできるよ! と意気込むサーバルの言葉にカラカルも頷く。


「そうだよ、ここで諦めるなんてミライさんらしくないよ。それに、あたし達もいるんだから!」



「サーバルさん、カラカルさん……! そうですね、こんな所で挫けてる場合ではないですね!」

 セルリアン討伐への決意を新たに、ミライは立ち上がった。

 彼女の動きに合わせて、帽子の羽飾りが誇らしげに揺れる。


「ミライさーん。こっちは準備おっけーだよぉ~」

「アライさんもフェネツクもがんばったのだ!」

 ミライ達の元へ、言い付けられた仕事を終えたアライグマとフェネックが戻ってきた。

 そしてその後ろから、外の様子を確認しに出ていたトキも戻って来た。


「天気は、しばらく大丈夫そうだったわ。南の方は風が強いから、他の斜面から下った方が良さそうよ」



 トキからの情報を元に、ミライは地図に向かう。

「超大型セルリアンの位置がわからない以上、できるだけ動きやすい場所に拠点を構えたいですね。そうすると、やはりロッジでしょうか? すると、東から下って……」


 けもの達が興味深そうに覗き込んでいる中、ミライはペンと定規で素早く地図に道程を書き込んだ。

「よし、できた!」

 その地図を手際よく畳んで、ウエストポーチの一番取り出しやすい位置にしまう。



 ジープに積み込む荷物を担ぎ上げ、部屋を出ようと立ち上がった。すると、キタキツネが袖を引いてそれを止めた。


「ぼくも、連れて行って」


 ミライは、返答に困った。

 キタキツネとギンギツネは、元々会ったばかりで、危険な事に巻き込みたくはなかったし、今の人数ですらジープは超満員だ。

 彼女の気持ちは尊重したい所だが、連れていく事はできなかった。



「こら、キタキツネ! ミライさんが困ってるでしょ。はなしなさい」

 ミライの心境を知ってか知らずか、ギンギツネがキタキツネを止めに入る。

 それでも尚、キタキツネは駄々をこねた。


「やーだぁ! ぼくも一緒にいきたいぃー!」

 連れてってぇ! と我が儘を言うキタキツネに、ミライは諭すように優しく言った。

「キタキツネさん。あなたの気持ちは、良くわかります。ですが、連れて行く事はできません」

「どうして? ぼくが、弱いから?」

 拗ねた口調で、恨めしそうにミライを見上げるキタキツネ。


「それは違います」

 しかし、ミライはそんな彼女と目線を合わせ、優しく、しかし力強くキタキツネの弱さを否定した。

「キタキツネさんは強いですよ。だって昨日の夜、見ず知らずの私達に毛布を掛けてくれたじゃないですか。誰にでもできる事じゃないですよ? お陰で、サーバルさん達は風邪をひく事なく、無事に過ごせたんですから────」


「でも、────」

 何かを言おうとしたキタキツネの言葉を遮り、ミライは続ける。

「キタキツネさん。あなたには、あなたにしかできない事があります。この温泉施設に、職員が立ち入った記録は、ここ数ヵ月間ありません。それなのに、建物はこんなに綺麗なままで温泉もちゃんと出ているのは、キタキツネさんとギンギツネさんが手入れをしてくれていたからではないんですか?」


 温泉は、湯の中に沢山の成分が溶け込んでいる。それは、湯に浸かる者に様々な効能を与えるが、湯を取り出す施設には害となる物が多い。

 「湯の華」などと呼ばれるそれらは、湯に含まれる成分が結晶化した物で、定期的に取り除いてやらなければ配管が詰まり、湯が出なくなってしまうのだ。そればかりか、詰まったまま放置すると装置そのものが破損する事だってある。

 かつては、湯の華を取り除く職人がここに勤めていたがセルリアンによる件を受け、施設を放棄。やむ無く避難した。


 セルリアンの危険に瀕し、人が退避して放置された温泉施設。その場所を今まで守ってきたのは、2人のキツネのフレンズだったのだ。



「戦った後には、休める場所が必要です。きっとまた、セルリアンとの戦いの後に、ここを訪れると思います。その時に温泉が使えなかったら、疲れを癒す事ができません。……私の勝手な都合で申し訳ないのですが、キタキツネさん達には、この施設を守ってもらいたいのです。そして、いつかまた私達がここを訪れた時、出迎えてくれませんか?」


 ミライの申し出に、キタキツネは少し困惑したようだが、すぐにはっきりと頷いた。

「うん、わかった。待ってるよ。帰ってきたら、えぇっと……、『おかえりなさい』って言ってあげる」


「そうですね。次に来る時は、『ただいま』って言います! それまで少しの間だけ、この場所をお願いしますね?」

 ミライは、照れ臭そうな笑顔を浮かべながら、キタキツネの頭を撫でる。


「それじゃあ、そろそろ行きますね」

「あっ……」

 キタキツネはミライの手が離れると、少し寂しそうな表情になり、思わず手を伸ばしそうになった。

 しかしそこはぐっと堪え、ジープへ乗り込んで行く背中を見送った。


 やがて、後部座席へサーバル達も乗り込むと、エンジンが短い咆哮を上げる。

 軽く数回エンジンが吹かされると、後方から力強く白煙が上がり、ジープはゆっくりと発進した。

 幌屋根に薄く積もっていた雪は振り落とされ、サンドスターのようにキラキラと輝いていた。


 後部の窓から、サーバルとカラカル、トキ、アライグマ、フェネックがミチミチと押し合いながら手を振っているのが見える。

 キタキツネとギンギツネは、そんな彼女達に見えるように大きく手を振りながら見送っていた。

 その姿を、バックミラー越しにミライも見ていた。



 ジープは下り坂に入ると、更に加速する。

 巻き上げられた雪煙が稜線の向こうへ遠ざかってゆく。




「いってらっしゃい……」

 ミライ達を乗せたジープが見えなくなる瞬間、キタキツネが小さく呟いた。

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