第14話 雪山温泉りょこー①
真っ白な大地が、夕暮れの陽射しに紅く染まる。
広大に広がる雪原は、まるで夕焼け空を地面に落としたようだった。
山の頂きを仰ぎ見れば、そこはまるで空と溶け合っているように見え、本当に空が溶けて流れ落ちて来ているよう感じられる。
そんな赤い景色の中、時折吹く風に風花が舞い、きらきらと輝いていた。
深く積もった雪。道などない。
ミライは、記憶の中の景色と時折雪面に頭を出す標識だけを頼りにジープを走らせていた。
ふかふかの雪に沈んでしまわぬよう、クローラーを履かせられたタイヤが必死にキャタピラを漕ぎ、ゆっくりとしたスピードで斜面を昇っていく。
ジープの車体が進む度、その後ろには深い轍が刻まれ、巻き上げられた粉雪が夕焼けの赤に舞った。
「わぁーー! すっごーーーい!!」
その様子を車内から眺めていたサーバルが大きな耳をぴこぴこと動かしながら嬉しそうな声を上げる。
普段さばんなちほーで暮らす彼女にとって、ゆきやまちほーの環境は過酷だ。
しかし、そんな事はどこ吹く風と言わんばかりに、彼女ははしゃいでいる。
「へぇー、"ゆき"ってこんなに真っ白なんだ。雲が地面におちてるみたいで不思議だなぁ」
普段、サーバルより大人びた雰囲気を纏っているカラカルも、初めて見る雪を前に子供のように目を輝かせていた。
幌屋根を被せたジープの中は、暖房によって温められている。
そのため、寒さが苦手なけもの達も平気で居られるのだ。
更に、少しばかり定員オーバー気味にフレンズ達が乗っているせいか、車内は少し蒸し熱く、ミライは腕まくりをしたまま平気な顔でハンドルを握っていた。
そして、その隣。助手席には、さばく出身のフェネックが座っている。
ジープの所へ辿り着いた時、誰がそのポジションに座るかで、サーバルとアライグマが揉めて一悶着あったが、結局は、「寒さに弱いけものから、暖房の効く前の席にすわりましょうね」というミライの有無を言わさぬ一言で、助手席の座はフェネックのものとなったのだった。
ちなみに席順はというと、サーバルとカラカルのさばんな出身コンビは後ろの席。
トキとアライグマ、比較的寒さに強い二人は、元々トランクだった場所に簡易的な座席を設けて座っている状態だった。
「フェネックだけずるいのだ。アライさんもじょしゅせきがいいのだぁ!」
と、最初は駄々をこねていたアライグマだったが、ゆきやまちほーに入った辺りからは、リヤウィンドから見える雪の飛沫を見て、嬉しそうにはしゃいでいる。
トキは、何度かゆきやまちほーに訪れた事があるようで、懐かしそうに景色を眺めていた。
そんなけもの達一行を乗せたジープは、やがて山頂を越え、そこから少し下った所にある温泉へと辿り着いた。
そこは、赴きのある瓦屋根が特徴的な平屋の建物が幾つか連なったような造りで、小さな宿屋のようになっていた。格子状の引き戸の向こうから柔らかな光が漏れている。
「さて、みなさん。温泉に到着です!」
ミライが言うと、けもの達が一斉にわっ! と盛り上がる。
「わぁーい! いちばんのりーー!」
誰よりも早く、サーバルが勢い良くドアを開け、ジープから飛び出した。
……かと思えば、すぐに彼女はぴたっと立ち止まり、素早くジープの中に戻ってスッとドアを閉めた。
数秒の静寂の中、サーバルに視線が集まる。
「サーバル。はやく降りてくれないと、わたしたちもおりれないわ」
皆がサーバルの様子を見守る中、トキの声が静かに響く。
その声を掻き消すように、サーバルが叫んだ。
「さむいっ!!!」
身体をカタカタと震わせ、鼻水を垂らしながら、縮こまるサーバル。
「……えっと、みなさん。といあえず、ジープから降りましょ?」
ミライが言うと、サーバルの様子を見ていたフェネックとカラカルがさっと目をそらした。
「ほら、大丈夫ですよ。サーバルさん! 行きましょう!」
先に外に出たミライが、ジープの外からサーバルを誘う。
「えぇー?! むりだよ! ぜったいさむいよ!!」
「そんなことありません! さぁ、サーバルさん。私の胸の中へ!!」
カモンッ!と両腕を広げたミライが、鼻息を荒くしながら待ち構える。
「うみゅみゅ……。えぇいっ!」
そんなミライの元へ、サーバルは一蹴りで飛び、文字通り彼女の胸に飛び込んだ。
「ほら、寒くないでしょ? うぇへへ……」
ミライはよだれを垂らしながらもサーバルをしっかりと受け止める。
「みらいさんあったかい……。けど、背中がさむいよ!」
サーバルが降りた事により、トキとアライグマがジープから脱出し、それぞれカラカルとフェネックをジープから引きずりだしていた。
「フェネック! はやく"おんせん"に入ろうなのだ!」
「えぇーー……。わたしはジープの中がいいよぉ。……アライさんこれはホントにだめだってぇ~!」
「ほら、カラカル。はやく」
「いやいや! だめ! あたしはそんなに寒いの強くないから! しーーぬぅーーー!」
1面の銀世界の中に、けもの達の騒ぎ声が響く。
そんな彼女達とは正反対に、静かに佇む宿の屋根に積もった雪が、瓦の端からちょろっと落ちた。
建物の中に入ると、ふわっとした暖かい空気に包まれた。
温泉の湯を使った床暖房により、建物全体が暖められていたからだ。
その暖かさに、さっきまで寒さにガタガタ震えていたサーバルとカラカル、フェネックがほっとした表情になり、「あったかい……」と同時に声を漏らした。
ミライ達は、無人の受け付けの前を素通りし、適当に荷物を置いて真っ先に温泉へと向かった。
「さて、と……。それじゃあ、みなさん! お待ちかねの温泉です!」
そんな言葉と共に、ミライが勢い良く扉を開けると、そこには真っ白な世界が広がっていた。
しかし、それは先程までの凍てつくような寒さの白ではなく、しっとりとした温かさを纏った白だった。
その白の中に、ぼんやりと浮かぶ大きな水面。そこから立ち上る湯気が、その温もりを運んでいた。
けもの達が、初めて見る温泉に感嘆の声を漏らす。
その横で、ミライは誇らしげに胸を張っていた。
「すっごぉーーい! ミライさん、これ入っていいの!?」
早速、温泉に興味津々のサーバルがぴょんぴょん跳ねながら温泉に向かって走り出そうとする。
その肩をそっと抑え、ミライは優しく微笑んだ。
「まず温泉に入る前に、"服"を脱いでしまいましょう!」
「あ、そっか! これ、取れるんだよね!」
「おんせんに入るには、ふくをぬがなくちゃいけないんですか?」
「普段つけてるものがないと、なんだかおちつかないわ……」
ミライに促されるままに、サーバル、カラカル、トキの3人は、ボタンやリボンの構造に手惑いながらも服を脱ぎはじめた。
かつて、さばんなちほーで服の存在を知っていた彼女達は何食わぬ顔で服を脱いでいく。
しかし、これまでその存在を知らなかったアライグマとフェネックはと言うと……。
「ふぇ、ふぇふぇふぇふぇフェネック……! 毛皮が、毛皮が!!」
「アライさん、これはわたしも理解不能だよ。何がどうなってるのか……」
唖然とした表情で、目の前の衝撃的な光景にわなわなと肩を震わせていた。
そう。2人は知らなかったのだ。さばんなちほーでサーバル達を震撼させたあの出来事を。
ミライの口から飛び出したのは、フレンズの毛皮(だと思っていたもの)は服というもので、実は着脱する事が可能だという衝撃の事実。
当時まだ彼女達と出会っておらず、その現場に居合わせなかったアライグマとフェネックは"服"の存在を知らなかった。
そして今その存在を知り、あまりの衝撃に2人で抱き合いながら口をぱくぱくさせていた。
「あれぇ? ミライさん、コレどうやって取るの?」
サーバルが、蝶ネクタイ形のリボンを引っ張りながら訊ねる。
腕まである長い手袋が、なぜか片方だけ外されていた。
「う~ん、ミライさん! あたしはこれがどうにも……」
カラカルはシャツのボタンを摘まみながら、「?」が頭上に飛び出して来そうな困り顔をしている。
「ミライさん。助けて……。からまったわ」
片袖だけ腕が抜け、ボタンを外さないまま無理矢理脱ごうとしたのか、頭の羽に襟が引っ掛かったトキは、前が見えないままもがいていた。
「あらら……、やっぱりまだ服の扱いには不馴れですよね」
なんとなくこうなる予想がついていたミライは、特に慌てる事もなく、サーバル達を順番に脱がせ、3人のフレンズがあっという間に文字通り丸裸になった。
「すっごーーい! ふくを取るとつるつるになるんだね! おもしろーーーい!!」
裸になったサーバルが、きゃっきゃっとはしゃぎながら脱衣所を走り回る。
「あ、こら! サーバル! よくわかんないけど、はしたないわよ!」
カラカルはタオルを巻き、もう一枚大きいタオルを手にサーバルを追いかけた。
「あ! かりごっこ?! 負けないよー!」
「ちがーーう! まてーーーぃ!!」
逃げるサーバル。追うカラカル。その光景はまるで、ルパ〇と銭〇のようだった。
そして、そんな二人の横では、トキは不思議そうに体重計に乗ったり降りたりを繰り返していた。
「よくわからないけれど、燃えるわ……!」
細かく震える針を見つめながらトキが呟く。
重さは秘密だ。
普段と異なるフレンズ達の姿に、ただボーゼンと立ち尽くしているアライグマとフェネック。2人の元に、服を脱いでバスタオル姿になったミライがにっこりと微笑みながら近付いて来た。
「さぁ、お二人も脱いでしまいましょう!」 両手をわきわきと怪しげに動かしながら迫るミライに、アライグマの表情がひきつる。
「や、やめるのだ。なんか怖いのだ!」
「大丈夫! こわくないですよぉ~。さぁこっちへ……」
「あ、あ……。毛皮の危機なのだぁーー! あぁーーーーーーーーーーーーー!!!」
新たに2人のけものが裸にされるまで、そう時間はかからなかった。
「ふぅー。いろいろありましたが、やっぱり温泉は最高ですね」
温かい湯に身を委ねながら、ミライが染々と呟いく。その頬には、アライグマに引っ掻かれた傷が残っていた。
「アライさん。またやってしまったねぇ」
ミライから少し離れた場所で口元まで湯に浸かっているアライグマの顔をフェネックが覗き込む。
「ミライさんにはわたし達をどうにかする気は無かったみたいだよ?アラーイさーん」
「むむぅ、わかっているのだ。でも、怖かったのだ」
更に沈み、ぼこぼこと泡を立てながらアライグマが言った。
引っ掻いたのはやり過ぎたとわかっているが、なかなか謝るタイミングが掴めないでいる様子だ。
「アラーイさん」
「むぅー、わかったのだ!」
フェネックに名を呼ばれ、アライグマは決心したように立ち上がった。
そして、ゆっくりとミライの元へ向かう。フェネックは、その後ろをそっと着いていった。
「あ、あの。ミライさん。その、引っ掻いたりして、ゴメンなさいなのだ……」
尻尾を垂れ、しょぼんとした表情で、アライグマが謝る。
その様子を見てミライはふっと微笑み、大丈夫ですよ。と、アライグマの頭を撫でた。
「こちらこそ、ごめんなさい。こわい思いをさせてしまいましたね。あんまり驚かれるので、ついつい意地悪したくなってしまったんです」
許していただけますか? と小首を傾げながらはにかむミライ。アライグマの顔にぱっと笑顔が咲いた。
「うん! もちろんなのだ!」
ミライとアライグマの笑顔の元に、皆が集まる。
白く濁る水面から静かに立ち上る白い湯気を、6人の笑い声が揺らした。
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