第13話 雪山へいこう
超大型セルリアンに突っ込んだバスの運転席は、信じられないくらい丈夫な代物だった。
それまでの戦闘で疲弊し、セルリアンの身体が脆くなっていたというのもあるのだろうが、それにしたって破損が余りにも軽微だ。
ぱっと見で歪んでいるような箇所は無く、バンパーやボンネット付近の塗装がいくらか禿げたくらいで、これといった異常も見られない。
ボスの発した緊急停止信号によって、今は沈黙しているが、シグナルを解除してやればすぐにでも動かせそうだった。
ミライは、座席の後ろでエラーを起こしてフリーズするボスを放置し、運転席から降り立つ。
後ろを振り返ると、さっきまで戦っていた超大型セルリアンの巨体がサラサラと風に流されるように霧散していく所だった。
その真ん中に、バスで突き抜けた大きな穴が空いている。
ミライは、セルリアン分析装置のスイッチを捻り、倒れ伏した巨体を視界に納めた。
…………反応なし。
セルリアンの身体は霧散し続け、今では元の大きさの半分程まで小さくなっていた。
「やったんですね……」
独り言のように、ミライは呟く。
その瞬間、彼女の中に大きな喜びが沸き上がってきた。
「やった……、やりましたね! 皆さん!!」
スコールが晴れ空に変わったような気持ちで、ミライは跳び上がる。
遠くから駆けてくるサーバル達とその喜びを分かち合うかのように、やったやったと何回も叫び、駆け寄ったけもの達と一緒になって転げまわった。
パークの驚異を退けた。大好きなけもの達を守れた。彼女の大好きのこの場所を守る事ができた。
その事が本当に嬉しくて、砂まみれになる事も気にせず、けもの達に揉みくちゃにされながら笑っていた。
「ミライさん! わたしたち、やっつけたんだよね?! あのおっきいの! わたしたちでやっけたんだよね!!」
心底うれしそうな表情でサーバルはミライに飛び付く。
ミライはそれを、いつものような恍惚とした表情ではなく穏やかな笑みを浮かべながら受けとめた。
「あたしたちの力で、あんなのを倒せちゃうなんて。ミライさんはホント、すっごい人なんだね!」
カラカルが、ミライとサーバルの様子を眺めながら独り言のように呟く。
「それにしても、バスでセルリアンに突っ込んでいったのは驚いたねぇ~」
「あっ、それアライさんもびっくりしたのだ! ミライさん死んじゃうかと思ったのだ! 心配したのだ!」
フェネックの無事でよかったと言いたげな表情と、アライグマのふくれた顔を見てミライは苦笑いした。
「あはは、すみません。セルリアンの核が深いところにあったので、ああする以外の策をおもいつかなかったんです」
「でも本当に、あなたが無事でよかったわ」
トキのその言葉に、全員が頷く。
皆、笑顔だった。
そうして笑い合っていられる。ただそれだけの事が何よりも嬉しくて、大切で大好きな仲間達と何かを成し遂げられたというその達成感が、宝石のようにキラキラと輝いていた。
ミライに顔をすり寄せてごろごろと喉を鳴らすサーバル。
その姿を見守るカラカルとトキ。
両手を上げて喜ぶアライグマと、その様子に微笑むフェネック。
そして、緊張が解けてきたせいか、恍惚として「ぐへへ……」と不気味に笑うミライ。
戦いを終えた彼女達の中には、静かで暖かな心地よさだけが残っていた。
「それにしても皆さん……。だいぶ、汚れてしまいましたね」
けもの達の姿を一人一人観察しながら、ミライが呟くように言った。
たしかに、穴掘りをしたサーバルやアライグマ、フェネックはぱっと見て判るほど泥だらけになっていて、カラカルやトキも、戦いの最中に付いたものなのか、砂埃にまみれていた。
フレンズ達は、お互いの姿を見回した後、ミライの方を見て、苦笑いする。
「……ミライさんも、だいぶ汚れてますよ」
そして、皆の気持ちを代弁するように、カラカルがそう言った。
言われて、ミライは自分の身体の見える範囲をチラチラと確認する。
そして、1つ息を吐いて「ほんとですね」と笑った。
そんな泥だらけの仲間達を見て、アライグマが言う。
「水辺に行ったら、アライさんが皆を綺麗に洗ってあげるのだ!」
アライグマの言葉に、それはさすがにどうだろう? と皆がひきつった笑みを浮かべる中、ミライがふっと思いついたように手を叩いた。
「あ、そうだ! 皆さん、"温泉"ってご存じですか?」
「「「「おんせん??」」」」
4人が首を傾げ、トキが一人、「聞いた事があるわ」と言った。
「え? トキ、知ってるの?!」
サーバルが教えて教えて! と、トキに迫る。
「えぇ、わたしも、聞いた事があるだけなんだけれど……。なんでも、池のように水が溜まってる所で、その水はとても温かくて、ぽかぽかして気持ちいいらしいわ」
それを聞いたサーバルは、「えぇー」と言って顔を曇らせた。
「えぇ~、でもあったかいお水より、冷たいお水の方がおいしいよぉ」
更なる説明を求め、「なんでなんで?」迫るサーバルにトキが困っていると、ミライが代わりに説明を始めた。
「サーバルさん。温泉は、飲むものではなく、入るものなんですよ。たしかに、種類によって飲めば健康にいい、なんてものもありますが、基本は飲みません」
「えっ! そうなの?!」
ミライの説明に、サーバル「へぇー」と言いながら、興味深そうに耳を立てる。
「水に入って楽しむなんて、なんだか不思議だね! ……あっ! でも、この前、カバが水浴びしてた! あれもきもちいいのかなぁ?」
サーバルは、うみゅみゅ……と呻きながら悩むような仕草で身体を左右に揺すった。
カラカルがその様子を見てミライに尋ねる。
「ミライさん。おんせんってどこにあるんですか?」
その質問に、ミライはパークガイドらしく丁寧に答えた。
「温泉はですね、ここから少し遠いのですがゆきやまちほーの中にあります。雪が積もっている場所ですし、暖かい気候に慣れたカラカルさんやサーバルさんには、すこし寒いかもしれませんね……」
行きたいですか?と訊ねるミライに、アライグマが即答する。
「はーい! はーい! アライさんはおんそん行ってみたいのだ!」
それに続いて、他のフレンズ達も「いってみたい!」「きになるねぇ~」などと、各々興味津々といった様子で温泉への期待を寄せていた。
「わかりました! それじゃあ、雪山まで温泉旅行といたしましょう!」
おぉー! と手を上げるミライ。
本来なら、すぐにでもセントラルパークに戻って報告をしなければいけないところだが、予想より遥かに早くあのセルリアンを仕留める事ができたし、セルリアンの調査で雪山に行った事にすれば良いだろうと考え、今しばらく、サーバル達との旅を楽しむ事にした。
少しくらい別れても、パークが開園すればまた直ぐに会える。それがわかっていても、ミライの心には隠しきれぬ寂しさがあったのだ。
そんな彼女の心にかかった靄を吹き飛ばすように、5人のフレンズが「おーー!」と揃って手を上げ、ゆきなまちほーと温泉についての談義に華を咲かせていた。
じゃんぐるちほーからゆきやまちほーまではバスを使っておよそ4時間程だ。
しかし、肝心のバスはというと────
「ミライさん。これ、どうするの?」
サーバルの示す先には、バラバラになってもはや原型を留めないほどに大破したバスの後部フロアが転がされていた。
「ボスが動かないのだ……。し、死んじゃったのか?」
わなわなと震えるアライグマの視線の先には、エラーを起こしたまま立ち直れていないボス。
しかも緊急停止信号でバスの運転席まで巻き込んでフリーズしているから手に負えない。
「うぅ~ん、困りましたね……」
ミライは、顎をつまむようにして考え込んでいた。
徒歩ではとてもゆきやまちほーまでは行けない。かと言ってバスを修復するのは不可能だし、仮に運転席だけで向かうとしても全員が乗り切れるとは思えない。
なにか名案はないか……。
「あ、そうだ」
そして1つ、思いついた。
というより、思い出した。
それは、サーバル達と初めて会ったあの日、さばんなちほーとじゃんぐるちほーを繋ぐゲートに置いてきたジープの存在。
ジープならバスの運転席より大きいし、多少定員オーバーにはなるが全員を乗せる事ができる。
つい数日前、じゃんぐるちほーの中にバスの後部フロアを置き去りにしたばかりで、今度は運転席まで置き去りにしてしまう事になるが、元より後で回収に来るつもりだったから、運転席もあった方が都合がいいだろう。と、結論付け、ミライはジープを取りに行く事にした。
早速サーバル達を集め、その事を説明する。
「────という訳で、私はジープを取りにさばんなちほーのエントランスまで行ってきますので、皆さんは、ここで休んでいてください」
すぐに迎えに来ますと、ミライが話を締め括ると、トキが言った。
「でもそれだと、ミライさんに負担を掛けてしまわないかしら?」
その言葉に、サーバル達も同意する。
「そうだよ! それじゃあミライさん独りになっちゃうし、みんなで行こうよ!」
「そうだね。あたしも、サーバルの意見に賛成かな。じゃんくるちほーの中も、歩いてみたいし」
「アライさんはじーぷ? を見た事がないのだ。早く見たいからアライさんも行くのだ!」
「アライさん。突っ走っちゃだめだよ?」
そうしてわいわいと話し合う内に、皆でじゃんぐるちほーを探索しながらジープを取りに行こうという話になり、ミライ達は全員で歩いてさばんなちほーのゲートまで向かう事にした。
未だにフリーズしているボスを小脇に抱え、ミライはサーバル達に向き直る。
「えぇー、それでは。これからパークガイドミライによる、じゃんぐるちほー探検を始めます♪ みなさーん! 準備はいいですかーー?!」
「「「「「おぉーーー!!」」」」」
日が傾きはじめたじゃんぐるの中に5人の元気な声が響く。
大きな木を軽々と越えて響くその声はどこまでも明るく、茜色に色付き始めた空に負けない輝きを残して空へと吸い込まれていった。
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