第12話 最後の作戦

 ミライは、バスに向かって全速力で走っていた。

 後ろから超大型セルリアンの不気味な声が聞こえる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 荒くなった呼吸を整えながら、ミライはバスの運転席の後ろへ回り込んだ。

 そこには、運転席と後部フロアを繋ぐ連結部がある。ミライは、そこにある連結解除のレバーを力一杯引いた。

 しかし、セルリアンに攻撃された衝撃で歪んでしまったのか、レバーはびくともしない。体重を掛けるようにして全身の力を使って引いてみても、結果は同じだった。


 今回の作戦では、バスが不可欠だ。

 でも、大破した後部フロアを引きずったままでは走行できない。

 だから、切り離さなくてはいけないのだが……。



「くっ、このっ……! 外れてください!」

 しかし、歪んでしまった連結部はぴくりっともうごかなかった。


「ミライさん! 危ない!!」

 背後から聞こえてきたサーバルの声にハッとし、振り返る。

 その瞬間目の前が真っ黒になった。

 次いで全身を襲う猛烈な砂嵐。


 咄嗟に顔をかばったミライは、猛風が収まってからゆっくりと目をあけた。

 すると、目の前に巨大な黒いブロックが聳え立っているではないか。

 それは紛れもなく、超大型セルリアンがバスの後部フロアを破壊した時に飛ばしたそれだった。

 その破壊力を物語るようにブロックは地面に深々と突き刺さり、その周囲の地面をえぐっている。


 あと1メートルずれていたらと思うとぞっとした。



 「ミライさぁーーーーん!!」

 向こうから、サーバルの心配そうな叫び声が聞こえる。

 巨大なブロックに遮られ、その姿は見えない。


「私なら平気です!! 皆さんは大丈夫ですか?!」

 ミライもブロックの向こうに居るサーバル達に聞こえるよう叫んだ。

 すると、それに返って来たのは、ある意味最悪といえる状況を伝える言葉だった。


「うん! わたし達も大丈夫! でも、このセルリアン。ぜんっぜんわたし達の方を見ないよ!?」

 サーバル達を見向きもしないセルリアン。

 つまり、ヤツはミライ一人に狙いを絞って来たという事だ。


 バスの機動力があってこそ、今回の作戦は成り立つ。

 しかし、バスが動かせない今の状態では、自らの身を守る事さえ危うかった。

 何としても、バスを動かさなければ……。



 ミライは渾身の力でレバーを握り締め、全体重を掛けて引いた。

 その時だった。


 バキンッ!! と、嫌な衝撃が手から伝わって来た。

 突然支えを失ったミライは尻餅をつく。その手には、根元からポッキリと折れた連結解除用のレバーが握られていた。


「もう! こんな時に!!」

 ミライは、腹立ち紛れにレバーを地面に叩き付ける。

「ラッキーさん! いつまでフリーズしてるんですか?! そろそろ起きて────!」

 ミライは、そこまで言ってハッとした。


 ジャパリバスには、自動運転機能がある。

 それは、パークガイドロボットたるボスが来園者をバスに乗せて案内するためのものだ。

 その機能のおかげでボスは、バスを操る事ができる。

 ならば、ボスを再起動してバスと同期させれば、連結解除の操作も可能なのではないか?

 人間の手より機械の油圧の方が、何倍もの力がある。


 ミライはその思い付きを試すため、運転席でアワワワ……と、相変わらずフリーズしているボスを掴み上げて再起動のボタンを押し込んだ。




「くっ……! このセルリアンの動きをどうにかして止めないと……!」

 カラカルが、焦りからくる汗を額に浮かべながら悔しげに呟く。

 彼女の目の前の超大型セルリアンは、その禍々しい黒の巨体を左右に揺すっている。

 動く度に剥がれる石化した身体の一部が落下し、地面に鋭く突き刺さって砂煙を巻き上げていた。


 何とかダメージを与えれば動きを止められるかもしれない。

 しかし、ヤツの体表はまるで鋼鉄のように固い。

 あの図体を傷付けるには野性解放を行った上にフルパワーで爪を振るう必要があった。


 でも、今は力を温存しなければいけないから野性解放はできない。

 ミライに、指示をするまで力を残しておくようにと言われたのだ。

 彼女の指示はいつだって的確で、まるで先の事が全て見えているのではと感じてしまう程だ。


 そんな彼女の指示無しには、この超大型セルリアンを倒す事はできない。

 だから、待つしかないのだ。ミライの指示を……。



「カラカルー! わたしたち、なにもできないの?!」

 サーバルが、ミライの様子を確認しながら不安そうな声を上げる。


「あたしに言われたって……!」

 カラカルだってサーバルと同じ気持ちだった。

 だからずっと考えていた。野性解放せず、セルリアンに傷を与える方法を……。


 そして、フッと視線をあげた時に飛び込んで来たのは、大きな岩だった。

 カラカルは、その岩に向かって駆け出した。

 そしてその大岩に拳を叩き込み、砕いた。


「カラカル?!」

 突然のカラカルの奇行に、サーバルが驚きの声をあげる。



「サーバル! あ・ん・た・も────手伝いなさい!!」

 そう叫びながら、カラカルは砕いた岩の破片をセルリアンに向かってぶん投げた。

 そして、岩の破片はほぼ直線の軌道を描いてセルリアンの大きな真円形の目玉へと直撃した。

 ギィィイイイイイーーーー!! と、咆哮に近い悲鳴がセルリアンから上がり大気が揺れる。


「っしゃぁ!! ざまぁみやがれ!!」

 カラカルはその様子をみてガッツポーズを決めた。


「な、なんだかよくわからないけど、わたしもやるよ!」

「わたしも手伝うわ」

「おぉーー! フェネック、アライさん達もやるのだーー!!」

「はいよー!」

 カラカルの姿を見たフレンズ達が次々に続き、各々岩を見つけてはセルリアンに向けて投擲を始めた。


「いっくよーーー! うみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃ……、みゃーーーーーー!!」

 サーバルが、身体の倍近くもあるような岩を両手で頭の上まで持ち上げ、助走を付けながらぶん投げる。

 その岩は、寸での所で避けられた。


 しかし、その直後に真上から大きな岩が落ちてきて、セルリアンに直撃した。

 突然の衝撃に耐えきれなかったセルリアンが怯み、大きく体勢を崩す。

 その上空に目線を送ると、岩を投下した体勢のままフワフワと浮かぶトキの姿があった。


「どうやらこっちの意識はお留守みたいね」 そう呟くトキに、熱い視線を送る二人がいた。


「フェネック、今の見たのだ?!」

「みたよ~。すごかったねぇ、アライさん」

「すごくカッコよかったのだ! よぉーし、アライさんもやるのだ!」

「はいよー!」

 アライグマとフェネックは手頃な岩を探してキョロキョロと辺りを見回した。

 しかし、二人の周辺には小さな石ころや、木の枝が転がっているだけだった。


「アライさーん、投げられるものがないよ~」

「まかせるのだフェネック! こうすればいいのだ!」

 そう言って、アライグマは足元の土をすくい取り、器用な手で丸めた。すると、あっという間に土はボールの様な形に固まり、丁度投げられるくらいの大きさになった。


「おぉー、すごいねぇ。アライさん」

 フェネックが感心の声を上げる。

「そうなのだ! アライさんはすごいのだ」

 アライグマは、えっへん! と胸を張った。


「それじゃあ、アライさんはどんどん作るから、フェネックが投げるのだ」

「はいよー!」

 そうして、二人は協同で泥団子を投げ始めた。

 それは攻撃力では岩に遠く及ばないが、粘性が高く付着したら落ちにくい泥はセルリアンの視界を奪うのに最適だった。



 サーバルとカラカルの岩による攻撃。トキの上空からの攻撃。そして、アライグマとフェネックによる視界を奪う泥攻撃。

 それらの攻撃が絶妙なタイミングで行われ、セルリアンを翻弄させた。


 やがて、セルリアンは5人からの攻撃をかわす事に精一杯になり、ミライを狙う事ができなくなった。


 5人のフレンズ達は、今までミライの指示に従ってセルリアンと戦ってきた。

 その時の経験から、どうすれば上手く仲間と連携できるのか。そして、どうすれば仲間と自分の力を最大限に発揮できるのかを直感的に理解していたのだ。


 だから、彼女の指示がなくても巨大な敵と戦える。

 ミライとの出会いが、彼女との日々が、サーバル達を大きく成長させたのだ。



「みなさーーーーーーん!! お待たせしましたぁーーーー!」

 その声にフレンズ達が一斉に振り返る。

 その視線の先には、運転席だけになったバスを操り、颯爽と駆けてくるミライの姿があった。


「あっ! ミライさぁーーーーん!!」

 ミライの姿を認めたサーバルが手を振る。

 そんなサーバルに、ミライも手を振り返していた。



 砂煙を巻き上げながら駆けるバスを、セルリアンの大きな一つの瞳が捉える。

 その次の瞬間、セルリアンの尾が光を放ち、それまでの数倍の長さにまで伸びた。


 天高く掲げられたその先端が、バスに向かって鋭く振り下ろされる。


「ミライさん! 危ない!」

 カラカルの声は、じゃんぐるに轟く轟音に掻き消された。

 同時に、もうもうと立ち上る巨大な壁のような砂煙。


 5人のフレンズが注目する中、その壁を破って砂塵を巻き上げながらドリフトするバスが現れた。

 わっと上がった5人の歓声に見送られながら、ミライの操るバスはそのままセルリアンの側方に回り込む。

 そのまま鋭いターンを決めたミライは、セルリアンに対峙するように停止したバスの運転席から顔を出した。


「皆さん、いよいよですよ!」

 ミライの声が響き、けもの達がその声に注目する。

「今こそ、あのセルリアンにフレンズの力を見せつける時です! 思いっきり野性解放して暴れちゃってください!!」

 ミライの声に、野性解放したフレンズ達の瞳が輝き、獣の光を宿す。


 ミライは大きく息を吸い込み、指示を飛ばした。

「あのセルリアンを転ばせます! 各自、左側の脚の付け根を狙って攻撃してください!!」


「わかった! いっくよーー!」

「りょーかい!!」

「わかったわ」

「まっかせるのだ!」

「やっと私たちの見せ場だね~」

 サンドスターの軌跡を残し、5人がセルリアンの巨体に飛び掛かる。


 サーバルとカラカルの鋭い爪は、セルリアンの体表の固い層を難なく切り裂き、トキのはばたきによる衝撃波がセルリアンの身体を深く抉った。

 更に、回復の隙を与えずにアライグマとフェネックが追い撃ちをかける。


 反撃の隙もないまま、攻撃を受け続けたセルリアンの脚は、やがてその巨体を支えきれなくなって崩れるように折れた。

 折れた断面から、大量のサンドスター・ロウが大気に放出される。


「チュウイ! チュウイ! サンドスター・ロウ ノ ノウドガタカクナッテイマス!」

 ミライがハンドルを握る運転席の後ろで、ボスが警告を発する。

 しかし、ミライはそれを無視し、セルリアン分析装置付き眼鏡のレンズに映し出されるセルリアンの核を睨み付けていた。


 ミライがアクセルを煽ると、バスのエンジンがグォオーーンッ!と唸る。

 そして、黒いセルリアンの巨体が地面に横倒しになった瞬間、ミライはバスを急発進させた。



 咆哮を上げたエンジンが凄まじい勢いでバスを加速させ、セルリアンに向かって突進する。

「マ、マママ……、マ、マ……」

 バスの正面に迫る障害物に、ボスがバスのコントロールパネルにアクセスして緊急停止信号を送るが、もう遅い。



 サーバル達が驚いた表情で見守る中、ミライを乗せたバスはそのままセルリアンの巨体に突っ込んだ。


 勢いの乗ったバスは容易くセルリアンの体表を突き破り、その胴体を貫く。

 セルリアンを突き抜けたバスの先端には、黒く艶かしく光る石─────セルリアンの核が輝いていた。

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