第10話 作戦開始!

 暑い陽射しの昼下がり。じゃんぐるちほーの一画に、フレンズ達の声が響いていた。


「みゃーーみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみやみゃ! みゃーーーー!!」

 サーバルが自慢の爪で土を掻き、大きな穴を掘っている。

「うぉーーー! まけないのだぁーーー!」

 アライグマも、サーバルの隣で競うようにして穴をほっていた。


「ほいっ! ほいっ! ほいっ!」

 穴掘りが得意なフェネックは一人淡々と落とし穴をつくり続け、すでに二つ目に取り掛かっている。



「ミライさん、あたしたちは、次は何をすればいいかしら?」

 バスに積んできたポンプを組み立てていたミライにカラカルが尋ねた。


「そうですね。こっちの部品を留めてしまいたいので、押さえといてもらえますか?」

「よしきた!」


「トキさんは、こっちのホースを伸ばしておいてください」

「わかったわ」


 ミライの指示通りに二人が動き、ミライが工具を使って手早く手動ポンプを組み上げる。

 3人で協力した事で、ポンプはあっという間に完成した。


「さて、それじゃあ。これを川の近くまで運びますので、そっち側を持って頂けますか?」

「りょーかい! この辺でいいのかな?」

「それじゃ、わたしはこっちを支えるわね」


 ミライ、カラカル、トキが、ポンプの持ち手に各々手を添え、「せーの!」という掛け声と供に目一杯引き上げた。が、──────

「ふっ……!!」

「ぬんっ!」

「…………上がらないのだわ」


 水圧を上げるため、いろいろと改造したのがいけなかったのか。予想より遥かに重たくなったポンプは、まるでバスの床にくっついてしまっているかのように持ち上がらなかった。



「しかたありません……。バスごと川の近くに動かしてしまいましょう。ラッキーさん!」

 ミライが呼ぶと、運転席からぴょこんっと、待ってましたと言わんばかりにボスが現れた。


「マカセテ。カワノチカクニ、バスヲツケレバイインダネ?」

 そう言って再び運転席に戻ったボスがバスのエンジンを始動させ、ゆっくりとバスを後退させる。

 そして、水面のすぐ近くまでバスを寄せると、川の流れと平行にバスを止めた。


「コレデイイカナ?」

「ばっちりです! さすがラッキーさん!」



 その後、トキが吸水用のホースを川の真ん中まで運び、流れの中に沈めた。


「さて! 試験運転といきましょう!」

 ミライが放水ノズルを手に「やりますよ!」と声をあげる。

「「おぉーー!」」

 手動ポンプのハンドルを握ったカラカルとトキがそれに答えた。


「放水開始!」

 ミライの掛け声と供に、カラカルとトキが勢いよくハンドルを上下に動かす。

「おぉらおらおらおらおらおらっ!」

「ちょっと! カラカル、早いわ! 腕がちぎれる!」


 凄まじい勢いで漕がれたポンプは急速に水を吸い上げ、ミライの手元のノズルへと勢いよく水を送り込む。

 手元のメーターで水圧を確認し、ミライがノズルの弁を捻ると、ボシュゥーーーーッ! と鋭い音を立てながら水が噴き出した。

 水は綺麗な弧を描き、大きな橋があってようやく渡れるくらいの広い川を飛び越え、対岸の木の葉を濡らす。


 斯くして、セルリアンに放水を浴びせる準備は整った。




 そして、超大型セルリアンを迎え撃つためのもう1つの準備。落とし穴。

 そちらの様子を見に行こうとサーバル、アライグマ、フェネックの3人が作業する現場に行くと、そこには衝撃の光景が待っていた。


「さ、サーバルさぁーーーーん!!」

 顔を青ざめて叫んだミライの視界の先にあったのは、幾つもの穴の空いたでこぼこの地面と、そこから空に向かって生えた2本の脚だった。

 その根元からは、しましま模様の尻尾も生えている。

 まるでそこに木でも植えてあるかのようにV字に聳える脚。それは、間違いなくサーバルのものだった。


「たしけてーーー!」

 土の中からくぐもった声が聞こえる。

 そのあまりに異様な光景にしばらくミライ達は動けなかったが、何度目かにサーバルの声が聞こえた時、ハッと我に返ってサーバルを救出した。



「うぅ、ひどい目にあったよぉ……」

 土の中から掘り起こされたサーバルは半泣きでカラカルにすがり付いた。

「はいはい。こわかったねぇー」

 そんなサーバルの頭をぽんぽんと撫でてやるカラカル。心なしか、サーバルの頭からは土埃が舞っている。


「それにしても、サーバルさんが無事でよかったです……」

 ミライが、ほっと胸を撫で下ろしながら言う。


「まったく、サーバルはおっちょこちょいだなぁ」

 相変わらず震え続けるサーバルを宥めながら、カラカルは「ま、そこがかわいいんだけど」と、小声で付け加えた。


「ところで、アライグマさんと、フェネックさんは?」

 ミライの言葉に、「そういえば」とトキは辺りを見回す。

 ミライも、立ち上がって双眼鏡を覗き込んだ。つまみを調整しながら時折見る方向を変え、二人の姿を探す。


「わたしがどうかしたぁ~?」

 そんな彼女の後ろから、フェネックはひょこっと顔を出した。

「うひゃぁあ~~~~~~~~!!」

 双眼鏡を手に、前方に集中していてミライは、突然うしろから現れたフェネックに驚いて飛び上がった。



「ふぇ、フェネックさん! びっくりしたぁ……」

  ミライが目を丸くしながら「脅かさないでください」と言った。


「いやぁ、ごめんごめん。穴掘ってたら、ちょうどここにでちゃったんだよぉ」

 そう言うフェネックの足元を見ると、彼女が出てきたであろう綺麗な円形の穴が空いていた。

 聞けばフェネックは、ここら一帯の地下に沢山の穴を掘り、超大型セルリアンが来たら地面が抜けるようにしてしまったらしい。


「凄いじゃないですか! フェネックさん!」

「いやぁー、そんなでもないよぉー」

 心から感心した様子のミライの言葉にフェネックは照れ臭そうに頭をかいた。


「ところでー、アライさんは?」

 フェネックが辺りをキョロキョロと見回しながら尋ねる。その頭では大きな耳も音を拾おうと一生懸命にピコピコ動いていた。


「あれ? アライさん、さっきまでわたしの隣にいたんだけどなぁ?」

 いつのまにか復活を遂げたサーバルがフェネックの言葉に反応し、「おかしぃなぁ」と言いながら辺りを探し始める。


「もぉー、アライさんはすぐにあさっての方向に走って行っちゃうんだからー…………。アラァーーイさーーん!」

 フェネックも、アライグマを大声で呼びながらサーバルに続く。




 そして、暫く進んだ所でサーバルとフェネックは立ち尽くしていた。

 地面に大量にあいた穴。その1つから飛び出すアライグマの脚。尻尾が左右にばたばたと暴れ、土の中から僅かに声が聞こえる。


「アライさんを埋めてどうするつもりなのだーー! 早く出すのだーー!」

 どうみても、自分から埋まったとしか考えられないが、混乱した状態のアライグマは誰かに埋められたと勘違いをしているようだ。

 ばたばたともがきながら「ひきょうなのだーーー!」と叫んでいる。


「アライさーん……」

 フェネックが地面から生える脚をつつくと、ぴくっ! と反応して、土の中から「ふぇ、ふぇねっく?」と、くぐもった声が聞こえた。


「いま掘りおこすから、そのまま待っててね? アライさん」

 フェネックは言葉通りアライグマの回りの地面を素早く掘り、あっという間にアライグマを救出してしまった。



「ぷはぁっ! たすかったのだ! フェネック! アライさんを生き埋めにするひどいヤツがいたのだ! ゆるさないのだ!」

 アライグマのその言葉に、一同は苦笑いしながら目を逸らす。そんな中、フェネックだけはアライさんの土で汚れた顔を見ながらこう言った。

「アライさん。アライさんは自分で埋まったんだよ?」


 フェネックの言葉に一瞬思考が停止したアライグマが固まる。

「ふぇ?」

「土が崩れて勝手に埋まっちゃったんだよ? アラァーイさん。」


「うぇえーーーーーーーーーーー!?!!」

 じゃんぐるちほーに、アライグマ渾身の絶叫がこだました。




 アライグマが落ち着いてきた頃。ミライが辺りを見回してぼそっとこぼした。

「それにしても、随分とたくさん掘りましたね……」

 ミライの視線の先の地面は、片っ端から耕され、じゃんぐるの中に開けた広場が穴だらけになっていた。


「とうぜんなのだ! アライさん頑張ったのだ!」

 えっへんっ! と胸を張るアライグマ。

「はいはーい! わたしも、たっくさんほったよ! たのかったーー!」

 サーバルは、ぴょんぴょんと跳ねながらそう言った。


 土だらけになったサーバルとアライグマが楽しそうに笑い、カラカルとフェネックがその様子に微笑む。

 ミライとトキも、その様子を眺めて自然と笑みがこぼれた。


 やがて地面を転げ回り、「かりごっこだー!」と叫びながらはしゃぎ始めるけもの達。

「ふふふ、元気に遊ぶけもの達! すばらしい光景です!」

 それを眺めるミライは、蕩けたような表情で「うへへへ……」とよだれを垂らしていた。

 トキはその横で、「みんなの姿、うたにしたいわね」と微笑んでいる。



 その場所には平和で、何事にも変えがたい穏やかな時間が流れていた。

 この後、ここでセルリアンと戦うなど、目の前の光景からは想像もできない。

 ずっといつまでも続いてほしい。そう願わずにはいられない穏やかな時間。


 しかし、その終わりは唐突にやって来た。




 ピピピピピッ! とミライの眼鏡に内蔵されたレーダーからアラーム音が鳴り響く。

 超大型セルリアンの接近を知らせるその音に、それまで恍惚と戯れるけもの達を眺めていたミライの顔が、ハッと引き締まった。


「みなさん!! 気を付けてください! 超大型セルリアンが近づいています!」

 ミライの声に、サーバル達はかりごっこを止め、ミライを見る。


「ここにいると危険です! いちどバスの辺りまで下がってください! トキさん!!」

 ミライの指示にサーバル達がバスに向かって移動を始め、トキが翼を広げた。


「わかったわ。ミライさん、きっと倒しましょうね……!」

 トキのその言葉にミライが頷き、「パッカーン! といきましょう!」と拳を握る。


「……そうね。いってくるわ!」

 そう言葉を残し、トキは勢い良く空へと舞い上がった。

 ミライは、青空にサンドスターの七色の軌跡を残しながら飛び去るその姿を見送る。



「トキさん、がんばって……!」

 どんどん小さくなる白い背中に、ミライは呟き、サーバル達と合流するべくバスへと走った。




 ミライが後部デッキからバスの中に入ると、そこにはトキを除く四人のフレンズ達が、緊張した面持ちで待機していた。


「いよいよだね……! ミライさん!」

 サーバルが言う。

「そうですね……! いよいよです! みなさん! もう一度、作戦を確認します」


 ミライの周りに集まったけもの達が、その言葉に耳を傾ける。

 そして、作戦の確認が終わると皆、頷いた。




 遠くから、トキの歌が聞こえてくる。その合間に聞こえる不穏な音は、超大型セルリアンがじゃんぐるの木を踏み倒す音か。

 次第に迫るその音を聞きながら、サーバル達は心配そうに窓の外を見ている。


 やがて、木々の隙間から真っ黒な巨体が姿を現した。改めて光の下で見ると、それはとてつもなく大きく、見ただけで身震いしてしまうような禍々しいオーラを纏っといた。


 ミライは、緊張をほぐすように1つ深呼吸をしてから、こう宣言した。


「みなさん! 作戦開始です!!」



 ジャパリパークの未来を賭けた、超大型セルリアンとの戦いが始まった。

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