第9話 作戦会議

 しんりんちほーの森の夕暮れ。紅く色付いた景色の中に、静かに佇むロッジがある。

 その一室に、蝋燭の柔らかな明かりが灯っていた。



「さて、そろそろ大丈夫ですかね?」

 そう呟いたミライの手元には、水没してから沈黙しているラッキービーストの姿がある。

 バッテリーボックスの蓋が空けられ、横には新しいバッテリーが置かれていた。


 ミライは、慎重にバッテリーを挿し込み、しっかりと蓋を閉じる。

「よし……、ラッキーさん! 始動!!」

 そんな掛け声と供に、ミライはボスのスイッチを入れた。

 ボスの目が緑色に光り、ピロロッピー♪と、コミカルな起動音が鳴る。

「プログラムノキドウヲ、カイシスルヨ。ゼンカイノキンキュウシャットダウンニヨルダメージヲカクニンチュウ……」

 ボスの耳が黄色く点滅し、目が虹色に光り、プログラムの確認を音声で知らせた。


「プログラムニイジョウナシ。キロクヲサンショウ。GPSヲドウキ。システム、フッキュウカンリョウ」

 ボスは、プログラムの復旧を知らせると、今度は活動の為の再起動を始める。

 そして、ピルルル……と電子音を鳴らしながら起動を終えると、そこから1拍おいて目の前のミライに向き直った。

「ヤァ、ボクハラッキービーストダヨ。キミノナマエ、オシエテ?」


「私は、パークガイドのミライです。認識番号は77911……、であってたかしら?」

「ファイルヲサンショウチュウ。パークガイド、オヨビ、パークチョウサタイチョウノミライ。カクニンシマシタ」


「よかった! 合ってたみたいね♪」

 ミライは、「ラッキーさん復活!」と喜んだ。が、目の前のボスを見て違和感を覚える。


「あれ? ラッキーさん? 私、録画なんて頼んだかしら?」

 ボスの目の奥がいつの間にか緑色に光り、そのつぶらな瞳のカメラで目の前の景色を録画をしていた。


「えぇー、こほん! 録画終了」

「ロクガシュウリョウ。ファイルNo.01ニホゾン…… 。エラー! エラー! エイゾウガタダシクキロクサレテイマセン!」

 先程の映像を記録し、チェックをしていたボスが警告を上げる。

 勝手に録画を始めて、あげくの果てに記録に失敗……。これは──────

「うぅ~ん、まだ水が抜けきってなかったんでしょうか? いずれにせよ、防水性を見直す必要がありそうですね……」


 ミライは一人呟き、その独り言に、ボスは律儀に「ダイジョウブダヨ」と返答していた。




 ボスの防水性問題が明らかになってから数分後、サーバルとカラカルが、他の3人を連れて戻ってきた。


「あ! ボスがうごいてる!」

 真っ先にボスが動いているのを発見したサーバルが「なおったんだね!」と声を上げる。


「あぁーー! ボスゥー! よかったのだーー! 死んじゃったかと思ったのだーーー!」

 ボスの復活を知ったアライグマが、泣きそうなのか嬉しそうなのか判らない複雑な表情で叫んだ。

「よかったねぇー。アライさぁーん」

 いつも通りの間延びした声でフェネックが言った。



 それからしばらく和やかな会話が続いた。いつまでも、そうしていたい気持ちは強かったが、話が一段落した所で、ミライが本題を切り出す。

「えぇー、みなさん! 昨晩の出来事。あのセルリアンの大群との戦闘により、私達はセルリアン対策の第一人者として抜擢されました。今、パークの未来は、私達に委ねられていると言っても、過言ではありません」

 真面目な顔で話すミライを見て、けもの達は話の流れを察して静かに話を聞いていた。


「これから私達は、あの超大型セルリアンを追い、調査し、最終的には、撃破しなくてはなりません」

 ミライは一度深呼吸をし、改めて全員の顔を見渡してから言葉を続ける。


「正直、とても危険な任務です。何度もセルリアンと接触し、戦う事となります。それでも、私に付いてきてくれますか?」

「あたりまえだよ!」

 ミライの言葉が終わると同時に、サーバルが即答した。

「あたし達は、元より自分から手伝うって決めて、ミライさんに付いてきたからね」

 カラカルがそれに続く。


「わたしは、わたしの歌が役に立つなら、あなたの好きに使ってほしいわ。……それに、パークが平和になったら、わたしの歌でフレンズ達に知らせて回らなくちゃいけないものね」

 トキも、二人に続き「どこまでも付いていくわ」と言った。


「パークの危機なら、アライさんにお任せなのだぁーーー!」

「アライさーん、また明後日の方向に走っちゃダメだよ?」

 アライグマとフェネックも、「つていくよ」と言う。


 皆の言葉に、ミライは無言で頷いた。



 全員の意思を確認したところで、ミライは話を本題へと進める。

「これまでの調査で明らかになっているのは、セルリアンは、本体を一定以上削る。あるいは、体の何処かにある核を破壊することで倒せるという事です」

 ミライは、けもの達が話に付いて来られているか、一人一人の顔をみまわして確認してから、話を続けた。


 セルリアンの特徴。形状や体色で見分けられる行動パターン。そういった情報を、サーバル達が理解できるように、ミライは一つ一つ丁寧に説明してゆく。

 しかし、体色の黒いセルリアンの出現には前例が無く、直接有益となり得る情報は限られていた。


 だからこそ、ミライは考える。

「セルリアンには、全ての個体に共通する特徴が幾つかあります。それは、最初に上げた二つの倒し方があること、そして、水を掛けると石になってしまう。という事です」


「えぇーー! 石になっちゃうの?!」

 始めて知るセルリアンの特徴に、サーバルが驚きの声を上げた。

 他のフレンズ達も、各々驚いた表情でミライを見詰めていた。


「なら、大量の水を掛けちゃえばそれでおっけーってこと?」

 フェネックが間延びした声で「雨が降ったら解決だねぇ」と言った。

 普段、暴走しがちなアライグマと行動を供にし、彼女をサポートしているからなのか、フェネックの洞察力と理解力は他のけもの達より頭1つ抜けていた。


「おぉーー! さすがフェネックなのだ!」

 そんなフェネックの意見に、アライグマが「やっぱりフェネックはすごいのだ!」と目を輝かせる。


 ──────しかし、

「えぇ、確かに水を掛ければセルリアンは石化します。しかし、それにはある条件が必要なんです」

「条件?」

 ミライの話と、フェネックの推測を興味深そうに聞いていたカラカルが訪ねる。


「はい。セルリアンを石化させるには、"水と同時に塩を掛ける"必要があるんです」

 だから、セルリアンは海を嫌う。海辺でのセルリアンの目撃例が極端に少ないのは、このためで、セルリアンは海水に触れるとたちまち石化してしまうのだ。


「原理は、たしか……。セルリアンの体表の金属質殻部が急激に劣化してどうとか……」

 ミライも、研究員達から聞いた詳しい話は忘れてしまったが、塩と水によってセルリアンが石化するのは確かだ。


「うぅん……、ミライさん。それで、どうすれば、わたしたちはあのセルリアンを倒せるのかしら?」

 トキが尋ねる。



「そうですね! そろそろ、皆さんもセルリアンの特徴を理解できたという事で! こちらをご覧ください」

 ミライはそう言って、ジャパリパーク全域の地形とちほーの位置が示された地図を広げた。

 元々来園者向けのパンフレットとして配る予定の地図なので、最低限の情報だけに簡略化されているのだ。そのため、始めて地図を見るけもの達でも、理解しやすかった。


「現在私達がいるのはココ。しんりんちほーの"ロッジアリツカ"です。そして、昨日セルリアンと戦ったのがココ。セントラルパークです」

 ミライは地図上で説明しながら、ペンを走らせ、必要な情報を書き込んでいった。


「セルリアンは、サンドスター・ロウを体内に取り込む事で、体を維持し、行動する事を可能にしています。あれだけの大きな体では、長時間補給なしで居れば、いずれ消滅してしまうでしょう」

 だから超大型セルリアンは、サンドスター・ロウの放出される火口へと向かうはずだ。ヤツがフィルターを破壊した事が、それを裏付けている。


「セントラルパークから最短で山へと向かうには、さばくちほーと、じゃんぐるちほー、高山は避けるでしょうから、へいげんちほーかみずべちほーを通ると思われます」

 ミライは、セントラルパークから火口まで一直線に線を引き、険しい岩山が続くこうざんちほーにバツを付け、迂回ルートを書き込んだ。

 超大型セルリアンの移動速度は遅い。セントラルパークから去った時と同じ速度で移動していれば、今頃はまださばくちほーの真ん中辺りにいるはずだ。


「私達は、これからじゃんぐるちほーに向かい、そこを通る超大型セルリアンを迎え討ちます。作戦はこうです──────────」

 まずは、トキの歌でセルリアンを引き寄せる。この時点で、落とし穴を用意しておき、そこへ足を沈ませる。

 上手く落ちたら、そこへ放水を浴びせる。これは、手動ポンプで川から水を汲み上げて行う。ポンプを漕ぐのはアライグマとフェネック。ホースの操作は、ミライが行う。



 じゃんぐるちほーの土には、塩分が含まれているのは、一部の者の間では有名な話た。じゃんぐるちほーに住むアクシスジカが土を舐めるのはそのためだ。


 水と塩、この二つが揃った時、セルリアンは石化する。

 ジャングルの土に足を突っ込んだセルリアンに放水を浴びせ動きを封じた所で、サーバルとカラカルに同時攻撃を仕掛けてもらい、核を破壊して仕留める。


 それが、ミライの考えた作戦だった。



「すごい……! すごいや! ミライさん!!」

 一通りの説明を聞き、サーバルが「すっごーい!」と言った。

「うん、たしかに。これならあたしたちの力で十分にできる」

 カラカルが力強く頷きながら、そう言葉を漏らす。


「ちょっと不安だわ。うまくできるかしら?」

 今回、作戦の重要な役を担うのはトキだ。セルリアンの誘導に失敗すれば、落とし穴も放水も意味を成さなくなる。その緊張は、もっともだった。


「大丈夫だよ! トキならできるよ!」

 そんなトキを励ますように、サーバルが声を掛ける。

「うん。サーバルが言うんだ。間違いないよ!」

 カラカルもそれに続く。


「アライさんもいるのだ!」

「わたしもいるよぉ~」

 「応援してるのだ」と、胸をはるアライグマと、優しい表情で微笑むフェネック。


「みんな……、うん! わたし、やれる気がして来たわ!」

 トキが、それまでの沈んだ表情が嘘のように明るい笑顔になる。



「元気をくれたみんなに、お礼の歌を──」

「わ、わぁーーー! まってまって!!」

 歌おうと、息を吸い込んだトキを、サーバルが止めた。


「ほ……、ほら! そういうのは、セルリアンをやっつけてからにしようよ!」

 サーバルがそう言うと、アライグマとフェネックも、うんうん! とすさまじい勢いで首を縱に振った。



 そんなフレンズ達のやりとりを見て、ミライが微笑む。

「ふふっ、それじゃあ、作戦成功後の楽しみもできた事ですし、作戦開始といきましょう!」

 拳を突き上げ「パッカーン! と撃破しましょう!」と気合いを入れたミライに、合わせ、サーバル達も拳をつきあげる。


「ぱっかーーんだね!」

「おぉーーー!」

「やってみせるわ……!」

「おまかせなのだーーぁ!」

「はいよぉーー」


 掛け声が揃わず、「しまらないなぁ」等と笑いながら、6人部屋を出る。

 そして、バスに乗り込むとじゃんぐるちほーに向けて走り出したのだった。

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