第8話 ロッジ

 鮮やかな黄色のジャパリバスが、木漏れ日のトンネルを駆け抜ける。

 昨日、夜を徹してのセルリアンとの戦闘があった事など微塵も感じられない穏やかな時間が流れていた。


 あの後、ミライはセントラルパークに乗り付けたバスとは別のバスを車庫から引っ張り出し、直ぐに出発した。

 前に使っていたバスは、後部フロアをじゃんぐるちほーに置き去りにしてきてしまったため、全員が乗り切れなかったからだ。


 園長は、「他に残る職員も居るし、本部棟の部屋を自由に使ってくれて構わない」と、言ってくれたが、ミライはそれを断ってセントラルパークを出る事にした。

 確かにこの上なく疲れているし、直ぐにでも休みたかったが、あの場所は戦闘を行った場所でもあり、完全に休める環境ではないと判断したのだ。

 実際、サーバル達は本能からくる警戒心なのか、セルリアンが去った後も終始落ち着かない様子で耳をぴくぴくと動かしていた。



ジャパリパークの園内には、来園客がフレンズと一緒に泊まれる宿泊用の施設がある。

 そこなら、各種動物の巣を真似た形態の部屋が用意されているので、サーバル達も休みやすいはずだ。


 バスはミライ達を乗せ、一路宿泊施設のあるしんりんちほーへと向かう。

 運転席ではミライがハンドルを握り、木々に囲まれた複雑な道を迷い無くバスを操っていた。

 その後ろからは、5つの静かな寝息が聞こえる。

 振り返ると、後部フロアで眠るフレンズ達の姿があった。皆バスに揺られながら、思い思いの場所で気持ち良さそうに眠っている。

 いつも真っ先に目を覚まして騒ぎ始めるサーバルも、今はカラカルと一緒に丸くなって眠っていた。


「ラッキーさんが運転してくれれば、私も一緒に眠れるんですけどね……。残念です」

 ラッキーさんこと、パークガイドロボットのラッキービースト(またの名をボス)は今、浸水のため休養中だ。

 バッテリーを抜かれ、バランサーも働いていないため、バスがカーブを曲がる度にコロコロと転がっている。


 ミライは、1つ大きくあくびをすると、気合いを入れ直すようにハンドルを握り直し、アクセルを踏み込んだ。




 やがて昼も近くなった頃、しんりんちほーの森の中。その木々の間に、木で組み上げられた大きな建物が見えてきた。

 そこへ至る道の脇に「ロッジ アリツカ」と、書かれた看板が見える。ここが、今日の目的地だった。


 ロッジアリツカは、その名の通り蟻塚をイメージして造られており、いくつもの小屋が渡り廊下で繋がれた作りになっている。地上から木の上、地下まで。様々な所に様々な環境の部屋が用意されていた。


 そのど真ん中に、一際大きい六角形の建物がある。そこが、ロッジアリツカの玄関口であり、食堂やレクリエーションルームを備えたエントランスホールとなっていた。

 ミライ達の乗ったバスは、その建物の前に静かに止まった。


「ふぅ、着きましたね……」

 疲労の浮かんだ表情で、ミライが呟いた。

 その声に反応したのか、後部フロアで眠っていたサーバルの耳がぴくっと動き、ゆっくりと起き上がった。


「うみゃ……。どうしたの? ミライさん」

 眠そうに目を擦りながら起きたサーバルは、寝ぼけた顔のままで辺りをキョロキョロと見回す。

 そんなサーバルに、ミライは優しく微笑みかけた。

「あ、サーバルさん。おはようございます」


「おはよう。ミライさん……。あれ?! なにあれ! なにあれ!? すっごーーい!」

 ついさっき起きたばかりだと言うのに、サーバルは目の前のロッジを見付けるなり、興味津々といった様子で目を輝かせた。

 はしゃぐサーバルの声に、他のけもの達ものそのそと起き始め、何事かとバスの外を覗く。

「あ、みなさんおはようございます! ここが、私たちの活動の拠点となる、ロッジアリツカです♪」

 まだ眠そうなけもの達に、ミライは取り合えず中に入って休みましょう。と、提案する。


「さんせーい」

 寝惚けた表情のけもの達の中で、フェネックだけが間延びした声でそう答えた。

 サーバルは相変わらずロッジに興味津々で、今にも走って行ってしまいそうだ。

 普段ならカラカルが止めるのだが、肝心の彼女はボケーッとした顔で空中を眺めていた。


「サーバルさん。すみませんが、荷物を運び入れるの手伝ってもらえます?」

「もちろん! どんどん運んじゃうよーー!」

 ミライの申し出に、サーバルは任せて! と、胸を叩いた。



 バスを玄関横の空いたスペースに停め、荷物をもってエントランスホールへと足を踏み入れる。

 中は外見以上に広く感じられた。


 空間の中央に立つ1本の大きな柱、天井を高くする為剥き出しになった屋根を支えるはり、レトロな雰囲気の大きな窓。

 その空間の中程には、衝立で区切られた食事スペースがあり、開放的な窓際にはお洒落なテーブルセットが並んでいた。



「おぉー! 広いのだ!」

「よかったねぇ、アライさん」

 少し歩いて眠気が飛んだのか、アライグマが関心の声を上げた。

 フェネックは適当に返答している様にも聞こえるが、その瞳は穏やかにアライグマを見詰めていた。


「みなさん! 客室はこっちですよ!」

 ミライが、各客室へと続く廊下の1つの入口で手を振っていた。

 荷物運びを手伝うサーバルはその隣で「はやくはやくぅー!」と二人を急かし、カラカルがその様子を見て苦笑いしている。


 トキは、テラスに続く扉を眺めながら「ここで歌ったら気持ち良さそうね……」と呟いていた。




 廊下を歩きながら、ミライは大きくあくびをする。

「ミライさん、眠そうだね? もしかして、夜行性だったの?」

 サーバルのその質問に、ミライは苦笑いしながら答えた。

「夜行性ではないですが、そうですね……。少し眠たいですね。昨日の夜から休めていないので、少し疲れてしまったんです。私は少し休みますので、皆さんもお好きな部屋で休んでください。ジャングルの様な部屋や、穴ぐらのような部屋、サバンナみたいな部屋もありますよ?」


 ミライの言葉に、「おぉー!」とアライグマが目を輝かせ──────

「すごいのだ! ふぇねっく! 探しにいくのだ!」

 一人でドタドタと走って行ってしまった。

「あ、まってよ! アライさぁーーん!」

 フェネックが慌ててその後を追い、二人はあっという間にどこかへ行ってしまった。


 すると、トキも──────

「わたしは空が見える部屋がいいわ。ちょっと探してくるわね」

 そう言ってどこかへとふよふよと飛んで行ってしまう。



「サーバル。あたし達はどうしよっか?」

 他のフレンズ達が各々部屋を探しに行ってしまい、ミライとサーバルと供に取り残されたカラカルが言った。


「うぅ~ん、そうだなぁ……」

 サーバルは大きな耳を揺らしながら考える仕草をする。

「わたし、よくわかんないから、ミライさんと同じ部屋がいいな!」

 そして悩んだ末、サーバルはそう言った。


「わかりました。それじゃあ、風通しが良さそうなので、そっちの……」

 答えかけたミライの言葉が、そこで止まる。

「え? サーバルさん。一緒って……?」


「あれ? もしかして、迷惑だったかな? ミライさん疲れてるって言ってたから……。ほら! 一緒に寝るとあったかいし。でも、ミライさんが嫌なら──────」

「そんな事ないです!!」

 サーバルの言葉を遮るように、ミライは「嫌だなんてとんでもない!」と言った。


「寝ましょう! 一緒に! ぜひ!! カラカルさんも一緒に!」

 つい先程まで眠そうな表情をしていたミライが目を輝かせ、鼻息を荒くしながら一気に捲し立てる。

 突然の事に、サーバルは少し驚きながらも「そうだね!」と笑顔を見せた。

 カラカルは、ミライの勢いに引き気味になりながら、「サーバルがそれでいいなら」と言った。



 部屋に入ると、ミライは早速手荷物を机の脇に置いた。

 部屋の中には、机の他に小さなクローゼットやソファー、チェストが備え付けられている。

 そして、森を臨む窓の下にベッドが置かれていた。


 ミライは手早く荷物を解くと、帽子と眼鏡を机に置き、ベッドに飛び込んだ。

「さぁ! サーバルさん!」

 そして、ベッドの端に寄ると自分の隣を「カモンッ!」と叩いた。


 それに答えるようにサーバルもベッドに飛び込む。

「よぉーし! うみゃーーー!」

 ボフッと真っ白なシーツの上に着地したサーバルはミライを真似てベッドの端に寄り、空いたスペースをぼすぼすと叩いた。


「ほら! カラカルもおいでよ! ミライさんの隣、すっごくあったかいよ!」

 その言葉にカラカルは苦笑いしながらも、「よーし、いくよー!」と言って勢いよくベッドに飛び込んだ。



「えへへ、3人だとちょっとせまいね」

 確かに、サーバルの言う通り、ベッドの上で3人が川の字になると少々手狭で、意図せずとも互いの身体が密着状態になる。


「そ、そうですね。私は一向に構いませんけど。うへへへへ……」

 セルリアンの大群と対峙し、サーバル達を毅然と指揮した面影はどこ吹く風。ミライは恍惚とした表情でただただ幸せそうに頬を染めていた。


「サーバル。もうちょいそっち詰められない?」

「む、ムリだよぉ! 落っこちちゃうよ!」

 カラカルとサーバルが、互いに「詰めろ詰めろ」と言い合う。

 二人の間にはミライが居るため、彼女を挟んでおしくらまんじゅう状態になっていた。


「まぁまぁ、お二人とも、少しくらい私と重なってもいいですから!」

 少しムキになって言い合いを始めた二人に、ミライが言う。

「え、でもそれじゃあミライさんが……」「重なったりなんてしたら、ミライさんが寝苦しいような……」


 そう言うサーバルとカラカルに、ミライはこう返す。

「いいんですよ! むしろありがたいです! 合法的にけものと! しかも二人同時に添い寝できる! この機会、逃す事はできません!!」

 欲望を隠そうともしない、力強い一言だった。



 ミライの言葉にサーバルとカラカルは「いつものミライさんだ」と笑いながら、彼女に寄り添うように、ぴったりと身体を寄せた。


 そのまま、サーバルとカラカルは静かな寝息を立てて眠り、ミライは、半開きの口からよだれを垂らしながら恍惚とした表情のまま眠っていた。




 朝と言うには遅く昼と言うには早い。

 そんな時間のロッジには、どこまでもゆったりとした時が流れ、6人の疲れを確実に癒していった。

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