第6話 フレンズ

 湖畔での昼下がり。

 昼食を食べ終えたフレンズ達は、バスの後ろでベンチに寝転がったり、デッキで丸くなってみたり、思い思いの場所で昼寝をしていた。

 水没したボスは、一番陽当たりの良いバスのボンネットで日光浴をしている。

 バスの中には、ミライ一人だけが、見当たらなかった。



 湖畔に独り佇んだミライは、ウエストポーチから伸びる通信機のレシーバーを握り締め、陽光で銀色に輝く水面を見詰めていた。

『──…───本部はこれより、緊急会ぎ…───開くこ…になった。パークにいる全職員は至急、セントラル…────かい議室へ集合。くりかえす───────…』

 ミライの手の中のレシーバーからは、無機質な録音放送がループ再生されたものが流れていた。


 セルリアンの大量出現を、各ちほーを廻ってフレンズ達に報せる任務に当たっていたミライは、本部まで無線の電波がギリギリ届く範囲まで来ていた事を思い出し、経過報告をしようと無線機の電源を入れた。

 その瞬間流れてきたのが、その音声だった。


「本部。本部。こちらミライ。取れますか?どうぞ────」

 ミライは、無線の送信ボタンを押し、返答があるまで何度も電波を送り続けた。

 しかし、誰からも返答はなく、ただ録音放送の音声が流れるばかりだった。



「信じられません!!」

 誰にともなく、ミライは怒鳴り声を上げた。

 ハッとしてバスを振り返るが、その車内で静かに眠るけもの達が起きた様子はなかった。


「本当に、信じられません……」

 小さく呟く。

 放送されていた内容。それは、セルリアンの大量発生はサンドスター・ロウの濃度が急激に上昇した事が原因ということ。

 サンドスター・ロウの放出を抑えるために火口に設置したフィルターが何者かによって破壊されたこと。

 すぐに調査班を向かわせたこと。

 そして、調査班が超巨大なセルリアンと接触し、連絡が途絶えたことだった。


 本部は緊急会議を開き、全職員を召集。

 しかし、ここからバスを走らせどんなにいそいでも半日は掛かる。もう会議には間に合わないが、本部へは帰らなくてはいけない。



 サーバル達とはここでお別れだ。連れてはいけない。

 きっと、巨大なセルリアンと戦う事になるから。


「ごめんなさい。みんな……」

 何も知らずに眠るけもの達の顔を眺め、そっと呟いた声は、静かに風の中へと溶けた。




 むしむしとした暑さに不快感を覚え、サーバルは目を覚ました。

 ゆっくりと体を起こし、辺りを見回すと、何故かじゃんぐるの中に居た。

「みゃみゃ?!!」

  直ぐに隣で眠っているカラカルを起こす。

「カラカル! 起きて!! 大変だよ!」

 サーバルの声に、アライグマ、フェネックも目を覚まし、いきなりじゃんぐるの中に置き去りにされている事に目を丸くした。


「ねぇ、サーバル。ミライさんは?」

「わからない……。あ! これ!」

 見当たらないミライの姿を探し、見付かったのは、扇風機に貼り付けられた1枚の手紙だった。

 そこには、ミライが一緒に居られなくなった理由と、それぞれのちほーに帰っていつもの生活に戻ってほしいというメッセージ。それぞれの縄張りの中間地点までしか送れなかった事へのお詫びが書かれていた。


 しかし、────────

「ねぇ、カラカル。何て書いてあるの? これ」

「うぅ~ん。あたしもちょっとこれは……」

「アライさんも、判らないのだ……。フェネックは?」

「これは無理だよぉー。アライさーん……」


 フレンズ達は、文字が読めなかった。

 しかしごく一部だが、文字の読めるフレンズがいる。それは──────

「この手紙。博士の所へ持っていったらどうかしら?」

 トキの提案に、それだ! と、皆が同意する。

 博士とは、フレンズ達をまとめる長(おさ)の役割を担っているアフリカオオコノハズクのフレンズだ。普段は、助手のワシミミズクと一緒にジャパリ図書館にいる。


 サーバル達は、早速図書館を目指して移動を始めた。


 じゃんぐるには、運転席が取り外されたバスの後部フロアだけが取り残されていた。




 ミライは、運転席だけになったバスを操り、園本部や遊園地などの施設が固まったジャパリパークの玄関口。セントラルパークを一路目指していた。

 重たい後部フロアが無いバスは、その可愛らしい見た目とは裏腹にキビキビと走る。

 椅子の後ろに詰め込んだ荷物が車体が跳ねる度にがちゃがちゃとなり、間に押し込まれたボスが荷物と一緒に揺れていた。



 ミライを乗せたバスの運転席は、様々なちほーを抜け、山や谷を迂回し、森を突き抜けて走り続けた。

 そして、セントラルパークへ着く頃にはすっかり陽も堕ち、夜も更けて空にはたくさんの星が瞬いていた。


 ミライは、本部棟の前にバスの運転席部分で乗り付けると、荷物もそのままに玄関へと走る。

 受け付けの居ないエントランスホールを駆け抜け、階段を駆け上がり、廊下を疾走して、両開きの扉を押し退けるようにして会議室へと飛び込んだ。


 暗い廊下から、煌々と電気の灯る会議室に入り、急激な光を浴びたために目が眩む。


「ミライ君か?」

 その場の全員が注目する中、ミライにそう声を掛けたのは、一番奥の席に座った人物だった。

「園長……」

「ちょうど今。協議の結果が出た。残念だが、当園の職員を一部撤退せざるを得えないようだ」


 撤退という言葉にミライは絶望にも似たものを感じた。

「まぁ、適当な席に座りなさい。これから、園に残す人員を決める。落ち着いて話を聞いてほしい」



 会議は順当に進み、残される人員が次々と決まっていった。


 これまでセルリアン対策班として活動していたメンバー。

 園長を始め指揮に必要な者。

 そして、パークガイド兼パークの調査隊長として、ミライの名も上げられた。


 しかし、──────

「ミライさんには、撤退組に入って欲しいですな」

  そんな意見も上がった。

「いくら調査隊長を任されていると言っても、彼女はまだ若い。言い方が悪くなるが、この事態において女にできることは限られているし、彼女の将来のためにも、ここは1つご検討を」


 ミライは、それに反論する。

「私はそうは思いません!」

 思わず声を荒げてしまい、ミライはハッとした。

 見ると、まさか本人からここまで強く反対されるとは思わなかったのか、意見を出した職員は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情になっていた。


「お気遣いは大変うれしいですが、私はそうは思いません……。私は、パークの調査隊長としてこれまで調査をしてきました。パークの地形は、誰よりも理解しています。それに、私はこれまで、調査の為に沢山のフレンズ達の力を借りてきました。私はけものが好きです! 大好きです!! 彼女達と触れ合う時間は、何事にも代えがたい至福の時間です! 私はこれまで、沢山の幸せを彼女達に貰いました!」

 ミライは1度そこで言葉を区切り、荒くなった呼吸を整えた。

「私はそんな彼女達を、セルリアンという驚異に晒したままでは、ここを去る事はできません」


 会議室がしーんと静まり返った。



 誰かが息を吸う音がやけに大きく聞こえた。

「だが、──────」

 どこかの職員の一人が口を開いた。

 その瞬間だった。


 建物が大きく揺れた。

 あちこちで悲鳴が上がり、倒れた机からバサバサと資料が散らばる。

 ミライも椅子から転げ落ち、床に尻餅をついたが、幸いにも怪我は無かった。



 職員が一人、窓の外を見て叫ぶ。

「セルリアンだーーーーーーーー!!」


 その声に会議室は騒然となった。

 ほとんどの者はパニックに陥り、行き場の無い会議室の中で右往左往していた。


 対して、セルリアンの出現に馴れた者は直ぐに動き出していた。

 セルリアン対策班の職員が、銃を手に次々と部屋を飛び出して行く。



 ミライは窓辺へと走り、ブラインドをこじ開けるようにして外を見た。

 そこに見えたのは、森から本部棟へ向かってくるセルリアンの群れだった。

 体色は赤いモノが多く、その殆どが人の背丈よりも大きい中型以上のセルリアンだった。

 体高が3メートルを越えるような大型のものも複数見受けられる。


 あれだけの大きさだと、対策班が所持する猟銃程度では対応し切れない。


「! あれは……!」

 窓から外を見ていたミライは、反対側の森から走り出てくる人影を見付けた。頭に大きなけものの耳。間違いなくフレンズだ。


 しかも、それは──────

「サーバルさん……! なんで!?」



 ミライは突然現れたそのフレンズの姿に戸惑い、迷いながらも窓辺を離れ、会議室を飛び出した。


 ミライは薄暗い廊下を走り、階段を駆け降りた。真っ暗な中で足元が見えず、何度もつまずいて転びそうになりながら、1階のエントランスホールへと飛び出す。


 突如現れたミライの姿に、机を積み上げてバリケードを構築していたセルリアン対策班のメンバーがギョッと目を向いた。

 そのバリケードの先、玄関扉の向こう側では、セルリアンがひしめき合っていて、建物に何度も体当たりをし、今にもガラス扉を突き破ろうとしていた。


「ごめんなさい! 通るわね!」

 対策班の制止を振り切り、ミライはバリケードを飛び越える。そのまま玄関に向かって走り、扉には向かわず、その横の柱へと向かって一目散に走った。


 その柱には、備え付けの梯子がある。それを上ると、天井付近の点検口へと続いていて、点検口の蓋を空ければ玄関の屋根の上へと続いている。


 ミライは梯子を素早く昇ると、点検口に鎖で縛り付けられた「立ち入り禁止」の看板を外し、ハンドルを回して重たい蓋を押し開けた。



 屋根の上に立ったミライは、そこから地面を見下ろす。

 そこに見えるのは、セルリアンの大群。


 遠くを見据えれば、森から未だに尽きる事なく出てくるセルリアンの群れがどんどん地面を覆い尽くしている様子が夜闇の中でも鮮明に見て取れた。それはまるで、大地がまるごと蠢いているような光景だった。



 一通り状況を確認したミライは、セルリアンから目を移し、これから向かうべき方向を見据える。

「あとはここから──────」

 建物の裏手に回り込める設備点検用の足場がある。

 そこを通って地上へ降りれば、サーバル達と合流する事ができる。

 そう考え、ミライは駆け出した。


 あと数歩で、デッキの手摺に手が届く。

 そんな所まで来た、その瞬間だった。




 足の下から、フッと地面の感覚が消えた。

 何度もセルリアンの体当たりを受けた玄関は遂に崩壊し、屋根もろとも崩れ去ろうとしていたのだ。


 急速に落下する身体。眼下には、セルリアンの群れが迫る。

 手近に掴めるものもない。


 成す術もなく、死の恐怖だけがミライの頭の中を駆け巡り、彼女はぎゅっと目を閉じた。



 ……しかし、ミライの身体は急激に落下の速度を落とし、セルリアンの群れに呑み込まれる前に、止まった。



「危ないところだったわね」

 頭上からの声。


「ト、トキさん?!」

 上を見上げるとトキの顔が間近に見えた。

 彼女は、ミライの脇に腕を回し、抱えるようにして空を飛んでいた。


 そのままトキは空を舞い、ミライを連れて、四人のフレンズの待つ地面へと降り立つ。

 そこに揃ったけもの達は皆、穏やかな表情で、ミライを見詰めていた。


「えっへへ、来ちゃった」

 サーバルが言う。

「あたし達を置いて行くなんて、ひどいですよ。ミライさん」

 カラカル。

「アライさんが行くって言うからわたしも来たんだよぉー」

 フェネック。

「うぉーー!アライさんに、おまかせなのだぁーー!」

 アライグマ。


「あなた達……、どうして……」

 ミライのその言葉にサーバルが後ろ頭を掻きながら答える。

「だって、ほら! わたし達、フレンズだから! フレンズなら助け合わなくちゃって思って!」


 ミライの手紙を博士に読んで貰った彼女達は、すぐにミライを追い、ここまで辿り着いたのだ。

「そっか……、そうですね……! そうですよね! みなさん! 私に力を貸してください!!」

 その言葉に、集まったけもの達は力強く頷いた。




 ミライの号令で、サーバル、カラカル、アライグマ、フェネックが連携を取り、セルリアンに襲い掛かる。

 トキは、飛べるという特技を生かし、上空からの奇襲に回っている。



「皆さん! 行っきますよぉーー! 反撃開始です!!」

「「「「「おぉーーーーー!!」」」」」


 パーク設立以来最大の危機を迎えたこの日。

 ミライの声に答える、五人のフレンズ達の声が一丸となって夜空へ響いた。

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