第5話 ボス水没!
鬱蒼とした木々が陽光を遮り、どこか湿り気を帯びた風が枝葉を揺らす。
ここは、じゃんぐるちほー。さばんなちほーの隣に位置していて、ゲートを通じて双方から往き来する事ができる。
すぐ隣り合っているはずなのに、気候はまったくの別物で、さばんなの気候に馴れたサーバル達は少しバテていた。
「うぅ~ん、ミライさぁーん! あついよぉーー!」
サーバルがバスの床を転がりながら、「あつい! あつい!」と喚いていた。
「サーバル。言うと余計に熱くなるわ」
そう言うカラカルも、バス後部のデッキで伸びていた。
「ここの空気、あんまりのどに良くなさそうね」
トキも、じゃんぐるのじめじめした空気にやられ気味のようだ。
「うぅーん、そうですねぇ……。ラッキーさん。この近くに水場はありますか?」
『マカセテ。ケンサクスルヨ』
ミライのオーダーに、ボスがピルルル……と電子音を立てながら近くの地形データを検索していた。
「それにしても、自分で運転しなくて済むのは、楽チンですね♪」
そう言うミライはサーバル達のいるフロアに備え付けられたベンチに腰掛けている。
今、バスのハンドルをにぎっているのはボスだった。手が無いので、握っているという表現が正しいのか定かではないが、今バスを操っているのは紛れもなくボスだった。
「あ、そうだ!」
そう言って、ミライはポンッと手を打つと、足下の大きなバッグをごそごそと漁り、幾つかの部品を取り出した。そして、それらをテキパキと組み立てる。
「さて、できた。みなさーん! 集まってくださぁーーい!」
ある装置を作り上げたミライは、暑さにやられ気味なフレンズ達を召集すると、組み立てたそれを3人の前に置いた。
「ミライさん! なに?! これ!!」
サーバルはいつも程の勢いはないが、興味津々といった様子ですぐに食い付いた。
「ふふーん♪ これはですね?」
ミライは、バスの中にあるコンセントの蓋を開け、そこにコードを刺し込んだ。
「こうするんです。えい♪」
ミライがスイッチを押すと、ブォオーー! という音と供に装置の一部が回転し、3人のフレンズ達に風が届けられた。
「おぉ、これは!」
「すっごーーい! なにこれ?!」
「これは心地良いわね」
それぞれのリアクションで感動するフレンズ達。
「ふっふっふ……。それはですね! 扇風機といって、人工的に風を作り出す事が出来る装置でして────」
そんなフレンズ達に、ミライは得意気に扇風機の解説をしてみせた。しかし、その解説を聞いているフレンズは一人も居なかった。
なぜなら──────
「みてみてーー! トキのまね! わ"た"ぁあ"ーーしぃい"ーーは"ぁーとき"ぃいいい"ーー! な"かまぁ"をさがして"ぇえ"ーる"ぅうう"ーーー!」
扇風機の前でしゃべると声が震える事を発見したサーバルがそれで遊びはじめ、フレンズ達の興味がそっちに逸れてしまったからだ。
「あっはっは! サーバル! 似てる!!」
「失礼ね。わたしはそんな声じゃないわ」
あまりにも見事な無視されっぷりに、ミライはわなわなと震える。
「もう! みなさん! ちゃんと聞いてくださいよぉーー!」
ミライがそう叫ぶと同時、バスが急停車して、バスの中のあらゆる物がバスの前に向かって転がった。
ミライもサーバル達も、扇風機もゴロゴロところがり、バスのフロアの最前部にごちゃっと集まってしまった。
「もう! 何なんですか?! ラッキーさんまで!」
バッと起き上がったミライ。その視界に映し出されたのは────────
『ワ、ワワ、アワワワワワワ……』
エラーを起こしてふるふると震えているボスと────────
「だーから飛び出すのは危ないよっていったじゃなぁーい」
「や、やっと、つかまえたのだ……」
「はねられたんだよ? アライさーん」
道路に仰向けにひっくり返るアライグマのフレンズと、それをツンツンと突っつくフェネックのフレンズだった。
「いやぁ悪いねぇ。うちのアライさんが……」
事情はともかく、バスにはねられてしまったアライグマを放っておくわけにもいかず、フェネックもろともバスに乗せる事になった。
「うふふ~、フェネックさんの大きい耳。可愛いですねぇ~」
ミライは、突如目の前に現れた新しいフレンズに興奮気味だ。
「ところで、二人は何をしてたの?」
サーバルが、ベンチで仰向けに伸びているアライグマとフェネックを交互に見ながら尋ねる。
「あぁ~、実はねぇ~──────」
フェネックが言うには、アライグマは前にこのバスがじゃんぐるちほーを通った時にそれを見掛け、大きなセルリアンだと勘違いして追いかけていたようだ。
そして偶然、再び通りかかったバスを見付けて「つかまえるのだー!」と飛び出してそのままはねられてしまったらしい。
「──────と、いうことで、完全にアライさんの早とちりなんだよ~」
一通り説明を終え、フェネックはそう締め括った。
「ふぇ? うぇ……フェネック?」
フェネックの説明が終わると、まるでそれに合わせたようにアライグマが目を覚まし、ぱちくりと辺りを見回した。
「おはようアライさーん。またやってしまったようだねぇ~」
「うぇ?」
「セルリアンじゃなかったよ? アライさーん」
「ふぇえ~~~~~~~!!!」
フェネックの言葉で自らの早とちりを知ったアライグマ。その渾身の絶叫が、じゃんぐるちほーにこだました。
ボスに運転を任せ、暫く走っていくと、やがて森が開け、大きな川が見えてきた。
その雄大な景色に、サーバルが歓声を上げる。
「わぁーー! ひっろぉーーーい!」
鬱蒼としたじゃんぐるから橋の上へ出ると、一気に陽光がバスの中に射し込み、まぶしい程に景色を照らし出す。
木製の橋を渡るガコココココ……という音に混じってボスの声が届いた。
『ココヲヌケレバ、シンリンチホーニツナガッテイルヨ。シンリンチホーニハ、キレイデオオキナミズバガアルカラ、ソコデキュウケイシヨウカ』
「お、おお?! なんだ?! ボスがしゃべったのか?!」
「そのようだねぇ~、アライさ~ん」
「しゃべれたのだ?」
「そのようだねぇ~」
「「じーーーーーっ」」
運転席の後ろにしがみついてボスをじっと観察するアライグマとフェネック。
「トキのまねー! わ"た"ぁああ"ーしぃ"いーはぁ"ああ"ーー」
再び扇風機の前に集結したサーバルとカラカル、トキ。
「うふふふ……、たくさんのけもの達に囲まれて、私は今、最高に幸せです♪」
思い思いに過ごすフレンズ達を眺め、恍惚とした表情を浮かべるミライ。
6人を乗せたバスは走る。大きく枝を張り、トンネルのようになった木々の間をすり抜け、じゃんぐるの道を奥へ奥へと。
やがてバスは、じゃんぐるちほーとしんりんちほーを繋ぐゲートを潜り、開けた道に出た。
そこから程なくして大きな湖が視界の先に現れ、バスはその畔へと静かに停車した。
『トウチャクシタヨ。ココハ、シンリンチホーデモットモオオキナミズウミダヨ。ココデ、スコシキュウケイシヨウカ』
「やっぱりボスがしゃべってるのだ! フェネック!」
「すごいねぇアライさーん。大発見じゃないかなぁ~」
広大な湖の畔は青々と下草が生い茂り、空の青を写した水面と見事なコントラストを成していた。
各々バスから降りて、水辺に近づく。
「サーバル。ここの水、冷たくてとっても美味しいわよ!」
「え! ホント?! わーい!」
カラカルに呼ばれ、水辺へと走るサーバル。
「この景色の中で歌ったら、すごく気持ち良さそうね」
トキは、一人言のように呟きながら、そっと水をすくっていた。
「おおぉ?! なんだか、すごく何かを洗いたい気分なのだ!」
「でも洗うものなんて無いよ? アライさーん」
「まかせるのだ!」
あたりをキョロキョロと見渡したアライグマの目に留まったのは、運転席でピルルルルル……と小さな電子音を立てていたボスだった。
「よぉーーし! アライさんがボスを綺麗にしてあげるのだー!」
むんずっと掴み上げられ『アワワ……』と短く声を発したボスはそのままアライグマに抱えられ、水際へと連行される。
ミライがせっせと水筒に水を汲んでいるその後ろを『ワワワワワ……』と震えるボスが運ばれていった。
「そういえば、ボスは泳げるのか?」
「うーん、それはどうだろうねぇ?」
「よーし! それじゃあ! アライさんがボスを連れていってあげるのだーー!」
「はいよー」
アライグマは、そのまま水の中へと入り、両手でボスを抱え器用に水の中を泳いでみせた。
いつの間にか「洗う」が「泳ぐ」にすり換わっているが、本人は気にしていないようだ。
「どうだ? ボス。たのしいか?」
『ワ、ワワワ…。シンスイ! シンスイヲカクニン! システムホゴノタメ、タダチニキョウセイシャットダウンシマス!』
「そうか! 楽しそうでよかったのだ!」
湖畔で皆思い思いの時間を過ごし、気が付けば、陽が大分高くなっていた。
「さて、そろそろお昼ご飯にしますかね」
ミライは、バスの中からレジャーシートとバスケット、食材を詰めた鞄を引っ張り出して平らな地面に広げた。
「みなさーん! ご飯にしますよぉーー!」
湖畔で思い思いに遊んでいたフレンズ達に向かって声叫ぶ。
すると、──────
「はぁーーい!!」
「今いきまーーす!」
遠くから、サーバルとカラカルの元気な返事が返ってきた。
トキはすぐ近くに居たため、ひょこっと現れた。
サーバル、カラカル、トキ。3人はすぐに揃ったのだが、アライグマとフェネックが帰ってこない。
「ボスもどっか行っちゃったみたいだよ?」
アライグマとフェネックはともかく、ロボットであるボスが気まぐれでどこかに行ってしまうとは考えにくい。
捜しに行こうか。そう話が纏まりかけた時だった。
「……ご、ごめんなさいなのだ」
突然聞こえたその声に全員が振り向くと、そこには、気まずそうに目線をそらすフェネックと、半泣きになりながら何故かボスを抱えているアライグマの姿があった。
そして、更に奇妙な事にボスから水が滴っていた。
「あ! どこ行ってたの? 心配したんだよ?」
サーバルが顔を覗き込むと、アライグマはびくっと体をふるわせる。
「アライグマさん。どうしたんですか?」
ミライがその肩に優しく手を置き尋ねる。
次の瞬間。
「……ボスが。ボスが死んじゃったのだぁーーー!」
アライグマはいよいよ泣き出してしまった。
「本当にごめんなさいなのだ! ボスがおよげないなんて知らなかったのだ!」
「わぁあああ」と大声で泣きじゃくるアライグマに、ミライは優しく言う。
「大丈夫ですよ。ラッキーさんはロボットなので、死んでしまう事はないですから」
その言葉に、アライグマはぴたっと動きをとめた。
「ほんとか? ほんとうに死んじゃったわけじゃないのか?!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、尋ねるアライグマ。
「はい。乾かしておけば、また動くと思いますよ!」
たぶん……。とミライは小さく付け加え、アライグマから受け取ったボスを裏返し、バッテリーボックスを開けた。
すると、そこからダバァーーッ!と大量の水が出てきて湖畔の地面に小さな水溜まりをつくった。
「……大丈夫です! きっと!」
澄んだ青空の下。湖畔の昼下がりは少々騒がしく、しかし穏やかに過ぎていったのだった。
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