第4話 夕暮れさばんなちほー
サーバルは、夢を見ていた。
「う~ん……」
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見慣れたさばんなちほーの景色。
太く枝を張った木の上に腰掛け、つい先程ボスから貰ったばかりのじゃぱりまんを手にしたいた。
そして、大好きなじゃぽりまんを食べようと大きく口を開けたその瞬間、ボェ~~~~~ッとさばんなを揺るがす程の轟音が轟いた。
あまりの音に耐えきれず、無意識に身体を丸くして耳を押さえていると、ピシッという音が耳の直ぐ近くで聞こえた。
そしてその次の瞬間、パリィーーンッ! という音が響いたかと思えば、あろうことかサーバルの手の中で耳が砕けてしまったではないか。
「────?!」
自慢の耳が……。耳が! 耳がーーーー!
「……んみ、みみ、みんみ……! 耳がぁあーーーーーーーーーー!!!」
盛大に叫びながら目を覚ましたサーバルはペタペタと耳を触り、辺りを見回して、さっきまでの出来事が夢であったと気が付いた。
もう一度よく周りを見てみると、トムソンガゼルとアラビアオリックスが重なるように倒れていて、最愛の親友カラカルは、サーバルの直ぐ横で泡を吹いて伸びていた。
そして、そんな四人から離れた所にはトキがうなだれていて、その隣に彼女を必死に励ましているミライの背中が見える。
「……すっごーい。大惨事だね!」
まだ頭が覚醒しきっていないサーバルから、らしくない言葉が漏れた。
サーバルが目を覚ましてから数分後に、カラカルが頭を抱えながら起き上がり、ほぼ同時にアラビアオリックスもふらつきながら目を覚ました。
トムソンガゼルも、時間は掛かったがなんとか回復したようだ。
「では! 何だかいろいろありましたが、気を取り直して! しゅっぱーーつ!」
ジープの運転席でハンドルを握るミライが、元気に右の拳を突き上げる。
それに続いて、サーバル達も「しゅっぱーーつ!」と声を揃えて手を挙げた。
トムソンガゼルとアラビアオリックスに見送られ、ジープは夕暮れのさばんなちほーを走り出した。
赤く色付いた広大な草原を、ジープは力強く駆け抜けてゆく。
「ねぇねぇ、ミライさん! 次はどこに行くの?!」
後部座席のサーバルが、さっきまで気絶していたのが嘘のように元気に尋ねた。
身を乗り出した大きな耳が、風を受けてふさふさと揺れる。
「う~ん、そうですね。一度、さばんなちほーのエントランスに向かおうと思います。そこに、バスが置いてあるので、人数も増えましたし、そっちに乗り換えです♪」
「バス?!」
バスと聞いて、大きな丸い目を更に大きくしてキラキラと輝かせるサーバル。
「ふふっ、サーバルさん。嬉しそうですね」
後ろで「バスバス!」と連呼しながらはしゃぐサーバルを見て、微笑むミライ。
「ホント、子供みたいな奴ですから」
と、カラカルは苦笑いする。
いつも一緒に遊んで、同じ縄張りで過ごしたカラカルとサーバルだが、いつから一緒になったのか、正直覚えていない。
気が付いたら側にいて、おっちょこちょいな彼女を放っておけなくなて、何よりも、一緒にいると楽しくて、いつの間にか無くてはならない存在になっていた。
たわいも無い会話をしながら笑顔を溢す四人を乗せたジープは、夕焼けに赤く輝くさばんなの大地を駆け、小さな沢を渡り、丘を乗り越えて、ひたすら1つの方角へ向けてはしり続ける。
そして、夕陽の高さが地平線に重なる頃、さばんなちほーのエントランスへと辿り着き、ゆっくりと停止した。
「さて、到着です♪」
「わーい! 着いたーー!」
「あっという間にさばんなちほーの端っこまで来ちゃったなぁ」
各々にジープを降り、エントランスの石畳の上に降り立つ。普段踏み馴れたさばんなの土よりも、その地面は固くなんだか落ち付かなかった。
エントランスには、ジャパリパーク全体の大雑把な地図と、さばんなちほーの詳しい地図が立て看板となって置かれていた。
その手前に、黄色で塗装され、けものを思わせる茶色の斑模様が入った乗り物があった。
車体の下3分の1程は若草色になっていて、黄と緑の境界線には赤の飾り線が真っ直ぐに引かれている。
運転席の上部には、三角形の耳のようなものがついていて、正面から見るとまるで猫科の動物のような形をしていた。
「これがバス?! わぁい! バスバスぅ! おっきぃーーーーい!!」
バスを見付け、サーバルはまるで突進するような勢いで駆け寄る。
「あ、ちょっと! サーバル!」
カラカルが止めようにも、興奮状態のサーバルに声が届くはずもなく、あっという間にバスの方へと行ってしった。
「いやぁ~、サーバルさんは元気ですねぇ。素晴らしいです! うへへへ……」
そして、なぜかその姿を見たミライがよだれを垂らしそうになっていた。
まだ会ってから半日くらいだが、カラカルのミライに対する印象は、確実に書き換えられていく。
「カラカル……」
はしゃぐ友人をやれやれと見詰めていたカラカルを呼び止めたのは、さっきまでずっと黙っていたトキだった。
「わたし、あなた達に着いていくの、ここで辞めようと思うの。わたしは歌が好き。でも、その歌は、あなた達にとって迷惑になってしまうようだし……。わたしはわたしの歌で誰かを幸せにしたい。でも、いつも皆を不幸にしてしまうの……」
突然のトキの告白に、カラカルは困った顔になる。
「いやぁ、なんていうかさ。あたしは、こういうの苦手で上手く表現できないけど……。トキの歌があったから、あのセルリアンを誘き寄せる事が出来た訳で……、その結果、サーバルの知り合いのトムソンガゼルを助けられた。あたしらは、何て言うか……、その、気絶したりもするけど、トキの歌で助けられたフレンズの命があるのも確かだし、それは、誰かを幸せに出来たって言ってもいいんじゃないかな?」
途中で何度もつまりながら、カラカルはそう言い、「あたし、言葉が下手でさ」と苦笑いした。
「あいつの友達、救ってくれてありがとう」
カラカルの言葉に、トキの羽が歯痒そうにぱたぱたと動く。
「お礼なんて、はじめて言われたわ……」
夕焼けのせいか、その羽も、顔も、いつもより赤く見えた。
「ほら、行こう! あのままだと、おっちょこちょいなサーバルがバスを壊しそうだし、ミライさんも、あのまま動かなそうだし……」
トキが二人の方を見ると、サーバルはバスの運転席に入り込み、クラクションを鳴らして遊んでいた。その姿を眺めるミライは、「うぇへへへへ……」と不気味に笑いながら恍惚とした表情を浮かべていた。
「……そうね。ごめんなさい。わたし、勘違いしてたわ。幸せにするかたちなんて、1つじゃないものね……!」
トキはカラカルに手を引かれ、歩いた。
供にセルリアンと戦ったフレンズのもとへ、さばんなの真ん中で出会い、たったの半日だけれど、ここまで一緒に旅をした仲間のもとへ……。
少しずつ陽が傾き、東の空に星が瞬き始めた頃、バスに荷物を移し変えたミライ達は、各々好きな場所で寛いでいた。
車内にいるのは、ミライだけ。
サーバルとカラカルは、屋根の上に登って何やら楽しげに話をしていた。やはり、高い所が好きなようである。
トキは、「歌いたくなったから遠くで歌ってくる」と言って、どこかへ行ってしまった。
「ええっと、たしかこのバッグの中に……」
ミライは一人、バスの車内で荷物をごそごそと漁っていた。
そして、その中の1つから、あるものを取り出す。
「じゃんじゃじゃーん! ラッキーさん! 出番です!!」
取り出したのは、ラッキービーストと呼ばれる完成間近のパークガイドロボット。
コバルト色のボディーに愛らしい大きな耳と、可愛らしい短い足を携えていて、高性能カメラを内蔵した二つのつぶらな瞳で世界を見詰めていた。
まだエラーが出る事も多いが、着実に完成に近付いていて、パークの開園までには、立派なガイドになりそうな、頼もしい味方だ。
ミライは、そんなラッキービーストの裏側にあるパネルを開き、充電済みのバッテリーを差し込む。
すると、ピロロロロッ。ピー♪ というコミカルな音と供に目が虹色に光り、プログラムの起動を始めた。
『ヤァ、ミライ。ヒサシブリダネ。ゼンカイノキドウカラミッカカンガスギテイルヨ。ゲンザイチヲホセイ。GPSヲソクイ。ケンサクチュウ…… ケンサクチュウ……』
独特な合成された音声でしゃべるラッキービーストは、必要な情報を得る為に通信を始める。
「ミライさーーん! 誰かいるの?」
屋根に登っていたサーバルが、天井に空いた見晴らし窓からひょこっと顔をだした。
そして、ミライの手元のラッキービーストを見つけると、不思議そうな顔をした。
「あ、ボス!! でも、ボスはしゃべらないし……」
「ボス」とは、ラッキービーストのもう1つの呼び名で、誰が呼び始めたか知らないが、フレンズ達の間ではそう呼ばれている。
生態系維持の為のプログラムが組まれている為、通常、フレンズと会話をすることはない。
『GPSソクイカンリョウ。ゲンザイチハ、グリッドX6637Y3020ダヨ。スグチカクニフレンズノハンノウガアルネ。サガシテミヨウカ?』
だから、ラッキービーストはしゃべらない。それがフレンズ達の間では当たり前であり、サーバルも、先程の声の主は他の誰かだと思っていた。
しかしラッキービーストは、まるで狙ったかのようにサーバルの目の前でしゃべり始めた。
目の前で起きた衝撃の現象に、サーバルはわなわなと震えている。
「サーバル? どしたの?」
車内に頭だけ突っ込み、突然動かなくなったサーバルを心配したカラカルも、ひょこっと車内を覗き込んでくる。
『フレンズヲハッケンシタヨ。アレハ、サーバルキャット ト カラカルノフレンズダネ。ドチラモネコカデ、ジャンプリョクニスグレテイルヨ』
カラカルが顔を出すと、ボスは再びしゃべり始め、サーバルとカラカルについて解説を始めた。
その光景を前に、車内を覗き込んでいた二人の声が揃う。
「「しゃ、しゃべったぁあーーーー!!」」
二人のけものの叫びが、さばんなの夕暮れ空を貫いた。
「ボスってしゃべれたんだね! ビックリしたよ!」
サーバルが尻尾の毛を逆立てながら、ボスをまじまじと観察する。
「じゃぱりまんを配って歩いてるのは知ってたけど、まさかしゃべれたなんてね」
カラカルも、なんだか落ち着かない様子でわしわしと毛ずくろいを始める。
「ボスゥー! しゃべれたなら、何か言ってくれれば良かったのにぃー!」
サーバルがボスをひょいっと持ち上げ、軽く揺する。
『アワ、アワワ。ツヨイショウゲキヲアタエナイデクダサイ!』
そして、警告を発したボスに、ミライが慌ててサーバルを止めに入った。
「サーバルさん、ラッキーさん達がフレンズの皆さんとお話できないのには理由があるんです。フレンズ達のありのままの姿を見せるのが、ジャパリパークの目的なので、生態系を変えてしまわないように、外部からの干渉はできるだけ避けるようにと、彼らはプログラムされているんですよ」
ミライの説明に「うみゅみゅ?」とサーバルは頭を抱えた。
「ミライさん……、むずかしいよぉ……」
サーバルは、ついに理解が及ばず、泣きそうな顔になってしまった。
「サーバル。大丈夫よ。あたしにもさっぱりだから……」
カラカルがそういうと、サーバルは「そっか」と呟き、にへっと笑う。
「カラカルも理解できないなら、しょうがないね!」
そして、屈託ない笑顔でそう言ったサーバルに、カラカルは「しょうがない!」と同意して、二人で笑い合ったのだった。
暫くして、空全体が群青に染まる頃。
「今日はいっぱい歌ったわ」
と、幸せそうな表情のトキが帰って来た。
『ア、アタラシイフレンズヲハッケンシタヨ。アレハ、トキダネ』
そして、サーバル達の時と同じようにボスはしゃべり始める。
「はっ! しゃべってるぅーー!?」
トキの反応も、サーバル達と同じだった。
それが可笑しくて、ミライ達はバスの中で仲良く笑い転げた。
さばんなちほーの空には沢山の星が瞬き、笑い声の溢れるバスを見守っていた。
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