第3話 対決!セルリアン
「うわぁーー! うわわわぁーーー! こっちにくるなーーー!!」
頭に大きな耳と、湾曲した鋭い角を生やしたトムソンガゼルのフレンズが必死に走っていた。
その背後には、大きなセルリアンが迫る。
「なんで追ってくるんだよぉーー! わたしは美味しくないぞぉーーー!!」
左右にすばしこっく跳び回っていたトムソンガゼルだったが、遂には地面に空いた窪みに足を取られ、転んでしまった。
「きゃんっ!」
トムソンガゼルはすぐに立ち上がろうとしたが、足首を捻ってしまったようで上手く立ち上がれない。
その背後から、彼女の何倍もあるセルリアンの大きな影が、太陽の光を遮った。
「うわぁあーーー! 来るな。来るなぁー!わぁあああん! 助けてアラビアオリックスゥーー!!」
目の前まで迫ったセルリアンに、何もかも諦めて、いつも守ってくれてた姉御肌な友の名前を叫ぶ。
食べられる。
そう覚悟して、ぎゅっと目を閉じたトムソンガゼルの耳に、歌のようなものが聞こえてきた。
「えっ?」
歌が聞こえた。そう思ったと同時、目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
セルリアンが去っていく。歌の聞こえる方へ……。
「た、たすかった……?」
誰だか判らないけれど、この歌を歌ってる人ありがとう!
この歌、うた……。
……う、た?
なんだか、不協和音にも聞こえる……。
「わぁ~、お花畑ぇ~うふふぅ……♪」
そして、トムソンガゼルは気を失った。
「うぅわわわわわー! ミライさん! こっちに来るよぉ!!」
丘を猛スピードで下るジープの中、サーバルが不安気に声を上げた。
「大丈夫です! ま・か・せ・て・くださーーい!」
ミライは言いながら大きくハンドルを切り、同時にブレーキを目一杯踏みつけた。突然向きを変え始めた車体が踏ん張り切れず横滑りを始める。
「よぉーーいしょっとぉ!!」
そんな掛け声と共にミライがアクセルを煽ると、グォオオオーン! とエンジンが雄叫びを上げ、横に滑る車体を前へと押し出した。
四つのタイヤが空転し、すさまじい砂煙を巻き上げる。
巻き上がった砂は、目前まで迫っていたセルリアンに襲いかかり、その視界を塞いだ。
「お二人供! 今です!!」
ミライが叫び、サーバルとカラカルがジープから飛び降りる。
「よっしゃーーー!」
「いっくよーーーー!」
そんな掛け声と共に、二人はセルリアンに飛び掛かる。
砂に目をやられたセルリアンは、その攻撃をどうする事もできず、ただ闇雲に触手を振り回していた。
ミライは、セルリアンから少し離れた場所へジープを停めると、掛けていた眼鏡の右側面に付いたスイッチをカチリッと押した。
そのままジープを飛び出したミライは、サーバルとカラカルの元へ駆け寄る。
二人に攻撃を受けていたセルリアンを、眼鏡越しに見ると、分析された情報が視界に重なった。
セルリアンは通常、一定以上体を削るか、弱点となる核を破壊する事で倒す事ができる。
このセルリアンは、相当ダメージを受けているようだが、それでもまだまだ暴れる力を残していた。
「サーバルさん! カラカルさん! 気を付けてください!! セルリアンが動き始めます!!」
ミライの声に、二人がバッと後方へ跳ぶ。
すると、さっきまで二人がいた地面にセルリアンの触手が突き刺さった。
もうもうと上がる土煙の中、セルリアンの大きな目がこちらを見て光る。
「まだまだ元気ですね! 行きますよ! サーバルさんは右! カラカルさんは左から回り込んでください! 触手の射程に入らないように! 攻撃のタイミングは私が指示します!!」
「う、うん! わかった!」
「りょーかい!」
ミライが的確な指示を飛ばし、二人がその通りに駆け出す。
左右に別れて距離を詰める二人を見て、一瞬迷ったような仕草を見せたセルリアン、しかし直ぐに、狙いをサーバルに絞り、攻撃を仕掛けてきた。
「サーバルさん! 回避!!」
「うん、うみゃあー!」
鋭く伸びた触手を、サーバルは寸での所で避け、後方へステップする。
「カラカルさん! アタック!!」
「りょーーっかい!!」
全ての触手をサーバルへ指向し、がら空きになった側面からカラカルが跳び掛かる。
その爪が深々とセルリアンを抉り、その青い巨体の動きを止めた。
「おらおらおらおらおらぁーーー!」
カラカルは、そのまま連続して攻撃を仕掛ける。
「カラカルさん! 回避ーー!」
ミライが叫び、カラカルが大きく後方へ跳び退く。
その刹那、セルリアンのボディープレスが大地叩き割った。
あの一撃を喰らえば、如何に丈夫なフレンズといえど、無事では済まない。
地面にめり込んだセルリアンの目が、ギョロリとカラカルを睨む。
カラカルから大きなダメージを受けたセルリアンは、彼女をより大きな驚異として認識したようだ。
「サーバルさん! 攻撃に入ってください!」
「出番だね! いっくよーー!!」
地面にめり込んだ体をのそりと持ち上げたセルリアンの背後から、今度はサーバルの爪が襲い掛かる。
悲鳴を上げながら大きく身をよじったセルリアンの触手が地表を薙ぎ、千切れた草が宙を舞った。
それと同時、ミライ眼鏡に内蔵されたセルリアン分析装置から、ピピピッと短いアラームが鳴った。
『解析完了』の文字と、セルリアンの核の位置がミライの視界に大きく映し出される。
「サーバルさん! カラカルさん! セルリアンの核の位置が判明しました!!」
ミライの言葉を受け、サーバルとカラカルは一度セルリアンとの距離を取る。
「今、近い位置に居るのはサーバルさんです! カラカルさんは、全力でセルリアンの気を引いてください! その間に、サーバルさん! 核への攻撃をお願いします!!」
「うん!」
「りょーかい! 行くわよ、サーバル!」
カラカルがセルリアンに向かって突進し、触手の届かないギリギリの距離を保って攻撃をかわし続ける。
「サーバルさん! 核の位置は、上から2本目、右側の触手の付け根です! わかりますか?!」
セルリアンの体は半透明で、よく目を凝らすと、外からでも核の位置が確認できる。しかし、殆ど体と同色の為、言われなければ判らない事が殆どだ。
「えぇっと……、あ! あった! 見えたよ! ミライさん!!」
サーバルが核の位置を特定したのを確認してから、カラカルはセルリアンを睨み付けるように隙を伺い、その触手の間合いに飛び込んだ。
全ての触手がカラカルに指向され、その鋭い尖端が彼女の体に迫る。
しかし────────
「そぉいりゃぁーーー!」
そんな掛け声と共にカラカルは大きく地面を蹴り、身体ごと回転させて爪を振り回した。
するとどうだろう。
彼女に迫っていた触手が尽く切り落とされ、その回りに細切れになったセルリアンの触手が飛び散ったではないか!
「今よ! サーバル!!」
カラカルの鮮やかな攻撃に見とれていたサーバルは、名前を呼ばれ、はっと我に返った。
「わたしだって、いっくよー!! うぅーみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃ……、みゃーーー!」
サーバルは全速力で駆け、そのまま弾かれるように、空中に躍り出る。
彼女が渾身の力を込めて叩き込んだ一撃は、的確にセルリアンの核を打ち砕いた。
その瞬間、とセルリアンがギッ────と、金属が擦れるような短い悲鳴を上げ、内側から破裂するようにして弾けた。
その音が、サバンナの大地にパッカーンッ! と響き渡った。
「ふぅ…、やりましたね! パッカーン! と撃破です!」
そう言って拳を天高く突き上げたミライの元へ、サーバルとカラカルが戻ってくる。
「やったやったやったぁー!」
サーバルは、戻ってくるや否やミライに飛び付いた。
勢いに負けたミライがそのまま地面に押し倒されるように地面に仰向けになる。
「なにあれ! なにあれ!? すっごーーい! ミライさんの指示の通りにうごいてたら、あっという間にたおせちゃった! あんなに大きかったのに! すっごーーい!!」
全身で喜びを示しながら、ミライに頬ずりするサーバル。
「い、いやぁーあれは、うへへへへ……」
そんなサーバルに、ミライは恍惚とした表情でよだれを垂らしながら、されるがままになっていた。
「これは、一体? 何があったの?」
その奇妙な光景を、引き気味に眺めていたカラカルに問いかけたのは、さっきまで空から戦況を眺めていたトキだ。
「わたしが歌で気を引くタイミングを狙っていたのだけど、そんな隙なんてないままに倒されてしまったわ……。彼女は一体、何をしたの?」
トキの問いに、カラカルは暫く考えたが、中々それらしい答えが出てこない。
「うーん、なんだろうなぁ。あたしらは、ただ、ミライさんの指示の通りに動いてたら、何でだかセルリアンより先回りした動きができてて、あっという間に倒せちゃったのよね……」
セルリアンの動きを観察し、サーバルとカラカルに的確な指示を出してセルリアンを撃退したミライ。
しかし今、目の前で恍惚とした表情でよだれを垂らしながらサーバルに頬擦りされてるその姿は、とてもそんな切れ者には見えなかった。
「ま、今はミライさんのお陰でセルリアンも倒せた事だし、食べられそうになってたフレンズも────」
そこまで言って、カラカルはハッと思い出した。セルリアンとの戦闘の前、あのセルリアンから逃げていたフレンズの姿。確か、サーバルが知り合いだと言っていた。彼女は無事だったのだろうか?
「ねぇ! サーバル! あんたの友達、食べられそうになってたんじゃないの?!」
カラカルに言われ、サーバルは頬擦りをやめてバッと飛び起きた。
「あ! そうだった! トムソンガゼルちゃーーん!!」
起き上がった勢いそのままにサーバルは駆け出す。
「あ、サーバル! ちょっと!!」
カラカルの呼び掛けも虚しく、サーバルは丘の麓へと凄い速さで駆けて行ってしまった。
「はっ!?」
サーバルが去って暫くしてから、ミライはようやく現実に帰ってきた。
「サーバルさんは?!」
そして、垂れたよだれをごしごしと拭きながら突如居なくなったサーバルの姿を探し始める。
そして、トキとカラカルから事情を説明されると「そうでしたぁーー!」と慌ててジープに乗り込み、トキとカラカルを乗せてサーバルの後を追っていったのだった。
3人がサーバルに追い付くと、そこには襲われていたトムソンガゼルと、もう一人のフレンズの影があった。
「わぁああああん!! アラビアオリックスゥーーー! こわかったよぉー!」
「はいはい。泣かないの」
アラビアオリックスと呼ばれたフレンズは、泣き付くトムソンガゼルの頭をよしよしと撫でながらなだめていた。
「あ、ミライさん! カラカル! トキも!」
3人の到着を知ったサーバルが、大きく手を振り、アラビアオリックスに紹介を始めた。
「この人がミライさんだよ! わたしとカラカルにビシビシィーっと指示してくれて、わたし達でバリバリーって! セルリアンをやっつけたんだよ!」
その説明で正しく伝わったのかは判らないが、アラビアオリックスは、ミライ達に丁寧に頭を下げた。
「やぁ、うちのトムソンガゼルがお世話になったみたいで、本当になんてお礼をしたらいいのか……」
「いやぁ、お礼だなんて、そんな事……」
そう言って頭を掻くカラカル。
「そうですよ! 私は、パークガイドとして、当然の事をしたまでです!」
ミライは、いやいやと謙遜しつつも、「後で角を触らせて貰えます?」と、ちゃっかり報酬を要求していた。
「わたしは、ただ歌っただけだから…。あ、そうだ。わたしの歌で、その子を元気にしてあげる」
トキが思い付いたようにポンッと手を叩き、すぅっと息を吸い込む。
「えっ、ちょ────────!」
カラカルが止めに入ろうとしたが、遅かった。
「ワタ"ァアア"ーーーシィーーーハ"ァアアア"ーーー!! ト"ォキ"ィイ"ーーーー!!トムソンガゼルチャン"二ィ"ゲンキ"ィイ"ーーーヲ"オォオオ"ーーーーーダシテ"ェーーホシ"イ"ノ"ォオオオ"ーーーーーーーー!!!」
「──────────────ッ?!?!?!」
四つの声にならない悲鳴が上がる。
「わぁーすごいです!」
唯一楽しそうに手拍子を送るミライを残し、トキ以外のフレンズ達が気を失うまで、然して時間は掛からなかった。
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