第2話 トキの歌とセルリアン

 さばんなの真ん中を、1台のジープが走り抜ける。そこに乗っている3人の楽しげな歌声は、遠くからでも聞こえた。


「「「す・て・きーな旅ぃーだち! ようこそジャッパリッパーク!!」」」

 歌が終わると、後部座席に座るサーバルが身を乗り出して来た。



「どう? どう!? こうやって歌いながら近づけば、みんな怖がらないんじゃないかな?!」

 すごいでしょ! と、誇らしげに胸を張るサーバル。


「う~ん、どうだろう? サーバル。あんたがもし、木の上で寝てたとして、突然歌いながら近付いてくる奴らがいたらどう思う?」


 カラカルがサーバルに問うと、彼女は迷わずこう答えた。


「すっごく楽しそうだなって思う! いっしょに歌いたいなぁーって思っちゃうかも!!」


 まぁ、確かに楽しそうな奴らではある。と、心のなかで突っ込みつつ、サーバルの危機管理能力に不安を感じたカラカルであった。



 さばんなちほーは、面積で言えばそこまで大きくはないが、そこに潜んでいるフレンズ達を探すのは容易ではない。


 ミライは、時々ジープを停めては双眼鏡を覗き込み、サーバルとカラカルは各々目を凝らしながら辺りを見回していた。




「みつからないねぇ~」

 サーバルが軽くため息を吐きながら、ジープの背もたれにもたれ掛かる。

「サーバル。手伝おうって言ったのはあんたなんだから、飽きたとか言うんじゃないわよ」

「ち、ちがうよぉー!」

 カラカルに怒られ、不満の声をあげるサーバル。


「いつもなら、フレンズの皆がいっぱいなのに、誰もいないからどうしちゃったのかなぁーって……」

 耳を垂れ、しょぼんとするサーバルにらしくないなぁと言いながら、カラカルが空を指さした。

 屋根の付いていないジャパリジープの車内からは、大地のみならず空まで一望できるのだ。


「ほら、だれかこっちに飛んで来るよ」

 カラカルが示した方向に目を向けると、たしかにこちらへ向かってくる影が見えた。

 飛んでいる所を見るに、鳥のフレンズだろう。


「あれは……、トキのフレンズですね!」

 ジープを停め、双眼鏡を覗き込んでいたミライが言う。



「おぉーーい!!」

 3人で手を振ると、トキはゆっくりと降りてきて、ジープの横に降り立った。


「さっき歌っていたのはあなた達? とても素敵な歌声だった」

 トキがそう言うとサーバルが立ち上がり、誇らしげに胸を張った。

「ほら! やっぱり!! 歌ってれば皆たのしそー! って寄ってくるんだよ!」


 この場合、どう説明したものか? と、カラカルは苦笑いをし、ミライは「そうですね」と笑顔で返した。


「あなた達、見慣れないものに乗っているけど、どこかへ行く途中かしら? もし、そうなら引き止めてしまって申し訳なかったわ」

 トキが申し訳なさそうにしているのを見て、ミライが慌ててフォローに入る。



「いえ、違うんです! 私達は、フレンズの皆さんに注意して廻っていたんです」

「注意?」


「はい。実はですね─────」



 ミライが、サーバル達にした様にセルリアンが大量に発生しているのだと教えると、トキはうんうんと頷きながらなるほど……と小さく呟いた。


「ありがとう。いいことを聞いたわ。お礼に一曲披露するわね」


 ふわっと少し飛び上がり、1回転してみせたトキに3人はわぁと小さく拍手した。




「それでは、聞いてください。"セルリアンとわたし"」

 そう前置きをして、小さくお辞儀をするトキ。

 彼女がすぅと息を吸い込んだ。

 次の瞬間─────


「ワ"タ"ァア"ーーシハ"トォォオキ"ィイイ"イ"ーー!!! セルリアンニアッチャッッタ"ァアア"ーノ"ォオオオ"ーーーー!!!」


 響き渡る歌声。否、轟く爆音。

 ジープのフロントガラスがびりびりと震え、カラカルは目を丸くしながら耳を必死で押さえ、サーバルは、ほげーっとした表情のまま口を半開きにして虚ろな目でふらふらと揺れていた。

 そんな中、パークガイドのミライだけは、楽しそうに手拍子などしていたのだった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄



「────ふぅ、歌いきったわ」

 そして、トキの歌が終わる頃。そこに居たのは、笑顔で拍手を送るミライと、泡を吹いて白目を剥くサーバルとカラカルだった。




 サーバル達の回復を待ってから、ミライはジープを発進させた。その後部座席には、先程出会ったトキも乗っている。

「不思議ね。地面を走っているのに、わたしが飛ぶのよりずっと速い」


「えっへへー、すごいでしょ! じーぷっていうんだよ!」

 すっかり回復したサーバルが、トキと楽しげに話している。


「ミライさん。良く耐えきれましたね」

 カラカルが、後ろに聞こえないようにこそっとミライに尋ねた。


「私は、ヒトですからね。フレンズのみなさんのよりも音が聞こえづらいので、大きな音も、へっちゃらなんです」

 ハンドルを操りながらミライは笑顔で答えた。


 カラカルはへぇーと感心の声を上げ、ミライの頭を見た。

 そこには、カラカルのそれとは違った細長いカラフルな耳があった。随分と薄く、鳥の羽のようにも見える。



 カラカルの視線に気が付いたのか、ミライは帽子にそっと手を添えながらはにかんだ。


「これは、耳じゃないですよ?ヒトの耳はこっちです」

 ミライが帽子をくいっと持ち上げると、風にさらっと流された髪の間から、耳が見えた。


「ほぉ、なるほど。それがヒトの────」

 カラカルの言葉はそこで止まり、彼女の顔がみるみる青ざめていった。

「どうしたんですか?!もしかして、具合が────!」


 慌ててジープを停めようとするミライ。

 その頭上を指さし、カラカルは盛大に叫んだ。


「と…! とと、とれてるぅーーー!!!」


 突然のカラカルの声に驚いたサーバルとトキがバッと前を向き、指をさしたまま固まっているカラカルを見て、次いで、その指が指し示すミライに目線を送った。


「あ、はい。これは帽子なので、とれます。この上に付いてるのは、耳ではなく装飾────飾りです♪」



 そう言って、二人にも、くいっと帽子を取ってみせたミライ。

「えぇー!? それとれるのーーー?!!」

「お、おぉ!! なんという事!!!」


 カラカルと同じように絶叫するサーバルとトキ。

 ミライから告げられた衝撃の事実にパニックに陥った3人のフレンズによって、車内は一時騒然となった。



「びっくりしたぁー……。ミライさんいきなりすぎだよぉ!」

やっと冷静さを取り戻した車内で、サーバルが抗議の声を上げた。

「いやぁ、まさか知らなかったなんておもわなかったもので。びっくりさせちゃいましたね」

 私も焦りました。とミライは頭を掻いた。


「あたしも知らなかったなぁ。あたしらのこれも、取れるんですよね?」

 自らが身に付けた服を軽く摘まみ、尋ねるカラカル。

「わたしも知らなかったわ。まさか、わたし達のこれが体の一部ではないなんて……」

 トキも、カラカルと同じように服を摘まみながら感心の声をあげた。そして、おもむろに、すっと立ち上がる。


「この発見。歌にしたいわ。それでは、聞いてください──────」


「わ、わぁーー! まってまって!!」


 トキが歌う直前、サーバルが寸での所で止めに入った。とっさに耳を庇っていたカラカルが、ほっと胸を撫で下ろす。


「ほ、ほら! なんだか、あっちから悲鳴が聞こえて来るし、きっとセルリアンが────……」

 サーバルが突如放った言葉に車内が一瞬で静まり返る。


「サーバル! どっちの方向?!」

 カラカルが慌てて尋ねるのと、ミライがジープを止めるのが同時だった。


「え、えぇ~と……」

 キョロキョロと辺りを見回すサーバル。その様子を見て、ミライは咄嗟にジープのエンジンを切った。

 その瞬間────────


「あ! あっちだよ!!」

 サーバルの2つの耳が同じ方向を向き、彼女の指がその方向をびしっと指し示した。


「ミライさん!!」

「了解です!」

 ジープのエンジンが咆哮を上げ、サーバルが示した方向へ勢い良く走り出す。



「ミライさん! 急いで!! もしかしたら食べられちゃってるかもしれない!!」

 悲しそうに叫ぶサーバルの声を聞き、ミライは更にジープのアクセルを煽る。


「大丈夫です! ササッと駆け付けて! 『パッカーン!』とやっつけちゃいましょう!」

 拳をぐっと握り、微笑みかけるミライを見て、さっきまで不安でいっぱいだったサーバルの顔が、ぱっと輝いた。


「そうだね! 『ぱっかーん!』だね!!」

「そうです! 『パッカーン!』です!」


 地面の凹凸に揺れながら走るジープ。その座席に揺られながら大きな丘を越えると、青くて巨大な球体が見えた。


「ミライさん! あれ!」


 カラカルが前を指さし、叫ぶ。

 その先には、今まさにセルリアンに襲われているフレンズの姿があった。

 右へ左へとぴょんぴょん跳ねながら、必死に逃げている。


「あぁーー! あれ! トムソンガゼルちゃんだ!!」

 後部座席から身を乗り出したサーバルがどうしようどうしよう! と狼狽える。


「えぇ?! サーバルさんのお知り合いですか?! それは大変です! 何とかして、あのセルリアンの注意を引ければ良いのですが……!」


 このままでは間に合わない。そう感じたミライが思考を巡らせるが、これといった妙案も浮かばず、苦し紛れに鳴らしたクラクションも、ヘッドライトのパッシングも無視されてしまった。



「くっ、どうすれば……!」

 万策つきた。

 その時だった。トキがすっと立ち上がり、大きく息を吸った。


「えっ?! ちょっと! こんな時に歌うつもり!?!」

 カラカルのもっともな指摘に、トキは冷静に、しかし悲しそうに答える。


「わたしも良くわからないのだけれど、わたしの歌には、なぜかセルリアンが寄ってくるの。だから、ここで歌えば、あのセルリアンをこっちに誘き寄せられるんじゃないかと思って……」

 そう言うと、トキは羽を広げ小さく羽ばたいた。

「ミライさん。わたし、ここで降りるわね。あのセルリアン。きっとやっつけて……!」

 トキが飛び上がり、白い羽根がふわりと舞う。


 ジープはそのまま走り続け、トキはどんどん後方へ遠ざかった。

 サーバルがその姿を見守る中、トキは大きく息を吸い込んで歌い始める。


 その声が届いたのか、青いセルリアンの動きがぴたっと止まり、その視線がサーバル達を乗せたジープと、その後ろで歌うトキに向けられた。


「よぉーし! 皆さん、掴まっててください! 行っきますよーー!」

「まっかせてーー!」

「サーバル! 突っ込みすぎちゃ駄目だからね!」

 3人を乗せたジープは、丘を猛スピードで下り、こちらに突進してくるセルリアンへと正面から向かって行く。



 パークの平和を脅かすセルリアンとの戦いが始まった。

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